06
machina-47は警備用アンドロイドとして生きることを辞退した時点で「二度と銃は持たない」と固く誓っている。
彼女が自ら選択した
そもそも、プログラムによる制限によりアンドロイドは相棒から発砲許可が下りなければ銃の引き金は引けない。そのため相棒があらかじめ設定しておいた手段でアンドロイドの安全装置を解除しなければならない。そうすることで初めてアンドロイドは銃が撃てるようになる。
過去の47もこの流れを踏まえて任務に臨んでおり、「優秀だから」「信頼できるから」という理由は一切持ち込まれず他のアンドロイドと同じ扱いを受けていた。
では、今の彼女の相棒であるアサクラが「撃ってもいい」と一声かければ銃が撃てるようになるのか、と訊かれても答えはノーだ。
モデルガンを受け取るのに躊躇っている47の隣で、カミヤギが感心したような明るい声色で喋り始めた。
「なるほど。元警備用アンドロイド、事務処理は前職で経験済み。条件にはピッタリ当てはまるな!」
カミヤギが助手に欲している人材のイメージを簡潔にまとめると「事務処理を任せられる用心棒」。47は幸運か不幸か、その条件に当てはまってしまったのだ。
「こんな偶然があっても良いのか!」と奇妙なステップを踏みながらはしゃぐカミヤギを横目に、47はモデルガンの受け取りを拒否。そして、カミヤギの目を見ながら
「私はもう銃が撃てないんです」
と、力強く聞き取りやすい音量で言った。
あれだけ賑やかにしていたカミヤギも、47の迫力に押されたせいかピタリと踊りを止めてしまった。
――――ある日を境に、47は銃が撃てなくなった。
彼女の相棒がどれだけ安全装置を解除しても、彼女が引き金を引くことはない。弾詰まりを起こしていないか確認し、銃を構え、狙いを定めて、後は引き金を引くだけの万全の状態まで体を動かすことができても、彼女は引き金を引けない。
原因はアサクラが既に突き止めており、安全装置が誤って作動しているということまでわかっている。しかしアサクラが診てもこの不具合は直せなかった。実態は未だ不明だが、47はこの不具合を修復方法一切不明のバグとして認識している。
「警備用として生まれた身でありながら体が銃を持つことを拒否している、そんな自分に耐えられなくて労働用として生きることを選んだんです。だから、その、カミヤギさんの期待に応えることは――――」
47の目線はカミヤギから徐々に外れ、うつむきがちになっていく。
――――役立たず。
つい最近もそんなことを言われた気がする。
一番最初に言われたのは、まだ警備の仕事をしていた時だった。相棒を喪った後「今日からお前の新しい相棒になることになった」とかいう男がやってきて、「実力が見たい」だとか何だとかで射撃訓練をすることになった日のことだ。何もできなかった47に対して、彼は期待はずれのおもちゃを見るような邪悪な目を向けながら吐き捨てるように「役立たず」と言った。
きっとカミヤギもそう思うに違いない。言葉には出さずとも、帰り道に47の耳には届かないような場所でこっそりと「あの役立たず」とぼやくに違いない。
彼女――最初の相棒――と過ごした時の記憶はひとつも思い出せない。楽しいことをしたような気がする。任務中は苦しいこともたくさんあったけど彼女と一緒なら悪くないと思えていたはず。それなのに、どんなことをしたとか彼女の笑顔だとかはぼんやりとしか思い出せない。その代わりに浮かんでくるのは彼女の亡骸だった。
嫌な気分になった時は大抵こうだ。思い出したくもないようなことで頭の中を埋め尽くされる。次から次へと連想ゲームのように記憶は掘り起こされ、おまけにそのどれもが鮮明な光景を伴って来るのが腹立たしい。これら全てが『自主解体』で全て解決されるのであれば、自分の体や魂なんてくれてやる――――。
莫大な情報量を伴う声に出さない独り言がまとまるまでにかかった時間は、三秒ほどのわずかな時間であった。
目線の下がった47の前髪がカーテンのように垂れ下がり、彼女の表情を隠しているようだった。
カミヤギが何かを言い出そうとしている。47は何を言われても構わないという覚悟の上で意識を耳に集中させていた。
「いやいやいやいや、それでも問題ないよ! 大歓迎さ!」
予想外の返答に驚きを隠しきれずハッとして顔を上げる47。大歓迎、とはいったいどういうことか知りたいのに、声が上手く出ず口がぱくぱくと開くだけになってしまった。
「銃はやたらめったらに撃たれても困るからさ。俺も護身目的でハンドガンくらいは持ってるけど、仕事中に撃ったことがあるのは確か……まぁ詳しい数字は思い出せないけど、指が十本あれば数え切れるくらいかな。だからそんなに射撃の腕を重視するつもりは最初からなかった。どちらかと言うと、格闘系の技術とかの方が気になってたかな」
