黒魔女の助け
七四六明
黒の魔女
「英雄達の凱旋だ!」
「麓に出たキングドラゴンを倒したんだってな!」
「五元の英雄万歳!」
王国の兵士らが、台車に乗せた龍の遺骸を引いて歩く。
その前を闊歩する魔法使いらに送られる称賛と拍手とが、割れんばかりに響き渡る。しかしその割れんばかりの喝采は一つとして、彼女――前を歩く五人の後ろを歩く魔女へと、向けられる事はなかった。
「ふざけんなってのよなぁ!」
「落ち着いてくれ、鼓膜に響く。ライカ、君が怒っても仕方ないだろう」
雷の魔法使い、ライカが枕を投げる。
壁にぶつかって落ちた枕を拾った風の魔法使いフウザは、軽いモーションでライカへと投げ渡した。
「だって! みんな五元五元って、後ろのセンセーが見えねぇのって話だよ! なぁ!」
「だから、落ち着けと……」
フウザが言うより前に、ライカに大量のクッキーが詰められる。
リスのように頬を膨らませて大好物を食べるライカが黙ると、土のザンドは吐息した。
「喚いてたって、しょうがねぇってぇなぁ。何より本人が怒ってないどころか、気にしてねぇってぇのに、俺達で騒いでも仕方ねぇってぇ話……だよなぁ、先生」
先生と呼ばれた黒髪の魔女は、水の魔法使いミレディと手遊びして遊んでいた。
敏感な触覚の代わりに弱視と難聴を持つ少女は、自分の手と絡まる先生の温もりが気持ち良くて、キャッキャッと笑って喜んでいた。
そうして笑う少女が羨ましいのか、それとも彼女と遊ぶ先生が微笑ましいのか。炎の魔法使いにして魔眼の持ち主、エンドは羨望の眼差しを向けていた。
「ライカ。私のために怒ってくれてありがとう。けれど、それは要らぬ心配だよ。私はおまえ達が立派であれば、それで嬉しいのだから」
「ふぇんふぇえ……」
「食べながら喋らないでくれ。咀嚼音が耳障りだ」
「唾液の混じったクッキーも、良い匂いしねぇんだよなぁ……あんまり口開けて食わねぇでくれねぇかなぁ」
「フフ。ライカはバターの味が好きだからね。二人共、大目に見てあげなさい」
魔女の言葉に、二人は意見を返さない。
いや、返せない。
自分達に戦いの術を教え、魔法を教え、五元の英雄と呼ばれるにまで育ててくれた恩師たる魔女に対しての口答えなど、彼ら自身が許さない。
「さぁみんな、今のうちに休憩しておきなさい。これから、忙しくなりますよ」
「何故、わかるの……ですか?」
拙い言葉で問うミレディの手を、魔女は優しく握り取り、微笑む。
魔女と呼ばれるには似つかわしくない、聖母のような慈愛に満ちて。
「
* * * * *
魔女の勘は当たった。
龍を仕留めた事で空いた縄張りを我が物にせんと、新たなモンスターが襲来。国から五元の英雄へ、討伐依頼が発生したのである。
「先生。これを予見して?」
「ただの勘ですよ」
道中、フードを目深に被った魔女は言う。
エンドは反論こそしないものの、一番弟子として彼女をよく知る立場故に、それくらい考えていただろうとは思っていた。
ただし、魔女の言う勘がよく当たるのも、本当の事なので否定し切れないのだが。
例えば自分を含めた五元の英雄とて、元々優れていた訳ではない。
元々魔法だって使えなかったし、魔眼発現等の才能の開花だって誰も予想していなかった。
だが、魔女は見出した。
死体の転がる下水道から。人を阻む獣達の森の中から。厖大な数の奴隷の中から。戦火に燃える教会跡から。或いは、戦場の最中から。
先見の明があるとも言える。
だが彼女曰く、全ては勘だと言う。
直感。女の勘。論理的に説明出来ない第六感と言う物が、そうさせるのだと。
何の根拠もないけれど、何となくそんな気がするからこうすると、今まで魔女がして来た成果が今の五人だ。
だからエンドを含め、五人は魔女を尊敬している。
例え世間から無能と揶揄されても、世間的には価値なしとされる無属性魔法使いだとしても、そのために名前さえ与えられなかったことさえも、関係ない。
彼女は世間にもっと評価されるべき逸材だと、信じているからだ。
「っと」
「センセー?」
「どうやら、ここが戦場のようです」
「……指定された場所からは、まだ随分と離れてるってぇさぁ。先生」
それはどうでしょうと微笑する口角はまた、女の勘だと言うのだろう。
実際、エンドが魔眼で見るより、フウザが風を聞くより、ザンドが嗅ぎ付けるより早く、それはやって来た。
大山駆け抜け、岩壁を蹴り上げて跳び来る獣。
