第20話、悪神の始まり


 門の前は暫くの沈黙に閉ざされていた。


「え…………え?」

「おい、嘘だろ……?」


 よく知る仲間の一人から、徐々に距離を置き始める隊員達。


「お、俺は違いますっ!!」

「僕だって違う!!」

「こ、こいつは隊長とコンビを組んでいたから戦闘の様子なんて分からなかったんだ!!」


 なりふり構わず潔白を主張する。《獣神》の神血に手を出すなどシリウス神に叛くことと同義だ。友人を庇うより優先されて然るべきであった。


「どうなの?」

「俺はクリードとそいつだけの犯行だと考えてる。流石に隣にいて模倣を使えないと知らなかったとは言わないよな」


 部隊に友好的であったシルヴィアが打って変わって冷静に訊ねると、ラストは即座に答えた。


「……私の独断です。クリード隊長は何も関係ありません」

「そう言う事です。私が前に出て戦っていたので、模倣が使えなくなっていたことにも気付きませんでした」


 のうのうと答える二人に、凛としたシルヴィアは立ち上がり手を差し出す。


「剣を渡して。あなたから輝士長キャプテン、いえ輝士ナイトの称号を剥奪します」

「はぁ!? は、……はっ、何故ですかぁ!!」

「ラストが言ったでしょう? 隣に背信者がいて気付かない間の抜けた者を輝士とは認められないわ。それにかなり疑わしいのも事実よ」


 輝士を従える輝士長からの降格ではなく、剥奪であった。輝士は位を剥奪されれば二度と任命はされない。グランキュリスにおいて、神血武器を二度と手にできなくなる。


 つまりシリウスの使徒とは、完全に無縁となることを意味する。


 そして九輝将の専用武器を持つシルヴィアには剥奪する権限がある。


「…………」

「あなた達にも事情聴取や調査はあると思うけれど、一先ずはそこの男を捕縛しなさい」


 怯えるように一つ体を跳ねさせた隊員達が、《獣神紋》の神血を宿したと思しき男の捕縛行動を開始する。


 少しばかり強引な手段に、ラストも表情に驚きを表していた。


「ば、馬鹿げてるっ、ラストが言ったことですか!? 隣にいたところで隠そうと思えば隠せますよ!! 私も被害者だっ!!」

「剣を渡して」

「こいつの性根は以前にもお教えしたでしょう!? あれは事実だし、こいつは昔に私を殺人犯呼ばわりもしていたんです!! みんな知っています!!」

「剣を渡しなさい」

「こんな虚言癖のある男の意見など何も――――」


 破裂音が暗闇に轟き渡る。


 無感情な面持ちをしたシルヴィアが、弁明を捲し立てるクリードの顔面を蹴り飛ばした。


 ……しんと静まる中で、シルヴィアは気絶する男へ告げる。


「ラストは今も昔もいい子よ。黙りなさい」

「……子供の頃の俺を知らないだろ、お前は……」


 衝撃に顔がブレ、一気に脱力して卒倒したクリード。横っ面にはくっきりと足の甲の形が残されていた。



 ♢♢♢



 〜翌朝〜



 霧がかる街のホテルを早朝からチェックアウトするラスト。戸を出てひんやりとした空気を一つ吸い込み、大火傷を負って包帯に包まれる左腕の具合を確かめ、数日の不便を覚悟しつつ大まかな道程を練る。


 ふと、辺境らしからぬ慌ただしい足音に気付いた。


 昨夜の騒動もあって近隣の都市からの援軍が大通りを行き交っている。


(……後は任せて俺も帰るか)


 比較的快適に夜を過ごしたこともあり、王都へ帰還すべく軍の飛空車庫へ歩みを向けた。


「――行っても無駄よ。貸さないようにお願いしてあるから」

「…………」


 背後でホテルの扉が開けられると同時に告げられた嘆息混じりの言葉に、思わず顔を顰めて振り返る。


「何故そんなにも邪険にするの?」

「してない。さっさと家に帰りたいだけだ」


 素気無く言って近くのテラス席に乱暴に座るラストに、シルヴィアは背筋を伸ばしてキビキビと歩み寄る。


 豊かな胸の下で腕を組み、動作に気品を漂わせて……。


 そして……ラストの両頬を挟むように鷲掴み、凍える眼差しで見下ろして返す。


「もう分かっていると思うのだけれど、私はあなたと仲良くなりたいの。好みなども知りたいし、力になれることがあるなら遠慮をしてもらいたくはないわ。お願いだから歩み寄りましょう?」

