つれていって
葛瀬 秋奈
もはやオカルトじゃないか?
わたしたちは、ある山の大きな石の一部として生まれた。木々や草花にかこまれておだやかな日々をすごしていた。
カツン、カツン。
ある日、音が聞こえできた。鳥や獣の声ではない。ヒトだ。ヒトの男がわたしの体をくだいているようだ。痛みはなかったのでそれほど気にはならなった。
気がつくと、いつの間にかわたしは前よりもずっとちいさな体で知らないところにいた。バラバラにされて連れさられたのだ。わたしはかなしかった。
つれていって。わたしをふるさとへかえして。何度もさけんだ。何度も、何度も、くりかえしさけんだ。
そのうち声が届いたのか男がわたしを見たが、足をすべらして低いところへ落ちてしまった。そして、そのまま動かなくなった。ヒトがたくさん来て彼を連れていってしまったけれど、誰もわたしには気づかなかった。
お願い。わたしをここから連れていって。
……
下校途中、ふと誰かに呼ばれたような気がして振り返った。目についたのは、マンションの非常階段。少し前に転落事故のあった現場だ。
幽霊だろうか。でも落ちたのは成人男性だったはずなのに、先程聞こえてきたのは女の声だったような。それに僕には霊感なんてない。あるとすれば第六感、あるいは虫の知らせと呼ばれる類のものだろう。
こんなことを考えてしまうのは文芸部の、というか一条先輩の影響か。苦笑しながら周囲を見渡すと、非常階段の途中に落ちている石を見つけた。
表面の色が一様ではなく、川原の石のような丸みがない。何かで叩いた跡もある。どこかからわざわざ削り出してきた石片のようだった。それにこのあたりではあまり見かけない材質だ。
「僕を呼んだのは、君か?」
もちろん返事はない。僕は文芸部で相談してみようと思い、石をハンカチにそっと包んで持ち帰ることにした。
その夜、僕は夢を見た。
「つれていって。わたしをつれていって」
ちいさな少女が泣いている。つれていってと叫ぶその声は、はじめに僕を呼んだものと同じもののような気がした。
翌日。僕は文芸部の部室で田神部長にその石を見せた。この手の不思議な話なら彼女が一番頼りになるからだ。
「というわけなんだ。田神部長はどう思う?」
「うん。いつも言ってるけどね、私は怪異の専門家でもないただの文芸部員なんだよ小野くん」
「ただのじゃないよ部長だよ」
「部長のすることでもないよね」
ぶつぶつと文句を言いながらも田神部長は眼鏡のレンズを拭いてかけ直し、険しい顔で石を様々な角度から見ている。なんだかんだで面倒見は良い。そういう人なのだ、彼女は。
「なるほど……」
「何かわかった?」
「マンションの転落事故のことなら俺も知ってるぞ」
僕は田神部長と話していたはずなのに、いつから聞いていたのかわからない一条先輩が唐突に割って入ってきた。そもそもあの事故はだいぶ話題になっていたので知らない人のほうが少ないのではないか。
「先輩が何を知ってるって言うんですか」
「知っているとも。あの事故で転落した男性が石神村に出入りしていて、なにか悪いことをして石神様に祟られたって噂をな!」
その話は初耳だった。というか石神村ってどこだよ。
「まぁ私も知ってるんですけどね」
「なーんだガミさんも知ってたのか」
「なんで二人ともそんなこと知ってるんだよ」
ヘラヘラしてる一条先輩とは対象的に、田神部長は珍しく悲しげな顔で石を見つめた。
「私の場合は知り合いの宮司さんから聞いたんです。勝手に禁足地の中へ入って御神体を破壊して持ち去った不心得者がいたので、万が一それらしいものを見つけたら報せてくれと」
「その御神体がこの石だと?」
「石から声が聞こえたなら可能性は高いでしょう。例の男性はそれらしいものを持ってなかったそうだし」
「ああ、禁足地に入っちゃったら祟られても仕方ないね」
「ええ、禁足地ですからね」
先輩と部長は二人してうんうんと頷き合っている。僕の記憶が確かなら、禁足地とは一般の人が立ち入りを制限されている聖域のことだ。少なくともあまり日常会話で使うような言葉ではない。誰もが知っていることを前提として会話するこの人たちが異常なのだ。
「ともかく、その石神村ってところにこの石を返してあげればいいのかな」
「いや、返す場所は禁足地だから。それに小野くんは場所を知らないでしょう」
「うん」
「まぁ隣の県の小さな村だし知らなくても仕方ないよね」
「なのでこの田神が一度預かり、今週末に責任もって宮司さんへお返ししたいと思います。いいですね?」
「うん、それでいいと思う。田神部長なら信頼できるし」
僕は横目で一条先輩を見ながら言った。
「おいおい、まるで俺は信頼できないみたいな言い方じゃないか」
「別にそんなことは言ってませんよ」
「まぁまぁ。それにしても小野くんが見つけてくれて良かった。私は事故の現場がどこか知らなかったからね」
「田神部長でもわからないことってあるんだ」
「あるに決まってるでしょう」
「逆に考えるんだ。小野くんの第六感がすごすぎたんだと!」
「石がすごいんじゃなくて?」
「だって俺なんか事故のとき現場にいたのに何も見つけられなかったんだぜ」
何してるんだこの人。そういうところだぞ。
「まぁ今回ばかりは私に相談してくれて良かったですね、小野くん」
「お手柄だぞ、小野くん」
「はいはい」
週末、僕は再び夢を見た。深い山の中で、あのとき泣いていた少女が笑顔でこちらに手を振っている。
「ありがとう。さようなら」
どうやら彼女は無事に故郷へ帰りついたらしい。良かった。僕は心からそう思った。
つれていって 葛瀬 秋奈 @4696cat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます