第8話 妖怪パトロールの復活。
それからも私は、一人で妖怪パトロールを続けていました。
最近、妖怪どころか、悪い妖怪にも出会うことがなくて、なんだかつまらない
毎日でした。
暗くなったころ、地獄城に帰ろうと思っていると、妖怪が集まるという
鬼陣というバーのことを思い出して行って見ることにしました。
ドアを開けると、マスターが迎えてくれました。
「いらっしゃいませ。あっ、お嬢さん」
「こんばんわ、マスター」
「こちらへどうぞ」
私は、カウンターの一番奥に案内されました。店内には、まだ、誰もいませんでした。
「しばらくです」
「いいえ、お嬢さんも元気そうで、何よりです」
そう言って、人のよさそうなマスターが笑顔で迎えてくれました。
「なにか、お飲みになりますか?」
「それじゃ、カルーアミルクをお願いします」
「かしこまりました」
そう言って、マスターは、グラスを拭きながら、カクテルを作って
くれました。
「最近、妖怪は来てないの?」
私は、さりげなく聞いてみました。
「ハイ、最近は、人間のお客様ばかりで、平和ですよ」
「それは、よかったですね」
「お待たせしました」
マスターは、私の前にカルーアミルクを置きました。
私は、一口飲んでから、もう一つ尋ねてみました。
「私ね、マントとステッキを使えるようになったの」
そう言って、羽織っているマントと手にしたステッキを見せました。
「そうですか。それはよかった」
マスターは、ニコニコしながら言いました。
「それで、他に悪い妖怪って知らない?」
「お嬢さん、まさか、一人で妖怪退治をするつもりですか?」
「そうよ。だって、私は、妖怪パトロールだもん」
「しかし、それは、危険ですよ」
マスターは、額にしわを寄せて低い口調で言いました。
「大丈夫よ。マントとステッキがあるもの。それに、この前も痺れやなぎとか
退治したし」
私は、自信満々の顔で言いました。でも、マスターは、いい顔をしません。
「その程度の妖怪なら問題はありません。でも……」
「どうしたの? 何か、心当たりでもあるの」
「いや、それは、その……」
マスターは、なにか言い難そうでした。
「知ってるなら、教えて」
「いくらステッキが使えるようになったとはいえ、余りにも危険すぎます」
「どういうこと? また、地獄から誰か来てるの」
マスターは、それ以上口を開こうとしませんでした。
「ねぇ、お願い。えんまくんが戻ってくるまで、私ががんばらなきゃいけないの」
私は、カウンターから身を乗り出しました。
黙ってグラスを拭いていたマスターは、その手を一反止めると、小さな声で
言いました。
「実は、骸骨魔人が人間界に来ているそうなんです」
「骸骨魔人? 誰なの、それ」
私は、怪訝そうな顔で聞きました。
「髑髏魔人のことは、覚えていますよね」
「もちろん、覚えているわ」
「その、弟らしいんですが、その骸骨魔人が、仇を討ちに来たらしいんです」
「なんですって!」
私は、目が飛び出るくらい驚きました。
「ですから、お嬢さんは、関わらないようにして下さい。あのえんま様がやっと倒した相手なんですから」
それを聞いたら、黙って入られません。
「どこにいるの?」
「お嬢さん、ダメですよ」
「いいから、教えて」
しばらく押し問答が続いたけど、マスターは、私のやる気に押されて教えて
くれました。
「髑髏魔人の屋敷は、覚えていますか?」
「もちろんよ」
「そこにいるようです。妖怪パトロール隊は、仇だから、お嬢さんは狙われて
いるんですよ」
「そんなの返り討ちにしてあげるわ」
