case 3 :
10
運転手のいない車というのはやはり不気味なものだ。車両に搭載されている人工知能に話しかければ目的地への到着予定時刻や今日の天気くらいは教えてくれるのだが、無人タクシーを何時間もたった一人で乗り続けることになったら大抵の人間は気が狂ってそこのドアから身を投げてしまうのではないだろうか。
「『一家団欒、家族みんなでまとめて入れる棺桶』なんて揶揄されてたこともあったな」
窓の向こう側で流れていくKL地区の景色を眺めていたカミヤギが昔を思い出してくすりと笑った。今でこそ笑い話に出来るが昔の自動運転車両はそう呼ばれていた。
自動運転技術の誕生と発展により、運転せずとも車で移動できるようになったのは確かに便利だ。ただ、「快適だ」とは誰も言っていない。
南東の空に昇った太陽がKL地区の街並みを照らす。
最も医療が発展した街、というだけあってか、街の中心に位置する超大型病院がどこからでも見える。建物の外見にこれといった目立つ特徴はないが、とにかく建物の規模が凄まじい。あの施設にどれだけの医療従事者が働いていて、あの白い壁の向こうにどれだけの患者が入院しているのか全く検討もつかない。
噂では、「設備が整ってるだけで医者の質は良くない」「近くの小さな診療所の方が信用できる」など散々言われているらしいが、病院の世話になったことのない47にはその噂が本当かどうか、真実を確かめる術はない。
「目的地『ホテルハイエスト』周辺です」
機械音声によるアナウンスが車内に響く。
この無人タクシーが向かっているのは、KL地区にある宿泊施設のひとる。その中でも特に評判の良い高級ホテルだ。
今日はここで寝泊まり……というわけではなく、調査の一環で向かっている。
「ラミさんの出張先はミセルさんから教えてもらった。泊まり込みでの出張だったらしいからどこかの宿泊施設を使ったのは間違いないと見ているが、流石にどこに泊まったかまではわからなかった。地道な作業になりそうだが、行くぞ」
今後の動きを一通り確認して車を降りたカミヤギ、その後を追うように47も車を降りた。
ホテルハイエスト、KL地区内で最も極上のサービスを受けられると評判の高級ホテルだ。一般庶民が無意識に財布の紐を固く結んでしまうような料金設定だが、一度泊まればその料金に納得、むしろお得に感じてしまうほど……とのことらしい。
ホテルのドアを通る前にカミヤギは、その横で待機していた筋肉質で体格の良い男性に「少しいいですか?」と声をかけた。
「とある人物を探しています。関係者の方、例えば宿泊客のデータを管理しているようなお方にお会いしたいのですか……」
男性は無線で誰かと会話をしているようだった。我々に聞こえないよう必要最低限の声量で喋っているため、どんな話をしているのかはわからない。
「了解。警察業務委託者証明データの提示を要求します」
カミヤギは携帯端末を取り出し何らかの操作をした後、男性に画面を見せた。気張り詰めた空気が一瞬流れる。
「異常なし。担当者が向かいますので、エントランスにてお待ちください」
「どうも」と男性に軽く礼を言い、カミヤギは47より一足先にホテルの入り口をくぐった。
エントランスにあるソファに腰掛けて待つことしばらく、最初は肌に合わなかった高級感の飽和するエントランスの空気が馴染み始めた頃。ひとりの男性が人懐っこい笑みを浮かべこちらの方に駆け寄ってきた。
程よく人生経験を得て、黒縁眼鏡の乗った顔に薄く細いシワが刻まれ始めた三十代中頃の男性。軽く動いたせいでわずかに乱れた髪型は、逆に彼の人間味を引き出していてむしろ好印象かもしれない。
「すいませんすいません! お待たせしました! 担当者のナカムラです、ささっ、こちらの方までお越しください!」
"歩いている"と表するにはあまりにも速い足取りでナカムラは進んでいく。そんなに焦る必要があるのだろう、47は首を傾げた。
置いていかれないように二人も若干駆け足気味で彼を追い、案内されたのは小さな会議室。そこの椅子に適当に腰掛け、話をする準備が整うのを待っていた。
ナカムラも椅子に座り落ち着いたところで、あらためて三人は、これから話を始める合図として軽く頭を下げた。
「カミヤギと言います。こちらは助手のアンドロイド、machina-47。呼び方は47で構いません。今日はありがとうございます」
「いえいえ、警察業務委託関係の方がいらしたのでしたらすぐに対応するのが我々のマナーというか常識ですのでお構いなく。えぇっと、たしか……人探しをされているとのことでしたね?」
「はい。捜索対象はこちらの女性、二週間ほど前に出張でKL地区を訪問していたらしく、地区内の宿泊施設を使用した可能性があります。こちらのホテルに泊まった、という証拠はありませんがお力を貸していただきたいのです」
液晶の広い携帯端末とカミヤギが見せている女性の写真を交互に見比べて、ぶつぶつと「二週間前のデータ……」「女性の宿泊客一覧……」と何かを呟いている。
