第9話 それからの妖怪パトロール。

 私が妖怪パトロールを始めて、どれくらいたったのか、思い起こすともう

三年くらいになります。いつも私を助けてくれた、えんまくんは、少し前に

地獄に帰ってしまいました。

次期・大王になるための修行というのが理由です。

えんまくんと別れるのは、淋しくて、悲しくて、いくら泣いても涙が枯れることはありません。でも、えんまくんのためと思って、私は、笑って見送りました。

今頃、えんまくんは、地獄で元気にしているでしょうか……

私の事を忘れないでくれているだろうか? もちろん、私は、えんまくんの事を

忘れたりしません。

 えんまくんといっしょに妖怪退治をした日々のことは、片時も忘れたことは

ありません。楽しかったこと、うれしかったこと、悲しかったこと、

怖かったことや恐ろしい目にあったことは数え切れないほどです。

えんまくんと過ごした毎日は、私にとって、大事な思い出です。

 地獄に帰る日、えんまくんは、私を初めて優しく抱きしめてくれました。

そして、今までよくがんばったと、褒めてもくれました。

私には、それだけで胸が一杯になりました。泣かないように我慢して、

えんまくんを見送ったのです。

 アレから、一年くらいたちました。久しぶりにえんまくんに会いたいなぁと、思うようになりました、


 妖怪パトロールは、今も続けています。

私には、強い味方がいます。カパちゃんとキャポ爺さんです。

二人は、私のために、人間界に残ってくれたのです。今も、三人で妖怪退治を

しています。

 でも、もう一人、私に仲間できました。それは、らん魔くんです。

えんまくんが地獄に帰ってから、入れ違いで地獄からやってきた男の子です。

私より背が低いし、まだ子供みたいなので、弟のような感じがしました。

でも、紛れもない、妖怪なのです。初めて見たときは、えんまくんのミニチュア版に見えました、。実際に、らん魔くんは、えんまくんのことを兄貴と

慕っていました。

 私の事も『雪ねぇ』と呼ぶので、とても親しみを感じます。

まだまだ可愛い男の子です。身長が、カパちゃんと同じくらいなので、

いつも二人はケンカばかりしてます。仲がいいのか悪いのか、私には、

そう見えました。そして、ケンカの仲裁をするのは、いつも私の役目です。

「雪ねぇは、どっちの味方なんだよ」

「雪子はんは、あっしの味方でゲス」

「なに言ってんだよ、俺に決まってるだろ」

「ケケケ、らん魔くんは、何もわかってないでゲス」

「うるさい、カッパ」

「うるさいのは、そっちでゲス。このガキ」

 という感じで、口喧嘩から始まって、殴り合いが始まります。

「ハイハイ、そこまでよ。ケンカする人は、嫌いだからね」

 なんとなく、可愛い仲間が増えた気がします。

なんだか、私は、お母さんになったような気分になります。、

そんなときでも、キャポ爺さんは、笑ってみてるか、居眠りしています。

 それでも、らん魔くんは、やっぱり、えんまくんが私のために寄越してくれただけあってとても強くて、頼りになりました。やっぱり、妖怪なんですね。

そんならん魔くんを見ていると、えんまくんのことをつい、思い出してしまい

ます。


 そんなある日の満月の夜のことです。地獄門が開きました。

私たちは、小学校の校庭に出て、その様子を見ていました。

満月が少しずつ欠けていきました。そして、真っ暗闇になります。

 地獄門が開いたのです。すると、そこから、光の線路のようなものが流れて

