また見つけてね、好きな人。

幽八花あかね

また見つけてね、好きな人。

ゆきくん! 死んではダメです!!」


 マンガならば「バァァァン!」という効果音が描かれそうな勢いで、今日も彼女は教室のドアを通ってきた。僕は舌打ちする。また邪魔された、とでも言うように。


「あっ、舌打ちしましたね?! お行儀わるいですよぉ!」

「君は、本当にうるさいな」

「うるさいとはなんですか! このこの〜!」


 やけにハイテンションな彼女が突っ込んできそうだったので、僕はサッと避けることにした。うっかり突撃を許してしまうと悪寒が走るというのは、数週間前に経験済みだ。


 通り過ぎていった彼女は、壁の数センチ前で足を止め、「はぁ! 危ない危ない」などと言っている。たしかにあと数秒遅れたらヤバかったかもしれない。


 僕の校内での首吊り自殺計画の破綻は、今日でたしか四回目。すべてこの女に邪魔されている。


「もうっ! 深雪くんはどうして死のうとするんですか! そろそろ飽きてもいいんじゃありません?」

「君こそ、いつもどうやって僕のこと見つけてるんだ。気味が悪い」

「第六感です! あなたが死のうとすると、ピーンとくるのです!」

「あっそ」

「あぁん! 今日も深雪くんが冷たい! 好きぃ!」


 彼女は身をくねらせて、教室の床に座り込んだ。付き合っていられない。僕は彼女を置いて去ろうとする。


「深雪くん!? どこにいくのです!?」

「自分の教室。死んだらもう何も気にしなくていいだろうけど、僕はそろそろ行かないと遅刻するし」


 僕らがいたのは四階のひと気がない講義室で、今の時間帯は朝。僕は始業のホームルーム前に自殺しようとして、こうして彼女に邪魔された。


 彼女と違って、僕はまだこの学校の生徒なのだ。死ねないならば、普通の生活を送り続けなくてはならない。閉まったドアに手をかけると、彼女が背後から僕を呼ぶ。


「深雪くん! ……次も、ちゃんと学校で死のうとしてくれますか?」

「さあね。気が向いたら、駅で自殺するかもしれないし。わかんない」

「また止めにいくので、自殺未遂は学校の中でしてくださいね」

「……君は、なんで死んだの?」


 僕が振り向いて問うと、彼女はきょとんと首を傾げた。夏服の白いセーラー服は、べったりと血に濡れている。


「わたし、死んでるんですか?」

「覚えてないなら、別にいい。またな」


 ピシャリとドアを閉めて、僕は廊下を歩いていく。しばらくしてから振り向くと、彼女はぽけーっとした顔で廊下をふらふらと歩いていた。講義室のドアは閉まったままだ。


 ――彼女が自殺したのは、昨年の夏休み明けの九月一日のこと。クラスで人気の才色兼備な美少女だった彼女は、大した高さでもない校舎の屋上から飛び降りて、あっさりと死んだ。


 彼女が死を選んだ理由を、残された者は誰も知らない。彼女に淡い恋心と強い憧れの念を抱いていた僕も、彼女が死んだ理由は検討もつかない。


 彼女が死んでから学校も面白くないし、もう後追いでもしようかと思った。そうして十一月、僕は初めての自殺未遂をした。


 あの日。屋上から飛び降りようとした僕に、嫌な冷たさが触れたことから、僕と彼女は再会する。


「そこのあなた! 飛び降りは痛いからダメです!」


 この数ヶ月は聞いていない、けれど耳に残るキレイな声だった。忘れるはずのない声だった。


「……陽菜ひなさん?」


 彼女がクラスメイトとして生きていた頃は、下の名前で呼んだことなどなかったのに、声は無意識にこぼれた。


「……わたし、ひなっていうの?」


 彼女はきょとんと聞き返す。彼女の顔は僕の顔のすぐ目の前にあって、僕らのからだは重なっていた。幽霊になった彼女のからだは、僕のからだを通過していた。


「あなたのお名前は?」

「……深雪」


 高嶺の花の彼女に、地味で目立たない僕なんかが、下の名前で呼んでもらったことなどない。そのくせ、僕は「深雪」と名乗った。


「みゆきくん?」


 彼女は疑問符とともに僕の名を呼ぶ。死んでもなお、可愛かった。


「わたし、あなたに一目惚れしました!」

「死んでるくせに?」

「わたし、死んでるんですか?」

「そうだよ、九月一日に。……覚えてない?」


 幽霊がいること、幽霊と会話できること、僕みたいなのが彼女に一目惚れされたということ、全部おかしなことのはずなのに、僕は彼女に普通に問いかけていた。彼女は可愛らしく首を傾げて言う。


「覚えていませんね」

「そう。そっか。うん……」


 それから、僕らの奇妙な関係は始まった。僕が死のうとすると、彼女が止めにやってくる。僕が死ぬ素振りを見せると、彼女が会いに来てくれる。


 初恋を拗らせたバカなのか、僕は彼女の前では変になった。奇妙にクールぶってしまうし、会えて嬉しいのに冷たくしてしまうし、マジでキモい。


 僕が言うまで、彼女は自分が死んでいることには気づかない。でも、会うたびに、少しずつ何かを思い出してくれている。


 数日後、僕はまた校内のどこかで、死のうという素振りを見せるだろう。彼女が駆けつけてくれるのを待ち望んで。


 もしも彼女が現れなくて、自殺が成功しても問題ない。彼女のいない世界なんて、どうせつまらないものなのだから。




「深雪くん! ストーップ! ステイ!」


 彼女は今日もドアを通り抜ける。彼女が自殺した理由を、僕は今日も知れずにいる。

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また見つけてね、好きな人。 幽八花あかね @yuyake-akane

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