第5話 妖怪VS妖怪

 辺りが明るくなって、自然と目が覚めました。

アレ? ここは、どこだっけ? 私は、どこにいるの? 辺りを見渡すと、

そこは岩だらけの洞窟の中でした。

「目が覚めたか」

 そうか、私は、妖怪博士に会いに来たんだった。

「おはようございます」

 私は、挨拶をしました。見ると、焚き木の火が燃えていました。

「よく、眠れたか?」

「ハ、ハイ」

「それなら、よかった。腹も減ってるだろ。これを食え」

 そう言って、焚き火で焼いた串刺しの魚を私に渡しました。

「心配せんでも、さっき、そこの川で取ってきたもんじゃ」

 私は、一口、魚にかぶりつきました。

「おいしい」

「口に合うなら、もっと食え」

 私は、続けて、二匹も食べてしまいました。

「おいしかったです。ご馳走様でした」

 そう言うと、妖怪博士は、笑っていました。でも、その顔は、笑っている

のか、よくわかりません。

でも、私は、アレほど不気味だった妖怪博士の顔を見ることが出来ました。

正面から見ても、吐き気もしません。慣れたということなのか、よくわからないけど、ちょっと安心しました。

 明るいところで見ると、妖怪博士の顔は、なんとなく可愛い感じがしました。

まるで、ピカソの絵のようです。目だけが大きく、しかも、目の周りが七色で

なぜか、チグハグに並んでいました。

鼻が天狗のように高く、口が大きく裂けて、ボロボロの茶色い歯のようなものが数本見えました。顔が緑色で、体より大きく、体全体は、ボロ布のようなもので覆われて両手も緑色で、指は、三本しかありません。

見た感じ、ヌルヌルしてて、濡れ光っています。

足は、布に隠れて見えないけど、きっと、足もそんな感じなのだろう。

顔全体が、崩れているというか、溶けているというか、バランスが悪いのです。

「さて、もう、明るくなったし、帰ったらどうかな?」

「あっ、そうだ。早く帰らなきゃ」

 私は、そう言って、立ち上がりました。

そのとき、感じたのは、昨日は、アレほど傷だらけで、痛くて立てなかった

足が、全然痛くないのです。しかも、傷がきれいに消えていたのです。

「うそ、全然痛くない」

「だから言ったじゃろ。わしの薬は、万能じゃと」

 緑色に染まった私の足は、元通りきれいになっていたのです。

「妖怪博士、ありがとうございました」

「例には及ばん。それより、えんまにその玉をちゃんと渡せよ」

「ハイ、必ず渡します」

 私は、持ってきたバッグに大事にしまった玉を触りました。

「それじゃ、お世話になりました。これで、失礼します」

 私は、ペコリと頭を下げて、洞窟を出て行きました。

「待て待て、送ってやろう。また、足を怪我するぞ」

 妖怪博士に声をかけられて、思わず足を止めました。

洞窟を出ても、ここから、どうやって下まで降りたらいいのか、道が

わかりません。

「ピューっ!」

 妖怪博士が、洞窟から出てくると、変な声を出しました。

「カラスに下まで送らせるから」

 カラスに送らせるって、また、なにを言ってるんだろうと、思っていると、

どこからともなく、何十羽と言うカラスの大群がやってきました。

カァーカァーと、うるさいくらいの鳴き声が耳を劈きます。

「ほれ、これに乗っていけ。ちゃんと掴まってないと、落ちるぞ」

 カラスたちが羽をバタつかせながら、近寄ってきました。

見ると、カラスたちの足に紐が結わえてあり、そこに板がついていました。

まるで、ブランコのようです。まさか、これに乗るってこと?