きました。それに沿って、骸骨馬車がやってくるのです。何度も見ているので、もう慣れました。

 骸骨が馬車を引いてやってくるのです。いったい、何事かと、みんなで見て

いました。やがて、骸骨馬車は、私たちの前に着くと、ドアが開きました。

「久しぶりだな、雪」

「えんまくん!」

 降りてきたのは、えんまくんでした。

「えんまの兄貴、お久しぶりです」

「らん魔か。ちゃんと、雪の手伝いしてるか」

「もちろんだぜ。兄貴の言い付け通り、雪ねぇを守って、妖怪と戦ってるから、安心してくれ」

「そうか」

 そう言って、らん魔くんの頭を撫でると、私に言いました、

「元気そうだな」

 久しぶりに会ったえんまくんは、すごく立派に成長していました、。

私より、ずっと背も高くなって、大人になっていたのです。

もう、私の手が届かないところに行ってしまったような気がして、少し淋しく

なりました。でも、えんまくんに会えたことが、懐かしくて、なぜだか言葉が

出てきませんでした。

「ケケケ、えんまくん、久しぶりでゲス」

「カパルも元気そうだな」

「えんまくん、少し会わないうちに、立派になったのぉ」

「キャポ爺こそ、まだ、生きてんのかよ」

「ひゃひゃひゃ、わしは、まだまだ元気じゃ」

 なんだか、三人の会話を聞いていると、あの頃を思い出します。

「ところで、今日は、何しに来たんじゃ?」

 キャポ爺さんがえんまくんに聞きました。

言われてみれば、えんまくんは、何しに来たのか私にもわかりません。

「雪を地獄に連れて行くんだ」

「えっ! 私を地獄に? イヤイヤ、私、まだ死んでないし、悪いこともしてない

から」

「相変わらず、バカだな。大王が、お前に会いたいんだってよ。だから、連れに来ただけだ」

「そう言うこと。あぁ~、よかった」

 心の底から、ホッとしました。でも、よく考えれば、生きた人間は、地獄には行けないはずです。

「安心しろ、ちゃんと生きて人間界に戻してやるから」

「それならいいけど……」

「しかし、雪子さんは、人間じゃよ。地獄界の現実は、刺激が強すぎると

思うが」

「それもそうだな。おい、雪、地獄を見て見たいか?」

 いきなりそう言われても、返事のしようがありません。

私も地獄城の妖怪テレビで、地獄の様子は、何度か見たことあります。

それはそれは、恐ろしく、怖い、地獄絵図のようなところで、とても見て

いられません。

「どうする。行きたくないなら、無理には誘わないけど」

「雪ねぇ、行って見たらどうだよ。生きた人間は、地獄には行けないんだぜ」

「でも、雪子はんには、見せたくないでゲス。あんな残酷な世界は、見ないに

越したことはないでゲス」

「返事は? もうすぐ、地獄門が閉まる。早く決めろ」

 そう言って、えんまくんは、骸骨馬車に乗りました。

私には、考えている時間はありません。そのとき、私は、骸骨馬車に乗ろうと

決めました。えんまくんの隣に座ると、えんまくんは、意味深な笑いを

浮かべました。

「それじゃ、行ってくる。雪は、すぐに帰すから、それまで、お前ら、ちゃんと留守番してろよ」

 えんまくんは、カパちゃんたちに言いました。

「ほな、いってらっしゃいでゲス」

「雪子さん、その目で、地獄をちゃんと見てくるんじゃよ」

「雪ねぇ、兄貴、留守は、俺に任せてくれ」

 私は、みんなに見送られて、骸骨馬車でえんまくんと地獄に行くことに

なりました。


