可能性狩人ラルク 〜ようこそカザミド冒険団!〜

雨蕗空何(あまぶき・くうか)

可能性狩人はかく語る

「言ってしまえば、俺のこの弓はただの飾りで、本当は殺しをやるようなタマでもなんでもないって話さ」


 夕暮れ時、街並みは闇に落ちてゆき、冒険者たちの多くが酒場へと足を向ける中。

 その人波をすり抜けて、可能性狩人ラルクは「仕事」へと向かった。


「最初はまァ、普通に弓撃って魔物狩って、それで生計立ててこうとしたわけで。

 剣も練習したけどからっきしだったし、魔法だってそんな才能ありもしないと思ってた」


 人波をすり抜ける。すり抜ける。

 茶髪茶眼の取り立てて特徴のないその姿を、わざわざ見とがめる者はいない。


「最初に気づいたのは、逃げるはぐれゴブリンの背中に矢を向けたときだった。

 こいつらにも生活があって、待ってる家族とかいるのかなぁって、ふと思っちまった。

 そうしたら、『視えた』んだ」


 すり抜ける。すり抜ける。

 建物と建物の隙間をすり抜ける。


「そのときは分からなかった。

 単に自分の想像力が、やけにリアルなイメージを見せただけかと。

 後で分かった。俺が視たのは、そいつがその後たどるかもしれない『可能性』だ」


 すり抜ける。到達する。

 いつの間にか、建物の屋根の上。

 周囲の建物の都合で視界はよくないが、その分周囲の人間に気づかれづらく、そして狙うべき方向を狙うには問題ない。


「未来予知じゃなくて可能性だから、そうならない可能性もある。

 だけど視えた以上、そうなる可能性が確かにある。

 だから俺は、その可能性を狩ってるんだ」


 うかがう。通り、人の流れ。

 その中の一人、身なりの立派な男。


「すまんが黙るぜ……集中させてくれよ……俺は弓を構えてるときしか、視えないんだ……」


 弓を引く。矢を向ける。視線を向ける。

 狙いの男へ、あやまたず。

 殺気がみなぎる。空気が冷える錯覚がする。

 さえざえとしたラルクの目は、この一瞬だけ、虹色の光をたたえた。


「……獲った」


 つぶやき。

 ラルクは弓を下ろした。

 瞳の色は、茶色に戻っていた。


「女とよろしくやってる様子が視えた。どこの建物かもバッチリ。

 あとはその建物を張っておきゃあ、現場を押さえられて依頼完了だ」


 だらりと両腕を脱力させ。

 ラルクは苦笑してみせた。


「あの男の奥さんの依頼だよ。

 旦那が浮気をしているようだから、証拠をつかみたいって」


 ぶらぶらと帰路に着く。

 弓は背負い直されて、無造作に揺れた。


「俺の弓は、これだけの役目さ。

 撃ったところで、まともに当てられる腕前なんてない。

 それでも剣持つよりゃマシで、この目があるから持ち続けてる」


 そしてラルクは、憂いを帯びた笑みを浮かべた。


「当てられる能力がありゃ、あのときゴブリンに視た可能性も、可能性のままで終わったんだけどな」


 人波の中を、今度は逆らわず、流されてゆく。

 流されながら、ラルクは自分の足で、歩いていく。


「結局、可能性を視たところで、俺一人の力でどうこうできることなんて、たかが知れてる。

 だけど幸運なことに、こんな中途半端な人間を、喜んで受け入れるヤツらがいたわけだ。

 正直言ってコイツらはアホなんじゃないかって思ったけどな、今じゃ俺も、そのアホどもに染まっちまった」


 不意に、立ち止まる。

 流れていた人波は、迷惑そうに、よけて歩いた。

 ラルクはこちらを向いて、あきれたような穏やかな笑顔で、右手を差し出した。


「ようこそ、カザミド冒険団へ。

 ここは半端な者たちが集まる、最高に充実した集団パーティさ」

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