押すと消えてなくなるボタン

うたう

押すと消えてなくなるボタン

 まるで囲碁でも始めるみたいだな。

 隣家のブロック塀の継ぎ目に押しボタンを見つけて、俺はそう思った。

 そっと指で押すとボタンはカチリという音をたてて、溶けるようにすっと消えてなくなった。いつものことだ。ブロック塀の継ぎ目は今、きれいに十文字を顕わにしていて、押しボタンの痕跡は微塵もない。

 押したからといってどこかで隠し扉が開くようなことはないし、けたたましく警報が鳴るようなこともない。押すと消えてなくなる、何だかよくわからないボタンなのだ。


 物心ついたときから、そんなボタンが周囲にあふれていた。そして、これらのボタンはどうやら俺にしか見えないようなのだ。ボタンは、電柱の根元にあったり、横断歩道の真ん中にあったり、公園の滑り台の手すりや神社の楠の木の幹など、とにかくあらゆるところに存在した。それまで何の変哲もなかった自動販売機の側面に、ある日突然押しボタンが湧いたりするのだ。

 ボタンの形は決まっているのか、いつも白い碁石に似ていた。押すと吸い込まれるように沈んで消える。固くて押すのが困難であったことは一度もなかった。

 ボタンを見つけたら押すのは、子供の習性だろうか。幼い頃、とにかくボタンを押しては、そのものを消し去った。押したことで、何かが巻き起こるということはなかった。反対に押さなかったからといって何かが起きることもないのだと思う。そう思うのだが――。


 小学校高学年になると見つけたボタンを押すのは、なんだか子供じみているように思えて、ずっと押さなかったことがある。三ヶ月くらいの間、意図的にボタンを無視したのだ。

 するとある日ロシアに隕石が落ちた。幸いにも小さな隕石で、落下の衝撃波が周囲の窓ガラスを割った程度で済んだようだが、ふと俺がボタンを押さなかったせいで隕石が降ってきたのではないかという考えが脳裏をよぎった。もちろん因果関係など証明できない。馬鹿げた考えであることはわかっている。

 ただそのときから俺はボタンを見つけたら必ず押すことにしている。子供の頃にあれだけ多くのボタンを押してどうかなったことなど一度もないのだ。押して害はないだろう。

 以来、地球に隕石が落ちたというニュースは耳にしていない。俺がボタンを押しているからだとは思っていない。地球を守っているという感覚は当然ない。

 いったい何のボタンなのだろうか。わからないまま押し続けている。

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