第6話  妖怪になるために。

 翌日から、私は、マントで空を飛ぶ練習を始めました。

朝ご飯を食べていても、一人なので、とても静かでした。

いつもなら、えんまくんとカパちゃんの声が聞こえて賑やかです。

でも、今日から一人です。一人では、地獄城は、広すぎて持て余す感じが

しました。

 静かなので、テレビをつけても、なんか違う感じがして、すぐに消しました。

「さて、それじゃ、練習しに行こうかな」

 私は、マントを羽織って、ステッキを持つと、地獄城を後にしました。

「とは言っても、どこで練習すればいいのかしら?」

 空を飛ぶ練習なんて、一口で言っても、どこか広い場所がなければ

出来ません。今の時代に広い場所なんて、公園くらいしか思いつきません。

その公園と言っても、人がいるので、そんな中で、こんな白い着物に黒いマントを羽織った、年頃の女子がいたら、目立つに決まってます。

まるで、コスプレ衣装のようです。

人によっては、警察に通報されるかもしれません。

「困ったなぁ~」

 私は、独り言のように言いながら、人がいそうにない場所を捜し歩きました。

でも、しばらく歩いていると、あることに気がつきました。

通り過ぎる人たちが、私の異様な姿に、誰も振り向いたり目を止めたりする人

がいないのです。

「なんか、おかしくない?」

 私は、そう呟くと、たまたま通りがかった、洋服屋さんのウィンドを

見ました。

「ウソッ!」

 思わず、ガラスに顔を近づけて覗き見ました。

お店のウィンドのガラスに、私の姿が映っていないのです。

「なんで、どうして……」

 いくら顔を近づけても、私の顔は映っていません。

「もしかして、このマントのせい?」

 試しにマントを脱いでみました。すると、私の着物姿がはっきり映って

いました。

「なるほど、このマントのおかげで、私の姿は、人間には見えないのね」

 それがわかると、気持ちも楽になりました。

「だったら、練習場所は、アソコしかないわね」

 私は、思い直すと、来た道を戻りました。そこは、地獄城がある、童守小学校です。校庭なら、思い存分練習することが出来ます。

しかも、私の姿は、子供たちには見えないのです。

授業中なら、校庭には誰もいないので、自由に使えます。

「それじゃ、やってみようかな。とは言っても、どうやれば飛べるのかしら?」

 なんにしても、空の飛び方なんて、誰にも教わったことがありません。

えんまくんもキャポ爺さんも教えてくれなかったし、私も聞かなかったから

いざとなると、どうやるのか、わかりませんでした。

 とりあえず、勢いよく走って、ジャンプしてみました。

でも、全然飛べません。ただジャンプしているだけでした。

「全然、ダメじゃん」

 今度は、校庭の隅にある、朝礼台に上ってみました。

そして、勢いよく飛んでみました。でも、すぐに地面に足がついてしまいます。

「どうやったら、飛べるのよ?」

 私は、腕を組んで考え込みました。なにか、マニュアルでもあればいいのにと思いながら、何度もジャンプを繰り返しました。でも、まったく飛べません。

「もう!」 

 私は、頭の中で、自分が空を飛んでいる姿を想像しながら、目を閉じて気持ちを集中させます。心の中で『飛べ』と、何度も呪文のように繰り返しました。

そして、思いっきり、ジャンプすると同時に、両手を空に向けて伸ばしました。

 すると、足が少し浮きました。さっきみたいに、すぐに地面に落ちたり

しません。

「やった!」

 と思った瞬間、足が地面に着いちゃいました。

「う~ん、まだまだね。もう一度」

 私は、心の中で『飛べ』と、何度も何度も呪文ように唱えました。

そのたびに、少しずつ体が浮いて、だんだん高く体が上がってきました。

私は、精神を集中して、目を閉じて、自分が空を飛んでいる姿を思い

浮かべます。でも、そんなに集中する時間は続きません。

ちょっとでも気を抜くと、すぐに地面に落ちます。高く上がれば上がるほど、

落ちたときのショックが大きくなります。

「あいたた……」

