case 2 :

05

 全ての作業が単調で自身の作業に明確な意味を見出せない事務仕事に比べてアサクラ工房での生活は、47にとって何から何まで真新しい体験の連続ばかりだった。受付兼相談員として工房に訪れたアンドロイドやその相棒と話をするのが主な仕事内容で、アサクラに「どうだいこの仕事?」と質問されたとき47はこの仕事を「悪くない、それに面白い」と述べた。

 自分以外のアンドロイドとその相棒の関係性を覗くのは確かに面白かった。特にそう感じるのは、互いの距離感を掴めきれずまだぎこちなく接している二人を見た時。話を聞きながら47は心の中でこっそり「この二人はこうするともっと良い関係が築けそうだな」と念じるのだが決して言葉にはしない。というやつになってしまうからだ。代わりに、47は工房を出ていく二人の背中を見送りながら「二人が上手くやっていけますように」と祈るように呟くことにしている。

 そして今日もまた、アサクラ工房でメンテナンスを受け街の人混みに消えていくアンドロイドと相棒の背を見送っていた。若い女性同士で、親友と呼ぶにふさわしい仲睦まじい二人だった。

 彼女たちの背中が見えなくなった頃、47は警備用として生きていたかつての自分と当時の相棒だった女性のことを思い出す。

 関係は極めて良好で、最も信頼の置ける仕事仲間でありながら彼女は47の理解者であった。またこれを長所と捉えるか短所と捉えるかは意見が分かれそうだが彼女は過保護な面があり、47の体に小さな傷を見つけると、47がどれだけ「平気だ」と訴えても無理やりアサクラ工房に連れてこられたのをよく覚えている。そして工房を出て行く時には決まって「直してもらえて良かったね」と微笑むのだ。


 ――――自分の姿もこんな風に見られていたのだろうか。


 47は仕事中いつも座っている椅子に腰掛けてふとそう思った。だが、それ以上考えるのも彼女のことを思い出すのも辛くなってきたため、頭に止まった羽虫を振り払うように首を横に振って、背もたれにだらりと体を預けて大きく息を吐いた。

 アサクラは仕事を終えるとどこかに吸いに出て行った。客足も止まったからしばらくは休めそうだ、と思った矢先玄関のチャイムが鳴り響く。アサクラ工房は今日も賑わっているな、と不満の若干混じった言葉をぐっと飲み込んで椅子から立ち上がり来客を迎える。

 玄関ドアの向こう側に立っていたのは、背の高い二十代中頃の青年だった。程よく筋肉のついた体を包むグレーのカジュアルなスーツ、よく似合っている。

 しばらく床屋の世話になることはなさそうな長さの黒髪、そのセンターをかき上げ整髪料でそれをキッチリと固めている。ナチュラルな清潔感との滲み出るその髪型にはmachina-122の面影が感じられる。

 その雰囲気によく合う顔立ちは、年相応の若すぎず老けすぎずの丁度良い塩梅であった。俗に言う「イケメン」という言葉よりも「ハンサム」と形容した方がふさわしいかもしれない。右目にどこかの骨董品売りで購入したような趣のある片眼鏡をかけ、その向こうにある目で私を見下ろしていた。

 「アサクラさん、いますかね」と訊く彼の声は、低く響く耳障りのよい声だった。

 47の頭の中で「今煙草を吸いに出ている」と言葉が浮かんで、声にしようと思った瞬間、


「珍しいお客が来たね」


 と言いながら、煙草休憩から帰ってきたアサクラが青年の肩にぽんと優しく手を添えた。


「47、お茶の準備をよろしく。少し早いけどお昼休みにしようか」

「わかりました。すぐに準備します」


 軽くお辞儀をしながら、47がちらりと壁にかけられたデジタル時計に目をやるとディスプレイには「11:30」と表示されていた。アサクラの言う通りお昼休みにするには少し早い気もするが、彼女がそれでいいのならと47も納得した。

 何より自分が知らないこの青年とアサクラは何やら親しげに会話をしていて、アサクラも仕事どころではないのだろうなと、ふわっとした推理をして47はお茶の準備をしに部屋の奥に戻って行った――――。


 人数分のお茶を持って茶の間に戻ると、アサクラと青年はここでも楽しげに会話をしていた。青年にお茶の入った湯呑を渡すと人懐っこい笑みを浮かべて「ありがとう」とお礼を言って、お茶を一口啜った。そして「渋い」と小さく漏らす。


「"渋い"ってアンタ、またあの甘ったるいコーヒーばっかり飲んでるんじゃないでしょうね」

「いやいや。あれから俺も成長したんだ、一日三杯だったのを一杯に控えている。おかげで毎日エネルギー切れが激しくてね」


 どうやらこの青年、相当な甘党らしい。


「んで、アサクラさん。アンタいつの間にアンドロイドの子なんか雇ったの?」

「ちょっと前に入った臨時の住み込みアルバイトみたいなもんさ。言うことはちゃんと聞くし、真面目に働くから助かるのはもちろんなんだけど……何より顔がいいもんでね、この子に会いにわざと怪我をする客がいるレベルさ」