47は銃が撃てない、だがかつて身につけた近接格闘術は今でも問題なく行える。「いちおう」という曖昧な返事をしてしまったにもかかわらず、カミヤギは満足げに笑った。
「カミヤギ、試しに投げてもらいな」
アサクラがいきなり妙なことを言い出した。そう思ったのは47もカミヤギも一緒だった。
47が受け取りを拒否したモデルガンの行き先はカミヤギに変更された。カミヤギは特に疑う様子は見せず素直にそれを受け取り吟味するように観察していた。銃口を工房内の何もない場所に向けそれっぽく構える。引き金に指をかけ「バン」と小さく呟いて真似事をしてみせた。それでもなかなか良い画になっている。
「アサクラ、もしかして最初からこのつもりだったのか?」
構えを解いたカミヤギが何気なしに尋ねた。
「もちろんさ。アタシはこの子が銃を撃てない体だってとっくの前から知ってるし、そんな大事な理由を隠してまでアンタの助手に推薦しようとは思っていないよ。そのモデルガンは話を切り出しやすくするために芝居の小道具として持ってきたのさ」
47はカミヤギの手に握られた銃に視線を移した。偽物、内部に機構は一切組み込まれておらず、弾丸が発射されるどころかトリガーを引くことすら叶わないだろう。だが47が自分の意思でカミヤギに「私は銃が撃てない」と伝えるための補助として十分な役割を果たした。
ごちゃついた仕事場にそこそこの広さを持った空間を設け、そこに47とカミヤギが向かい合って立った。互いが腕を伸ばせばもう一方の指先に触れられる程の距離。
「カミヤギは、ハンドガンを持った酔っ払いかドラッグ中毒者のイカれ野郎の役でいこうかね」
「難しい演技指示だな。とりあえず47に襲い掛かればいいだろ、即興なんだから」
カミヤギはモデルガンを腰に巻いたのベルトとズボンの間にモデルガンを差し込んだ。何度か差しては取り出してを繰り返し銃をしまうベストポジションを探し、位置が決まると頬をぴしゃりとはたき「よっしゃ」と小さく呟いた。
「準備ができたら二人とも好きに動きな。47の安全装置は外しておく」
47は肩幅ほどに足を開き両手をだらりと下げた姿勢で何度も何度も深く呼吸を繰り返し焦る気持ちを落ち着けようと努めた。体から余計な力が抜けて気持ちが落ち着き始めた頃、47は懐かしい感覚に包まれていた。
いつぶりだろうか、この感覚――――。
任務に向かう前はいつも、張り詰めた緊張感が自分の周りを取り囲み、体の内側からはこれから起こる全てに対しての不安が溢れ出ていた。与えられた役目を忘れぬよう何度も復唱、念入りに装備の確認をする。そうしていると、47の背中をパンと軽く叩いて「行くよ」と声をかけてくれる彼女がいた。叩かれた衝撃で自分を囲む不思議な感覚が全て吹き飛んでいったのを思い出す――――。
左足を前に出し、手を胸の前で構えて襲撃に備える。何千回と繰り返し維持し続けたこの姿勢は新しい生活を手にしても決して忘れられない。昨日も訓練をしていたかのように、体は自然と最適解の行動をとる。
「はじめ!」
アサクラのよく通る声が工房内に響き渡る。
その声がしてすぐ後、カミヤギは動いていた。差し込んだモデルガンに手を伸ばし素早く47に照準を向ける。
カミヤギはただの便利屋を営む一般人であり、戦闘の参加経験は本人も語ったようにそう多くはない。この時代を生きるほとんどの一般市民は、カミヤギを含め「護身用に銃は持ってるけど実際に撃ったことはない」というレベルのもの。ただし彼の持ち前のセンスは、彼を非凡たらしめるには十分すぎる程であった。
カミヤギが己の"勝利"を確信した、その瞬間だった。
47がカミヤギに急接近、予想外の出来事にカミヤギは一瞬思考が停止。構えかけ の銃を左手で掴み、そこから流れる水ように滑らかな動きでカミヤギの鼻先めがけての右手刀。当たるギリギリで寸止め。怯んだ一瞬の隙を逃さず足を狙った蹴りで体勢を崩し投げる。
銃は47の手に移りカミヤギは床に倒れた。制圧完了、と言ったところだろうか。久々の動きに多少のぎこちなさを感じてはいたが、47は満足げに息を吐いた。
床に倒れたまま起きあがろうとせず放心状態のカミヤギは、大の字にになって天井を見つめていた。
47は彼に手を差し伸べる。差し出された47の手をぼーっと眺めていたかと思えば、いきなりゲラゲラと愉快そうに笑い始めるカミヤギ。ひとしきり笑った後、彼は真面目な声色で「その手を握る前に今一度訊いておこう」と言った。
「ウチで働いてみないかい?」
「――ぜひ」
寝ころんだままの姿勢でにこりと微笑みながらカミヤギは「契約成立だな」と呟いた。
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