 私は、足から落ちると同時に、そのまま尻餅をつきました。

私は、腰をさすりながら、それでも、何度も何度もやりました。

 二メートルくらいまで高く浮いても、体を地面と水平には出来ませんでした。

「これじゃ、飛ぶんじゃなくて、飛び上がってるだけじゃない」

 私は、半分諦めて、ベンチに座りました。

「やっぱり、飛べないのかなぁ~」

 私は、ため息が出ました。

「ダメダメ。空くらい飛べなきゃ、妖怪パトロールなんて出来ないじゃない」

 私は、思い直して、立ち上がると、この日は、授業が終わるまで、

何度も練習を繰り返しました。


「あぁ~あ、やっぱり、人間は、飛べないのかな……」

 結局、初日は、一度も飛べないまま、終わってしまいました。

私は、お風呂に入って、独り言のように呟きます。

「でも、明日は、飛んでみせるわ」

 私は、そう自分に言い聞かせるようにして、その日は、就寝しました。

それでも、二日目も飛ぶことが出来ませんでした。

かなり自信を失って、この日は、早めに寝ました。

 そして、三日目です。私は、この日も小学校の校庭で練習を繰り返します。

「飛んで、お願い」

 私は、祈りにも近い気持ちで、何度もジャンプしました。

でも、一度も飛べません。

なんだか、だんだん悔しくなって、涙がこぼれました。

「なんで、飛べないの……」

 何度も飛ぼうとしているのに、どうして飛べないのか、もう、どうしたらいいのかわかりませんでした。

「おや、お嬢さん。そんなところで、なにをしているんですか?」

 不意に声をかけられました。見ると、あの妖怪が集まるという、

バーのマスターでした。

「マスター……」

 私は、校庭の金網越しに駆け寄りました。

「どうしたんですか?」

 買い物帰りらしいマスターは、手に買い物袋をぶら下げていました。

私は、すがる思いで、マスターに事の次第を涙ながらに話しました。

「なるほど、それは、大変ですね」

「どうやったら、飛べるの? どうしたら、飛べるようになるの?」

「残念ですが、それは、私にもわかりません」

「そうよね……」

 私は、悲しくなって下を向いてしまいました。

「でも、それは、理由があると思いますよ」

「理由ですか?」

 マスターは、ゆっくり話し始めました。

「そのマントとステッキは、誰のものですか?」

「そりゃ、えんまくんのだけど……」

「そうですよね。それは、えんま様の物ですよね。つまり、それは、お嬢さんのものではない」

 私は、マスターの言ってる意味がわかりませんでした。

「妖能力が宿っているそれは、ただのマントではありません。生きているのですよ」

「生きてる? マントがですか……」

 私には、ますますわからなくなりました。

「そのマントは、持ち主をちゃんと理解しています。つまり、それは、えんま様にしか使えないのです」

「でも……」

「最後まで、聞いてください」

 マスターは、真面目な顔をして、私にもわかるように、優しく説明して

くれました。

「今の持ち主は、お嬢さんだということを、マントにわからせてやるのです」

「でも、そんなこと、どうすれば……」

「お嬢さんの覚悟をマントに見せるのです」

「私の覚悟?」

 私は、不思議に思って、マスターに聞きました。

「そのマントは、まだ、お嬢さんを認めていません。だから、何度飛んでも、空には飛べません」

「つまり、このマントに、私の事を認めさせればいいのね」

「そうです」

「でも、どうやって…… 話してわかるものじゃないでしょ」

「もちろん、マントは、言葉を話しません。だから、態度で示してあげるのです」

「態度って……」

 私は、首を傾げてマスターを見ました。

すると、マスターは、意味あり気に小さく笑って、言いました。

「それは、ご自分で考えて下さい。あなたの覚悟をマントに見せてあげてください」

「う~ん、そう言われてもなぁ~」

 私は、考え込んでしまいました。

「それでは、私は、仕事があるので、これで失礼します。がんばってください」

