魔食者アジュリットのレシピ(4)
程よい弾力を感じさせる鶏肉が銀の刃で切り分けられ、食欲を誘う香りを強く漂わせる。フォークでしっかりと突き刺し、食べやすい大きさに切り分けられたそれを口に含めば、アジュリットの鼻を香草の香りがくすぐった。
適度に焼かれた皮はパリッとしており、香ばしさも楽しめる。塩と胡椒でシンプルに味付けされた肉は噛むたびに肉汁が溢れ、鶏肉に近いほんのりとした甘みと旨味も楽しめるが、それ以上にはっきりとした苦味が主張してきた。
(やっぱり魔素が十分に抜けてない。でも、思ってたよりひどくない)
魔獣の肉に含まれている魔素は、はっきりとした苦味として感じられる。
苦味しか楽しめない状態かと思っていたが、肉本来の味もきちんと感じられる。魔獣の正しい調理法を知らない状態でここまで魔素の除去に成功しているのなら、フィヌーユとマスターの腕は大したものだ。
(うん、十分美味しい)
そして、料理そのものの腕も非常に優れている。
思わず口元が緩んでしまうのを感じながら、アジュリットは鶏肉のソテー、正しくはコカトリスのソテーをどんどん食べ進んでいく。ずっと食べたいと願っていた味が口の中に広がるたび、心がどんどん満たされていくのを感じた。
名残惜しい思いになりながらも最後の一口を口に入れ、じっくりと咀嚼し、味わってから飲み込む。じっくり広がる充足感を楽しみながら、アジュリットは静かにナイフとフォークをテーブルに置いた。
「ごちそうさまでした」
食後の言葉を紡ぎ、皿の傍に置いてもらっていたグラスへ口をつけて水を飲む。
腹も心も満たされて笑顔になりながら顔をあげると、ぽかんとした表情でこちらを見つめるフィヌーユとマスター、そして宿に集まっている冒険者や宿泊客たちが視界に映った。
驚愕に満ちた空気を誰よりも早く破ったのは、料理を作った本人の一人と思われるフィヌーユだ。
「……君、名前はなんていうの?」
「え? えっと……アジュリット・アルカーナティアですけど……」
戸惑いながらもフィヌーユへ答えた瞬間、素早くフィヌーユの両手がアジュリットへ伸ばされる。
次の瞬間、がしりと両肩を掴まれ、フィヌーユの顔がずいと近づいてきた。
「アジュリット! 君、あの料理まずくなかったの!?」
「え!? えー……あ、えっと……確かに魔素が十分に抜けてなくて苦味はありましたが、美味しかったですよ……? 魔素を上手く抜けたら、もっと美味しい料理になると思いますけど……」
フィヌーユの反応に驚くが、アジュリットは食べていたときに思ったことを素直に答えた。
魔獣の肉はまずいと思っている人々の前で平然とコカトリス料理を食べたのだ。もっと気味悪がられてもおかしくないのに、フィヌーユの顔には純粋な驚愕と喜びが浮かんでいる。
場を満たす空気の中にも嫌悪感はなく、あるのはアジュリットへと向けられた驚愕の色だけだ。
アジュリットの答えを聞いたフィヌーユの目が強い喜びで輝く。両肩を掴んでいた手が静かに離れ、今度はアジュリットの両手を力強く握った。
「ねぇ、魔素を上手く抜けたらってことはアジュリットは魔素の抜き方を知ってるの?」
「え、と……は、はい。魔獣の肉は何度か食べたことがあるので……」
こくり。答えながら、アジュリットは小さく頷く。
今度こそ気味悪がられるかと思ったが、フィヌーユはやはり気味悪がらず、アジュリットから手を離して顔の前で勢いよく両手を合わせた。
「なら、頼む! アジュリット! 魔獣の正しい調理法を俺に教えて! というか、美味しい魔獣料理を何か作って正しく調理したら美味しいんだってことを教えてくれないかな!?」
「……えええ!?」
驚愕のあまり、大声をあげるアジュリット。
フィヌーユの頼みを耳にし、声をあげるマスターや宿泊客、冒険者たち。
勇敢なる剣亭に作られた酒場が、過去最高の盛り上がりを見せた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます