魔食者アジュリットのレシピ

魔食者アジュリットのレシピ（6）

　新鮮なレタスが敷き詰められた大皿の上に、一口大ほどの大きさになった唐揚げがずらりと並んでいる。紅蓮唐辛子特有の鮮やかな赤さが特徴的なホットソースがたっぷりとかけられた唐揚げは、見ているだけで食欲を誘うものがあった。

　アジュリットが唐揚げを作る様子を見ていた冒険者や宿泊客たちがわっと声をあげる。

　きらきらとした目で揚げたての唐揚げを見つめる彼ら、彼女らを眺めたのち、アジュリットは取り分けて食べられるよう数枚の小皿を置いた。

「揚げたてが一番美味しいので、まだ温かいうちにどうぞ。わたしも皆さんのお口に合うかどうか知りたいので」

「なら、遠慮なく……いただきます」

　最初に手をつけたのは、アジュリットに魔獣料理を作ってほしいとねだったフィヌーユだ。

　胸の前で両手を合わせて食前の挨拶を口にしてから、フォークを手に取る。ホットソースがたっぷりとかかった唐揚げをフォークで突き刺し、がぷりとかじりついた。

　衣のカリッとした食感にジューシーな鶏肉の味わい。かじりついた瞬間に口の中へ肉汁が溢れ、肉が持っている旨味とともに舌の上へ広がった。

　肉そのものは塩やニンニクといったシンプルな味付けだが、上にかけられたホットソースが新たな味わいを与えている。鶏肉の旨味とホットソースの辛みが重なり、ぶわりとフィヌーユの頬が色づいた。

　そこに、フィヌーユをずっと悩ませていた妙な苦味はどこにもない。

「フィヌーユ？」

　マスターがフィヌーユに声をかけるが、彼は返事をせずに何かを探すように視線をさまよわせている。

　アジュリットが唇の端をわずかに持ち上げ、グラスによく冷えた炭酸水をたっぷり注いで手渡す。

　すると、フィヌーユは勢いよく炭酸水を飲み干し、こんと音をたててグラスをカウンターへ置いた。

「フィヌーユ、本当にどうした？」

　マスターが訝しげにフィヌーユへ再度声をかける。

　当のフィヌーユはコカトリスの紅蓮唐揚げを数秒見つめたのち、はつりと呟いた。

「……すごく美味しい」

　ば、と。マスターや冒険者、宿泊客たちが何かを言うよりも早く、彼らのほうを見て言葉を重ねる。

「これすごく美味しい！　全っ然まずくない！　マスターも食べてみてください！」

　興奮を隠しきれない様子でそういうと、フィヌーユは再びコカトリスの紅蓮唐揚げへかじりつく。

　目を輝かせながら唐揚げを頬張る弟子を見つめたあと、マスターも唐揚げへと手を伸ばした。唐揚げを一つフォークで刺し、口へ運ぶ。一口大の大きさにされた唐揚げを口に含めば、鶏肉のジューシーな味わいとホットソースの刺激的な辛みが口いっぱいに広がる。

　ガーリックに適度な辛み。酒を進ませる二つの味わいは、酒類を提供しているこの場にぴったりであるように思えた。

　マスターも唐揚げに手をつけたのをきっかけに、他の冒険者や宿泊客たちもコカトリスの紅蓮唐揚げへ手を伸ばす。ある者は好奇心に目を輝かせ、ある者は恐る恐るといった様子で唐揚げを頬張り、ぱっと表情を輝かせた。

「美味しい！　普通の鶏肉とほとんど変わらない！」

「いいなこれ、ビールに合いそうだ！　おいフィヌ坊、ビールを一杯くれ！」

「まずい魔獣の肉がこんなにも美味くなるんだな……驚いた」

　わいわいと思い思いの感想が飛び交い、フィヌーユにアルコール類を注文する声も酒場の空気に入り交じる。

　大勢の人が美味しそうに、そして楽しそうにコカトリスの紅蓮唐揚げを頬張っている様子を眺め、アジュリットはゆるりと目を細めて笑った。

　普段とはまた違った賑やかさに包まれる中、マスターが後片付けを続けているアジュリットへ目を向ける。

「嬢ちゃん。確かアジュリットっていったか？」

「え？　はい。アジュリット・アルカーナティアといいますけど……」

　使っていた食器や調理器具を片付ける手を一度止め、アジュリットは小さく頷いた。

　マスターは何やらこちらをじっと見つめていたが、何やらにんまりと唇の端を釣り上げる。

　一体何かと考えていると、マスターが口を開いた。

「どこか行くあては？」

「……特に決めてません。変な目を向けられずに安心して暮らせる場所で暮らしたいと思ってはいますけど……」

「それが嬢ちゃんの旅の目的なんだな。よし」

　何やら一つ頷いたのち、マスターは言葉を続けた。

「なら、アジュリット。お前さん、ここで住み込みで働かないか？」

「……へっ！？」

　突然の言葉にアジュリットの両目が丸く見開かれた。

　マスターの言葉を耳にし、フィヌーユも目を見開き、けれどすぐに表情を明るくさせる。

「いいじゃん、それ！　アジュリットはお金と寝泊まりする場所が得られるし、俺とマスターも魔獣の調理方法をアジュリットから聞けるし。お互いにメリットがある！　一緒に働こうよ、アジュリット！」

「え、ええと……」

　マスターを見つめ、次にフィヌーユの顔を見て、考える。

　現在、アジュリットは無一文だ。どこか一つの場所に留まって暮らす予定もなく、ただひたすらに流れの旅を続けてきた。

　いつかはマギアブルクを離れる予定だったが、マギアブルクを離れて次に向かった町で今のような扱いをしてもらえるかはわからない。勇敢なる剣亭のように魔獣の肉を使って料理をしてもおかしな目を向けられず、すんなり受け入れてもらえるかもわからない。

　一方、勇敢なる剣亭に住み込みで働けば、流れの旅に戻るのは難しくなる。そのかわりに、アジュリットは暮らせる場所とお金を得られる場所を手に入れられる。魔獣の肉をメニューに取り入れようとしているのなら、今後も安定して魔獣料理を口にできる可能性が高い。

　そして、魔獣の肉を食べてもおかしな目を向けられない――勇敢なる剣亭に住み込みで働くという選択は、アジュリットにとっても非常にメリットが多いように思えた。

「……その。……よ、よろしく……お願いします」

　フィヌーユがますます目を輝かせ、マスターもにんまり笑って満足げに頷く。

　こちらへ向けられる暖かな視線に数回ほど瞬きをし、アジュリットも彼らに誘われるかのようにふんわりと笑みを浮かべた。

　賑やかさを失うことがない空気の中、ふわふわと唐揚げの食欲を誘う香りが漂っている。

　あれだけアジュリットの身体を苛み続けていた飢えはすっかりなくなっていた。