 そう言って、私が引き止めるのも聞かずに行ってしまいました。

「私の覚悟かぁ……」

 私は、しばらくいろいろ考えました。そして、ある考えが浮かびました。

「よし、やってやろうじゃない。私の覚悟をマントに見せてやるわ」

 私は、あることを思いつきました。

まず、私は、校庭にある一番高い鉄棒によじ登りました。

バランスを崩さないように、鉄棒の上に立ちました。目線からだと、三メートルくらいの高さです。ここから、飛び降りれば、もしかしたら、

飛べるかもしれない。

高いところは、慣れているとはいえ、かなりの高さだけに、足が震えます。

「行くわよ」

 私は、思い切って、鉄棒から飛び降りました。

しかし、見事にお尻から落ちて、強かに腰を打ちました。

「あたた…… 全然、ダメじゃない」

 私は、腰を摩りながら立ち上がりました。

「結構、高いのになぁ…… まだ、低いのかしら」

 今度は、滑り台に登って、頂上に立ちます。

「ここから飛び降りたら、飛べるかな? でも、飛べなかったら、確実にケガするわよね」

 足でも折ったら、練習どころではありません。でも、やるしかない。

私は、マントを信じました。

「行くわよ」

 私は、目を閉じて、思い切りすべり台の上から跳びました。

一瞬、目の前が暗くなりました。でも、地面に落ちたという実感はありませんでした。お尻も痛くないし、足も擦りむいていません。

恐る恐る目を開けると、私は、仰向けの状態で、宙に浮いていたのです。

「やった!」

 と、思った瞬間、そのまま地面に墜落しました。

「あいたぁ…… なんで、飛べないのよ」

 思い切り落ちたわけではないにしても、腰を打って痛くて立てません。

それでも、これで諦めるわけにはいきません。

 飛んだわけではないにしても、一瞬でも宙に浮いたのです。

「よし、もう一度だ」

 私は、すべり台に腰を摩りながら登ると、てっぺんに立ち、祈るような

思いで、飛び降りました。

今度は、うつ伏せの状態で、両手を前に突き出すような姿勢です。

もし、このまま落ちたら、胸から地面に激突します。

「私は、マントを信じる。だから、あなたも私を信じて」

 私は、両手を合わせて、目を閉じて、自分が飛んでいる姿を思い浮かべながら足を思い切り踏み切りました。

すると、私の体は、地面と水平に浮いていました。

そのまま、私は、飛んでいるイメージを頭に思い浮かべ続けました。

怖いけど、顔は、前をむけて両手を前に突き出します。

 信じられないことに、私の体は、地面に落ちることなく、フワフワと宙に

浮きながらかなりゆっくりと前に進んでいました。これを飛んでいると言うのかと言えば違うけど一歩前進した感じがしました。

「そのまま、もっと、飛んで。早く、飛んで」

 私は、そう強く念じました。すると、急に、速度を上げて、飛び出しました。

「きゃあ~」

 思わず声が出てしまいました。ものすごい速さで、目も開けられません。

このまま一直線に飛び続けると、校舎の壁に頭から激突します。

「止まって、止まって……」

 私は、心の中で叫びました。もう、声も出ませんでした。

すると、校舎の壁を目の前にして、突然止まって、そのまま地面に墜落

しました。

「あっ…… くうぅ~」

 私は、胸を強く打って、うつ伏せのまま地面に落ちました。

息もできず、顔も土煙で真っ黒になりました。

「いたぁ……、もう、マントのイジワル」

 私は、やっとの思いで起きると、体の土を叩きました。

白い着物が、砂だらけでした。見ると、膝も擦りむいたらしく、血が滲んで

いました。水道で顔を洗って、マントを見詰めます。

「負けるもんか。飛べるようになるまで、やってやるわ。こうなったら、マントと意地の張り合いよ」

 私は、その後もすべり台の上から、何度も飛び降りました。

何度も繰り返すうちに、いくらか飛べるようになりました。

でも、途中で、そのままの姿勢で地面に激突します。

 飛ぶスピードも早くなったり、遅くなったりして、自分でコントロール

