07

 47がカミヤギの下で助手として働くようになってから1ヶ月が経過した。47の3年目の誕生日を二週間後に控えたある日、カミヤギと47はアサクラ工房を久々に訪ねた。

 仕事場で47はベッドの上で横になりアサクラからメンテナンスを受けている。その横でカミヤギは丸椅子に座り、携帯端末でつい先日受けた仕事の依頼人――――報酬に対して割に合うか合わないかギリギリの依頼を持ち込んできた上に、何かといちゃもんをつけてくる。しかも依頼完了後にこちらが提示した金額を、「もう少し安くしろ」と言って後に引かないような嫌な奴――――とメールでやりとりをしていた。片眼鏡の奥でぎらつく瞳はいつになく厳しい眼差しで端末のモニターを見つめ、指を忙しなく動かし文字を打ち込んでいる。眉間に深く皺の寄ったカミヤギの表情から察するにあまり気持ちの良いやりとりをしているわけではなさそうだ。


「また面倒な奴に絡まれたのかい?」


 アサクラがメンテナンス作業の手を止めずにカミヤギに話しかけた。ピタリとカミヤギの手が止まり、こちらを向いた。


「依頼人曰く『お宅のアンドロイドに傷が付いたのはこちらの依頼が原因。後日修理費として別の費用を送るからその分報酬金額を安くしろ』だそうだ。この依頼で47に傷がついたのは確かだが、後日送る、っていう言葉も信用ならないし『後日送るとかではなく、報酬金額にその分上乗せしてくれないだろうか』と伝えたら詐欺だとかなんだとか騒がれてな……。正直相手するのに疲れた」


 依頼についての相談を受けている時点で既になんとなく察しはついていたが、本当にとんだ外れくじを引いてしまったようだ。

 割に合わない仕事、というのはこういうものを言うのだろう。依頼人自体は大した苦労を背負わず、仕事を引き受けた側に全ての負担が流れ込んでくる。依頼人の無茶ぶりに振り回され、やっとの思いで依頼を達成しても満足な報酬はもらえず……。


「そういう輩には必ずバチって奴が当たるもんさ。特に金の絡む話でズルをしようと企む奴にはね。アタシが見てきた連中も大抵そうだった。今すぐじゃなくてもいつか必ず報いを受ける、だろう?」

「まぁ、そうなのはわかってはいるんだが……」


 アサクラに落ち着くよう促されるも、貧乏ゆすりを止められないカミヤギ。彼はすぐにカッとなって暴れるような気の短い男ではないことを47は理解しているのだが、流石に状況が状況だ。「穏便に済めばよいのだが」と47は小さく祈る。


「ちなみに47、傷っていうのはコレかい? 大したもんだね、アンタの体が凹んでるじゃないか。……鈍器、しかも金属製バットとかそんなレベルのちゃちいもんじゃないね」


 47の左前腕――体に対して外を向いている面――に、人間の手のひらほどの大きさで歪な円形をした凹みが出来ている。


「仕事で訪ねた施設で警備をしていた方が随分と喧嘩っ早い方でして、咄嗟に防御した結果です。凹み傷が目立ちますが、内部機能には問題ありません。――素手での戦闘に特化した人でした。鋼鉄製の義手に違法改造加速装置を取り付けたオリジナル装備。私がアンドロイドだったからこの程度で済みましたが、生身の人間が喰らえば運が良くて重症といったところでしょう」

「ただそのパワー任せの乱暴な戦い方だったから、実際の戦闘能力で比較すれば47の足元にも及ばない。どんな強力な装備も使い手次第では――――って奴だな」

「思いっきり体を動かせたので私は楽しかったです。リベンジマッチも望むところ、です」


 アサクラが「無事で良かったんだけどねぇ……」と、47の凹み傷に優しく指を這わせた。ひとりのエンジニアとしてこの傷をどうやって直すかよりも、もっと何か別の何かに悩んでいるような目をしていた。

 カミヤギの「直せるか?」と不安の混じった問いかけに、アサクラは少し考える間をおいた後「直せる」とだけ短く返した。その後、とってつけたように「料金はいつも通りだよ」と付け足した。

 カミヤギは携帯端末を服のポケットにしまい右足を上にして足を組んだ。たったそれだけの動きで、彼のすらりと伸びた足の長さが強調される。


「47が来てくれてから俺は毎日助かっている。面倒だった事務処理は二人で分担できるようになった。依頼人との打ち合わせでも、依頼人が余計な不安や悩み事を抱えないよう丁寧に対応してくれる。仕事も熱心に取り組んでくれて――――。だから、その――――」


 言葉に詰まりながら話すカミヤギを、47は彼らしくないと不思議そうに見ていた。だがアサクラはカミヤギの言葉から何かを読み取り、納得したように「はいはい」と言って道具を取りに仕事場の奥へ下がっていった。

 カミヤギは何が言いたかったのだろう。

 47はアサクラを真似て彼の思考を読み解こうと試してみた。ベッドの上でじっとしているだけではやはりどうにも何も思い付かないため、体を起こしてカミヤギと目を合わせてみたりする。もしかした人間の目には「今自分が考えていること」が表示されるのかもしれない、というわずかな希望を持って。

 47の視線の気づいたカミヤギは首を傾げ、同じようにじっと見つめ返した。

 しかし一向に彼が何を考えているのかはわからないままで終わった。結局、47は「アサクラは相手の思考が読める特殊な人間、もしくはそれが視覚化されるように改造したんだ」と結論づけてまたベッドに横になった。

 


 アサクラが奥の方から戻ってきて、本格的な作業が始まった。

 強すぎない刺激と穏やかな心地よさが左腕から全身に流れ、仕事の疲れもあってか47の瞼は徐々に重く垂れさがってきた。眠ってはいけない、と必死に目を開けようとするも睡魔は絶えず襲ってくる。