 骸骨馬車とはいえ、狭い空間にえんまくんと肩が触れ合うくらいの近くに隣り合って座るなんてなんだか緊張してきます。私は、両手を膝の上に置いて、

俯いていました。

「どうした?」

「えっ、イヤ、別に何にも……」

「緊張しなくてもいいから。俺がいるから、安心しろ」

 そういわれると、少しは肩の力が抜けます。

次第に骸骨馬車は、地獄門というか、満月の中に入っていきました。

えんまくんは、足を組んで、腕組みしながら、じっとしているだけです。

「あのさ、大王は、なんで私に会いたいの?」

「さぁな、俺にはわからん。大王が連れて来いって言うから、迎えに来た

だけだ」

 理由がわからないというのは、なんとなく不安になります、

「ねぇ、えんまくん、なんだか大人になったわね」

「そうか? まぁ、俺も、大王になるからな」

「やっぱり、閻魔大王になるんだ」

「当然だ。なんだ、どうした?」

 えんまくんは、私を見て言いました。

「なんだか、遠いところにいくみたいで、大王になったら、もう、会えないのかなって……」

 私は、小さな声で聞いてみました。

「そんなこと、心配してんのか? 相変わらず、雪は、バカだな」

「だって……」

「お前、俺と妖怪パトロールしてたときのこと、忘れたのか?」

「忘れるわけないじゃない」

「俺だって、忘れてないぜ。雪は、俺が初めて認めた人間だからな」

 私は、いろんなことを思い出しながら、聞いていました。

「俺が大王になったら、地獄界と人間界を繋いでやろうと思ってるんだ。

そのためにも、人間である、雪が必要なんだ。これからも、お前のことは、

頼りにしてるんだぜ」

 私は、思いもかけない言葉を聞いて、ビックリしました。

「もっともそれは、俺が大王になってからだから、まだ先だけどな」

 えんまくんは、すごく頼もしくなりました。私なんかより、ずっと立派な大人になっていました。

私は、えんまくんに会えたことがうれしくて、のぼせていました。

それなのに、えんまくんは、大王になってからのことまで、考えているのです。

それに引き換え、私は、浮かれているだけで、ちっぽけな自分のことが

恥ずかしくなりました。

「そろそろ、着くぞ。いいか、ビックリして、腰を抜かすなよ」

 えんまくんがそう言うと、私は、ごくりと唾を飲み込んで、気持ちを引き締めました。真っ暗だった視界が、突然、明るくなりました。

それは、真っ赤な炎だったのです。それが、地獄の炎でした。

テレビでは見たことあっても、本物を見たのは初めてです。

「どうだ、熱いか?」

 そう聞かれても、なぜか、ちっとも熱くありませんでした。

「熱くないだろ。灼熱地獄の炎は、死者だけが感じるもので、生きてる

お前には、感じないはずだ」

 そうなんだ。私は、生きているから、こんなに熱いのに感じないのか。

地獄は、不思議だらけです。でも、死者たちの叫び声は、聞こえてきます。

耳を塞ぎたくなるほどでした。

 やがて、骸骨馬車は、地面に降りました。

「降りるぞ」

 えんまくんに言われて、いっしょに骸骨馬車を降ります。

「ちゃんと付いて来いよ」

 私は、えんまくんの後を付いていきます。でも、回りは、まさに阿鼻叫喚で、どこを見ていいのかわかりません。

私とえんまくんが歩いているのは、細い岩場の道でした。

左右には、煮えたぎった、真っ赤な炎が沸きあがり、その横に恐ろしい顔をした鬼たちが人間たちを火にくべているのです。生きたまま火に焼かれる人間たちの悲鳴があちこちから聞こえてきます。

