千佳は紹介する。第六感といえば、やっぱりこの人だと。

大創 淳

第三回 お題は「第六感」……やっぱりこの人を紹介したいと思った。


 ――それはまだ、僕らが生まれる前の、学園で起きた出来事。しかも美術部。



 瑞希みずき先生がまだ、先生になる前どころか、もっともっと前の、中等部の頃……ある少女との出会い。その少女の一人称は『僕』……僕らの前にも『ボクッ娘』がいた。


 注目すべきは、令子れいこちゃんというボクッ娘。


 とても勘の鋭い子? 五感を越えた存在で、第六感に通ずるかも。舞台は僕らと同じ学園で、時は昔……僕らが生まれる前。それでも二十一世紀内。旧校舎の美術室。



 パパ、今まで心配かけてごめんね。


 今日ね、新しいお友達ができたよ。


 それにね、

 美術部に入るの。瑞希ね、まだ頑張れるよ。



 ここは美術室。旧校舎の三階にある。外の階段から近い場所にある。そこから二階に下れば、わたしたち一年二組の教室だ。つまり、わたしたちの教室の真上が、この美術室というわけなの。振り向けば、泣き止んだ令子れいこちゃんが立っている。今日の昼休み、丁度ちょうどこの美術室の真上にある屋上で、この子が声をかけてくれた。


 そして今、一緒にクラブ活動をしている。


 廊下が見えるスライド・ドアを背景に、令子ちゃんはリボンを解いて、白いシャツも脱ぐ……それを脱げば、上半身まで裸になってしまう。しかも躊躇ためらわずに脱いでいる。下半身から続く肌が、みるみる広がっていって……下着は着ていなかった。


 上履きに白い靴下で、それ以外は裸という昼休みに見たのと同じ恰好になって、すでにスカートとブレザーが掛けられているハンガーに、脱いだシャツを丁寧に掛けてからリボンを飾る。それを壁のフックに掛け終えて、令子ちゃんは振り向いた。


「アハハ……もっと近くで見る?」

 と、満面な笑顔。


「ねえ、令子ちゃん」


「なあに?」

 と、わたしは歩み寄る。


「五時間目は、最初からスカート履いてなかったの?」


「もちろん! パンツもだよ」


 令子ちゃんは普通に……というよりも、喜んでいる様子。

 わたしはスライド・ドアを閉めようと、取手に触れると、


「あっ、閉めないで」

 と、令子ちゃんは、わたしのその手を握る。


「でも、見られちゃうよ」

 わたしは、令子ちゃんの顔を見ると、


「見られたいの」


 令子ちゃんは、上目遣いで顔を紅潮させていた。


 ……やっぱり恥ずかしいのね。


「恥ずかしいのが、またいいの」


「えっ?」


「今、そう思ったでしょ? 瑞希ちゃん」


 何で?

 わたしの思ったことがわかるの?


「お次は、

『何で思ったことがわかるの?』でしょ?」


 ビックリを通り越して、クスッと笑えた。


「令子ちゃんには敵わないなあ、……その通りなの」


「やっと笑ったね」


 えっ?

 もしかして令子ちゃん、わたしを笑わせようとして?


「あの、瑞希ちゃん」


「なあに?」


「モデルに……なってくれるかな?」


 ええっ? ……頭の中がショートした。

 モデル、って……裸? 思わず、リボンに手が触れる。


「あっ、脱がなくていいんだよ」


「えっ?」


「ええっと……僕が裸だから、そう思ったんだね」


 ええっ? 自分のことを「僕」って。

 どう見ても女の子なのに「僕」って。何か何か、でもでもでも、こんな間近で……


「とってもグッドだよ、令子ちゃん」


「み、瑞希ちゃん?」


 令子ちゃんはビックリしたような趣。いやいや表情。


「うんうん、アニメの世界でしかないと思ってた『ボクッ娘』なのに、今こうして目の前に……もっともっと言って、『僕』って」


 ……と、興奮のあまり駆け出し、ギュッと抱きしめていたの、令子ちゃんのこと。とっても小さくって、か細い……でも、見た目よりも柔らかみもあって、とっても可愛くて。


「ビックリしちゃったよ。思いもしなかった反応で……

 僕ね、もっともっと瑞希ちゃんのこと知りたくなった、もう夢中で興味津々だよ」


 頬を紅潮させながら、少し吐息交じりの令子ちゃん。……わたしは、わたしはね、


「ねえ、絵かな? それとも粘土細工?」


「アクリル絵。瑞希ちゃんをキャンバスいっぱいに表現したいの」



 ――さあ、描こう!