 このまま眠ってしまおうかと全身の力を抜き、ベッドにゆるりと沈んでいくような錯覚に身を委ねていると、アサクラが小声で「47」と呼んだような気がした。

 うっすらと目を開けると、ゴーグルの薄い茶色をしたレンズの向こう側でアサクラの目が47の顔を覗き込んでいた。


「誕生日まで、あと二週間だね」


 アサクラの囁き声に釣られて47の声量もか細くなる。頭の中でカレンダーをめくり今日の日付と自分の誕生日までの道のりに赤線を引く。赤線がひかれたカレンダーのマス目を数えると丁度十四個あった。


「今日で二週間前です」

「気持ちは、変わったかい?」


 ここ最近はずっと忙しかったのもあってか、47は自分がを希望していたアンドロイドだったということを思考の隅に追いやっていた。追いやっていた、だけであり「考えを改めた」とか「すっかり忘れていた」わけではない。「今は考えないようにしていた」というだけだ。カミヤギの助手として働くの楽しい。だからと言って47の気持ちが揺らぐことはなかった。些細なキッカケひとつでいくらでも「死にたい」と思う気持ちはあふれ出てくる。

 雨の音や匂い、訳もなく眠れない夜の時間、思い出したくない夢の後味――――。

 カミヤギの下にいれば辛いことはとりあえず忘れられるような気はする。しかし自分が何故三年目の誕生日を待っていたのか、理由はすぐに掘り起こせる。

 アサクラの「気持ちは変わったか」という問いかけに対して、47は何と答えるべきか。何をどう伝えるのが最適解なのか。47はまた思考の海を深く潜り始めた。


「……あまり、変わっていません」


 47の答えに何か返事をくれるわけでもなく、アサクラは何も言わずに作業に戻った。

 何と答えればアサクラは満足だったのだろうか。アレコレ考えているうちに身を潜めていた睡魔がまたゆっくりと47に迫り、その気配に気づくこともなく彼女は眠った――――。



 陽が高く上り影の短さが際立ち始めた頃に47は目を覚ました。仕事場にアサクラとカミヤギの姿はなく、窓ガラス越しに伝わるぼやけた街の雑音だけが47の耳に入った。ベッドに寝転がったまま左腕を見てみるとあったはずの凹みが修復され目立たなくなっていた。指をそっと這わせるとわずかに凹凸の気配を感じるが実際に触られなければわからないほどだ。完璧、とまでは言わないまでも満足の行く仕事を行ってくれたアサクラに対し、47はひっそりと感謝の気持ちを呟いた。

 しかしこうしていつまでも寝ているわけにはいかない。ひとまずアサクラかカミヤギの行方を知らねばならない。

 47はベッドから体を起こし、目覚ましがてらに軽くストレッチをした。両腕を大きく振り背筋をぐんと天井に手が届きそうなほど上に伸ばし、それをゆっくりと降ろしてくる。それを二度三度繰り返す頃には目も体も冴えわたる。

 「よし」と一人呟いて、47は一歩を踏み出した。仕事場と居住スペースを分けている扉のドアノブに手をかけようとした時、ドアノブがサッと47の手を避けた。奥へ開いたドアの目の前にはカミヤギが立っていた。


「47、起きていたのか。アサクラが昼飯を準備してくれたからちょうど起こしに来たところだったんだ。一緒にどうだい?」


 彼の言う通り、先ほどまでは一切感じなかったがドアという隔たりがなくなったからか何やら食欲をそそる香りが47の鼻先にまでやってきた。匂いに刺激されて眠っていた空腹感が遅れて目覚めたようだ。47は「ぜひ」と一言呟いた。

 

「皆で食うのは久々だってアサクラも張り切っていたよ。食えるだけ食わなきゃ失礼ってもんだな」


 茶の間に座布団を敷きくつろぐお腹を空かせた様子のカミヤギがそんなことを言った。

 茶の間にアサクラの姿はない、まだ調理途中なのだろう。だが、彼女がどれだけ張り切っているのかはちゃぶ台の上に並ぶ料理たちが物語っていた。本当にアサクラひとりで作ったとは思えない品数と量。

 これを成し遂げるエネルギーはいったい彼女の体のどこから湧いて出てきているのだろうか。むしろどこか無理をしているのではないだろうか。

 急に不安になった47は「何か手伝えることはないだろうか」とカミヤギに訊いてみた。カミヤギは少しうーんと唸った後、


「いいんじゃない? 元々こういうの好きな人だったし」

「こういうの……とは?」

「『誰かのために尽くしたい』とかそういう思いやりに満ちた感じのヤツ。人生経験豊富なのが故か人一倍厳しい面もあるけど、昔から俺のことは実の母親みたいに良くしてくれた。あと傷ついたアンドロイドのことは放っておけないとかな。メンテナンスはあくまで仕事でやってるからだからキッチリ金は取るけど、47のことは本当に放っておけないんだろうなって見てて思った」

「……そうなんですか?」

「アサクラと知り合ってから色んなアンドロイドを見てきてるけど、47みたいなケースは見たことなかったからな。居候を許したりとか、大して得意でもない修復作業を引き受けたりだとか――――」


 カミヤギの口からそれ以上アサクラについて語る言葉は続かず、何も話していなかったみたいに彼は湯呑に注いだお茶を啜り始めた。ちびりとお茶を喉に流し「相変わらず渋い」と一言呟いてまた黙る、のかと思えば「でもまぁ」と口を開き、


「皿とかくらいは運んだ方がいいかもな。何もしないってのも気が引けるし、その方が準備が早く終わってすぐ食べられる」

「そうですね」

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