これじゃ、空中ブランコでしょ。高いところは、えんまくんと空を飛んでいる

ことで慣れているとはいえ、カラスのブランコに乗るなんて……

「ほれ、はよ、乗らんか。そこに、座ればいいだけじゃ」

「えっと、あの、ここにですか?」

「そうじゃ。お前さんは、座っていればいいんじゃ。今日は天気がいいから、眺めがいいぞ」

 妖怪博士は、そう言って、私をカラスのブランコに案内します。

私は、恐る恐るブランコに腰を下ろしました。

「そのヒモに、掴まって」

「こうですか」

 私は、両手でブランコの鎖を握るように、ヒモを掴みました。

こんなので、私の体重を支えて、空を飛べるのか、とても信用できません。

「それじゃ、カラスども、頼んだぞ」

 すると、カラスたちが、カァーっと、大きく鳴くと、羽ばたき始めます。

そして、私の体が少しずつ持ち上がって、足が地面から離れていきました。

「人間、お前さんの名前は?」

「雪子です。ゆ・き・こ、です」

「覚えておくぞ。えんまによろしく伝えてくれ。がんばれよ」

「ハイ、ありがとうございました」

 そう言っているうちに、私は、カラスのブランコに乗って、ゆっくりと上に

上がっていきました。

下を見ると、妖怪博士と洞窟がだんだん小さくなっていきました。

 カラスたちは、カアーカアーと鳴きながら、私を乗せて飛んでいきます。

私は、落ちないように、しっかり両手でヒモを握っています。

上では、カラスたちの鳴き声がうるさくて、たまりません。

耳を塞ぎたくても、手を離したら落ちるので、そうもいきません。

少しの間だからと、我慢することにしました。

 あっという間に、山より高くなると、一気に視界が広がりました。

奥多摩の山々の絶景が見えました。

「きれい……」

 思わず、声が漏れました。緑の木々が生い茂った、きれいな山でした。

下を見れば、川が流れて、自然の雄大な景色に、ため息が漏れました。

もう、カラスの鳴き声なんて、気になりません。

こんなカラスのブランコなら、また、乗りたいなと思いました。

 山を見ながらしばらく空の散歩を楽しんでいると、ゆっくりと下に降りて

いきます。まだ、朝も早いので、下を見ても、人は誰もいませんでした。

私を乗せたカラスたちは、羽をせわしく動かしながら、降下していきました。

そして、やっと、足が地面について、ブランコから降りました。

「カラスさん、ありがとう」

 私を降ろしたカラスたちは、また、カァーカァーと鳴くと、羽をバタバタ

させながら、山の方に飛んで行きました。私は、カラスたちに手を振りました。

 カラスたちを見送って、振り向くと、そこは、終点の駅でした。

「早く、戻らなきゃ」

 私は、不思議な財布からお金を出して、切符を買うと、急いで電車に

飛び乗りました。


「ただいま」

 私は、地獄城に元気に戻りました。

「えんまくん、帰ってる? カパちゃん、キャポ爺さん、どこにいるの?」

 そう言いながら中に入ると、カパちゃんが部屋から飛んできました。

「雪子はん、どこに行ってたんでゲス? 黙っていなくなって、心配してたんで

ゲスよ」

「ごめんなさい。ちょっと、出かけてたの」

 私は、カパちゃんに両手を合わせて、ごめんと謝りました。

「ところで、えんまくんは、まだ、帰ってないの?」

 そう言うと、カパちゃんの表情が変わりました。

「そうでゲス。大事なことを忘れてたでゲス」

「どうしたのよ?」

「それどころじゃないでゲス。えんまくんが、大変なんでゲス」

「えんまくんが! えんまくん、帰ってるの?」

「今頃、髑髏魔人と戦ってるでゲス」

「えーっ! それじゃ、急がなきゃ。カパちゃん、案内して」

「ダメでゲス」

 カパちゃんは、そう言って、両手を広げました。

「雪子はんを連れてくるなって、えんまくんに言われてるでゲス」

「なにを言ってるの。私がいなきゃ、えんまくんは、勝てないのよ」

「ダメでゲス」

 カパちゃんは、私を止めました。

「えんまくんに渡すものがあるの。お願いだから、連れてって」

「ダメったら、ダメでゲス」

「私がいないと、えんまくんは、勝てないのよ」

「大丈夫でゲス。えんまくんは、必ず勝てるでゲス」

 カパちゃんは、私を行かせまいと必死でした。でも、私も必死なのです。

「そう、それじゃ、もう、頼まない。一人で行ってくる」

 私は、そう言って、出て行きました。

「待つでゲス。行っちゃ、ダメでゲス」

「カパちゃんが止めても、私は行くから」

「ダメでゲス。行っちゃ、ダメでゲス」

 カパちゃんが、私の前に立ちはだかりました。

「カパちゃん、そこを退いて」

「退かないでゲス」

「そう。それじゃ、しょうがないわ。ごめんね、カパちゃん。私は、どうしても行かなきゃいけないの」

 そう言って、カパちゃんの頭のお皿を思いっきり、グーパンチしました。

「アヒャ~……」

 カパちゃんは、おかしな声を上げて、頭を押さえて蹲りました。

「カパちゃん、ごめん」

「あぁ~、行っちゃダメでゲスぅ……」

 カパちゃんの悲鳴に似た声を聞きながら、地獄城を出て行きました。


 えんまくんは、どこにいるのか?

