第7話 一人ぼっちの妖怪パトロール。

 翌日も、校庭に一人出向くと、練習を始めました。

ステッキを握り締めて、頭でイメージを思い浮かべながら、気合を込めて声を

出します。

「えーいっ!」

 すると、ステッキの先から吹雪が噴出しました。

でも、勢いに押されて、ステッキを支えているのがやっとです。

「ストップ、ストップ。ちょっと、止まってぇ~」

 ステッキから猛吹雪が噴出したかと思うと、ピタッとやみました。

「あぁ~、もう、ビックリするなぁ……」

 何とかコントロールしないと、使いこなせません。

何度か繰り返しても、なかなか言うことを聞きませんでした。

「もう、疲れちゃった。ちょっと休憩しよう」

 丁度、学校のお昼休みのチャイムが鳴ったので、子供たちが校庭に出てくる

時間なので私もお昼休憩をとることにしました。お腹も空いたので、商店街で

パンでも買おうと思って行ってみることにしました。

 学校の角を曲がり、その先を右に曲がれば、商店街です。

私は、いつもの道を歩きながら、角を曲がると、道に人がたくさん倒れて

いました。

「なに、どうしたの?」

 私は、倒れている女性を助け起こしました。

「しっかりして、大丈夫ですか?」

 抱き起こしても、血が出ている様子もなく、息もしています。

事故か病気か…… でも、十数人の人が一斉に倒れるなんて、ありえません。

なにがあったのか、周りを見渡しながら、他にも男性を抱き起こしました。

「大丈夫ですか?」

 でも、答えがないので、私は、携帯電話で救急車を呼ぼうとしました。

そのとき、背後になにか気配を感じて、咄嗟に横に飛びました。

振り向くと、柳の枝が背中に迫ってきていました。

「なに、なんなの?」

 私は、注意しながら周りを見ると、そこに大きな柳の木がありました。

「こんなところに、柳なんてあったかしら?」

 私は、ゆっくり近づきました。すると、柳の木が、突然目が光り、

口が開きました。

「貴様も俺の栄養になれ」

「な、な、なに……」

「俺様は、痺れやなぎ」

「妖怪?」

「うははは、覚悟しろ、人間」

 柳の木が笑いました。そして、風も吹いていないのに、何本もある枝が

揺れて、私に迫ってきました。私は、足がすくんで動けません。

「どうしよう…… 私一人で、妖怪なんて……」

 柳の枝がヒュルヒュルと音を立てて迫ってきます。逃げなきゃと思っても、

足が言うことを利きません。

「がんばれ、がんばれ、私……」

 私は、自分に勇気が出てくるように言い聞かせます。

枝が背後から迫ってきます。振り向くのが少し遅くて避けられなくて、思わず目をつぶってしまいます。しかし、私の背中をマントが守ってくれました。

「なんだ、それは?」

 痺れやなぎが強い口調で言います。

私は、マントに守られていることに気がつくと、妖怪に立ち向かう勇気が

出ました。

「私は、妖怪パトロールよ。この人たちになにをしたの? 」

「精気を吸い取っただけだ」

「なんですって。早く元に戻しなさい」

「やなこった。人間なんて、くだらない生き物だからな」

「それじゃ、仕方がないわね。妖怪パトロールとして、あなたを退治します」

 そう言って、ステッキを前に突き出します。

「なにが、妖怪パトロールだ。人間になにが出来る。やれるもんなら、やって

みろ」

 そう言うと、何十本の枝が私に向かって飛んできました。

私は、ステッキでそれを払い落とします。

「それだけか。妖怪パトロールなんて、笑わせるな」

 それからも枝が私に向かって飛んできます。とてもステッキだけでは、

避けきれません。それでも、必死にステッキを振り回します。

こんなときに、ステッキを自由に使えればと思います。

「どうした、人間。それで終わりか」

 私は、避けるだけで精一杯でした。次第に息が切れて肩で息をするように

