08

 昼食を終えた47とカミヤギはアサクラ工房を去りぶらぶらとどこへ行くでもなく街を歩いていた。当初の予定では47の修復作業が完了した後は事務所に真っ直ぐ帰る予定だったのだが、胃袋に大量の荷物を抱えてしまったため急遽腹ごなしついでに散歩することになった。

 その道中、カミヤギは非常に気がかりな言葉を吐いた。


「事務所の改築をしたいと思っているんだが、どうだろう」


 辺りを見回しても、ふと「そういえば」と思い起こさせるような建物や看板は見当たらない。電光掲示板に流れる広告動画にも関連する動画が流れた気配は感じない。前々から考えていたことを今打ち明けた、という印象を受けた。

 47は「良いと思いますよ」とまるで他人事のように答えた。事務所ではカミヤギはもちろんのこと47も仕事や寝泊まりをしているというのに。


「薄々感じているとは思うがあの建物かなり古くてね。所々老朽化が進んでいる部分なんかが目立ち始めてる。日常生活を送る上で大きな問題はないがあそこは俺たちの仕事場でもあるからもっと快適にしたいとか考えてたんだよ。

 特に依頼人達にはもっと事務所を居心地の良い場所だと思ってもらいたい。事務所の家具とかも新調して、仕事場のデスクはもっと広いものにしたり応接室のソファはもっと座り心地の良い物にしてみたりだとか――――」


 全くもってカミヤギの言う通りである。その意志をわかりやすく示す相槌を打っていたわけではないが、47も考えていたことはまるっきり同じであった。


「資金はどれくらいあるのですか」

「問題はそこだね。やりたいことが頭の中で夏場の雑草みたいに無尽蔵に湧いて出てくるんだが、お金の話になると皆枯れてしまう。改築用の資金をコツコツと貯めながら暮らしてはいたんだが、今日明日実行というわけにはいかないな」


 事務所内で特に傷みの目立つ部分の修復のみなら安く済みそうなものだが、改築となるとかなりの予算が必要になりそうだ。47はカミヤギがどれだけの貯蓄を持っているのかは詳しく把握しているわけではないため、彼にかけられる言葉は「お仕事頑張るしかありませんね」くらいだった。頭を掻きながら「その通りなんだよなぁ」と呟くカミヤギ。


「地道に貯めるのも悪くない、でもどうせなら一発ドカンとデカい仕事をやって報酬もたんまりもらってみたいんだがなぁ」


 47が便利屋の助手として働き始めてわかったのは、もらえる報酬にはかなりバラつきがある。

 依頼人からのちょっとした手伝い、例えば『迷子の捜索』や『庭の草むしりの手伝い』等でもらえる報酬は微々たるものだ。ただ、もらった報酬と使った労力を比較してみると案外得をしているような気さえする。たったこれだけで? と思えるような仕事が思わぬ稼ぎに繋がったりもするため、決して舐めてかかってはいけない。

 逆に労力を惜しみなく使う仕事――つい最近の話でいうと『街のヤンチャグループに盗まれた貴重品を取り返してきてほしい』という依頼なんかがこれに当てはまる。この仕事の依頼人がなかなかに面倒な人間だった――になってくるともらえる報酬も一気に跳ね上がる。

 それは同時に大怪我や命に係わってくるような危険性も孕んでくることを意味する。事務所の改築に必要な資金を一気に集められるような仕事とはいったいどんなものなのだろうか。47は、答えを見つけたくない問いかけを自分自身に投げかけてしまった気がしてそれ以上深く考えるのは止すことにした。

 散歩からの帰り道、行きの時点で間を埋める話題はとうに尽きたものかと思っていたが、事務所の改築についての話題が上がってからというもの嘘のように口が回り始める。

 こんな風にしたい、あんな家具や道具を置いてみるのはどうだろう、こういう雰囲気の部屋なら落ち着いてもらえるのではないだろうか。

 話の種は尽きることを知らず、事務所の建物が見えてきたあたりで「お金が溜まったらもう少し考えよう」と話を着地させた。

 賑やかでやかましい大通りから少し外れた所にある二階建ての古いビル。カミヤギはこのビルを丸ごと買い取り、一階を事務所、二階を居住スペースとして運用している。

 つい昨日まであまり意識していなかった気もするが、「建物自体が古くなってきている」と改めて言われるとそうとしか思えなくなる。”今にも崩れそう”というほどでもないのだが地区の中心部で見かけた真新しいビルと比較してしまうと、土台への信頼感はやや薄れている。味わいのある古さ、と言ってしまえばそれまでだが、カミヤギが改築を考えるのもなんとなく理解できる。

 まじまじと建物を観察していた47は、そんな事務所の前に誰かが佇んているのを見つけた。

 ビジネススーツを着た金髪の男性、彼の口元を囲うように濃く生えた金の髭が遠くからでもよく目立つ。この辺りでは見かけたことのない人だ。

 彼は事務所の玄関の前で何かを待っているように立ち尽くしており、ただただボーっと訳もなくその場にいるようには思えなかった。スケジュールに余裕がないのかそれともただただ焦っているのか、左手首に巻いた腕時計型端末を何度もチラチラと確認している。