 「ほーん」と気の抜けた相槌を打って彼は47の方に視線を移した。何も悪いことはしていないのに背筋に妙な緊張感が走る。


「カミヤギだ。近くで便利屋をやってる。何か困ったことがあったら相談してくれ」


 彼はそう言って右手を差し出した。47も「machina-47です、よろしくお願いします」と言いながら右手を出ししっかりとカミヤギの手を握った。その瞬間、彼の眉がピクリと動いていきなり「生まれは警備用?」と呟いた。

 突然のことに動揺を隠せきれないが、47は「そうです」と答えた。


「やっぱり、握った時の感覚が違ったんだ」

「……わかるものなんですか?」

「まぁね。仕事柄いろんな人と握手をする機会があるから、今じゃ何となくで察しはつくかな。警備用アンドロイドは労働用とかと比べて造りがしっかりしてるから、わかりやすいっていうのもあるし」


 47はカミヤギと名乗ったこの青年に対し強い関心を抱いた。握手一つで相手の素性を探れるその推理力、しかもその域にその若さで達している彼に興味を持った。

 もう少しだけ話をしてみたい気さえしたが、彼がここを訪ねてきた本来の目的を果たしてからにしようと自分を抑え、すっと身を引いた。


「カミヤギ、今日は何の仕事でここに?」

「今日は仕事じゃなくてプライベートで来てる。アサクラさんに知り合いを紹介してほしくてね。単刀直入に言うと、仕事の助手を探してる。依頼人の悩み事を解決するのも、した後の処理も、事務所での地味な作業も全部ひとりでやってると流石に辛くてね。誰かいい感じの人を知らないかなと思って」


 カミヤギはどうやら"助手"を探しに来たらしい。この辺りの住民はもちろん色々な人間やアンドロイドたちと関係を持っていそうなアサクラを頼るのは良い判断かもしれない。

 「どんな人が欲しい?」とアサクラが詳細な情報を要求すると、カミヤギは少し悩んだ様子を見せた。そしてポツリポツリと「自分が欲している人材」についてこぼし始めた。


「まずはそうだな……。事務処理を任せられる人、使うソフトウェアの知識を有していると尚良い。あとはある程度仕事についてきてもらえるフットワークの軽い人、欲を言うなら、もし仕事中何か問題が発生して戦闘が発生した場合参加できるようであれば素晴らしいかな」


 カミヤギの要求をまとめると「」と言ったところだろうか。あまりにも現実味のない要求、それならむしろ「事務処理担当」「用心棒」で分けて雇った方が良いのではないだろうか、と47はこっそり考えていた。

 しかし彼には、そんなに多くの人材を雇う余裕がないのかもしれない。だからこそ一人何役もこなせるような助手を探しているのだろう。

 アサクラはその要求を聞きながら、何か思い出そうと右上を見つめていた。しばらく考え込んだ後「いるにはいるんだけど……」と煮え切らない言葉を吐いた。「流石アサクラだ」と47が感じた矢先、アサクラの視線がこちらに向いた気がした。視線の意図を汲み取れなかった47はきょとんとした目で見つめ返した。

 アサクラはおもむろに立ち上がり「仕事場に来な」と47とカミヤギに場所を移すよう促した。

 47とカミヤギは顔を見合わせ首を傾げた後、アサクラの後ろを追った。

 仕事場に着くなり、アサクラは工具やら何やらを置いている場所をがさごそと漁り始めた。その様子を47とカミヤギは観察していた。


「47、話せる範囲で君がここにいる理由を教えてもらっていいかな? もちろん、話したくないならそれでも全然構わない」

「仕事を辞めたので、しばらくの居場所として居候させてもらってます」

「……仕事っていうのは、警備員のこと?」

「いえ、ただの雑用係です。煙草臭くてアンドロイドたちを雑に扱うクソ上司の相手に疲れたので辞めてやりました」


 カミヤギは楽しそうに笑い始めた。物静かで丁寧な子だと思っていた47が、いきなり「クソ上司」と言葉遣いが悪くなったのに耐えられなかったらしい。

 カミヤギは散々笑った後「随分こき使われたようだね」と47に向かって優しく微笑んだ。

 その直後、「あった!」と叫んでガラクタの山から帰ってきたアサクラの手には、ホコリまみれのハンドガンが握られていた。しかし47はそのハンドガンが偽物、所謂モデルガンの類であると瞬時に見抜いた。それでも精巧な造りをしている。もしコンビニエンスストアの店員が強盗にあれを突き付けられて「金を出せ」と言われたらありったけの金を出してしまうかもしれない。

 「久々に持つんだ、練習くらいしておいた方がいいだろう?」とアサクラは47にモデルガンを差し出した。自分ひとりを置いて話が進んでいるこの状況を飲み込み切れない47、その隣でカミヤギが一人で何かに納得したように手をパンと叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る