「気にすんな。いちいち、気にしてたら、地獄じゃきりがないぞ」

 そう言われても、目のやり場に困るし、声が聞こえれば、ついそっちを

見てしまいます。

「アレ、 あんた、雪子じゃないのか?」

 突然、炎の中から私を呼ぶ声がしました。

私は、呼ばれた方を探して、キョロキョロしていると、真っ赤に燃え盛る炎の中から妖怪が顔を出しました。

「ライオンさん!」

 そこにいたのは、以前、私が助けた灼熱ライオンでした。

「いやぁ、まさか、地獄で雪子に会えるとは思わなかったなぁ。あんた、死んだのか?」

「死んでないわよ。この通り、私は元気よ。ライオンさんは?」

「この通り、灼熱地獄の炎をバンバン炊いてるよ」

 見れば、ものすごい勢いで炎が死者を焼き尽くしていました。

「なんだ、お前、灼熱ライオンと知り合いか?」

「うん、ちょっとね」

 すると、ライオンさんが、そこにいたえんまくんを見つけると、慌てて

言いました。

「えんま様、灼熱ライオンです。今日も、見てのとおり、炎で死者を焼いて

います」

「ご苦労」

 えんまくんは、ライオンさんが恐縮しているのを見下ろして無愛想に

言います。

「ところで、あの子は、元気ですか? レオくんは……」

「ハイ、アソコで、手伝ってます」

 そう言って、肉球のある大きな指で、前方を指します。

そこでは、小さいながらも、しっかり炎の鬣を燃やしていました。

「ずいぶん大きくなったのね」

「ハイ、あいつのおかげで、灼熱地獄も以前より熱くなりました」

 私は、感心しました。これじゃ、ここに送られた人たちは、ひとたまりもないでしょう。ここにだけは、死んでも来たくないと思いました。

「しかし、生きた人間が地獄に来るなんて、どういうわけですか?」

「さぁ、私も知らないの。えんまくんに連れて来られたのよ」

 ライオンさんは、私とえんまくんを不思議そうに見ていました。

「雪、急ぐぞ」

「ハーイ、それじゃ、ライオンさん、またね。がんばってね」

「雪子も気をつけろよ。地獄は、危険だからな」

 私は、ライオンさんたちに手を振って別れました。

「お前、俺の知らないところで、妖怪の知り合いが増えたのか?」

「まぁね。これでも、妖怪パトロール隊だもん」

 私は、えんまくんに胸を張って言いました。

でも、えんまくんは、何も言わずにスタスタ歩くだけでした。

しばらく歩くと、今度は、死者たちが生きたまま針に体を刺されていました。

苦しそうな悲鳴が聞こえてきます。助けを呼んでいる人もたくさんいました。

「ここは、針地獄だ。生前、人を刺し殺したやつらが落ちる地獄だ。その苦しみと痛みが永遠に続く地獄だ」

 見るからに痛そうです。体中に針を刺されていたり、貫通してもがき

苦しんでいる人たちばかりです。

「えんまくん、早く行こうよ」

 私は、見ていられなくて、そう言いました。

「しょうがねぇな」

 えんまくんは、そういうと、マントを広げて私を包むと、一気に飛び上がり

ました。えんまくんのマントに包まれて空を飛ぶのは、久しぶりでした。

もっとも、下は、地獄絵図なので、見る勇気はありません。 

 しばらくそんな見ていられないほどの恐ろしいものを眼下に見ながら着いた

のは、あの閻魔大王がいるという、大きな岩場でした。

到着すると、雲がはれて、私の目の前には、何十メートルもあろうかという

巨大な人が座っていました。それが、閻魔大王なのです。

私は、見上げるだけで、首が痛くなりました。

「大王、雪を連れてきたぞ」

 えんまくんは、まるで、友だちと話すような口ぶりでした。

「ご苦労だった」

 太くて迫力のある声が聞こえます。私は、緊張と怖さに体の震えが止まり

ませんでした。

「人間。いや、雪子と言ったな。わしが地獄の王、閻魔大王だ」

 私は、膝をついて、両手もついて、頭を下げます。

「頭を上げて、顔を見せろ」

 私は、ゆっくり顔を上げます。怖そうな顔でした。子供だったら、泣き喚くと思うほどです。

「雪子、お前を呼んだのは、他でもない」

 静かな口調でも、その一言が、とても怒っているように聞こえました。

「今まで、妖怪パトロールをやってくれたこと、ご苦労だった。お前のことは、わしもよく見ている。

これまで、えんまを助けて、よくやってくれた。わしからも、礼を申す」

「イヤイヤ、とんでもないです」

 私は、なんて言ったらいいのかわからないので、それくらいしか言えません

でした。

「まもなく、わしは退官して、その座をそこのえんまに譲る。しかし、まだまだ人間界には悪い妖怪どもがいる。そやつらを地獄に連れ戻すために、妖怪パトロールは続けてもらう」