「わかりました。その女性の詳細な個人情報をお伝えすることは出来ませんが、『泊まったか泊まっていないか』くらいの情報提供なら問題ないでしょう。しばらくお待ちください」
なんとか情報を手に入れられそうだ、と47とカミヤギは目を合わせてこくりと頷いた。
「ところでなんですが」
ナカムラが手を止めることなく、話題を変えてきた。
「47……さん、はもしかして、以前は別のお仕事で働いていたなんてことはありませんかね……?」
47は肩をびくりと跳ねさせてわかりやすい反応をした。目を丸くして、ナカムラに「どうして、そんなことを急に?」と聞き返すのが精一杯だった。
ナカムラは鼻の下を人差し指で擦り恥ずかしそうに小さく微笑むと、
「服装や髪型が変わっていたので最初はわからなかったんですが、じーっと見てみると『あれっ!? 見たことがあるぞ!』と急にピンときましてね。……よければ、私の思い出話に付き合ってもらってもいいですかね」
47は個人的な興味でナカムラとはいったい、いつどこでどんな風に面識を持ったのかが知りたくなって「どうぞ」と優しく答えた。
「二年前のことなんですけど、とても印象的な出来事だったのでついさっきのことみたいに思い出せます。当時私は、過激派たちの反乱運動から逃れるために妻と娘を連れて避難所に向かっていました。避難所で今夜はひとまず安心して眠れそうだと思った矢先のことでした」
消し去ったはずの記憶がまた蘇る。
「避難所襲撃事件ですね」
「はい。流石に全員死んだと思いましたよ。避難所周辺に配備されていた警備員たちは全員殺された上に、避難所にいた全員が人質にされて……。自分がこうやって生きているのが不思議なくらい最悪の出来事でした」
ナカムラはその夜のことを語ってくれた。時折聞こえる鼓膜を突き破らんばかりの悲鳴と銃声、嗅ぎ慣れない硝煙と微かに鼻を刺す血の香り、怯えて震えることしかできない妻と娘の夜風で冷え切った体温。
生々しい。そう形容するしかない体験談にカミヤギは顔を歪めていた。
「47さんとは、その時お世話になりました。娘の怪我の手当までしてもらって――――」
ナカムラの言葉を聞いて47はハッと息を呑んだ。消えてしまったパズルの一ピースを見つけた時のように、そこだけすっぽりと抜けていた記憶を思い出した。
どんな顔をしていたかは覚えていないが、確かに父親と思わしき人物に抱えられていた四、五歳の女の子の怪我を手当てした記憶があった。戦闘中に割れたガラスが原因か頬の大きな切り傷から血が流れていた女の子だった。
そうか、あの時の――――。
「あの娘は今……何をしていますか?」
「今年から学校へ通うようになりました。将来の夢は『アンドロイドのお医者さん』だそうです。当時のことをどれだけ覚えているのかは本人にしかわかりません。ですが、彼女にとってあの時の47さんは自分の将来を決定づけてしまうような存在だったのかもしれませんね」
そう語るナカムラは娘のことを思う父親らしく微笑んだ。
「すみませんこんな話に付き合ってもらって……。今、データの収集が終わりましたのでご報告を……と思ったのですが、残念ながらこの女性がこのホテルに泊まったという情報は得られませんでした。お役に立てず申し訳ありません」
深く頭を下げて謝罪するナカムラ。カミヤギは「気にしないでくれ」と言って顎に指を当て今後の動きを考えているような素振りを見せた。
このわずかな沈黙が、今はじっと耐えきれないほどで、47は口を開いた。
「あの、もし良ければなんですが、娘さんに『がんばれ』とお伝えしてもらっていいですかね……」
47の提案をナカムラは「もちろん!」と快諾した。
思い出話もそこそこに、流石にそろそろ各自の仕事に戻らなければいけない三人は解散することになった。得られる情報はそこまで多くなかったが、"ラミさんはここには泊まっていなかった"という重要な手がかりだけは見つかった。
ナカムラに見送られながら、47とカミヤギは無人タクシーに乗り込んでホテルを後にした。
次の目的地はまた別の宿泊施設、かと思えばカミヤギは、
「そろそろお昼ごはんでも食うか」
と言って目的地を繁華街近くの適当な駐車場に設定し、車は動き出した。
「私は別に食事は必要ないので、どこかで待ってますよ」
「まぁまぁそう冷たいこと言うなって。仕事先での食事を楽しむって言うのも大事な仕事のひとつだぞ。今日くらい財布の紐を緩めたって誰も文句は言わない。それになにより、ご飯は誰かと一緒に食べた方が美味いからな」
まぁそこまで言うのなら、と47もカミヤギと一緒に昼食を楽しむことにした。
「47、何か食べたいものはあるか? 評判の良い店を調べておくぞ」
「……ラーメン」
「『KL地区 ラーメン 人気店』……っと。おぉ、参ったな47。美味しそうな店がありすぎて決められない」
しょうがないなこの人は、と呆れる47。だがまんざらでもなさそうな小さな笑みは隠しきれていなかった。
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