できません。それに、飛んでも、高くなったり、急に低くなったりを繰り返し、生きた心地がしません。

 そんなことをしているうちに、チャイムが鳴って、授業が終わりました。

生徒たちが出てくるので、一度も満足に飛べないまま、この日は終わりました。


 地獄城に帰ると、白い着物は、汚れているし、足も手も傷だらけの

痣だらけで、痛くて満足に歩けませんでした。

「なんで、飛んでくれないのよ」

 私は、ハンガーにかけてあるマントに言いました。

でも、マントからは、返事はありません。自分の不甲斐なさと、悔しさに、

自然と涙がこぼれます。

「負けるもんか。明日は、絶対に飛んでやる」

 私は、涙を拭いて、お風呂に入りました。

体中が痛くて、食欲もないけど、無理に口に入れました。

食べないと、体力が持たないと思ったからです。

 そして、翌朝、筋肉痛と打撲で、体中が痛くて、起き上がるのがやっと

でした。

「今日は、休もうかな」

 そう言いながら、やっとの思いで起きて、部屋に行くと、テーブルになにかが置いてありました。

「なんだろ? 昨日は、見なかったけどなぁ……」

 何もないはずのテーブルに、何かが置いてありました。

不思議に思いながら手に取ると、それは、小さな小瓶でした。

私には、まったく、見覚えがありません。しかも、それには、なにも書いて

ない、緑色の小さな小瓶です。

「なにかしら?」

 そのとき、テーブルに置いてあるメモに気がつきました。

手に取ると、ものすごく下手な字で、こう書いてありました。読むのがやっと

です。

「えーと、これをつかえ。がんばりなさい。ようかいはかせ」

 私は、それを読んで、腰が抜けるくらい驚きました。

「よ、妖怪博士! なんで…… どうして?」

 どうして、ここに入れたのかわかりません。地獄城は、妖怪パトロールの

人たちしか入れないはずです。

でも、妖怪博士も妖怪だから、入れるのかもしれない。

だけど、どうして、気がつかなかったのか? 疲れて寝ていて、気がつかなかったのかもしれません。

「ありがとう、妖怪博士」

 私は、自然とそう口にしていました。そして、瓶の蓋を開けてみました。

すると、中には、緑色の、あの時足に塗ってくれた薬が入っていました。

「よし、やってみよう。妖怪博士を信じてみよう」

 私は、そう思って、指で緑色の物体を掬うと、全身に塗ってみました。

すると、信じられないことに、傷口が見る見るうちに塞がっていったのです。

「うそっ!」

 足や腕が緑色に染まったのに、それが、自然に肌に染み渡り、あっという間に元の肌色に変わっていきました。

傷口が塞がるだけでなく、肌に沁み込んで、痛みも感じなくなり、青痣も消えていきました。

「すごい、信じられない」

 私は、感動するとともに、妖怪博士の能力を改めて、実感しました。

「よぅし、やるぞ。妖怪博士とマスターのためにも、がんばらなきゃ」

 私は、俄然やる気になりました。張り切って、マントを羽織って、ステッキを片手に地獄城を出ました。


 小学校の校庭に立つと、今は授業中なので、子供たちの姿はありません。

「今日こそ、飛ぶぞ。いくら怪我しても、あの薬があるから、大丈夫だもん」

 私は、ヘンな自信で、やる気満々でした。

昨日と同じように、すべり台の上から、何度も飛び降りました。

 もちろん、すぐに飛べるわけではなく、この日も何度も墜落して、傷だらけになりました。でも、これしきのことで諦めるわけにはいきません。

それでも、少しは、遠くまで飛べるようになったのと、高さも維持できるようになり、地面や校舎の壁に激突する回数も減ってきました。

 夕方近くまで、傷だらけになりながら、練習を繰り返しました。

そのせいか、どうにか、高さも三メートルくらいまで飛べるようになって、

ゆっくりでも、五分以上は、飛べるようになりました。

「よし、やってみよう」

 私は、あることを決意して、校舎にそっと忍び込むと、階段を登って屋上まで出ました。小学校は、三階建てなので、屋上に上がると、ほぼ四階くらいの高さになります。