地獄城を出ても、どこに行けばいいのか、わかりません。

「髑髏魔人がいたとこね。あの、大きな屋敷に行けばいいのよ」

 私は、思いついて、そこに向かって走りました。

気持ちばかりが焦って、全力で走りました。

「待ってて、えんまくん、今行くから」

 私は、心の中で祈りながら走りました。

「待つでゲス。雪子はん、待つでゲスぅ~」

 後ろからカパちゃんの声がしました。

カパちゃんは、私に追いつくと、着物の裾を掴みました。

「離して、カパちゃん。行かなきゃダメなの」

「わかったでゲス。連れて行くでゲス」

「ありがと、カパちゃん」

 そう言うと、カパちゃんは、裾から手を離しました。

「髑髏魔人は、あのお屋敷にいるのよ」

「違うでゲス。もう、そこには、いないでゲス」

「それじゃ、どこにいるの? えんまくんは、どこなの?」

「こっちでゲス」

 カパちゃんは、私の手を引いて、走り出しました。

「カパちゃん、さっきは、ごめんね」

「少しは、手加減して欲しいでゲス」

 カパちゃんは、そう言って、笑いました。

「お皿、大丈夫だった?」

「ヒビがは入りそうだったでゲス」

 走りながら見ると、カパちゃんのお皿は、ピカピカに光っていました。

どうやら、大丈夫だったみたいで、安心しました。

 私は、カパちゃんに手を引かれながら走り続けました。

「あっ、えんまくん!」

 思わず、足が止まって、そう叫んでいました。

工事中のビルの中に、巨大な黒い髑髏が見えました。

「えんまくん」

 地面にうつ伏せに倒れているえんまくんが目に入りました。

私は、えんまくんに急いで走りよりました。

「来るな! 雪、なんで来たんだ。さっさと、逃げろ」

 思わず足が止まりました。えんまくんは、ステッキを杖代わりにして立ち上がりました。でも、フラフラでした。立っているのがやっとの様子でした。

黒い服は、アチコチ破れて、マントも大きく切り裂かれてボロボロです。

キャポ爺さんも、傷だらけで、えんまくんの顔からも赤い血が流れています。

「バカ、来るんじゃねぇ。カッパ、なんで連れてきた。早く、雪を連れて

逃げろ」

 えんまくんがヨロヨロと立ち上がりました。

「えんまくん、しっかりして」

 私が近寄ると、その手を振り払って、言いました。

「人間が手を出すな。死んでもいいのか」

「私だって、妖怪パトロールよ」

「バーロー、妖怪をなめるな」

 えんまくんは、そう言うと、髑髏魔人を見据えました。

傷だらけでも、目は、まだ強く光っていました。

 ボロボロのマントを翻して、飛び上がって髑髏魔人に向かっていきました。

「まだ、懲りないようだな。だったら、死ね、えんま!」

 髑髏魔人は、口から黒い煙を出して、えんまくんを苦しめます。

そして、巨大な鎌のようなもので、えんまくん目掛けて振り下ろします。

えんまくんは、ステッキを長く伸ばして、それを防ぎました。

でも、跳ね返されて、えんまくんは、地面に激しく激突しました。

