恋は第七感

かどの かゆた

恋は第七感

 僕は生まれた時から、なぜか危険な場所や人物を察知することが出来た。

 うまく説明出来ないのだが、危険が近づくと僕は、心臓がどきどきして、身体が緊張するのである。


 その勘のおかげで、僕は何度も事故や事件を回避することが出来た。

 家族で旅行した時は、僕の察知で避けた道が土砂崩れになった。僕が何となく動悸がするので学校を休むと、周囲に不審者情報が出た。友達のいたずらでビリビリペンを渡された時にも、それを察知してしまって反応が微妙なものになったことがある。


 つまり、僕が突然どきどきしたら、それは、危険の合図なのだ!


「今日は、転校生を紹介します」


 夏休み明け。まだ蝉しぐれの残る教室で、僕は頬杖をつきながら先生の話を聞いていた。小学生の頃は転校なんてしょっちゅうだったけれど、中学生になってから転校生が来るのは初めてかもしれない。


「初めましてー。水上 奈保です」


 転校生は、女子だった。髪が長くて、健康的に日焼けをしている。愛想笑いをする時に見える歯が、妙に白く見えた。


「かわいくね?」


「そうか?」


 僕の後ろに座っている奴らは、早くも水上さんを値踏みしているようだった。顔はどうでもいいけれど、僕は、僕にしか出来ない値踏みをしなければ。


「誰か、学校を案内してくれるやついるか?」


 先生がそう言ったので、僕は迷わず手を上げた。


「そんなに転校生と仲良くしたいのか」


 先生が冗談めかして、教室の笑いを誘う。でも、僕は何を言われても、気にしない。僕は彼女が危険か否か確かめなければならないのだ。


 対象に近づけば近づくほど、僕の察知は強く働く。

 水上 奈保。

 まぁ、単なる転校生が危険人物なんてこと無いとは思うが、念の為だ。


「それじゃあ、案内お願いします」


 水上さんは、力の無いへにょっとした笑いを浮かべ、軽くお辞儀をした。


「うん、よろしく」


「突然手ぇ上げるから、びっくりしたよー」


「えっと……転校生なんて珍しいし、話してみたくて」


「もしかして、私に惚れた?」


「えっ」


 ぐっと近寄られて、僕は頭が真っ白になる。そんなこと聞かれるなんて、思わなかった。というか、そんな質問、普通初対面の人間にするか?


「じょーだんっ」


 何を言葉を返せない僕の背中を、水上さんが軽く叩く。シャツ越しに、彼女の手のひらが温かいことが伝わってきた。


「それじゃあ、案内よろしくね」


「ああ、うん。えっと……」


 僕はそれから、案内を始めようとする。えっと、まずは職員室? いや、4階から順番に降りていくべきか? 


「どうしたの?」


「学校の案内って、何から始めれば良いんだろう」


「キミ、自分から案内するって言ったよね?」


「勢いで言ったから、深く考えてなかった」


「なにそれ」


 ぷっと吹き出して、彼女は「じゃあ~」と顎に手を当てる。


「まず、音楽室から通してもらおうか!」


「ああ、音楽室は4階で、見晴らしが良いことで有名なんだ」


「そうなんだ」


 水上さんの瞳が輝く。なんか、過剰に期待されている気がするな。がっかりさせるのは何だか悪い気がする。


「ごめん、観光名所みたいに言ったけど、僕の中で有名なだけなんだ」


 僕は、ちょっと話を盛ったことを白状した。


「えー、「有名」って辞書でひいた方が良いよ」


 そうやって話ながら、僕らは階段をのぼっていく。後ろについてくる水上さんを見ながら、僕は安心していた。いつまで経っても第六感は反応しないし、彼女は安全な人物のようだ。


「ここが、音楽室」


 僕は誰も居ない音楽室のドアを開く。授業と授業の合間だからか、勝手に入ることが出来た。真ん中にピアノがあって、壁中に穴が空いている部屋。


「確かに、景色良いね」


 窓からは、校庭が端から端まで見えて、妙に空が広く見える。もうすぐ秋だってことを知らないみたいに浮かぶ入道雲に、なにか新しいことが始まる予感がした。


 水上さんは音楽室に入るなり、すぐに窓を開けた。新鮮な風がぶわっと入ってくる。長い髪が、輝きと共に広がった。


「転校初日だし、私、実はけっこー緊張してたんだよねぇ」


 こちらを見ずに、水上さんは独りごちた。彼女の背中には、陰ができている。


「だから、真っ先に手ぇ上げてくれて、嬉しかった」


 水上さんは振り返って、やっぱりまた、力なく笑った。

 あ、何か。なんだろ。


 かわいいな。


「なんつってー」


「いや、なんつってー、って」


 絶対今の、冗談じゃなかっただろ。そうツッコみたかったけれど、喉が閉まって声が出ない。


 何なんだ。何だ、この感じ。顔が、熱い。


「顔、真っ赤だね」


 言われて、僕は窓に反射する自分の顔を見る。そこには、耳まで赤くなった情けない僕の顔があった。

 ただ水上さんに見つめられているだけなのに、心臓がどきどきして……ん?


「はっ!?」


 これは、僕の危険察知能力!?

 もしかして、水上さんは、ものすごい危険人物なのでは!?


「なに、どうしたの?」


 水上さんは怪訝そうな顔をして、思わず声を漏らしてしまった僕の顔を覗く。

 少し近くなっただけで、僕の心臓はますます早鐘を打った。これは、間違いない。どうしてさっきまで僕の第六感が機能しなかったのかは分からないけれど、水上さんは何かしら危険な要素を持った人物なんだ!





 それからというもの、僕は水上さんを警戒し、観察し続けた。僕の強い第六感と生存本能がそうさせるのか、ふとした時にはいつも彼女を見つめてしまう。


 加えて彼女の持つ危険がどんな類のものなのかを探るために、積極的に話しかけもした。休日に何かされると不味いので、積極的に遊びにも誘った。楽しい場所に行けば僕に危害を加えてそれを台無しにするのを避けるだろうという推測から、楽しそうな場所には大抵行った。


 僕が帰り道に「今度は電車でちょっと遠い公園へアスレチックに行ってみよう」と言うと(僕はどこに立てば危険か分かるので、アスレチックはちょっと得意なのだ)水上さんは「いいねぇ」といつもの気の抜けるような笑みを浮かべてくれる。


 かわいい。


 いや、気を抜くな僕。この頃、どきどきは増す一方だ。つまりそれは、彼女の危険性もウナギ登りということである。


 なんて思考を巡らせていると、目の前にいる水上さんがいつになく真剣な顔をしていた。どうしたのだろうと思っていると、水上さんは拳をぎゅっと握る。


「あのさ」


「どうしたの?」


「えっと……その、誤解させてたら申し訳ないな、って思ってて。本当に友達だと思ってるから、言うんだけど」


 水上さんの唇が震えるのを見て、僕は、自分の胸が底冷えするような感じを覚えた。沈む夕陽が突然寂しく見えてきて、僕は目を細めた。


「私、キミのことが恋愛的に好きとか、そういうんじゃないの。実は、実はね」


 頭をぶん殴られたような衝撃だった。

 あれ、何で僕はこんなにショックを受けているんだろう。心臓が、いつもとは違った感じでバクバクする。危険だ。やっぱり、水上さんは危険……。


「キミにだから言うけど、私には不思議な力があるの。何ていうか、第六感? ってやつ?」


「へ?」


 思考が、水上さんの言葉で中断される。

 

 第六感?

 

 水上さんも?


「私の能力は、安全な人や場所が分かる能力。対象に近づけば近づくほど、心が温かくなって、穏やかな感覚がするんだ。……信じてもらえないかもだけど」


「つまり、僕に近づいたのって」


「キミが、安全だったから」


 それは、筋が通った話だった。常に危険を察知してそれを避けている僕の周りは、世界でも有数の安全地帯である。水上さんの第六感が本物なら、僕に近づくのは当然のことだ。


 そして、そうとは知らないとしても、僕の第六感を利用しようと近づいてくる人物は、危険として察知されてもおかしくはない。


「実は僕も、水上さんに言わなきゃならないことがあるんだ」


「え?」


 それから僕は、水上さんに事情を説明した。僕らが同じようなチカラを持っていること。そして、僕が水上さんを見ると胸がどきどきしてしょうがないこと。


「……なるほど。そっか。キミの『同じ』側の人間だったんだ。どーりで、最近キミといるとずっと安心して、温かい気持ちになるわけだよ」


 水上さんはすっかり納得してくれたようで、何度も頷いている。


「じゃあ、僕たちは第六感持ち同士の仲間ってことだね。改めて握手だ」


 秘密を知り合えたことが嬉しくて、僕は水上さんに握手を求めた。水上さんは制服のスカートで手のひらを擦ってから、僕の手を握る。彼女の手は同じ人間か疑うほど柔らかかった。


「……なんかどきどきするんだけど、水上さん、危険なことを考えてたりしてないよね?」


「考えてないけど……? それより、手を繋ぐと交通事故とかのリスクが下がるのかも。温かい気持ちが強まった気がする」


 水上さんが手をぎゅっと握るので、僕の第六感はますます危険を察知する。やっぱり彼女は危険だ。でも、別に能力を利用されても僕に損は無いし、このまま手を繋いでても良いのかな……?


「あ、手繋いでんじゃん!」


 なんて考えていたら、同じクラスの奴らが後ろからやってきた。僕らの様子を見て、ニヤニヤしている。


「お前ら付き合ってんのー?」


「うわー、ラブラブじゃん」


 からかってくる下世話なそいつらに、僕と水上さんは胸を張って言った。


「いや、僕は第六感で水上さんといるとドキドキして顔が赤くなるだけで、恋してるとかそんなことは無いんだ!」


「そう、私も第六感で温かい気持ちになって、ずーっと一緒に居たくなるだけで、恋とかそんなことは無いんだよねー」


 普段第六感をひけらかすことなんて無いけど、今回ばかりは仕方ない。

 クラスの奴らは案の定ぽかんとしていた。


「……お前ら、初恋っていつ?」


 すると、そのうちの一人が質問してきた。


「恋したことはない!」


「私も」


 僕らが答えると、呆れたようにクラスの奴らが言う。


「それ、絶対第六感じゃないぞ……」


 


 


 

 

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