「えんま様が戻ってくるまで、待ったほうがいいですよ」
「大丈夫よ。私一人で、やっつけてやる」
私は、そう言って、残ったカルーアミルクを一気に飲み干しました。
「ご馳走様。マスター、ありがとう」
私は、そう言って、財布から千円札を一枚カウンターにおいて、出て行こうとしました。
「お待ち下さい、お嬢さん」
マスターがカウンターから出てきました。
「御代は要りません」
「でも……」
「お嬢さんから、御代を取ったら、バチが当たりますよ。その代わり、絶対に、無理しないでください」
「わかりました。今度は、えんまくんも連れてくるから」
「ハイ、お待ちしております。どうか、お気をつけて……」
マスターに見送られて、私は、マントを翻して、夜空に飛びました。
その翌日、私は前に戦った、髑髏魔人の屋敷にいました。
「ここね。骸骨魔人がなんだって言うのよ。こっちから、出向いてやるわ」
そうは言っても、今回は、妖怪博士にもらった、謎のガラス玉はありません。
私にあるのは、ステッキとマントだけです。これだけで、倒せるか……
あのえんまくんでも、力を使い果たすくらいの強敵なのです。
「やっぱり、やめたほうがいいかな」
ちょっと自信がなくなって、独り言を呟いて振り向くと、そこに見知らぬ男がいました。
「なにか御用ですか?」
「あっ、イヤ、その、なんでもないです」
いきなり話しかけられて、ちょっと焦りました。
「もしかして、妖怪パトロールの人ですか?」
「えっ? どうして、それを……」
「それは、私も妖怪だからですよ」
そう言うと、私の手を掴んで門扉の中に連れ込まれました。
離そうとしても、余りにも強い力で、離すことができません。
「ちょっと、痛いじゃない、離してよ」
そう言うと、その男は、すぐに手を離しました。
「どうぞ、こちらへ。御主人様がお待ちかねですよ」
門扉は閉じられてしまったので、逃げることが出来ません。
仕方なく、その男に付き添われるようにして、後について歩きます。
すると、あの時見た、大きな門が左右に開きました。
「どうぞ、お入り下さい」
丁寧な口調でも、この男も妖怪なのです。私は、注意深く中に入りました。
すると、広間の左右に数十人の男たちが分かれて立っていました。
私が一歩足を踏み入れると、一斉に頭を下げました。
「御主人様、お待ちかねの人間がお見えになりました」
私を連れてきた男が言うと、赤い絨毯が敷いてある階段から、一人の男が
下りてきました。
ピシッとスーツを着こなし、蝶ネクタイをした、長身の男が見えました。
ゆっくりと階段を降りてくる男の表情は、きりっとした細い目で、私を射抜く
ように見ています。
「キミが噂の妖怪パトロール隊で、髑髏魔人を倒した人間ですか?」
それは、私じゃなくて、えんまくんなんだけど……
そう言おうとしても、言葉が口から出てきません。緊張しすぎて体も口も
動きません。
「ところで、キミ一人ですか? えんまは、いないんですか?」
「えんまくんがいなくても、私一人でも、あなたを倒してみせます」
「ほほぉ、威勢がいいですね。人間の分際で生意気ですね」
私は、息を飲みました。額から、嫌な汗が落ちて、背中にもじっとりと冷や汗を感じました。
「まぁ、いいでしょう。一人で来た、その度胸は褒めてあげます。しかし、ここから生きて帰れませんよ」
私は、なぜか、目の前の男から視線が外せませんでした。
「どうしますか? 今なら、生きて帰れますよ。逃げ道は、開けてあります」
「帰りません」
「そうですか。それじゃ…… お前たち、存分に相手をして上げなさい。殺しても構いませんよ」
