自分を信じて

霜月かつろう

第1話

 アナウンスがアイススケートリンク全体に響き渡る。呼ばれているのは自分の名前だ。観客やジャッジにアピールをしながらスタート位置に移動するまでの間。心臓が飛び出しそうなのを我慢しながら必死に作り笑いをする。


 自分の中の第六感が絶対に大丈夫だと告げている。でも自分の中の理性は逆だ。絶対に失敗すると知っている。


 本番で出せる実力は練習の7割ほどだと聞いたことがあったけれど。それをまるごと信じているわけでもないし、トッププレイヤーはそれを乗り越えてこそだとも思う。でも、だからこそ。乗り越えられない自分はトッププレイヤーになれないのだと。それを知っている。


 アナウンスの前。自分の名前が呼ばれるのを待つ間の感覚は特別なものだと思っている。集中力を高める時間。自分の身体の中を血液が流れていくのすらわかるその状況は他では得られないものだ。この感覚に出会えたのも自分の第六感を信じたから。


 幼い頃に友人と連れて行ってもらえたアイススケートリンクの貸靴コーナー。ギザギザが付いたフィギュアスケートの靴と。全体的に丸みを帯びているアイスホッケーの靴。友人たちがアイスホッケーの靴がかっこいいと選ぶ中、自分だけはなぜだかがフィギュアスケートの靴に惹かれた。


 自分の感覚を信じるなんてその当時は考えもしなかったのだけれど。その同じフィギュアスケートの靴を履いて華麗に舞う選手をそこで見た時に、信じてよかったのだと本気で思ったし。その体験が自分の第六感を信じていいんだと言う刷り込みになった。


 あの場でアイスホッケーを選んでいたら今の自分はないのだろうなと思う。だから自分の選んだ道を信じていいんだとも同時に思う。


 練習で成功したことのないジャンプ。それが本番で成功するなんてことはきっとないと理性は告げる。


 でも。


 これまで自分の第六感を信じて生きていた。きっとこれからもだ。


 スタート位置で構えていると、軽快な音楽な流れ始める。身体に染み付くまで何度も合わせてきた音楽だ。流れ始めれば身体は勝手に反応する。同時にリラックスしていくのもわかる。


 足の裏の感覚がダイレクトに脳に伝わる感じがする。


 うん。今日は調子がいい。きっと今日は跳べる。


 自分の第六感はそう告げている。


 だから。


 それに従うだけなんだ。

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自分を信じて 霜月かつろう @shimotuki_katuro

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