なりました。

「ハァハァ…… このままじゃ、やられる」

 私は、ステッキを握り締めました。

そのとき、枝が体に巻きつきました。それが、伸びて首や腕にも絡んできます。

苦しくて息が出来ません。しかも、絡んだ枝のせいで、体中が痺れてきました。

「そろそろ、終わりだな」

 体から力が抜けてきました。でも、ステッキだけは、離さず強く握り締め

ます。

「もうダメ…… えんまくん、助けて……」

 私は、意識が少しずつ薄くなりかけてきました。すると、頭の中に誰かが

話しかけました。

「誰? 誰なの……」

 無意識のうちにそう呟いていました。

『ステッキを使え』」

 その声は、聞いたことがない声でした。そうよ、ステッキがある。

負けてたまるか……

私は、薄れる意識の中で、声を絞り出すように言いました。そのとき、頭に思い浮かんだ言葉が口から出ました。

「雪子能力、雪つぶて」

 すると、ステッキの先から、氷の粒がいくつも飛び出しました。

「な、なんだ……」

 ステッキの先から吹き荒れる氷の粒が、枝を次々と千切っていきました。

私は、枝から逃れて、地面に降り立ちます。苦しくても、ゲタで地面を踏みしめるとステッキをかざして、立ち向かいました。

「負けるもんか。痺れやなぎ、覚悟しなさい。雪子能力、雪フブキ」

 そう言ってステッキをかざすと、今度は、ステッキの先から雪が渦を巻いて

噴出しました。

「ぐわぁっ!」

「これで、どうだ」

 私は、両手でステッキを握り締めます。すると、ますます吹雪が強く

なりました。そして、痺れやなぎは、あっという間に冷たい氷に固まりました。

「やった……」

 私は、体を折って、両手をひざに置いて、呼吸をしました。

呼吸を整えて、ゆっくり近づくと、痺れやなぎは完全に氷付けになって

いました。私は、ステッキを野球のバットのように、思い切り振りむいて、

痺れやなぎを打ち付けました。

すると、痺れやなぎは、簡単に砕け散り、粉々になりました。

砕け散った体は、空気に混じって消えてなくなります。

「終わった」

 私は、額の汗を拭うと、右手に握ったままのステッキを見詰めました。

「もしかして、私、ステッキを使えるようになったのかも?」

 咄嗟のことで気がつかなかったけど、私は、ステッキを使えるようになって

いたのです。

一人で妖怪を倒したことより、ステッキに認められたことがうれしくて、

涙がこぼれました。

「ダメダメ、こんな事で泣いてちゃ、妖怪パトロールは、勤まらないわ」

 私は、着物の袖で涙を拭くと、気を引き締めました。

気がつくと、倒れていた人たちも意識を取り戻していました。

私は、その人たちに見られる前に、マントを翻して空を飛んで地獄城に

戻りました。

 地獄城に戻った私は、マントをハンガーにかけて、ステッキを丁寧にタオルで拭いてあげました。

「ありがとね。これからよろしくね」

 私は、ステッキに語り掛けました。そして、マントもタオルで汚れを

拭きます。

「私を守ってくれて、ありがとう」

 私は、マントとステッキに感謝の気持ちを伝えました。

その日から、私には、強くて頼りになる武器ができました。

 そして、一人でも妖怪パトロールを続けて行ける自信がつきました。

えんまくんたちが戻ってくるまで、私ががんばらなきゃという強い思いでした。


 翌日からは、一人で妖怪パトロールを始めました。

それから、何匹かの妖怪を退治しました。私は、かなり自信がついて、

もしかしたら、えんまくんがいなくてもやっていけるかもと思い始めて

いました。

 その日も私は、妖怪パトロールのために街に繰り出しました。

すると、すごい人だかりに出くわしました。しかも、パトカーも数台止まって

いて、たくさんの人垣が出来ていました。

何事かと思って、人垣を掻き分けて前に出ると、警官がなにか叫んでいました。

「抵抗をやめないと撃つぞ」

 何か、物騒な事件でも起こったのか? もしかして、人質篭城事件でも起きた

のか。銀行強盗か、とにかく、事件が起きていることはなんとなく

わかりました。

「危ないから、下がって下さい」

 黄色のテープが張られたそこにいた警察官が、見物人たちを後ろに押し込み

ます。私は、無理くり前に出ました。そして、ビックリするものを目に

しました。

 そこには、鬣が炎のように燃え盛っている、ライオンがいたのです。

「えっ? ライオン……」

 私の姿は人間には見えないとはいえ、野次馬たちに押されて体がきつくなったのでマントを翻して空に飛び上がりました。

上から見下ろすと、たくさんの野次馬と大勢の警官、それに盾を持って機動隊の人たちもいて、拳銃を構えてているのがわかりました。

「もしかして、あれは、妖怪?」

 私は、姿が見えないことをいいことに、鬣が燃えているライオンの前に

下りました。

「あなた、妖怪ですか?」

 突然目の前に現れた私を見て、そのライオンが驚いていました。

「お前は、誰だ?」

「私は、妖怪パトロールよ。悪い妖怪なら、この場で退治するわ。それがイヤ

なら、おとなしく地獄に帰りなさい」

 すると、その炎のライオンは、私にこう言ったのです。

「だったら、すぐに地獄に戻してくれ」

「えっ?」

 思いもかけない言葉に、私も一瞬、意味がわからず聞き返してしまいました。

「早く、地獄に返してくれ。こんなところは、もう、まっぴらだ」

「あの、それじゃ、どうして、人間界にいるの?」

「それは…… この子を取り戻しにきたんだ」

 そう言って、胸に抱いている小さなライオンを見せました。

「あら、可愛い、お子さんですか?」

「そうだ、俺の大事な息子だ」

「わかりました。その前に、ここから脱出することが先ですね」

「わかってる。だけど、俺は、もういい。この子だけでも、地獄に返してくれ」

 炎のライオンは、淋しそうに胸に抱いているわが子を見つめながら

言いました。なにやら、訳ありだということはわかったので、とりあえず、

ここから逃げることを考えました。

 まずは、この包囲網をなんとかしないといけません。 

警官隊とはいえ、相手は人間だから、話し合いでなんとかなると思い、私は、

羽織っているマントを脱ぎました。

「な、なんだ、キミは!」

「危ないから、すぐに逃げなさい」

「早く、こっちに来るんだ」

 突然、炎のライオンの前に現れた、白い着物を着ている女子に驚くのも無理はありません。私は、毅然とした態度で、警官たちと野次馬たちに言いました。

「皆さん、この妖怪は、悪い妖怪ではありません。拳銃を引いて下さい」

「何を言ってるんだ、そいつは、化け物だぞ」

「いいえ、妖怪です」

「だったら、同じじゃないか。そんなことより、早くこっちに来なさい」

「この妖怪さんは、大丈夫です。人間に悪いことはしません。だから、この包囲を解いてください」

 私は、大きな声で言いました。同じ人間同士なら、わかってもらえると思ったからです。しかし、想定外のことが起こりました。

「退け! 退かないと、お前も撃つぞ」

 一人の警官の言葉に、私は、驚きました。

「お前も妖怪の仲間か? なんで、その妖怪が悪くないとわかるんだ」

「いいから、そこは危険だから、こっちに来なさい」

「何してんだ、早く、そいつも撃てよ」

「妖怪だか、化け物だか知らんが、そいつも仲間なら、早く捕まえろ」

 興奮した野次馬たちが騒ぎ出しました。警官と機動隊員たちは、それを抑えるのに必死でした。このまま興奮した人たちに囲まれて、私もいっしょに

襲われそうな雰囲気でした。

「待って下さい。落ち着いて、皆さん、落ち着いて下さい」

「いいから、そいつも捕まえろ」

「キミ、早くこっちに来なさい」