そう言うと、赤い絨毯の左右に分かれていた、数十人の男たちが、
私を見ました。そして、その姿が、見たこともない不気味な姿に変わりました。
「ひいぃっ……」
思わず声が漏れました。蛇のような姿をした妖怪、巨大な蛾のような姿や口が耳まで裂けている狼、巨大な鎌を持った魚や、他にも恐ろしい妖怪たちに
囲まれてしまいました。
怖くてたまらず、足の震えが止まりません。でも、ここで逃げる訳にはいきません。まして、黙って殺される訳にもいかない。私は、ステッキを握り締めて、周りの妖怪たちを睨みつけました。私は、マントとステッキを信じて、戦うことを決めました。
「どこからでもかかってきなさい」
私が口火を切ると、すぐに妖怪たちが襲い掛かってきました。
数十匹の妖怪たちに上から押さえつけられました。このまま、潰されるのかと
思いました。
「ぐわぁ……」
「ぎいぃやぁ……」
いきなり妖怪たちが弾け飛びました。私は、すっと立ち上がります。
マントが妖怪たちを弾いたのです。妖怪たちは、すぐに体勢を立て直し、
私に襲い掛かります。
「雪子妖術、雪ツブテ」
私は、そう言って、ステッキを突き出し、振り回しました。
氷の粒が妖怪たちを貫きました。落ち着いて、辺りを見ると、数十匹いた
妖怪たちの姿が跡形もなく消えていました。
「ほぉ~、なかなかやりますね。そんなものを使えるとは、人間にしては、
上出来ですよ」
私を階段の上から見下ろしている男は、顔色一つ変えずに言いました。
しかし、まだまだ、妖怪たちは、私を狙っています。
「今度は、こっちから行くわよ」
私は、ステッキをかざして、妖怪たちににじり寄ります。
妖怪たちと間合いをつめながら、足を踏み出すと、後ろから襲い掛かります。
でも、マントがその妖怪を弾き飛ばします。そして、振り返ると、ステッキを
構えて叫びます。
「雪子妖術、雪フブキ」
ステッキの先から吹雪が渦を巻いて妖怪たちを巻き込みました。
妖怪たちの叫び声とともに、氷付けになって床に落ちて粉々に砕け散ります。
私は、ステッキを構えて、男を睨みつけます。
私の周りに射た、不気味な妖怪たちは、一匹残らず、消えてなくなりました。
あとは、目の前の男だけです。
「あなたが最後よ」
「そうですか。それでは、手加減はいらないようですね。思う存分、やらせて
もらいますよ」
私は、緊張しながら、階段から降りてくる男を見て、後ずさります。
階段を降りながら、男の体が少しずつ変わっていきました。
白い煙を口から出して、体を覆うと、その姿は、白い骸骨に変身しました。
骨をカタカタ言わせて、口から白煙を撒き散らしながら、降りてきました。
しかも、その姿は、私よりも背が高く、私を上から見下ろすくらいの巨大
でした。
「人間、覚悟はいいか。目をくり抜いて、鼻をそいで、手足を引き裂いて、その首をえんまの前に差し出してやる」
骸骨魔人の大きな手が私に伸びてきます。私は、マントを翻して飛び上がり
ました。
「えぇぃっ!」
私は、下駄を思い切り蹴り上げました。それが、骸骨魔人の肋骨に当たり、
骨が砕けました。
「よし」
しかし、骸骨魔人は、さらに攻撃を続けます。砕けたはずの肋骨の骨が、
私目掛けて向かってきました。私は、マントでそれを避けたり、ステッキで
迎え撃ちます。でも、相手の攻撃の連続で、避けるだけで精一杯です。
「どうした人間。それで終わりか?」
「雪子妖術、雪ツブテ」
私は、ステッキを突き出して叫びました。
しかし、氷の粒は、骸骨魔人の口から吐く煙の前に、すべて溶けて蒸発して
