15

 カミヤギが訪れたのはとある一軒家、家主の稼ぎはその家を見るだけで充分わかる。あの仕事の依頼人であったミセルは若いながらに随分と大きな成功をしているらしい。

 ミセルは車椅子に座った婚約者のラミを連れて、家のリビングに姿を見せた。


「慣れましたか?」

「えぇ、あれからだいぶ経ちますからね。まだ自分で歩いたり喋ったりは難しいようですけど、ちょっとずつ感覚は戻ってきてるみたいです」


 ラミは監禁生活中の食事に混ぜ込まれていた薬の効果が抜けきっていないらしく、車椅子に座って明後日の方角を見つめながら、だらしなく口を開けてぼーっとしていた。側から見ればもう廃人と何ら区別もつかない。

 それでも婚約者のミセルのことはちゃんと認識しているのか、彼がそっと頬に手を添えると、顔をぎこちなく動かして、手と自分の頬を擦り付けているような動作をしている。表情に大きな変化は見られないがラミはどこか嬉しそうだった。

 

「しかしカミヤギさん。今日はお見舞いの他にも用事があると言っていましたが、それはいったい……」

「実は、報酬として受け取った金額についていくつか聞きたい事がありまして。あれはミスではありませんか? 提示した金額と実際に受け取った金額が全然違うので……」

「あぁ、あれは僕からの気持ちです」

「いや気持ちって言ったって限度があるでしょうに」


 ミセルからは報酬をちゃんと受け取っている、カミヤギ側から指定した金額以上のものを。ちょっとやそっとの誤差であれば直接会わずとも連絡を入れておけばいいのだが、今回の場合は金額の違いではなくだ。

 これをそのままなかったことにするのはカミヤギには出来なかった。

 言葉に詰まってしまったミセルは、車椅子に座っているラミにちらりと視線を落とし、彼女の頭にそっと手を置いた。「あー」と小さく鳴いたラミを見て、ふっと小さく微笑んだミセルはまた少しずつ話し始めた。


「……本当は、カミヤギさんに仕事を依頼した時からラミにはもう会えないんじゃないかって諦めていたんです。もう二度と会えなくてもいい、でも彼女が『そこにいた』という事実だけがわかれば、僕には十分でした。

 でも彼女は生きていた!

 ……カミヤギさん。あなたから『ラミが見つかった、ちゃんと生きている』と報告してもらえた時の僕の気持ち、わかりますか?」


 ミセルの語る姿の迫力の押されてしまったカミヤギは静かに「……えぇ」と呟くことしか出来なかった。

 カミヤギはそれ以上の話を続けることはなく、二人の近況を尋ねる程度に留めておいた。


「そういえば、あの助手のアンドロイドの方はどうされたのでしょうか。先ほどから姿が見えませんが……」

「彼女には長い休暇を出しているんです。ここのところずっと働き詰めだったので」


 ミセルはなるほどと納得したように何度もうんうんと頷いて、「彼女にも、僕とラミが感謝していると伝えてください」とカミヤギに言葉を託した。

 

「また会う機会があれば、伝えておきますよ。では、私はそろそろ」

「この度は本当にありがとうございました。また来てくださいね」


 ミセルとラミに見送られながらカミヤギは家を出た。駐車場に停めておいた無人タクシーに乗り込み、行き先をとあるリフォーム会社近くの駐車場に設定。車はゆっくりと走り始めた。

 退屈なニュースを流すラジオの音声と風を切る音だけが窓越しに聞こえる車内。車の窓から流れる景色をただぼーっと眺めていると携帯端末から着信音が流れる。

 新しい仕事の依頼だろうか、と思って携帯端末を開くと、


「ここにいます」


 と、町にある小さな武器屋の看板の画像が添えられたメッセージを受信していた。この武器屋は、今カミヤギが走っている道路付近からそう遠くない場所にある。

 カミヤギは座席シートの背もたれに寄りかかった。上着のポケットにしまいかけた携帯端末をもう一度確認し、先ほどのメッセージの差出人が彼女であることを確認する。

 彼女の誕生日から何日経ったのかを指を折って数える。手の指のだけでは数が足りなくなってしまった。

 ハァと大きく息を吐いてそっと目を閉じる。ここのところ寝不足が続いているのと、ほどよい疲労感がゆるりと頭の先から全身に流れ込んでくるせいですぐにでも眠ってしまいそうなほどだ。

 

「目的地を変更だ。一番近くの武器屋に向かってくれ」


 このまま眠ってはならぬ、と無理矢理目をこじ開けて目的地の変更命令を出す。

 10分も走らないうちに車は目的地周辺に到着。近くの駐車場に車を停めて、店の近く、もしくは店内にいるであろう彼女を探す。

 店の中に入ると、入ってすぐに見える場所に彼女の後ろ姿を見つけた。


「47」


 カミヤギが声をかけると、47はくるりと振り向いた。最後に見た時に幾らか伸びたような気がする彼女の黒髪がふわりと誘うように揺れる。

 テーブルの上に並んだ二種類のハンドガン。購入を検討しているようだが、どれにすべきか迷ってなんとか二択まで絞り込めた、といった状況だろうか。

 

「おいあんちゃん、このアンドロイドの知り合いか? ちょっと一緒に考えてやってくれよぉ」


 随分と長い間付き合わされているのかうんざりした様子の中年店員がカミヤギに援護を求めた。「しょうがない」と肩をすくめて、47の隣に立つカミヤギ。

 店員から許可をもらい両方とも試しに構えてみる。

 片方は一般市民が護身用に使用することを想定して製造され、結果世間に広く流通したタイプ。もう片方は警備用アンドロイドに支給される銃に選ばれている、銃そのものの性能や拡張性に優れた実戦向けタイプ。値段のことはこの際気にしないでおいた。この前の仕事のおかげで今だけは値札を見ても動じなくなってしまったためだ。