 相変わらず、武器を構えたままの人たちと、興奮してみている野次馬たちで、収拾が付きません。この場をどうしたらいいのか、私は、とっさに思い

つきませんでした。

でも、このままでは、炎のライオン親子はもちろん、私も巻き込まれるのは、

目に見えていました。そのときです、銃声が聞こえました。

どこかから炎のライオンを狙って撃ったのです。

「あっ!」

 私は、振り向くと炎のライオンに近寄りました。

「大丈夫ですか?」

「これしきのこと、どうってことはない。それより、この子を頼む」

 そう言って、まだ小さな子供のライオンを私に差し出します。

「何を言ってるんですか。あなたは、この子の父親でしょ。最後まで子供を守るのは、親の役目じゃないんですか」

「もう、逃げられない。だから、この子だけでも……」

「あなた、それでも妖怪なんですか? なにか妖術使えるんでしょ。だったら、その力を……」

「いや、俺の妖力は、使い果たして、残り少ない」

「どうして?」

「この子を助けるのが精一杯だったんだ」

 炎のライオンの目から、大きな涙が一粒こぼれました。

「だったら、あなたもいっしょに、助けて見せます」

 私は、もう一度、大きく手を広げて、炎のライオンの前に立ちはだかり

ました。

「撃たないでください。この妖怪は、怪我をしているんです。助けてあげて

下さい」

 しかし、私の声は、大声で罵声を浴びせる人々の前にかき消されてしまい

ました。

「やめて下さい。もう、やめて! お願いします。この妖怪たちを助けて下さい」

 私は、声が枯れるまで、何度も何度も叫びました。

「やれぇ!」

 その声が合図で、一斉に拳銃が放たれました。

「えっ!」

 私もろとも撃つつもりなのか? まさか、そんなバカな……

こんなところで、私は、撃たれて死ぬの? なんで、なんで……

 しかし、私も炎のライオンも、決して、撃たれることはありませんでした。

マントが大きく広がり、私たちを守ってくれたのです。弾丸は、マントに

跳ね返り、地面に転がり落ちます。

「見たろ。人間は、自分と姿が違うものは、排除する、野蛮な生き物なんだ」

「そんなことはありません。人間にだって、いい人はいます」

「わかってるさ。でも、今、目の前にいるやつらはどうなんだ?」

「それは……」

 私には、返す言葉がありませんでした。

マントのおかげで、私はもちろん、炎のライオンも視界から消えたので、回りの人たちは、さらに驚きます。

「このまま、逃げましょう」

「そんなことできるのか?」

「出来ます」

 マントに包んでもらって、地獄城に帰ることは出来るはずです。

でも、このまま逃げていいのか? このままでは、今、目の前にいる人たちの誤解が解けないどころか突然消えたら、また、大騒ぎになります。どうにかして、

説得できないか、もう一度、試みました。

 私は、マントを炎のライオンにかけて、姿を隠しました。

「お願いです。もう、こんなことはやめて下さい」

「なんなんだ、キミは? 」

「お前も妖怪か?」

「いいえ、私は、人間です」

「信じられるか!」

 私にも容赦ない言葉が飛んできました。

「とにかく、もう、やめて下さい。私の話も聞いて下さい」

 しかし、私の声は、もう誰にも届きませんでした。私は、呆然としながらその人たちを見ていました。人間の悪の部分を見た気がしました。

人は、こんなにも残酷に慣れるのか?

同じ人間として、悲しくなりました。

「うるさーい! 何だよ、あんたたち、妖怪と見れば、殺してもいいんですか?

それでもあなたたちは、人間ですか!」

 私は、心の叫びを思いっきり口にしました。一度、口にすると、もう止まりませんでした。

「人間にだって、いい人、悪い人はいるじゃないですか。妖怪だって、同じです。そんなこともわからないんですか! それでも、あなたたちは、人間ですか!