しまいました。
「あっ!」
「人間、じわじわと嬲り殺してやる」
「雪子妖術、雪フブキ」
今度は、吹雪を出してやりました。でも、それも骸骨魔人の口に吸い込まれてしまいました。
「あっはっはっ、それまでのようだな」
大きな足の骨が床を這うようにして飛んできました。
私は、マントを翻して飛び上がって避けます。そこに、骸骨魔人の太い腕が
待っていました。私は、思い切りお腹に食らって、壁に吹き飛び、イヤという
ほど背中を打ち付けました。
ズルズルと床に落ちた私は、息がつまり、顔を上げることもできません。
骸骨魔人は、そんな私の首を掴むと、今度は、床に叩きつけます。
私は、声も出せず、半分意識が遠ざかってきました。
それでも、私は、ステッキを杖のように支えてヨロヨロと立ち上がりました。
「まだまだ、負けないわよ」
「それでこそ、妖怪パトロールだ。その程度で死なれては、髑髏魔人の仇は取れないからな」
そう言うと、またしても腕が伸びてきました。私は、ステッキで払いのけ
ます。でも、すぐに、腕が伸びてきて、着物の襟を掴まれました。
高く持ち上げられて、首が絞まります。ステッキで腕を叩いてもビクとも
しません。
「苦しめ。もっと苦しめ。人間が死ぬのを見るのは、最高に素晴らしい」
苦しくて息が詰まり、意識が遠のいていきます。でも、こんなところで負けるわけにはいきません。
えんまくんが戻ってくるまで、がんばらなきゃ……
私は、薄く開けた目で、骸骨魔人を見て、ステッキを投げました。
そのステッキが、丸くなると、真っ白な氷状になり、骸骨魔人の腕を
砕きました。私は、掴まれていた腕から開放されて、床に転げ落ちました。
体勢を立て直そうと膝を突いたとこに、大きな足で背中を押しつぶされ
ました。
「ああっ!」
「苦しいか…… 死ね、人間」
そう言うと、その足で思い切り蹴り上げられました。
家の太い柱に背中からぶつかり、ステッキが腕から離れて床に転がります。
拾おうとしても、体が動きません。這うようにして手を伸ばしてステッキを
拾おうとします。すると、その手を足で踏みつけられました。
「あうっ……」
「痛いか、苦しいか、もっと苦しんで死ね」
骸骨魔人は、そんな私を弄ぶようにして、蹴り上げました。
床に転がる私を捕まえると、上に持ち上げました。
「まずは、その目をくり抜いてやる」
私の顔に指が迫ってきます。私は、目をつぶって、顔を反らします。
すると、髪の毛を掴まれて、無理やり顔を前に向かされます。
「人間、覚悟しろ」
私は、遠のく意識の中で、死を覚悟しました。
私、死んじゃうんだ…… やっぱり、私一人じゃ、何も出来ないんだ……
えんまくん、ごめんなさい。やっぱり、無理だった。このとき、えんまくんの
顔が頭に思い浮かびました。
「えんまくん、助けて…… カパちゃん、キャポー爺さん……」
私は、グッタリして、えんまくんたちの顔を思うと、涙が溢れて止まりませんでした。
「えんまくん、えんまくん……」
私は、ここにはいる筈のない、えんまくんの名前を呼び続けました。
そのとき、私は、床に落とされました。それなのに、背中が痛くありません。
私は、薄れる意識の中で、目を開けると、目の前に黒いなにかが見えました。
「待たせたな、雪」
私は、ゆっくり顔を上げました。すると、そこには、いるはずのない
えんまくんが見えました。
「えんまくん……」
「なんて様だ。お前、それでも、妖怪パトロールか。しっかりしろ」
えんまくんの声まで聞こえてきました。これは、夢なのか?
