魔食者アジュリットのレシピ(5)
フィヌーユの突然の申し出に驚きはしたものの、魔獣の調理法を伝えることができればアジュリットも魔獣の肉を口にできる機会が増える。マギアブルクの人々も討伐した魔獣を最大限に活用し、魔獣の生息範囲が変化してしまう問題を解決することができる。
冷静に考えたら互いにメリットが多いと判断し、アジュリットは料理人としてカウンターの向こう側に立った。
身にまとっていた外套は脱ぎ、下に着ていたワンピースの上からエプロンを身に着け、長い髪も首の後ろで一つに結ぶ。白髪に赤い目、頬に花のような形の痣が浮かんだアジュリットの姿は少々変わったものだが、誰も気味悪がる目や不審そうな目を向けることはなかった。
これまで滞在してきた町では向けられていたものと同じ視線を向けられていない――たったそれだけのことだが、アジュリットにとって非常にありがたいものだ。
「え、えっと……じゃあ、コカトリスの調理を始めます……?」
「お願いします!」
「頼んだぞ嬢ちゃん。美味いコカトリスの食い方を教えてくれ!」
戸惑いながらもアジュリットがそういった瞬間、フィヌーユとマスターが深々と頭を下げる。
カウンターに集まってきている利用客や冒険者たちもわっと声をあげ、それぞれがアジュリットと並べられた材料たちへ好奇心に満ちた目を向けていた。
思い思いの席で料理や酒を楽しんでいた人たちがカウンターの傍へ集まってきているため、アジュリットの眼前にはさまざまな格好をした人々がずらりと並んでいる。まさかこんな集団になるほど注目を集めるとは思わなかったが、これだけの人が魔獣料理に興味を持ってくれたのかと思うと、なんだか不思議な気分だ。
静かに大きく深呼吸をし、アジュリットはカウンターに並べられた材料を確認する。コカトリスのもも肉に薄力粉や片栗粉、酒に醤油など――メイン食材と無数の調味料やその他の食材をを順番に確認し、小さく頷いた。
(あれにしよう。新鮮なコカトリスを狩れたとき、お父さんが作ってくれた唐揚げ)
あれならボリュームがあるし、体力を必要とする冒険者たちが利用するここで提供したら喜ばれるだろう。
どの料理を作るか決まった瞬間、アジュリットの手が迷いなく動く。
「まずは下準備からいきましょうか。皆さんもご存知のとおり、魔獣の肉には多くの魔素が含まれています。コカトリスの場合、石化の魔眼や猛毒の器官といった部位があるから、他の魔獣よりも魔素の量が多い。なので、丁寧に魔素を抜く必要があります」
その言葉とともに、アジュリットは自身の荷物から乾燥させた消魔草を入れた小瓶を取り出した。中身を取り出し、コカトリスのもも肉へたっぷり擦り込んでいく。
十分に消魔草を擦り込んだあと、次にアジュリットは包丁を手にとり、もも肉へと刃を滑らせた。銀にきらめく包丁の刃がもも肉に入れられ、一口大ほどの大きさに切り分けられていく。
「消魔草……俺も聞いたことあるけど、消魔草って主に薬に使うんじゃないの?」
「主な用途は確かにそうですけど、バジルやオレガノといったハーブと同じ使い方もできるんですよ。魔獣料理の場合、肉に含まれてる魔素を効果的に抜いてくれるので必須といっても過言じゃないです」
フィヌーユへ答えながら、アジュリットは切り分けたもも肉を次々ボウルへ入れる。
次に、ニンニクの皮と芽を取り除いてすりおろし、もも肉を入れたボウルに投入した。さらに、料理酒や塩も必要な量を計ってから同様に投入する。最後に魔素の除去に優れている浄化塩もひとつまみ入れてしっかり揉み込む。
一度手を洗ってから片栗粉が入った容器を手に取った瞬間、アジュリットが何を作ろうとしているかぴんときたマスターが声をあげた。
「なるほど、唐揚げにするのか」
「はい。コカトリスの狩りに成功した日、父が作ってくれたので……。それに、唐揚げはお酒にも合いますから」
答えながら、アジュリットはボウルに片栗粉を入れ、コカトリスのもも肉へ粉をまとわせた。
肉の準備が完了すると、揚げ鍋に油を注いで火にかける。油の温度が十分になったところで、片栗粉をまとわせたもも肉をどんどん油の中へ投入した。
しゅわ、ぱちぱち。油の中を泳ぐもも肉が熱され、揚げられていく音が空気を震わせる。
(さすが宿の厨房。揚げ鍋もかなり大きいから、一気に揚げられてすっごく便利)
るんるんした気持ちのまま、アジュリットは次の作業へ取りかかった。
揚がるのを待つ間にしておくのは、唐揚げにかけるホットソースの用意だ。
「すみません。紅蓮唐辛子ってありますか?」
「あるぞ。うちには辛党の奴らもいるからな。好きなだけ使っていいぞ」
「ありがとうございます」
答えてくれたマスターに感謝の言葉を述べ、香辛料やハーブがしまわれている場所から紅蓮唐辛子を数本拝借する。
ヘタを取り除いて包丁で半分に切り、種を取り除いたら細かく刻んでいく。
ニンニクも先ほどと同じように皮と芽を取り除いてすりおろし、専用の調理器具で細かくしながら混ぜ合わせ、小さめのボウルへ移す。塩と酢をそこに入れ、ソース状になったら紅蓮唐辛子のホットソースの完成だ。
揚げ鍋へと戻り、カラッと揚がっているもも肉を一度取り出していく。このまま完成でもいいのだが、油の温度を一度高くしてからもう一度油の中へもも肉を放り込んだ。一度しか揚げないよりも二度揚げしたほうがよりジューシーで美味しい唐揚げになる。
二度揚げの時間は短く、すぐに油から引き上げて火を止める。
最後に、白い大皿へよく洗ったレタスの葉をちぎって敷き詰め、唐揚げをどんどん盛り付けていく。油と唐揚げの熱に触れるたび、レタスの葉がしんなりとした。
仕上げとして作っておいたホットソースを唐揚げにたっぷりとかけ――アジュリットはぱっと笑顔になった。
「できました! こちら、コカトリスの紅蓮唐揚げになります!」
どん、と唐揚げがのった大皿がアジュリットの手によってカウンターへ置かれ、提供された。
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