三つ又の尾に筋骨金隆々とした巨体。胸を叩くドラミングと呼ばれる独特の威嚇と咆哮とで雷電を発生させる。剣山のような白銀の体毛を金色に輝かせる巨大な猿が、五人の前に現れた。
「ってあれ、センセー?!」
補助の魔法は掛けておきました。後は頑張って下さい。
いつものパターンだ。敵の存在に真っ先に気付いて、現れた時にはもういない。そして出来る限りの補助魔法を五人に掛けて、誰にも気付かれる事無く消えている。
だから他の誰も、魔女の手際の良さがわからない。魔女の功績が知られない。
「いつもの事だ」
「そうだなぁ。とりあえずやっちまおうってなぁ!!!」
大地が隆起し、岩が生える。
下から迫り来る巨岩の剣を跳んで躱した猿の巨体を、吹き荒れる颶風が攫って、より高く持ち上げながら態勢を崩す。
下から上へと浮かぶ炎が渦を巻いて、猿の体毛を焦がしながら焼き裂き、炎の中を泳いできた龍の形を模した水の塊が巨体を呑み込んで、体内を巡る電流で更に焼く。
魔眼で常に魔力を把握。
筋肉や骨格の動く音から次の動作を予測。
風や音と言った周囲からの刺激を受ける肌と、獣を凌ぐ鋭敏な嗅覚とが、目の前の大猿以外の可能性を常に見張る。
そして、焼け焦げる猿の肉の臭いが鼻孔に届いた舌は唇を舐め啜り、自ずと湧き上がる魔力から電圧を高めて威力を上げる。
五人で組んで以来、何度も打ち合わせて練習し、編み出したコンビネーション。
要は、いつもの手筈という奴だ。
大抵の相手はこれだけで仕留められるし、届かずともそれなりのダメージを初手で与えられる。
今回は前者。
焼け焦げる肉の臭いから照り焼きでも想像したか、上がりに上がったライカの雷電が、猿の電気抵抗を上回ったようだった。
まぁその前に傷を作り、水で濡らして電気抵抗を下げていたからでもあるだろうが。
「これで食欲が湧くってぇ、おまえすげぇなぁ」
「えへへ……そおかあ?」
「いや、褒められてないよ」
終わったのかな。
ミレディはエンドの裾を引いて問う。
どうかな、とエンドが見ようとするより先に、黒の魔女が動いていた。
見るよりも聞くよりも嗅ぐよりも感じるよりも早く、そう思ったから動いたのだろう魔女の背中が五人の前にあり、まさに今倒したはずの猿が牙を剥いて、雷霆を纏った拳を振り下ろしている瞬間を見ていた。
「何やら妙な違和感を感じたので飛んで来れば……蘇生の呪いですか」
「センセー!」
「よく間に合いましたね……」
「まぁそこは、女の勘です」
猿には理解出来まい。
いや、猿だから理解出来ないのではない。猿でなくとも理解など出来ない。
どうして猿の巨腕を、半分もない細腕一本で受け止められるのか。どうして雷霆が届かないのか。それら全て、わかる事はない。
本人曰く、彼女の行動の大半は女の勘――直感が齎すものだから。
「さて、呪いの核は……うぅん……ここか、ここか、ここ!」
黒い魔力が、猿の体を三か所貫く。
勘で選び抜かれたそのどれが、呪いの核だったのか、今となってはわからない。
死して初めて発動する類だった様子の呪いさえ潰えて、塵と化す猿の中から見つけ出すなんて到底無理な芸当だ。
それこそ、勘でも良くなければわかるまい。
「はい。今日は私の手柄……と、言いたいですが、証拠がないので、今回もあなた達の手柄になるでしょうね。お疲れ様でした」
「……師匠。あなた、最初からこうするつもりだったのでは?」
「そんな事ないですよ。だって、モンスターが不死身の呪い持ちなんて情報、なかったでしょう? だから全ては勘ですよ、女の勘」
そう言われては言い返せない。
が、そもそもドラゴン退治だって魔女が持って来た仕事。
そこからモンスターの生息地的に今の猿が縄張りにしに来る事を予測して、事前の調査で呪いについて知る事も出来た――かもしれない。
しかしそれも、もう終わった出来事。ゴチャゴチャと後から掘り返すほどの事でもない。
だからもう何も言えなくて、五人はただ、魔女へと駆け寄る事しか出来なかった。
魔眼も超聴覚も鋭敏な嗅覚も触覚も、味覚の好奇心も、魔女の勘には敵わない。
そう納得してしまえるほど、周到に用意されていたのか。それとも本当に勘なのか。
黒き魔女の魔法に惑わされ、永久に解き明かせないような、そんな予感を感じながら、今日も五元の英雄は、黒魔女の助けに救われた。
黒魔女の助け 七四六明 @mumei
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