人としての心は、ないんですか!」

 私は、そこまで言うと、回りの人たちを睨みつけてやりました。

すると、警官の一人が、拳銃を私に突きつけながら、近づいてきました。

「邪魔をするな。もう少しで、こいつを殺せたのに……」

 目の前に拳銃を突きつけられて、私も心臓が止まりかけました。

「死にたくなければ、今すぐ、退け」

「退きません」

「いい度胸だ。お前、人間じゃないな。何者だ」

「私は、妖怪パトロール隊よ」

「なるほど。噂に聞いた、妖怪パトロールか。でも、お前一人で何が出来る。

仲間はどこだ?」

「今は、いないわ」

「だったら、死んでもらおう」

「やれるものなら、やってみなさい。私が死んでも、えんまくんがいるからね」

「なに! えんま…… そうか、そうだったのか。だったら、丁度いい。貴様も

そこのライオン共々殺してくれる」

 そう言って、その警官は、拳銃の引き金に指をかけました。

やっぱり、私は、ここで死ぬの? イヤよ、こんなところで死ぬわけにいかないわ。

えんまくんが戻ってくるまで、私は一人でもがんばるって言ったんだもん。

こんなところで死んだら、えんまくんに会えないじゃない……

 そう思うと、勝手に手が動きました。

ステッキが勝手に動いて、警官の拳銃を払い落としたのです。

「くそっ……」

 私は、地面に落ちた拳銃を足で蹴りました。そして、私は、あることに気が

ついたのです。私は、ステッキをその警官に突きつけると、言いました。

「あなた、どうして、妖怪パトロールのことを知ってるの? どうして、えんまくんのことを知ってるの? 答えなさい。あなたも妖怪ね。警察官が民間人に拳銃を

突きつけたりはしないものよ」

 明らかに動揺する警官は、右手を押さえて蹲り、私を見上げました。

その目は、人間の目ではありませんでした。

「正体を見せなさい。あなた、妖怪ね」

「ふっふっふっ、もう少しだったのに、とんだ邪魔が入ったな」

 すると、その警官の服が破れ、体が変化して、大きくなりました。

「な、なに……」

「そいつは、俺の子供をさらった、人食いムカデだ。気をつけろ」

 炎のライオンが教えてくれました。

全身が真っ赤で、ムカデのように足が何十本も生えて、うねうね動いて見ているだけで気持ち悪くなります。

頭には角が二本も生えて、目がギョロッとして、三つもありました。

口から牙がいくつも生えて、その口を大きく開けて、私を襲います。

 でも、私は、落ち着いていました。相手が悪い妖怪なら、手加減しなくても

すみます。今の私には、強い味方がいるからです。

 私は、襲い繰るムカデに向かって、下駄を蹴り上げます。

「これでも、食らいなさい」

 下駄をまともに顔に食らったムカデは、牙をへし折られ、後ろに倒れました。

その勢いで、今まで騒いで見ていた、野次馬や警官たちが、一斉に声を上げて

逃げました。

「おのれ、人間」

「さぁ、来なさい。妖怪パトロールが相手よ」

「殺してやる」

 体勢を立て直したムカデが数十本もある足を動かしながら寄ってきます。

見ているだけで不気味で、目のやり場に困るくらいです。

「ライオンさん、ちょっと借りるわね」

 そう言って、私は、炎のライオンに羽織らせたマントを手にすると、

肩にかけました。

「雪子妖術、雪ツブテ」