「ケケケ、雪子はん、もう大丈夫でゲスよ」
「カパちゃん……」
「遅くなってすまんのぅ。雪子さん、よくがんばったな」
「キャポー爺さん……」
私は、カパちゃんに助けられていました。そして、ゆっくり床に下ろされて、体を支えてもらいます。
「雪子はん、えんまくんが来たから、もう安心でゲス」
「えんまくん、ホントに、えんまくんなの?」
「そうでゲス。あっしもキャポー爺さんもいるでゲス」
私は、涙で濡らした目でカパちゃんを見ました。
「ホントに、カパちゃんなの? えんまくん、えんまくん……」
私は、カパちゃんに体を支えられて、体を起こしました。
すると、えんまくんが私の前に立ちはだかると、骸骨魔人に言いました。
「おい、骸骨野郎、よくも雪をボコボコにしてくれたな。このお礼は、十倍、
百倍にして返してやるから、覚悟しろ」
「ふざけるな、貴様に何ができる」
「お前、バカだろ。あの髑髏野郎より、数倍バカだな。地獄から戻った俺様は、ものすげぇ強いんだぜ」
その声は、本物のえんまくんだ。私は、うれしくて、カパちゃんに抱きつき
ました。
「ケケケ、抱きつく相手が違うでゲス。あっしじゃなくて、えんまくんのほうでゲス」
「うるせぇぞ、カッパ。いいから、雪を向こうに連れて行け」
そう言うと、私は、カパちゃんに体を支えられて、家の隅のほうに連れて
行かれました。すると、えんまくんが私の顔を見下ろしながら言いました。
「雪、マントを借りるぜ」
そう言うと、私の肩からマントを外すと自分の背中に羽織りました。
そして、床に転がったステッキを拾い上げました。
「雪、よく見てろ。マントとステッキは、こうやって使うんだ」
えんまくんは、軽く飛び上がると、ステッキを突き上げました。
「妖能力、火炎車!」
放り投げたステッキが炎の輪になって、骸骨魔人の骨を砕きました。
「ぐわあっ!」
「どうした、骸骨野郎。雪の分まで、思い知らせてやる」
そして、えんまくんは、ステッキを思い切り伸ばすと、それで骸骨魔人の骨を砕き折ります。
「雪を殴ったんだってな。てめぇ、ゆるさねぇ」
そう言って、えんまくんは、骸骨魔人の顔を殴りつけました。
骸骨魔人の顔が砕かれます。
「雪をそのきたねぇ足で、踏んづけて、蹴ったらしいな」
今度は、足で、骸骨魔人の足を蹴り上げます。
「ぐおぉ……」
骸骨魔人の悲鳴が聞こえました。
「雪はな、俺の大事な仲間なんだよ。妖怪だろうが、人間だろうが、そんなの
関係ねぇ。俺の仲間を傷つけたやつは、許すわけにはいかねぇんだよ」
そう言うと、今度は、マントを肩から外すと、一度大きく振りました。
すると、そのマントがどんどん大きく広がって、骸骨魔人を一気に包んでしまいました。そして、ステッキでメチャクチャに叩き潰してしまったのです。
マントをはがすと、そこには、骨の欠片も跡形もありませんでした。
「終わったぜ。雪、帰るぞ」
えんまくんは、初めて私を見て言いました。
「えんまくん、ホントにえんまくんよね」
「当たり前だろ。この世にえんまは、俺しかいないんだぜ」
「ありがとう、えんまくん。やっぱり、助けに来てくれたんだね」
私は、そう言って、えんまくんに抱きついて、声を出して泣きました。
「ハイハイ、わかったから、もう泣くんじゃねぇよ」
そう言って、私を抱き上げました。
「おとなしくしてろよ。カッパ、お前は、歩いて帰れ」
「ケケェ~、それはないでゲス」
「定員オーバーなんだよ。雪を抱いてんだから、しょうがねぇだろ」
私を抱き上げたまま屋敷を出ると、そのままマントを翻して、夜空に飛び
立ちました。
「えんまくん、ありがとう」
「遅くなって悪かったな」
「そんなことないわ」