「……そうか、なら丁度チンピラに絡まれてるところだから助けてもらえないか? 信じられないかもしれないけど顔面をがっちりと捕まれてるんだ」


 シルヴィアは助けを求めるラストに構わず、もう片方の手で更に目元辺りまで掴んでしまう。


「凄いな、文明人なら思い付きもしないぞ。赤ん坊とかが見たら泣き出すんじゃないか?」

「あなたにしかしないから安心して」

「誰かそろそろ通報してくれないのか……」


 耳を澄ますも、聴こえるのは遠くで行き交う僅かな足音と話し声のみ。


「……ねぇ、何故ラドー等と戦っている時にあの大技を使ったの?」

「ある程度は纏めて倒した方が早いだろ」

「もしかして、ラドーの模倣を見たから急いでこちらに来ようとしていたの?」

「それは……当たり前だろ。戦況に合わせて戦い方を変えるのは。マーベリックだってかなり無理をしてたしな」


 あまり意味を感じない会話に溜め息を押し殺すラストは、シルヴィアが飽きるのを待つことにした。


「――好きよ……」

「…………は?」


 指の間から少しだけ覗くシルヴィアは、顔を赤らめて少しばかり怯えた表情をしている……ように見える。珍しく弱気な姿であった。


 霞が薄れ、眩く照り始めた朝日の斜光がシルヴィアの透明感を際立て、より幻想的に見せている。


「私はあなたが好きだから、お付き合いをします」

「します!? …………い、いや俺は恋人とかは作るつもりがないから」

「……何故なのかしら」

「何故……? …………将来的に《神紋章》に子供でもできたら何かと大変だし、一人に慣れてるからな。輝士になって最期まで国に尽くすのもいい。その力もある」


 目標は見えている。


 グランキュリスに敵対する神の一つを狩る。その為に神狩りの兵器、〈悪辣の刃ダリィス〉を完成させなければならない。


 現状ではシリウスに代わって《獣神紋オウリオン》を倒してやろうと考えている。


「……けれど私が一方的に恋人と思う分には問題ないわよね。この先あなたに恋人ができないのだから」


 所々で声の震えを感じられるのは、断られるのを恐れているからだろうか。


「……行動派過ぎないか?」

「その、あなたも迷惑ではないでしょう……? だから初めはお付き合いの真似事とでも思えばいいじゃない……」

「この顔面鷲掴みの状況でよく言えるな、バケモンが」


 本気である意志を感じ、俺なりの誠実さで真面目に返答した。


「……《神紋章》だろうけど俺は止めておけ。思いを伝えた分だけ返してくれるまともな奴にしろ」

「指図しないでもらえる? 私の恋愛は私が決める」


 真面目に諭したら、初対面の時のように双剣を首元で交差させられてしまう。ゆっくりと持ち上げ、立たされる。


「……とりあえずは指揮輝士マエストロになってもらうから」

「いや輝士でいい。仕事が変に増えるとストレスが溜まる」

「私の副官に任命できて、そうするとビースト討伐の前線に行けるでしょう?」

「…………使えるな、お前」

「偉そうに言わないで」

「…………」

「…………」


 ………


 ……


 …



 数日後の北部都市ノースドゥン。


 桃色の花が咲き誇る並木道を歩み、疎に学生の姿を見ながらラストが歩んで行く。


「…………」


 輝士養成校に、世界で十三柱目の悪神紋がやって来た。


 ……入校証片手に溜め息混じりに。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜


 簡単なキャラクター紹介

 《神紋章》達

 《悪神紋》ラスト・ハーディン

 無愛想で無気力な青年。元清掃部で北部シードに入校。

 シリウスから武術や双剣を習い、鍛え上げられた輝士との喧嘩の日々に筋トレもしており実は素のままでも強い。

 ヤードとの紛争時代に迫害された過去があり、気に留めていない素振りはあれども内心は不明。


 権能

 ・〈混沌育む無窮の器〉:屠った生命から二面性を吸収し、混沌を精製する器。消費して神気も捻出できる。

 ・〈悪戯の御手〉:神狩りの兵器を製造できる。これによりラストは原型となる〈悪辣の刃ダリィス〉を作製し、更に混沌を媒介として能力を与える作業に移る。

 ・〈暴きの神眼〉:現状、発動時に嘘を見抜ける模様。

 ・詳細不明“悪界”。



 《光神紋》シリウス・レイディーゴ・グランキュリス

 完成された人と呼ばれる少年の姿をした貴公子。東西ヤードとカニラを合わせ、グランキュリスを建国した。権能を使わずして九輝将を上回る完璧な人物。ラストを弟と呼び溺愛している。本人いわく好戦的である。料理上手、家事好き、しかし酒と煙草は嫌い。『共存派』。