「ハイ、喜んで、がんばります」

「そこで、お前を妖怪パトロールの隊長を命じる」

「ハ、ハイ?」

 いきなりのことで、私の声が裏返ります。

「地獄のえんまと協力して、お前は、人間界で隊長として、妖怪パトロール隊を指揮するのだ」

「私がですか?」

「そうだ。雪子、お前にしか出来ない仕事じゃ。しっかり頼むぞ」

「でも、そんな、私が……」

 人間である私が、妖怪パトロールの隊長なんて、務まるわけがありません。

どうしたらいいのかわからないでいると、えんまくんが言いました。

「大王、人間なんかにそんなこと、勤まるわけがないだろ」

 確かに、えんまくんの言うとおりです。私は、普通の人間なのです。

「えんまは、雪子には勤まらないというのか?」

「当たり前だろ。雪は、ただの人間なんだぞ」

 すると、大王は、豪快に笑うと、急に笑うのをやめて、えんまくんを睨みつけました。

「えんま、お前の目は、どこに付いておるんだ? お前がいないときに、一人で

妖怪退治をしたのは誰だ。わしは、雪子という人間なら、できると信じて

おるが、お前はどうだ」

 えんまくんは、答えませんでした。

「雪子、出来るか?」

「イヤ、その…… 私に、隊長なんて、その、なんていうか……」

「出来ないというか?」

「それは……」

「出来ないというなら、妖怪パトロールは解散だ。カパルもキャポ爺も、地獄に戻す」

 解散…… それは、イヤ。絶対にイヤ。カパちゃんやキャポ爺さんとも

別れたくない。

「どうだ。返事は?」

「やります! 私、妖怪パトロールの隊長をやります」

「よせ、雪」

「大丈夫よ、えんまくん。私、やります」

 えんまくんが止めるのも聞かずに、そう言っていました。

「よく言った。これは、わしからの贈り物だ。きっと、役に立つだろう」

 閻魔大王が息を吹くと、私の目の前にえんまくんと同じマントとステッキが

現れました。

「それが、隊長の証だ。新しい妖能力マントとステッキだ。今後も、カパル、

キャポ爺と、力をあわせて頼むぞ」

「ハイ、大王様」

「それと、らん魔のこと、世話をかけるが頼んだぞ」

「任せてください」

 私は、そう言って、マントを肩に翻して見せました。

そして、立ち上がると、えんまくんの前でその姿を見せつけてやりました。

でも、えんまくんは、そっぽを向いて見ようとしませんでした。

「もう、よい。えんま、雪子を下界に返してやれ」

「わかったよ。雪、帰るぞ。送ってやる」

 そう言うと、私は、大王様に別れを告げて、えんまくんに付き添われて地獄を後にしました。

「まったく、調子がいいんだから。後で、大怪我しても知らないぞ」

「大丈夫よ。これがあるもん」

 そう言って、ステッキを見せてあげます。

「調子に乗るんじゃねぇぞ。俺は、お前のことを思って……」

「ありがと、えんまくん。心配してくれて」

「別に、心配なんかしてねぇよ」

「えんまくんは、優しいのね。でもさ、もし、どうしてもダメな時は、助けに

きてね」

「バカ」

 えんまくんは、そう言って、プイと横を向いてしまいました。

でも、私にはわかっています。えんまくんは、私のヒーローなのです。

危ないときは、きっと、助けに来てくれる。必ず…… 

「乗れよ、送ってやるから」

 えんまくんは、骸骨馬車を呼びました。

「大丈夫よ。一人で帰れるから、地獄門まで送って」

「バカ言ってんじゃねぇよ」

「だって、今は、マントがあるもの」

「まったく、お前は……」

 えんまくんは、頭をかきながら、一つ大きなため息をつくと言いました。

「ちゃんと付いて来いよ」

 そう言うと、マントを翻して、飛び上がりました。

私も、同じように、マントを翻して、高く飛びます。もう、マントの使い方は、自然と体に染み付いていました。

「どう、うまくなったでしょ」

「フン、まだまだだな」

 私は、えんまくんに追いついて言ってやりました。

私は、えんまくんと並んで飛んでいました。なんか、夢のようでした。

二人で空を飛べたら、どんなに気持ちいいか、夢が一つかなった思いでした。

もっとも、ここは地獄で、下を見ると、恐ろしい阿鼻叫喚の世界だったけど……

 私は、えんまくんについて、地獄門まで送ってもらいました。

「それじゃな。ここから先は、人間界だ」

「送ってくれて、ありがとう」

「気をつけろよ。それと、お前は人間なんだからな、それを忘れるなよ」

「わかってる。えんまくんも、がんばって、大王様になってね」

「すぐになってやるから心配すんな。それより、自分の心配しろ」

「それじゃ、さよなら、えんまくん。また、会うのを楽しみにしてるわね」

 そう言って、えんまくんに右手を差し出しました。

えんまくんは、その手を握り返すと、私をグイッと引き寄せました。

そして、私のおでこにキスをしたのです。

「これは、俺からのおまじないだ。いつも見てるからな。どうしても危なく

なったら、俺を呼ぶんだぞ。いつでも助けに行ってやる。俺を信じろ」

「うん、信じる。でも、えんまくんは、なるべく呼ばないわ。だって、私は、

