case 4 :
12
ラミの行方を追ってKL地区内の宿泊施設を回った。ほとんど収穫はゼロだが、日が暮れ始める前に地区内で残りひとつのホテルに着いた。
高級ホテルに比べると見劣りはするかもしれないが古さや汚れの目立つような建物ではなく、よくありがちなお手頃なビジネスホテルという印象だった。
「ここで話を聞いたら、そのまま今日は休もう」という予定を立て、47とカミヤギは車を降りた。
受付窓口にいる男性に、カミヤギがラミの画像を見せながら声をかける。
「泊まりたいんだけど部屋は空いてるかな。あとついでに、この人をどこかで見かけたことはないか? だいたい二週間前くらいに」
男性はカミヤギと47、それと画像を交互にじろじろと眺めた後「お待ちください」とだけ言って控室の方まで下がって行ってしまった。
カミヤギが周りの人には聞こえないよう声を潜めながら「せめて泊まれるかどうかだけは教えて欲しかったのだがな」と愚痴をこぼしていた。サービスの質も高が知れている、ということなのか、それとも高級ホテルでの対応を見てしまった後だからそう感じてしまうのか。
受付の前で待たされている間に日はどんどんと落ち、ホテル内には次々と寝床を求めて宿泊客がやってきていた。最初の印象通り、このホテルを訪れる客層は堅苦しいスーツ姿でネクタイを首巻いたビジネスマン。こんな時間になるまで働いていたのかと思うと、彼らの苦労を憐れむと同時に感謝の念さえ湧いて出てくる。
……ただ妙なことに誰もチェックインをしようとしない。
エントランスに設置されているソファに腰掛け、テレビの電源を点けぼーっと見ていたり、携帯端末の画面とにらめっこをしていた。
窓口に誰もいないから、という理由で片付けるには納得のいかない不気味な光景に47は確かな違和感を感じていた。
47がそちら側をじっと見ているとたまたまこちらを向いたスーツ姿のひとりの男性と目が合った。その瞬間、水風船が頭の上で"パチン"と小気味良い音を鳴らしながら弾けて中に入っていた冷たい水が自分の背筋を伝うような、初めて味わったら決して忘れられないどこか懐かしい感覚が全身に流れ込んだ。
「カミヤギ」
47はすぐさまカミヤギの方を向いて、音量は控えめに声をかけた。
窓口のカウンターに片肘を乗せた隙だらけの格好で、彼女がこちらを向くのを知っていたかのようにカミヤギは47の方に視線を向けていた。カミヤギは自信ありげに口角を持ち上げ「わかってる」とだけ答えた。
勘とか第六感にと称される物で47が感じ取ったのは『殺意』、もしくは『殺意によく似た危険な感情』。
47と偶然目の合った男性だけではない。おそらくあの宿泊者––に擬態した何者か––たちの全員が二人を殺す気でいる。惜しいことに殺意を隠しきれていない、標的が素人ならそれでもいいのかもしれないが勘のいいカミヤギと訓練された47にはそれが裏目に出た。
「当たりだな」
カミヤギのこの言葉。言葉数は少ないが47には何を意味しているのかがすぐにわかった。
KL地区内で多発している行方不明事件、元凶はここにある。
思い込みや過剰な妄想は災いを招く。だが、この状況に身を置きながらなお「気のせいだろう」で済ませているようでは命がいくらあっても足りない。
ちょうど受付の男性が窓口に戻ってきて「担当者がお待ちですので、こちらまでお願いします」とエントランスから別の場所へ移動するよう促された。
二人は従順に窓口の男性の後を追った。そのまま従業員用と思われるの部屋に案内されるが、開けてくれたドアの向こう側の部屋は部屋は真っ暗で、「担当者が待っている」と言っていたはずなのに、部屋の中に誰かがいるような気配はしない。嘘をつくならもう少しマシな嘘を、と言ってやりたかった。
「真っ暗だな。照明はセンサーで感知して自動で点いたりしないのかい? 大抵そういうものだと思ってたんだが」
「大変申し訳ございません、現在センサーの方が故障中でして。手動のスイッチが部屋の中にございますのでそちらをお使いください」
入室を躊躇っていると、男性に若干語気を強めて急かすように「早くお入りください」と言われ二人は大人しく部屋に入る。部屋と廊下を隔てるドアが閉まると部屋は暗室状態になった。ゆっくりと闇に自分が飲まれないように部屋の奥へ進む。
スイッチの在りかを示すぼんやりとした橙色の明かりを頼りにして、照明のスイッチをカミヤギが押すと部屋は一気に明るくなった。明暗の差に目が眩むような程だ。
この部屋に家具はひとつ置かれていなかった。外光を取り込むための窓は全て塞がれ、床と壁には部屋の音が外部に漏れないよう吸音材が設置されており、この部屋が本来の用途で使われていないことは明らかだった。
「動くな、今すぐここで死にたくなければ大人しくしろ」
47の背後に立っていた男性が、彼女の後頭部目掛けてハンドガンの銃口を向けていた。後頭部に銃口が触れるか触れないかの距離感、間違いなく回避は不可能。こんな状況に立たされてもなお、47はそこまで『命の危機』は感じなかった。