 いかん、これ以上彼を待たせてはいけない。

 47とカミヤギは事務所までのあと少しの道のりを駆け足で進んだ。

 事務所の方に戻ってきた二人に気づいた男性は不安の隠しきれない表情を浮かべながら、カミヤギの方を向いて「カミヤギ相談所の方ですか?」と声をかけてきた。

 カミヤギが軽く息の弾ませながら「そうです」と短く答えると、男性の表情はパッと一転して明るくなった。


 「実はお願いしたいことがありまして……」


 依頼人で間違いない。カミヤギが依頼人との立ち話が盛り上がってしまう前に、47は急いで事務所の中へ男性を案内し、お茶の用意を始めた――――。

 来客対応用に事務所に簡単に設けたスペース、そこの一人掛けのソファに男性を座らせた。47が差し出した白い湯気の昇るお茶をテーブルの上に乗せると「ありがとうございます」と丁寧な言葉を返しそのまま口に運んだ。

 先ほどより近くでこの男性を見てみるとまた違った情報が得られた。

 髭があるせいでそう見えなかっただけで、彼の年齢は47が想像していたより若そうだ。カミヤギと同年代か、もしくは一年二年の差でこの男性の方が年上だろう。

 一度身だしなみを直してきたカミヤギが戻ってきた。「初めまして、カミヤギと言います。こっちは助手の47」と簡単な挨拶をすると、男性はすっと立ち上がって軽くお辞儀をして「ミセルと言います。今日はありがとうございます」と真っすぐカミヤギの目を見て言った。

 

「本日はどうされましたか? ミセルさん」

「実はですね……えっと、お願いしたいことがあってここに来ました」


 動揺やら緊張やらで頭が上手く回っていないのかミセルの話し方は落ち着きを欠いていた。それを素早く察したカミヤギはミセルに一度深呼吸をするよう促した。酸素をしっかりと取り込みふぅと大きく息を吐いたら多少は落ち着いたのか、ミセルは今一度仕事の話を始めた。


「僕の恋人の行方を追ってほしいんです」


 ミセルは携帯端末を取り出し何やら操作をした後、テーブルの上にそれを滑らせた。

 端末の液晶には、海の青を背景にミセルとその隣で若く美しい女性がポーズを決めてカメラを向いている微笑ましい写真が表示されていた。白い歯を見せにこやかに笑う二人、互いの頬の肉が重なるほど密な距離。二人の関係性を語るのにこの静止画は凄まじい説得力を持っている。

 この女性がミセルの恋人、という認識で間違いなさそうだ。ミセルは先ほどの発言に「彼女の名前はラミと言います」と付け加え、話をつづけた。


「彼女と連絡がつかなくなったんです。電話に出ないのはもちろんですが、メッセージの返信もなくなりました。彼女の家族にも何か知らないか訊いてみましたが、状況は同じらしくて……。本来なら、既に結婚式を済ませ一緒に夫婦として暮らしていたはずなのですが」

「いつ頃から連絡がつかなくなりましたか?」

「二週間ほど前からです」

「なるほど……では今から二週間前、ラミさんは何をしていたか思い出せますか?」


 カミヤギの「何をしていたか思い出せるか」という質問は明らかにミセルに投げたものだが、なんとなく「自分が訊かれていたらなんと答えるだろう」と47も二週間前に何をしていたか思い返していた。

 おぼろげではあるが、二週間前の47は確か事務仕事に追われていたような気がする。カミヤギにから頼まれていた仕事を「別の仕事があるから……」と後回しにしていた結果、溜まりに溜まった事務仕事と戦う羽目になったのが二週間ほど前だった気がする。ああいう目に遭う度に「早めにやっておけば」と後悔するのだが、また次の悲劇を体験するまでに記憶の彼方へ追いやられてしまい、反省の気持ちが役に立った試しが一度もない。

 二週間前の自分を叱るように、そして今の自分に改めて言い聞かせるように47は「やるべきことは早めにやっておけ」と念じておいた。


「ラミは『出張があるから』と言って泊まりの荷物をまとめていました。しっかりと覚えています」

「出張先について何か言っていませんでしたか?」

「行き先はKL地区です」


 『KL地区』という言葉が聞こえた瞬間、カミヤギの眉がピクリと動き、不自然な位置で固まった。そして大きく息を吐きながら座ったまま背中を丸め、


「KL地区かぁ……」


 と彼らしくない弱々しい調子で言葉を漏らした。カミヤギがこうなるのも無理はないだろう、47はその理由をしっかりと理解していた。

 KL地区。この辺りで最も医療技術の発達している地区として認知されており、街全体が常に消毒液をふりかけられているのではないかと思えるほど清潔感に満ちた場所だ。

 しかし、ここ最近病気や怪我の治療目当てでKL地区に向かう者は少なくなっている。理由は単純明快、KL地区内にて好ましくない噂がニュースで流れているのだ。「行方不明者続出」

「『薬をもらってくる』と言ってKL地区の病院に行った人間が帰ってこない」

 カミヤギから "決めつけや勝手な妄想は仕事に後々影響してくるため控えろ" と教えられているのに、47は危険地帯と化したKL地区に赴いたラミが「何らかの事件に巻き込まれている」と早々に決めつけてしまう。それほどなものなのだ、現在のKL地区は。


「報酬はいくらでも払います。だから、お願いします……ラミを探してください!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る