今は、大好きなえんまくんに抱かれて空を飛んでいることが、うれしくて
たまりませんでした。
でも、もしかしたら、これは夢かもしれない。えんまくんが、私を助けに来てくれるなんて絶対夢でしかありません。そう思ったとき、私は、意識が完全に
なくなりました。
私は、夢を見ていました。
骸骨魔人にやられて、立ち上がれなくなった私を、えんまくんが助けに
来てくれる夢でした。
私の前に颯爽と現れて、まるで王子様のように、助けに来てくれたのです。
そして、私を抱き上げると、優しく抱きしめて、キスをしてくれました。
と、そこで、目が覚めました。
「ハッ!」
私は、目を開けて、天井を見ます。
ここは、どこだろう? 私は、死んだはずです。でも、ぼんやりと見える
その視界には、見覚えがありました。
「雪子はん! 」
「カパちゃん……」
私の顔を覗き込むのは、カパちゃんでした。
「えんまくーん、雪子はんが、目を覚ましたでゲス」
カパちゃんが大声を出して、えんまくんを呼びました。
「よかったでゲス。雪子はん、助かったんでゲスよ」
「そうなの? それじゃ、あれは、夢じゃなかったの……」
「何を言ってるんでゲス。あっしを忘れたんでゲスか?」
カパちゃんの笑った顔を見て、やっとそれが夢じゃなかったことを思い出しました。そして、慌てて上半身を起こしました。
それと同時に、頭にキャポ爺さんを乗せたえんまくんが現れました。
「ちょっと、ちょっと、雪子はん、起きちゃダメでゲス」
カパちゃんが慌てて言いました。
「えっ?」
「やっと、目が覚めたか。いつまで寝てんだ、この寝坊スケ」
カパちゃんが慌ててふとんを私の体にかけます。
見ると、私は、裸でした。かろうじて、ブラジャーは着けていても、裸同然の
下着姿でした。
「いい眺めだな、キャポ爺」
「えんまくん、それは、言っちゃいかんぞ」
「いやぁ~っ!」
私は、ふとんで体を隠しました。
「えんまくんのエッチ! 寝てる私に何したのよ」
私は、そう言って、枕をえんまくんに投げます。
でも、えんまくんは、それを軽くいなすと、こう言いました。
「おい! せっかく、助けてやって、ケガまで治してやったのに、その言い草は
なんだ」
私は、訳がわからない顔をしていると、カパちゃんが言いました。
「着物を脱がしたのは、すまんでゲス。でも、雪子はんは、酷いケガしてたん
でゲス。それを治したのは、えんまくんなんでゲスよ」
そう言って、あの小瓶を見せました。それは、妖怪博士からもらった、
万能薬でした。
「雪子さんは、体中傷だらけだったから、着物を脱がすしかなかったんじゃ」
キャポ爺さんが言いました。
「ホントは、素っ裸にしたかったんだけどな」
えんまくんは、笑いながら言いました。私は、顔中真っ赤になるのがわかり
ました。
「ほらほら、見てみるでゲス。もう、傷もふさがって、きれいに治ってるで
ゲショ」
カパちゃんに言われて自分の腕を見ると、傷だらけだった腕が元通りになっていました。体中痣だらけだったのに、それもきれいに治っていて、ちっとも痛くありませんでした。
「そうだったの…… えんまくん、ありがとう」
「バカ、さっさと起きてこい」
そう言って、私の白い着物を投げてよこしました。
私は、急いで着物に腕を通します。ベッドから起きて帯を締めて、えんまくんの後についていきました。
「あの、えんまくん、助けてくれてありがとう」
「別にどうってことねぇよ」
「ケケケ、えんまくん、照れることないでゲス。雪子はんのこと、ずっと心配
してたんでゲス」
「バカ、黙ってろ」
「いいじゃないか、えんまくん。雪子さんが、骸骨魔人にやられているのを地獄で見て、まだ、休んでないといかんのに、大王様の命令を振り切って、助けに来たんじゃよ」