 マントを翻して、高く飛び上がると、そう言ってステッキをムカデの妖怪に

突きつけました。ステッキの先から、氷の粒が勢いよく噴出します。

「ぐぅわぁ……」

 ムカデ妖怪の足が次々と氷の粒に千切っていきます。

私は、マントをヒラヒラさせながら、ムカデ妖怪の周りをぐるぐる飛び

回ります。

「え~いっ!」

 私は、上空から下駄を何度も蹴り上げ、ムカデの頭を狙います。

「ぎゃあぁ……」

「とどめよ、雪子妖術、雪フブキ」

 ステッキから雪が勢いよく渦を巻いて噴出すと、ムカデ妖怪を吹き飛ばし

ました。そして、すっかりコチコチに凍って地面に落下すると、その衝撃で体が粉々になりました。

「こんなもんよ」

 私は、地面に降り立つと、周りには、すっかり人影はいなくなっていました。

「もう、大丈夫よ。地獄城に帰りましょう」

「あんたは、いったい……」

「話は、向こうに着いてからにしましょう」

 私は、そう言って、マントで炎のライオンを包んで、地獄城まで戻りました。

でも、鬣が炎なので、熱くてたまりませんでした。

この着物を着ていなかったら、わたしは、黒焦げになっていたでしょう。


「ここよ、入って」

「ここって……」

「地獄城よ。私たちの別荘なの」

 そう言って、なれた足取りで中に案内しました。

「確か、妖怪パトロールって言ってたけど」

「そうよ。えんまくんとカパちゃんにキャポ爺さんとやってるの」

「えんまって、もしかして、大王様の甥のえんま様のこと?」

「そうよ。訳あって、今はいないから、私一人なんだけどね」

「あなた一人なんですか?」

「そうなのよね」

「あなたは、人間ですよね。一人で大丈夫なんですか?」

「平気よ。マントとステッキがあるからね」

 そう言って、ハンガーにマントをかけながら言いました。

「それで、いったいどうしたの? 訳を聞かせてくれない」

 私は、本題に入りました。炎のライオンは、子供を抱いたまま話し始め

ました。

「俺は、灼熱ライオン。地獄界で灼熱地獄を担当している」

 言葉だけ聞くと、ものすごく熱そうです。

「ある日、俺の子供が何者かにさらわれたんだ。俺は、子供を探し回った。

すると、どうやらさっきの人食いムカデがさらったらしいことがわかった」

 炎のライオンが子供の頭を撫でながら言いました。

「どうやらそいつは、人間界に来たという話を聞いて、俺は後を追ってやってきた。やっと見つけたんだがあいつは、俺にこう言ったんだ。人間界を俺の炎で焼き尽くせって。子供を人質にだ」

 私は、顔をしかめました。妖怪の世界にも、悪い妖怪がいる事実を知って、

ショックでした。

「俺は、人間界なんて興味はない。それより、子供のが大事だからな。それに、俺にとって、地獄はとても居心地がよかった」

 地獄が居心地がいいなんて、妖怪の思ってることは、わかりません。

もしかして、えんまくんも地獄のが居心地がいいのかもしれません。

「この子を人質にとられては、それに従うことしか出来なかった。でも、正直

言って、人間に悪さをする気はなかった」

 炎のライオンも、かなりいい妖怪なのかもしれません。私は、黙って話を聞きました。

「俺は、隙を付いて、子供を救い出した。でも、あいつに感づかれて追って来た。俺は、この子を連れて逃げた。妖怪同士で争うなんて、それこそ無意味だ。だから、逃げたんだ」