 と、令子ちゃんが言ったことで、この室内の空気……美術室の空気が変わった。


 本当に電光石火の趣だ。まずは壁に立て掛けられているイーゼルを運ぶ。小さな体なので少し重そう。「んしょっ」という具合に。裸だけではなく、その一部始終の行為までも見られてもいいように、開け放たれたままのスライド・ドアの近くに設置した。で、床に直置きの黒い鞄の前にしゃがむと……スケッチブックを取り出してイーゼルに乗せた。そして花柄の筆箱から、B、2B……等の、濃さの異なる四本の鉛筆を取り出し、そのうちの一本を手に持った。満面な笑顔の令子ちゃんが、表情を変えて動きまわるという、そんな光景を、目の辺りにすることしかできないわたしは、決断の末に声をかけた。


「令子ちゃん、どんなポーズがいいの?」


 ……って、これれじゃモデルする気、満々だ。


「楽なポーズでいいよ、

 瑞希ちゃんのいい感じのポーズで。何枚か描くから」


 と、言いながら、

 令子ちゃんは既に、スケッチを始めていた。


「でも、令子ちゃん、スケッチするのに、どうしてイーゼル用意したの?」


「この方が書きやすいから」



 わたしから見れば、イーゼルが見えて、その奥にスケッチブックが見える。そして上履きと白い靴下だけ身に着けて、上も下も裸のまま、少し脚を広げて立って描いている真剣な表情の令子ちゃんの姿がある。濃い鉛筆を使っているせいか、指から手、腕までが汚れている。それで太腿ふとももやお腹を触るから黒く汚れる。更に顔も触るので、頬や額、鼻の頭まで黒くなっている。でも、描くことに集中しているので、まったく気付かない様子だ。


 ……と、いうことは、

 令子ちゃんなりに考えているみたい。


 きっと、このまま絵の具を使うところまで進展すると、毎回、制服が汚れちゃうね。


「そこまで考えてないよ」

 唐突に、令子ちゃんは答える。


「えっ?」


「服が汚れるからじゃないの」


「そうなの?」


「裸になるのが気持ちいいからなの」


 令子ちゃんのその言葉は、

 もう……自然に聞こえた。


 慣れとは恐ろしいもので、もう驚かなくなっていた。



「瑞希ちゃん、僕って変かな?」


 ……沈黙した。

 どう言ったらいいの?


「……だよね。屋上やここでは服着ないし。授業を受ける時は、スカートもパンツも履かないし。……人に裸を見られて喜んでるんだもんね。やっぱり変だよね」


 すると、徐々にも急激にも、

 令子ちゃんの表情が、曇ってきた。


「男の子に生まれたかったから……僕。でも、僕になっても、僕は女の子なの。でも僕は僕なの。みんなから『変な子』って笑われてもいい。ありのままを見せたら、パパも喜んでくれたから。女の子の僕でも喜んでくれたから……令子は令子なんだから」


 涙が、零れていた。

 令子ちゃんのほっぺたが、涙で濡れていた。


 でも、わたしには、


「……ごめんね。

 令子ちゃんのこと、好きになれるか……本当はまだ、わからないの」


 それが正直な気持ちなの。


「……そうなんだ」

 と、令子ちゃんの、ガッカリしたような声が耳に残る。


 でも、まだ続きがあるの。


「だからね、わたしとお友達になってくれるかな?」


「えっ?」


 令子ちゃんのビックリした顔。

 その左の頬に、そっと触れた。……涙は温かく、わたしの手を濡らした。


「わたしね、令子ちゃんのこともっと知りたいから、

 令子ちゃんのこと描きたいの。それが今、瑞希の一番したいことだったの」


 ――この瞬間なの。

 心が動いた瞬間だ。


 先のことはまだ見えないけど、どうしても……


 今この時だからこそ、やりたいことが見付かった。それは沸々と湧き上がる感情というよりも熱い思い。……忘れようとしていたあの時と、そう同じ思いなの。


「……嬉しい」


 令子ちゃんの曇った顔も、パッと明るくなった。



 草創期の美術部のお話で、瑞希先生が令子先生と出会ったばかりの頃。僕はこの度のお題に、是非とも令子先生を紹介したかったの。第六感で絵を描いている人だから……

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千佳は紹介する。第六感といえば、やっぱりこの人だと。 大創 淳 @jun-0824

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