「そうだったの……」
私は、初めて、ホントのことを知って、うれしくなると同時に、えんまくんに心配かけて申し訳ないという気持ちで、胸が熱くなりました。
「えんまくん、ごめんね。言うこと聞かないで、無茶して、心配かけて」
「もう、いいって」
「よくないわ。私は、調子に乗ってたの。マントやステッキがあれば、自分でも出来ると思って……」
そこまで言った私をえんまくんは、遮ってこう言いました。
「何を言ってんだ。雪は、マントとステッキをちゃんと使いこなしたじゃないか。やればできるんだ」
「でも…… やっぱり、私は、弱い人間だもん。妖怪パトロール、やめよう
かな」
私は、知らないうちに涙が後から溢れて止めようがありませんでした。
「私、私……」
もう、涙で言葉が出てきませんでした。
そんな私のおでこを、えんまくんは、指でパチンと弾きました。
何が起きたのかわからないけど、一瞬にして涙が止まりました。
「おい、お前、なんか思い違いしてないか?」
「えっ?」
涙でぐしゃぐしゃの顔を上げました。
「誰が、弱い人間だ。雪は、強くなった。もう、立派な妖怪パトロールの一員
だろが。妖怪パトロールを辞めるだと。なに、勝手なことを言ってんだ。
ふざけんな。もう一度言ってみろ。お前をこの場で、ぶち殺すぞ」
私は、その場に座り込んでえんまくんを見上げました。
「雪子さん、よく聞くんじゃ。お前さんは、強くなった。その証拠に、ステッキとマントを使えるようになったじゃろ。お前さんは、立派な、妖怪パトロールの一人なんじゃ。もっと自信を持つんじゃ」
「でも……」
「わしらは、地獄界でずっとお前さんの活躍を見ていたんじゃよ。わしとカパルだけでも、先に人間界にいこうとしたんじゃ。でもな、えんまくんは、雪子さんを信じて、じっと我慢してたんじゃ。なんでかわかるか?」
私は、首を横に振りました。
「それはな、雪子さんを信じていたからじゃ。お前さんなら、マントもステッキを使いこなせるようになる。そして、妖怪どもにも勝てる。そう信じていたん
じゃ。お前さんには、えんまくんの気持ちはわからんのか?」
私は、涙をしゃくりあげながらえんまくんを見ました。
えんまくんは、真面目な顔をして、私を見下ろしているだけでなにも言い
ません。
「雪子さん、がんばったじゃろ。思い出しいみぃ。空を飛ぶために屋上から飛び降りたり、何度失敗してもステッキの練習をしていたこと。痺れやなぎだけじゃない。骸骨魔人にも堂々と立ち向かったじゃないか」
「雪子はん、あっしら、地獄界で心配で心配で、しょうがなかったんでゲスよ。何度も、助けに行こうとえんまくんに言ったんでゲス。でも、えんまくんは、
雪子はんは、必ずやれるって、やれば出来るって言ったんでゲス」
私は、カパちゃんの言葉を聞いて、胸が張り裂けそうでした。
「だから、もう、泣かないでほしいでゲス。雪子はんが泣くのを見ると、あっしも泣きたくなるでゲス」
そう言っても、カパちゃんも、グズグスと鼻を啜って、泣いていました。
「カパちゃん、ごめんね。心配かけて……」
私は、カパちゃんを抱きしめました。
「ケケケ、雪子はん、相手が違うでゲス」
そう言って、私を引き離すと、私の体を立たせてくれました。
「えんまくん……」
「バカだな。お前は、なんだ、もう一度言ってみろ」
「私は、妖怪パトロールの…… 一員です……」
最後のほうは、声になりませんでした。
「よし、よく出来た。俺は、お前をスカウトしてよかった。俺の目に狂いは
なかったな」
「ひょっひょっひょ、わしは、前から思っていたぞ」
「あっしもでゲス」
「ありがとう、えんまくん、カパちゃん、キャポ爺さん」