「それで、どうしたの?」

「俺が騒げば、人間界は、あっという間に灼熱地獄になる。だから、逃げた。

でも、追い詰められて、人間たちが騒ぎ始めてあの様だ。あの場であいつと争えばどうなるかわかってるから、逃げるしかなかったんだ」

「そうだったの……」

「あいつは、人間に化けて、人間たちを先導して、騙して、俺を殺そうとした

んだ」

「許せないわね」

 私は、本心でそう思いました。

「アンタは、強いな。あいつを倒したんだからな。立派な、妖怪パトロールだ」

「そうかしら…… 私なんて、まだまだよ」

 妖怪に褒められて、ちょっとうれしくなりました。

「でもな、あいつのバックには、もっと恐ろしい妖怪がいるはずだ」

「どういうこと?」

 私は、不審に思って聞いて見ました。

「あいつだけで、地獄界から脱走するなんて考えられない。まして、子供を人質にとって、人間界に来るなんて、あいつだけでやれるわけがない。きっと、

バックにあいつをそそのかした奴がいるはずだ」

「例えば?」

「それは、わからない。だけど、あいつ一人の知恵で、そんなことが出来るとは思えないんだ」

「なるほどね。誰かに入れ知恵されたってわけね。それが誰なのかが問題ね」

「それが、誰であっても、あんた一人じゃどうにもならないぜ。とても人間が手に負えるやつじゃない」

 それほどの妖怪って、どんな妖怪だろうか? 私は、とても気になりました。

「それじゃ、地獄に戻してくれないか」

「えーと、それなんだけど、実は、私には、わからないのよね」

「えっ!」

 炎のライオンが驚くのも無理はありません。あれは、私の口から出まかせ

なのだから。

「ごめんなさい。あの時は、そうでも言わないと、言うことを聞いてくれないと思ったから……」

 私は、頭を下げて謝りました。怒るだろうと思って、覚悟をしました。

「そうか、そうだったのか」

 炎のライオンは、怒ることもなく、それでもがっかりして肩を落としました。

「でも、なんとかして見せるわ」

 私は、元気を出してもらおうと言いました。

とは言っても、どうしたらいいのか、いい考えは思い浮かびません。

「そうだ。だったら、大王様に聞いてみればいいのよ」

 私は、とっさに思いつきで言いました。

炎のライオンは、呆気にとられたような目で私を見ました。

 まず、私は、妖怪テレビのスイッチを入れて、チャンネルを回しました。

何も映らないチャンネルに合わせると、テレビ画面に言いました。

「大王様、お願いがあります。どうか、顔をお見せ下さい」

 炎のライオンは、不思議そうな顔をして、見ています。

「大王様、大王様、お願いします。出て来てください」

 そう言うと、突然画面が変わりました。

「ひょひょひょ、久しぶりじゃの、雪子さん。どうしたんじゃ?」

「キャポ爺さん!」

 そこに映ったのは、キャポ爺さんでした。

「キャポ爺さん、お願いがあるんです。このライオンさんを地獄に送り返したいんです。どうしたらいいんですか?」

 すると、キャポ爺さんは、画面越しにこっちをじっと見ています。

「お前さんは、灼熱ライオンじゃな。大王様が探しておるぞ。どうして、人間界になんかにいるんじゃ?」

 私は、炎のライオンに聞いた話を早口で説明しました。

「わかった。今夜は、丁度、満月だから、十二時になったら、地獄門を開けて

やる。骸骨馬車を迎えに寄越すから、それに乗れば、地獄に戻れるはずじゃ」

「ありがとう、キャポ爺さん。よかったわね。ライオンさん」

 そう言って、振り向くと、ビックリした顔で私とテレビ画面のキャポ爺さんを交互に見ていました。

「キャポ爺、すまんな。世話をかける」

「気にするな。礼なら、そこの雪子さんに言うんじゃ」

 言われた炎のライオンは、私のほうに向き直ると、深々と頭を下げました。

「ちょっと、やめてよ。妖怪にお礼を言われると、なんか照れるわ」

「イヤ、言わせてくれ。この子が助かったのは、あんたのおかげだ」

 炎のライオンの腕の中で何も知らずに眠っている、子供のライオンを見て、

私もホッとしました。

「ねぇ、ちょっと抱かせてくれない?」

「それはいいが、火傷するぞ」

「あっ、やっぱり……」

「うひょひょひょ…… 相変わらずじゃな、雪子さん」

 キャポ爺さんは、そう言って笑いました。

私は、腕の中で眠っている、可愛いライオンの子供の背中を優しく撫でました。

「可愛いわね」

「人間、あんたの名前は?」

「雪子よ、覚えておいてね」

「雪子か。いい名前だ。一生忘れないぞ」

 そう言って、また、頭を下げます。妖怪にそんなにされると、私はどうしたらいいのかわかりません。

「そう言えば、えんまくんは、元気になったの?」

 私は、話を変えて、キャポ爺さんに聞きました。

「それが、その……」

「どうしたの? えんまくんの身に何かあったの?」

 キャポ爺さんは、言葉を濁しながらも言いました。

「確かに、意識は戻って、元気にはなっておるんじゃが、妖能力は、まだまだ

でな」

「そうなんだ…… 早く元気になるといいわね」

「雪子さんには、心配をかけるな」

「大丈夫よ。私は、この通り元気だから、一人でも、妖怪パトロールやって

るわ」

 私は、両腕を巻くって見せました。

「すまんな、わしかカパルでも傍にいてやれれば……」

「平気、平気。この私に、任せて、えんまくんはゆっくりしていて」

「おっと、そろそろ、満月じゃよ。急いで外に出るんじゃ」

「あっ、いけない、ライオンさん、外に行きましょう」

 私は、そう言って、地獄城を後にしました。

真夜中の小学校の校庭に出て、夜空を見上げると、きれいな満月が見えました。

「きれいね」

 思わず、そんな声が出てしまいます。

「見ろ、地獄門が開くぞ」

 ライオンさんに言われて目を凝らすと、満月のお月様が、少しずつかけて

いきました。

半月が、三日月になっていくのです。

「すごいわ。三日月が、どんどん欠けていくわ」

「欠けているんじゃない、地獄門が開いているんだ」

「門が開いているの?」

「そうだ。見てみろ」

 すると、すっかり月は欠けて、辺りは闇に包まれました。

月の明かりが消えて、校庭は漆黒の闇になったのです。

 でも、ライオンさんの燃え盛る炎の鬣のおかげで、闇に包まれないですみました。ライオンさんが指を刺すと、真っ黒な月から、光り輝く線路のようなものが流れてきました。その上を骸骨に引かれた馬車が下りてきました。