「随分と、安っぽい脅し文句ですね」
「喋るな! 殺されてぇのか? 銃はお前の脳みそを狙ってんだ。少しでも変な真似をしたら躊躇なく引き金を引いてやる」
47がカミヤギの方にちらりと視線を移すと、彼は腕を組んだままこくんと頷いた。そして、
「やってもいいぞ」
と、47だけでなく男性にもはっきりと聞こえるように言った。
アンドロイドが『無闇矢鱈に』人間を傷つけないよう設定されている安全装置は、相棒に登録されているカミヤギの反応を皮切りに解除される。これで初めて47は人間に対して攻撃が可能になる。
「攻撃したい」と思って体を動かそうにも、錆びて動きの鈍くなった年代物の機械のように重かった47の体は、油をたっぷりと差したみたいに滑らかに動き始める。
47は片足を振り上げ、踵で男性の股間部を鋭く蹴り上げた。獣のような声をあげながら悶絶する男性だったが、彼らが用意しているこの部屋の仕様が災いし彼のうめき声は外には一切聞こえない。トドメに男性の顔面目掛けて膝をぶつけて確実に意識を刈り取る。
瞬きほどの一瞬の出来事だった。
「アンドロイドの膝蹴りか……喰らった時のことなんて想像したくない。ちょっと考えただけで寒気がする」
膝蹴りひとつで大きな凹みが出来上がった男性の顔面がその威力を物語っていた。折れた鼻の下からは鮮血がたらりと顔を見せていた。
彼の持っていた拳銃を拝借し、気絶しているのを好機とばかりに所持品を漁ると携帯端末を見つけた。暗証番号の入力が求められたが、カミヤギが適当に「0000」と入力してみると幸運にも携帯端末のロックは解除された。
「両親に『自分が何をしているか』自信満々に言えないようなことをしているんだ。プライバシーだとかセキュリティの意識は徹底して欲しいものだね」
部屋の壁に寄りかかって携帯端末を操作するカミヤギ。何か役に立ちそうな情報が見つかればよいのだが……。
結果は上々だった。彼らが連絡用に使用しているメッセージアプリの履歴を遡りやりとりから得られる情報をつなぎ合わせていくと、このホテルや彼らの正体が判明した。
「表向きはホテルだが、実際は宿泊客を監禁もしくは殺害して好き放題実験を行う施設。しかも施設の関係者のほとんどが訳アリの医者、もしくはその助手、生徒。医学の発展に出遅れたかつまずいた者たちの集合場所、か。
ここ最近多発していたKL地区での行方不明事件の原因はこいつらで間違いない。部屋に閉じこもってネズミに薬を与え続ける生活には飽きた……といったところだな」
あらかた情報を集め終えて用済みとなった携帯端末は男性の側に戻しておいた。
「行くぞ47。最優先事項は地下にある実験施設の無力化だ。監禁されている者たちの救助は一旦後回しにしよう」
「了解。私が先行しますので、援護をお願いします」
47は男性から奪ったハンドガンをカミヤギに差し出した。だが、自分が持っていてもしかたがないから、という彼女の意図はカミヤギにも伝わっているはずなのに彼は受け取りを拒否した。手のひらをハンドガンに向けてひらひらと振り、それに合わせて首も横に振っていた。
「持っておきなよ。念の為、って奴」
「いやしかし、私が持っていてもこの銃は使い物になりませんので……」
「引き金が引けなくても、それで相手の頭をカチ割るくらいのことは出来るだろうに。それに、『相手が銃を持っている』というのはそれだけでも結構な圧力になる。お守りみたいなもんだと思ってさ、持っておきなよ」
47はハンドガンを持って行くことになった。このことに納得はしていない、妥協の結果だ。
準備を終えた二人は地下へ向かう階段を探すべく部屋を出た。エントランス側の階段は用心棒たちで溢れているため、非常階段を目指すことに。
警備や見回りはそこまで厳重ではなく、足音や曲がり角に気をつけて進めば大して難しいことではなかった。
二人が非常階段にたどり着くまでに出会った人間はひとりだけ。非常階段の前で退屈そうに大きな欠伸をしながら、自分の役目なんて忘れたかのように携帯端末をいじる男性ひとりだけだった。助けを呼ぶ暇もなく47から一撃をもらって、廊下の壁にもたれかかって気絶している。
「よし、ここからだぞ47。相手が降伏した場合はそのまま放置、武器を持って反撃をしてきた場合は躊躇なくやれ。銃でも鈍器でも刃物でも、とにかくなんでもだ」
47が「了解」と小さく呟くとカミヤギは満足げに口角を少しばかり持ち上げ、ゆっくりゆっくり非常階段を一段ずつ降り始めた。
頼りない照明が照らす薄暗い踊り場、蜘蛛の巣の張った天井。
非常事態にここを通ることになったら余計に不安と心配で胸が詰まりそうな階段を、47は一段ずつ足の裏で足場の有無や安定感をしっかりと確かめながら降りていった。
二人の間に会話はなく、カツンカツンと響く足音が耳に残るばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます