ガラス割り人形

結包 翠

第1話 ガラス割り人形

 ガラスが割れる瞬間は、綺麗で切ない。


 凪いだ水面のようにつややかな表面に細かいヒビが走って、次の瞬間には不揃いな破片が宙に飛び散る。


 澄んだガラスがきらめいて瞳の奥を焼く間、鮮烈な音が鼓膜を揺さぶる。


 あの音。うつくしい音。無垢な音。

 それがいつも風に乗って、僕の元まで流れてくる。ガラス割り人形達が出す音だ。


 ガラス割り人形は感覚が鋭い人だけが感知できる存在で、それほど数は多くないらしい。子供の頃にそんな噂を聞いてから、僕はずっと、いつかガラス割り人形と会ってみたいと思っていた。


 彼らが何を思ってガラスを割るのか。虹のかかる晴れ空を見上げた時のような、色彩豊かな高揚感を煽る音と共にある彼らは、どんな姿をしているのか。

 ずっと、ずっと、知りたかった。


 繊細な音を生み出すから、きっと天使みたいな姿だろうと思っていた。


 だから。


 出会い頭に岩を投げつけてきて目を血走らせている女の子がガラス割り人形だなんて、信じられなかったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ガラス割り人形 結包 翠 @yudutsu_midori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る