フェンスを乗り越えて、下を見ると、ものすごい高さで足が竦みます。

 決意したのは、ここから飛び降りることでした。

マントを信じて、飛び降りるのです。もし、失敗したら、そのまま地面に

激突します。

飛び降り自殺と同じで、死んでしまうかもしれません。

マスターが言った、覚悟とは、このことだと気がついたのです。

 私は、フェンスを片手で掴んで、飛び降りるタイミングを計ります。

下を見ると、目がクラクラするので、目を閉じました。

風が髪をなびいて、頬に涼しい風が当たります。

「これが、私の覚悟よ」

 私は、一、二の三で、手を離し、思いっきり飛びました。

下から風が体を煽ってものすごい速さで地面に向かって墜落します。

「やっぱり、ダメ……」

 私は、死ぬ瞬間を感じました。そのとき、思い浮かんだのは、田舎の両親ではなくなぜか、えんまくんとカパちゃん、キャポ爺さんの顔でした。

 そのとき、奇跡が起きました。地面に向かって一直線に落ちていく私の体が

弧を描いて空に向かって高く舞い上がったのです。

頭の中で、誰かの声が響きました。えんまくんでもない、カパちゃんの声でも

ない、キャポー爺さんでもない聞いたことがない声でした。

『雪子、お前の覚悟、確かに見たぞ』

「誰? 誰なの……」

 私が自問自答している間に、体が気持ちがいいくらい、高く舞い上がり

ました。そして、目を開けたとき、私は、空に立っていました。

「ウソ…… 私、空に立ってる」

 足は、地面についてないのに、宙で停止しているのです。

一歩踏み出しても、足をついている感覚はありません。なのに、墜落しないの

です。

「もしかして、私……」

 試しに、頭の中で自分が飛んでいる姿を思い浮かべました。

すると、自然に体が前に進みました。体が地面と平行に、しかも、空高く飛んでいるのです。両手を前に突き出し、顔を前に向けると、どんどん加速して

いきました。

後ろでマントがヒラヒラと羽ばたいている音が聞こえました。

「私、飛んでる! ついに飛んだわ」

 あとは、思うだけで、曲がったり、急降下したり、もう地面に墜落することはありませんでした。降りようと思うと、ゆっくり降下して、足から地面に

着地することが出来ました。

「やった、やったわ。私、飛べるようになった」

 もう、我慢できず、大粒の涙が後から溢れ出て止まりませんでした。

「やったわ、えんまくん、見てる。私、飛べるようになったのよ」

 誰もいない校庭で、大声で叫びました。

「ありがとね。私を認めてくれて。頭の中で聞こえた声って、あなたでしょ」

 私は、マントに話しかけました。もちろん、返事はありません。

でも、絶対、そうだと思いました。

「マスター、妖怪博士、私、飛べました。ありがとうございます」

 私は、心の中でそう言って、手を合わせました。


「さてと、次は、このステッキね」

 マントは使えるようになっても、肝心のステッキが使えないと、悪い妖怪と

戦えません。武器がなくては、太刀打ち出来ません。

ステッキも使いこなせないと、いけません。

今日からは、ステッキの練習です。

「とは言うものの、これだって、どうやったら、使えるのかしら?」

 えんまくんみたいに、炎を自由に出したり、丸めてブーメランみたいに使えるようになるにはどうしたらいいのか、まるでわかりません。

「とりあえず、真似してみようかな」

 そう思って、ステッキを突き出すと、思い切り投げて、こう言いました。

「妖能力、火炎車ーっ!」

 しかし、ステッキは、なにも起こらず、足元に落ちただけでした。

「やっぱり、簡単にはできそうにないわね」

 そうは言っても、使えるようにならないと、意味がありません。

「えーいっ!」

 私は、何度も気合をこめてステッキを突き出します。でも、なにも起こり

ません。

「炎よ、出ろ!」

しかし、ステッキは、ウンともスンとも言いません。

「もう、どうしたら出るのよ」

 私は、ステッキを振り回したり、投げたりしました。それでも、なにも起こりません。