私は、そう言うと、えんまくんに抱きついて胸に顔を埋めて泣きました。
えんまくんは、そんな私を、初めて優しく抱きしめてくれました。
「もう、辞めるなんて二度というなよ」
「うん」
「よし、それじゃ、ご褒美だ」
えんまくんは、そう言って、私の肩を持って引き離すと、ほっぺたにキスを
してくれたのです。
「ケケケ、えんまくん、憎いでゲス」
「ほっほっほっ、えんまくんもやっと素直になったのぉ」
わたしは、一瞬、なにが起きたのか理解できませんでした。
キスをされた右の頬だけが、やけに熱く感じました。
「雪、なんだその顔は。それが、妖怪パトロールの隊長に見せる顔か」
私は、自分でも顔から火が出るくらい熱くなっているのがわかりました。
「雪子はん、涙を拭くでゲス」
カパちゃんが差し出したハンカチで顔を拭いました。
それでも、目が真っ赤なのは、鏡を見なくてもわかりました。
「もう大丈夫だな」
「ハ、ハイ」
「よし、それじゃ、行ってこい」
「えっ? どこに……」
「決まってるだろ、妖怪パトロールだ」
「私、一人で?」
「これがあれば一人でもできるだろ」
そう言って、マントを私の肩にかけて、ステッキを掴まされました。
「えっ、イヤ、でも……」
「空を飛べるんじゃねぇのか? 雪子妖術ナントカって、できるんだろ」
「じゃじゃじゃ、えんまくんもイジワルじゃのぅ」
そう言って、キャポ爺さんが笑いました。
私は、やっと、意味がわかりました。そして、マントをはずすとえんまくんに
かけてあげました。
「これは、やっぱり、えんまくんがした方がいいわ。それに、私より似合う
しね」
そう言って、ステッキも渡してあげました。
「こんな危ないものは、えんまくんじゃないと、使いこなせないわ」
ステッキを受け取って、マントを羽織ったえんまくんは、ドヤ顔で
言いました。
「そうだろ、そうだろ。これは、俺様じゃないと使えないからな」
その顔を見ると、やっぱり、えんまくんはそうでなくちゃと感じました。
「よし、それじゃ、行くぞ」
「行くって、どこに?」
「バカか、お前、さっき言ったろ。妖怪パトロールだ。行くのか、行かない
のか?」
「行きます、行きます」
私は、元気よく言うと、えんまくんがマントを広げました。
「ほな、気をつけて行ってらっしゃいでゲス」
「カッパ、お前も来るんだよ」
「ケケェ~、やっぱり、あっしも行くでゲスか……」
「カパちゃんも早くおいで」
「もぅ、仕方ないでゲス」
渋々マントの中に入るカパちゃんと私は、マントに包まれて、地獄城を後に
しました。
「ところで、今度は、どんな妖怪なの?」
私は、マントに包まれて、えんまくんたちと空を飛びながら聞きました。
「夜叉髑髏って、すげぇ妖怪らしいぞ」
「えっ!」
「骸骨魔人並らしいな」
私は、いっしょについてきたことを後悔しました。
「あの、やっぱり、辞める。わたし、帰る」
「バカか、お前は。さっき、言ったことをもう忘れたのか」
「イヤ、でも、骸骨魔人より強かったら、どうするのよ?」
「ハァ? 俺が負けるわけないだろ。その前に、お前が夜叉髑髏と戦うんだよ」
「えっ! えーーーっっ! やっぱり、いやぁ~」
私の声が、青空に響き渡りました。
澄み渡る風の中に、私の絶叫だけが響きます。
私は、妖怪パトロール隊。まだまだ、苦難の道が続くらしい。
でも、大好きなえんまくんとカパちゃんにキャポ爺さんがいるから、みんなを信じて
どこまでも付いて行こうと思いました。それが、例え、地獄でも……
私、妖怪パトロールを始めました。これからもずっと……
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