「どちらも悪くない。ただ、この二つから選べと言われたら俺はこっちの銃の方が好きだな」


 カミヤギが選んだのは実戦向けの銃。明確な理由を述べることはできないが、なんとなくこちらの方がしっくりきた。


「ではこっちでお願いします」


 どれだけ長い間店員を困らせていたのかカミヤギは知らないが、やっと話の進んだことに安堵した店員が大きく息を吐いて、背中を丸めたままレジの方に向かっていった。

 47は武器ケースを小脇に抱えて、カミヤギと駐車場に停めてあった車に乗り込んだ。このまま二人でどこかに出かけようというつもりはない。『二人きりで誰にも邪魔されず話ができる場所が欲しかった』という思いが一致しただけだ。


「銃、撃てるようになったのか?」


 座席に腰掛けた47の太腿の上に置かれた武器ケースを見ながらカミヤギは呟いた。

 カミヤギが彼女と別れてからもうだいぶ経つ。両手の指では足りないほどの日数、彼女の身に何かしらの変化が訪れていてもおかしくはない。

 そう尋ねられた47は武器ケースをゆっくりと開けて、その中に収められた銃を人差し指で優しくなぞった。


「いえ、今も撃てません。だからこのマガジンに弾を込める気は元よりありません。……ですが『武器を持っている』と相手に伝わるだけで充分です」


 カミヤギは「なるほどな」とボソリ呟いてシートに深く座り直した。

 

「それにしても……自主解体、行かなかったのか」


 47は大層困ったような表情を浮かべながら、居心地悪そうに頬を指で軽く掻いた。 


「……実は、役所には一度だけ行ったんです。そこで長い間待たされた後、必要な書類だからと言われてペラペラの紙とペンを渡されました。

 そしたら、自分でも変だなと思うくらい急に面倒臭くなって、役所の人に『やっぱりいいです』と断って抜け出しました」


 47の話を聞いてカミヤギはハハハッと声を上げて笑った。

 この技術革新後の時代において、しかもその象徴とも呼べるアンドロイドに向かって、『紙とペン』を渡すだなんて滑稽極まりない話だ。

 ゲラゲラと笑った後のカミヤギは、目尻に若干溜まった涙を指で拭って、

 

「それでもまたいつか、行くんだろ?」


 と、尋ねた。

 しかし、47から返ってきたのはカミヤギが考えていたのとはまた別の答えだった。


「……さぁ? どうでしょうね。今は他にので」


 意味ありげな47の言葉を聞いて、何かを悟ったカミヤギは眉を歪めた。

 律儀に足を揃えて座席に座っていた47がするりと足を組む。こちらを向きながら首を傾げ、その時はらりと顔にかかった横髪は人差し指で耳の上に乗せる。まじまじと見せつけられる47の美しい顔立ちと女性らしさそのものを表すような仕草に、思わずカミヤギの心臓はドキリと跳ねた。

 カミヤギが唾を飲み込む音が車内にこだました、ような気がした。

 カミヤギを見つめていた47がわずかに口角を持ち上げた。それとは真逆にカミヤギは口をへの字に曲げて47の微笑みから顔を逸らした。


「用心棒と事務員は、いつでも必要ですよね?」


 何か言い返してやろうとして必死に頭を回すが言葉が浮かばず、落ち着きのない身振り手振りが空を切るだけだった。苛立ちの隠しきれない声がカミヤギの口から漏れ出る。その苛立ちの矛先は47ではなく、こんな大事な時に格好つけられない自分自身に向いていた。

 しどろもどろになりながら、やっとの思いで口から出てきたのは、


「あぁ、必要だ。いつでもな」


 壊れそうなほど退屈なそのまんまの言葉だった。それを47は笑いはしなかった。満足げな表情を浮かべながら静かに手を差し出して、

 

「では、これからどうぞよろしくお願いします」


 そう言った。

 カミヤギはどこか不満そうにしながらもその手を握り「よろしく」と短く返した。


「それじゃあ、出発しよう。あまり長いこと駐車場にいると金が必要になるからな」

「……あぁそうだ、事務所の改築の件はどうなりましたか? もう終わりましたか?」

「いや、本当なら今日の今頃その相談をしているはずだったんだが、思いもよらぬ再会を果たしたのでね。予定がだいぶ遅れてしまった。……しかし、丁度良かった。以前君から聞いたはずの要望を全部忘れてしまっていたからね。必死に思い出す必要がなくなって安心した」


 車の行き先をリフォーム会社に設定し車を走らせる。

 車内では47とカミヤギの二人が、改めて事務所の改築にあたってどんな風にしたいかを話し合っていた。

 あれがいい、これがいい。あんな風にしたい、こんなのはどうだ。

 今日の天気をお知らせしているラジオの音声が遠くに聞こえるほど、二人の話は盛り上がった。


『今日の天気は晴れ。降水確率は10%。昨晩降った雨のことなんて忘れてしまうほどカラッとした天気が一日中続く、絶好のお散歩日和です』


 天気予報通り、昨晩の雨で濡れた道路もう既に乾ききって、道の小さな窪みに出来た水たまりは姿をどこかへ消していた。

 ぽつんと浮かぶ雲の白が目立つほどの澄んだ青が、どこまでも続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

或ル機械人間ノ噺 柳路 ロモン @lolomonium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