「う~ん、どうしたらいいのかしら?」

 私は、ステッキを両手で握り締めて、目を閉じて、気持ちを集中します。

ステッキから炎が出るのをイメージして、心の中で強く念じました。

「今度こそ、えいっ!」

 すると、ステッキの先から、雪が飛び出しました。

「えっ! イヤ、ちょっと、火じゃないの?」

 私は、両手でステッキを支えるのが精一杯でした。

ステッキの先からは、吹雪のような白い雪が噴出して止まりません。

「止まって、止まって…… もう、どうしたらいいのよ」

 このままだと、学校が氷付けになってしまいます。

「ちょっと、ストップ、ストップ」

 私は、ステッキに振り回されながら、必死に叫んでいました。

やがて、ステッキから吹き出す猛吹雪が止まりました。

「ハァ~、やっと止まった。もぅ、どうして、雪が出るのよ」

 私は、ステッキに向かって言いました。

「ハハハ……」

 そのとき、笑い声が聞こえました。どこかで聞いたことがある声でした。

声の主を探してみると、校庭のフェンスの外に、あおはるくんがいました。

「あおはるくん!」

 私は、フェンスに駆け寄りました。

「ハハハ、お前、なにやってんだよ」

「もう、笑ってないで、助けてよ」

「悪い、悪い。でも、お前がなんでそんなもん持ってるんだよ」

 私が持っているステッキと背中に羽織っているマントを見て言いました。

「それは、えんまのだろ。何で、お前が持ってるんだよ」

 私は、髑髏魔人のことから、えんまくんが地獄に戻っていることなど、話して聞かせました。

「だからって、雪子一人じゃ、無理に決まってるだろ」

「でも、私は、妖怪パトロール隊だもん。えんまくんたちが戻ってくるまで、

一人でもがんばらなきゃ」

「よせよせ、人間一人じゃ、無理だって」

「だけど、私、空を飛べるようになったのよ」

「えっ!」

 あおはるくんが驚いている顔を見て、私は、ドヤ顔でマントを翻して

見せました。

「だから、今度は、このステッキを使えるようになりたいのよ。使い方を

教えて」

「う~ん、そう言われてもなぁ……」

「えんまくんみたいに、炎を出したいのに、雪が出るのよ」

 私は、あおはるくんに正直に言いました。

すると、あおはるくんは、意味深な笑い顔をしながら言いました。

「簡単なことだ。そのステッキは、えんまのだろ?」

「そうよ」

「えんまの呼び名は、火炎のえんまって言うんだ。だから、えんまが使うと、

炎が出る」

 あおはるくんは、さらに続けました。

「お前の名前はなんだ? それと着てるのは、雪子姫の着物だろ」

 そう言われても、私には、ピンと来ません。

「私の名前がどうしたって言うのよ?」

「まだ、わかんねぇのかよ。だから、人間は、頭が悪いんだよ」

「ちゃんと教えてよ」

 私は、あおはるくんに詰め寄りました。

「しょうがねぇな。いいか、よく聞けよ。マントもステッキも、持ち主に

よって、使い方は変わるんだ。

雪子が雪子姫の着物を着てれば、当然、ステッキからは炎じゃなくて、雪が出るに決まってるだろ」

「そうなの? 」

「それと、お前は、ステッキになめられてるな。ステッキだって、持ち主を

見るんだぜ」

 そう言われると、だんだん腹が立ってきました。

「わかったわ。がんばって、言うことを聞かせるようにする」

「せいぜい、がんばれ」

「ウン、がんばる。ありがとう、あおはるくん」

 私は、校庭に戻ると、ステッキを振りかざします。

「雪子、えんまが戻ってくるまで、がんばれよ。お前なら、できるからな」

 あおはるくんの言葉を聞いて、ますますやる気がおきました。

私は、帰って行くあおはるくんに大きく手を振って、声をかけました。

「あおはるくん、きっと、使いこなすようになるからねぇ~」

 見ててよ。絶対、使えるようにしてみせるから。私は、一人でそう呟くと、

練習を再開しました。

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