09

 いつまでも依頼人の前でうなだれているわけにもいかないカミヤギは、わかりやすい営業スマイルをぎこちなさげに浮かべながら顔を上げた。

 ――――報酬はいくらでも出すから、と言われた所で、怪しい噂の絶えないKL地区で行方不明になってしまった恋人を探しに行くリスクは計り知れない。しかも行方がわからなくなったのがもう二週間も前だと言うのだ、結末がどうであれもう手遅れだろうに。47は依頼人のミセルを思い決して口にはしなかった。

 

「何かと暗い噂の出始めたKL地区です。我々のような個人業者より警察組織を頼った方が賢明かと思われるのですが……」


 カミヤギの言うことは断じて間違いではない。警察組織の業務委託も行なっている業者は数あれど、やはりこういった相談は警察に回した方が賢い判断といえよう。

 しかし、ミセルは事情ありげな悲しい目をしながらポツポツと話し始めた。


「実はもう既に一度警察の方に相談はしてみたんです。しかし、運悪くあまり評判の良くない方が担当になってしまいまして……。何を訊いても『現在捜査中だ』と答えるばかり。――――真面目な方とは思えませんでしたね。

 おまけに、ついこの間改めて彼に話を聞きに行ったら『追加で現金を渡してくれたら俺個人が仕事を引き受けてやる。もちろん口外無用の案件だ』と告げられましてね。あぁもうダメだ、と思ってなかったことにしたんです」


 笑い話にでもしてくれ、というようにわざとらしく微笑むミセルの笑顔が信じられないほど痛々しかった。


「で、この辺りに優秀な便利屋がいると耳にしまして、今日に至ります」


 事情を全て語り終えたミセルはお茶を啜った。

 来客用の湯呑の底がちらりと見え、47が「おかわりは」と小さく訊くと「お願いします」と朗らかな笑みを浮かべるミセル。

 47がお茶のおかわりを持って戻ってくると、カミヤギが依頼についての相談をするべく話を戻した。

 

「ミセルさん、改めてあなたに確認したいのですが、あなたは先ほど『報酬はいくらでも払う』とおっしゃいました。その言葉に、間違いはありませんね?」

「はい」


 確かな芯を持った力強い返事だった。


「……わかりました。行方不明になったラミさんの捜索依頼、引き受けましょう」


 顔中を人形使いが操る糸に引っ張られているのかと思えるほど張り詰めていたミセルの表情が一気に柔らかくなる。

 だが、安心するのは早い。仕事を引き受けてもらえたというだけでラミの行方が明らかになるかはまだ確定事項ではない。彼自身もそれを理解しているのか、ふにゃりと柔らかくなった表情は一瞬の内に元通りになってしまった。

 その後は坦々と話が進んだ。ミセルとは調査の進捗を逐一報告することを約束した。また、報酬に関しては「ラミの行方を知ることが出来れば」という条件付きで、基本料金に上乗せしてミセルが追加することも決まった。

 ひとまず話が済んだ後帰宅するミセルを二人は見送り、彼の姿が見えなくなった辺りで中に戻った。


「さて47。今回の依頼はただ目撃情報を集め、行方を推理し、目的地に向かうだけじゃ済まない。規模に大小の差はあれど何らかの戦闘が予想されるだろう。入念に、ひとつの漏れも許さぬほど徹底的に備えるとしよう」


 カミヤギの目つきはいつも以上に鋭く険しいものであった。危険地帯に赴くことへの警戒心の表れか、それとも依頼人に対する特別な感情の入れ込みか。どちらにせよ、あまり彼らしくない振る舞いなのは間違いなかった。

 仕事の開始は明日の早朝に決定。地区を跨ぐことになる移動になるため事前に無人タクシーを手配しておくことに。突然舞い込んできた大掛かりな仕事に、事務所を忙しなく動き回りながら準備を始めているカミヤギの姿を、47は目で追っていた。


「カミヤギ」


 思わず、無意識のうちに、そう声に出していた。

 47の呼びかけに反応して、ぴたっと動きを止め「なんだ」と47の方を向くカミヤギ。手には彼の愛用しているハンドガンの弾倉が握られており、これから非殺傷性の専用弾を装填する作業に入るとことだったのだろう。

 弾倉をそっと机の上に置いた時に発せられたコトンという音を最後に、静寂、何も言わない、ただお互いの姿を目に焼き付けるだけの時間が流れる。


「私は、貴方のお役に立てるのでしょうか」


 47が感じた不安。戦闘が予想されるのならば銃撃戦が始まる可能性も考慮に値する。その時、彼女は何をすれば良いのか。何を思いながらカミヤギの姿を見ればよいのだろう。「自分には出来ないから」と塞ぎ込んで、己の無力さに打ちひしがれていればよいのだろうか。

 もしカミヤギが傷を負ったら? もし敵に追い込まれたら?

 予測可能な未来が一挙に押し寄せて47の思考を支配する。


「もちろんだ」


 カミヤギは、曇りなき眼を47に見せつけながら言ってみせた。躊躇う様子などひとつも見せず。


「色々と不安に思うのは仕方がないだろうな、気持ちはわかる。だけど君は、例え銃が撃てなくても、俺が『背中を任せられる』と心から思える存在だ。胸を張って、背筋をぴんと伸ばし、いつもみたいに凛とした振る舞いを見せておくれよ。

 なんだったらあれだぞ、準備運動と称して投げられるくらいだったら全然構わんぞ!」


 けらけらと楽しそうにカミヤギ。事務所中によく響く彼の笑い声は、47にのしかかっていた重圧だとか不安を吹き飛ばしてくれたような気がする。

 47はそれを正直に伝えることはせず、「結構です。怪我をされては困るので」と無愛想な返事をするだけだった。


「戦闘は極力回避、もしくは隠密行動ステルスアクションを心がけるとしよう。そうすればこちら側の被害や労力も少なくなる。それにこの弾は貴重なんだ、無駄遣いしたくない」

「隠密行動……ですか、あまり得意ではないのですが――――まぁ、理由には納得です。やれるだけのことはやります」


 カミヤギが47の発言を受けて、なぜかきょとんとした目で彼女を見つめていた。


「意外だな47、てっきり得意なものかと思っていたんだが……」

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