妖怪パトロールの隊長だもん」

 キスをされたおでこが妙に熱く感じていました。

今にも泣きそうだったけど、グッと我慢しました。泣いたら隊長失格です。

えんまくんにも心配かけたくなかったし、自分のこれからのことを思うと、

泣いてる場合ではありません。

 えんまくんは、そう言って、閉まり始めた地獄門の中に入っていきました。

「さよなら、えんまくん。またね、元気でね。えんまくーん!」

 私は、閉まっていく地獄門の中に消えていく、えんまくんに大声で

言いました。

完全に閉まって、元の満月に戻る月を見ながら、私は、地上に向かいました。


 地獄城に戻った私を見て、驚いたのは言うまでもありません。

「ケケケ、それじゃ、これから、隊長はんて呼ばなきゃダメでゲス」

「いいわよ、別に、今までどおりで」

 カパちゃんがビックリしていました。

「しかし、大王様も粋な計らいを見せるもんじゃな」

 キャポ爺さんは、感心していました。

「雪ねぇ、似合うぜ」

「ありがと、らん魔くん」

 これからは、この三人の仲間といっしょに、妖怪パトロールを続けていき

ます。もちろん、私が隊長です。これからもがんばっていきます。

地獄で見ているだろう、えんまくんのためにも、張り切っていかなきゃ。

「みんな、これから、よろしくね」

「ケケェ~、わかってるでゲス。このカパル様に、任せるでゲス」

「バカじゃねぇの、カッパなんて頼りになるかよ。俺に任せろ」

「ケケケ、お前みたいなガキなんて、雪子はんの足手まといでゲス」

「言ったな、このアホカッパ」

「アホいうたでゲスな。このクソガキ」

「なんだと、もういっぺん言ってみろ」

「ハイハイ、もう、やめなさい。みんな、仲間なんだから、仲良くやらなきゃ

ダメでしょ」

 ケンカを始めた、カパちゃんとらん魔くんをなだめます。

まったく、これじゃ先が思いやられます。

「いい、カパちゃんも、らん魔くんも、これからは、みんなでやらなきゃいけないんだからケンカばっかりしてちゃダメよ。わかった」

「雪ねぇがそう言うなら」

「ケケケ、雪ねぇじゃないでゲス。隊長って言うんでゲス」

「うっせぇよ、バカカッパ」

「もう、我慢できないでゲス。雪子はん、このガキを地獄に送り返すでゲス」

「いいから、もうやめなさい。隊長命令よ。次にケンカしたら、妖怪パトロールをクビにするからね」

 強い調子で言うと、二人も渋々納得しました。

これじゃ、先が思いやられるけど、隊長の私がしっかりして、まとめていかないと。私は、新たな気持ちと同時に、気を引き締めました。

「いい、カパちゃんもらん魔くんもよく聞いてよ」

 私は、隊長として、言うことはきちんと伝えようと思いました。

「私ね、今まで、いろんな妖怪に会ったわ。あおはるくんや妖怪博士、ライオンさんみたいな人間と仲良くできる人も

いたし、実際に、妖怪スナックのマスターみたいに、人間として生きてる妖怪もいる。だけど、悪い妖怪もたくさんいたわよね」

 そこまで言うと、キャポ爺さんが大きく頷いていました。

「でもね、悪い妖怪って、ホントはいないと思うの。悪い妖怪は、人間たちの

悪い心が生み出したものだと思うの。だからね、これからは、妖怪を退治する

だけでなくて、妖怪たちとも仲良くしていきたいの」

 カパちゃんもらん魔くんも、静かに聞いていました。

「私が隊長になったんだから、むやみに退治したりしないわ。生きて、地獄に

送り返すのよ。わかった」

「わかったでゲス」

「雪ねぇがそう言うなら、それに従うぜ」

「雪子さん、立派な隊長になったのぅ。わしは、誇りに思うぞよ」

「ありがと、みんな」

 私は、誇らしい気持ちでみんなを見ました。

「それじゃ、行くわよ」

「行くって、どこにでゲス?」

「決まってるでしょ。妖怪パトロールよ」

 私は、マントを翻して言いました。

「雪ねぇ、行こうぜ。心配すんな。雪ねぇには、かすり傷一つつけさせねぇ

から。そんなことしたら、えんまの兄貴に顔向けできねぇもんな。だから、安心しろ」

「ケケケ、あっしも雪子はんのことは、守るから大丈夫でゲス」

「これだけ揃えば、怖いもんなしじゃな。雪子さん、みんなを信用してくれるな」

「もちろんよ。みんな、大好きな仲間だもん」

 そう言って、カパちゃんとらん魔くんを抱きしめました。いつの間にかキャポ爺さんが私の頭にちょこんと乗ります。

今日も、私は、妖怪パトロールに向かいます。地獄でえんまくんに笑われないように隊長として、立派に勤めて見せます。

だって、私には、頼もしい仲間たちがいるんだもん。

「さぁ、妖怪パトロール隊、出動!」


                                   


                             終わり

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妖怪パトロール始めました。 山本田口 @cmllaaa

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