 私は、呆然と見上げるだけで、言葉もありませんでした。

なぜだか、流れ星のように見えて、感動さえ覚えました。

そして、骸骨馬車は、私たちの前に止まりました。

「それじゃな、雪子。今日のことは、一生忘れないからな」

「うん、ライオンさんも元気で」

「このことは、地獄に帰ったら、大王様やえんま様にもちゃんと伝えておく

からな」

「ありがとう」

 私は、そう言って、ライオンさんの大きな腕に優しく触りました。

ふさふさした本物のライオンのような触り心地でした。

「ふぅわぁ~……」

「あら、子供ちゃんの目が覚めたみたいよ」

 見ると、腕に抱かれている、子供のライオンが目を覚まして、

私とライオンさんを見上げていました。

「うにゃ~……」

 まだ、猫みたいな鳴き声で、とても可愛いのです。

まだ、鬣も生えてなくて、クリクリした目が、可愛くて思わず抱き上げたく

なります。

「可愛いわね」

「そうだ、雪子、この子に名前をつけてくれ」

「えっ? 私が…… イヤイヤ、私は親じゃないし、ライオンさんがつけないと……」

「いや、雪子につけて欲しいんだ。俺たち親子の命の恩人の、雪子につけて

欲しい」

 そういわれても、まだ、結婚もしてないし、子供もいないし、名前といわれてもなんと付けたらいいのかわかりません。名付け親なんて、重大なことなど、

私に勤まるわけがない。

「この子が大きくなったときに、雪子の事を話してやりたい。だから、名前を

頼む」

 私は、少し考え込みました。そのとき、骸骨がカタカタと歯を鳴らしました。

「時間がない、そろそろ行かなきゃいけない」

 そのとき、私の頭に、ある名前が閃きました。

「レオ、そうよ、レオってどうかしら?」

「レオ……」

「こっちの世界で、ライオンといえば、レオって言う名前が有名なのよ。男の子ならカッコいいと思うわ」

「そうか、レオか。いい名前だ。ありがとう、雪子」

「どういたしまして。それじゃ、レオくん、元気でね」

 私は、そう言って、最後にレオくんの背中を撫でてあげました。

すると、レオくんは、気持ちよさそうに目を細めました。

「それじゃな」

 ライオンさんがそう言って、骸骨馬車に乗り込みます。

「あの、ライオンさん。お願いがあります」

「何でも言ってくれ。雪子の頼みなら、何でも聞く」

 私は、ライオンさんの目を見ながら、こう言いました。

「人間を嫌いにならないで欲しいんです。確かに、人間にも悪い人はいます。

ムカデの妖怪に騙されたといえあなたとその子を危険な目に合わせたのも事実です。だから、ごめんなさい」

 私は、人間の代表として、深々と頭を下げました。

「でも、人間を嫌いにならないでください。中には、いい人もいるんです。

だから、嫌いにならないでください。お願いします」

 私は、お辞儀をしたまま言いました。

「わかってる。雪子を見れば、わかる」

 そう言って、ライオンさんは、大きな手を私の頭にポンと乗せました。

大きな肉球が私の頭を優しく撫でます。

「ありがとう、ライオンさん」

「俺は、人間界に来てよかった。雪子のような人間に出会えたんだからな」

 そんなことを言われると、また、胸が一杯になって、涙が出てきます。

「雪子、お前のことは、忘れないぞ。また、地獄で会うのを楽しみにしてる

からな」

 そう言うと、骸骨馬車は、また、光り輝く線路を月に向かって登って行き

ました。私は、そんなライオンさんが乗ってる骸骨馬車を見送りながら、

今のことを思い出して思わず笑みがこぼれました。

「また、会うのを楽しみにしてるって、地獄に行かなきゃ会えないじゃない。

てことは、私は、死んだら地獄に行くの? でも、一回くらいなら、行ってみてもいいかしら。えんまくんにも会えるしね」

 誰に言うのでもなく、そう呟くと、地獄門が少しずつ閉じていきました。

真っ暗闇だった校庭に、月の明かりが少しずつ照らしていきます。

そして、すっかり満月になったとき、地獄門は、閉じられました。

 私は、急いで地獄城に戻ると、妖怪テレビを見ました。

でも、そこには、キャポ爺さんの姿はなく、何も映っていない、ただの砂の嵐の画面でした。

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