 権能

 ・〈神装グリッター〉:神々しい白と金の鎧。纏う光輝。

 ・〈王国建国〉:神聖なる『都市』を九つ打ち立て、シリウスはこの都市間であれば瞬時に転移が可能。尚、別の能力で短い距離ならば転移するものもある様子。

 ・〈絶対直進の光玉〉:破壊力抜群の絶対的直進と物理的特性を持つ光の玉。光を取り込み、大きくなることから日中は特に強力。



 《術神紋》サー・クリス

 マナズム連合にいる本好きな紳士。術式を編み、文明を発達させた偉大な人物。初の同盟国であるグランキュリスにも同様の改革をもたらした。中位の《祖なる者》である為、戦闘力は控え目……とサー・クリスは語る。『共存派』。


 権能

 ・〈編む者〉:術式を開発し、構成、稼働できる。〈飛行の術式〉や〈着火の術式〉。



 《獣神紋》オウリオン・ビースキー

 幻想国家イムアジンに君臨する巨漢肥満体の大喰らい女好き独裁者。『従属派』『共存派』問わず《神紋章》の中でも異質なビーストを使役できる能力を持つ。神血にて配下にも同様の能力を授けられ、国として非常に戦力に富む。『従属派』。



 《獄神紋》???

 地獄に存在した爵位持ち悪魔の仮面で複数の能力を行使するらしい。『従属派』




 新聖国家グランキュリス

 九輝将

 アーデン・ロビンソン

 最強の守護者。槍を用いてカニラ時代からシリウスの右腕として活躍していた。無双を誇る歴戦の戦士。


 ラドー

 大楯アイギィーンを扱うカニラ時代からの将であった。力持ちで豪快、しかし短絡的。


 ジェレマイア

 鞭を使い戦場を駆けた老将。卓越した技術で活躍。


 セバスチャン・レミントン

 ヤード出身でカイゼル髭が自慢の紳士。シルヴィアと面識がある。王都の城を守護し、絵画ばかり描いている。しかし噂ではアーデンに次ぐ実力だとか……。


 シメオン

 弓を使う珍しい九輝将で、ヤード出身。しかし殺害されてしまう。


 シルヴィア・ローキン

 銀髪美人、しかしキツい性格で自分の武を高める以外に興味なし。何か事情があり、どこかの勢力に狙われているとか。双剣による一撃必殺の突き技と見切りで対人戦で無類の強さを発揮する。



 その他

 マーベリック・ステイル

 肌黒くドレッドヘアーにサングラス、彫刻像を思わせるバキバキの筋肉に、大剣。アーデンと並ぶ強さを持つシリウスの影。常に笑みと余裕を忘れない男。


 シエラ

 シリウスの妻で、『カニラの奇跡』と呼ばれる美女。カニラ時代からシリウスの家のメイドであった。


 ララ・クリスティー

 シードからやって来た金髪ポニーテールの低身長の幼い見た目をした少女。ちゃん付けも舐められるのも嫌い。規則に厳しく武術に優れているが、何か問題があるらしい。


 レン・クロフォード

 見学に来たグレーの短髪で明るい性格のシード生。ビースト戦に向かない弓を使う。ビーストの知識量が豊富で座学で優れている。


 クリード

 ラストと同じくシリウスに拾われた子供で見事に輝士となる、が…………。


 トーマス

 三年以上もの間にラストの同僚だった老人。里帰りの馬車がビーストに襲われる。


 アグラルフォン

 矛を使い、あのアーデンと同等の腕前を誇るイムアジン最強の武人。


 位表

 シリウス

 九輝将

 指揮輝士長(特別な事態に九輝将が任命)

 指揮輝士(第一線を闘うプロフェッショナル)

 輝士長(輝士を纏める)

 輝士(対人戦だけでなくビースト戦も念頭に置いて神血武器を与えられたエリート)


 都市内の治安を守る衛兵や兵士も存在する。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜

 とりあえずこれで完結としておきます。

 続きの書き溜め分などはもったいないので、サポーターさん用に公開しておこうと思います。

 それから、レビューやコメントをありがとうございました。いつも感謝しておりますが、今回も本当に活力となりました。

 それでは、またどこかの作品で。

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十二国の神達へ 壱兄さん @wanpankun

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