「えんまくん!」

 私は、えんまくんを助け起こします。

「バカ、来るんじゃねぇ」

「私も戦う」

「やめるんじゃ。雪子さんに勝てる相手ではない」

「キャポ爺さん、私は勝てる」

「バカ、言ってんじゃねぇよ」

 えんまくんの言葉を遮って、私は、バッグの中から、妖怪博士にもらった、

不思議な玉を見せました。

「髑髏魔人、これを見なさい」

「バ、バカな…… どうして、そんなものを」

 私は、髑髏魔人に玉を掲げて見せ付けると、えんまくんに振り返って

言いました。

「これを使って。えんまくん、これを使って、あいつをやっつけて」

「こ、これは……」

 キャポ爺さんが、ビックリしてました。

「こんなもの、どうして、雪子さんが持ってるんじゃ?」

「妖怪博士にもらったの。それより、早く」

 私は、その玉をえんまくんに押し付けました。

「キャポー、これをどうすればいいんだ?」

「それをステッキに付けるんじゃ」

 えんまくんは、傷だらけになりながら立ち上がると、ステッキの先端に玉を

つけました。すると、そのガラス玉が、突然金色に光り輝きました。

「やめろ! それを使うなぁーっ」

 髑髏魔人が叫びました。

「これって…… まさか、大王が言ってた」

「そうじゃ、これが、地獄玉じゃ」

 えんまくんもキャポ爺さんも驚いていました。もちろん、私もです。

ただのガラス玉だと思っていたものが、ステッキと反応して、金色に光って

いるのです。

「えんまくん、やるんじゃ」

「よし」

 えんまくんは、ステッキをかざすと、髑髏魔人に向き合いました。

「髑髏魔人、覚悟しろ」

「待て、待ってくれ、それだけは……」

「妖能力火炎玉!」

 えんまくんが叫ぶと、そのステッキの先についている金色の玉から、

ものすごい炎が吹き上がりました。

「いっけぇ~!」

 ステッキから吹き出た真っ赤な炎が髑髏魔人を包みました。

「ぐわぁ~」

 ものすごい炎に包まれた髑髏魔人が燃え上がりました。

「おのれ、えんまぁ~、俺が死んでも、骸骨魔人がいることを、覚えて

おけぇ……」

 それが、最後でした。髑髏魔人は、炎に包まれ、あっという間に黒焦げに

なり、粉々になった髑髏が崩れて、砂のようになって、風に吹かれて

いきました。一瞬にして、静寂が訪れました。

「終わった……」

 えんまくんは、そういうと、その場に崩れるように倒れました。

「えんまくん、しっかりして」

 私は急いでえんまくんを抱き起こしました。

「えんまくん、えんまくん……」

 カパちゃんは、泣きながらえんまくんの体を揺さぶります。

「しっかりするんじゃ、えんまくん」

 キャポ爺さんの言葉に、うっすら目を開けました。

「バーロー、俺がこれしきのことで死ぬかよ」

「えんまくん、しっかりして」

「雪、ありがとよ。お前のおかげで、あいつに勝てた」

「えんまくん……」

「カパル、雪子さん、えんまくんを地獄城に運ぶんじゃ。早くするんじゃ」

「ハイ、えんまくん、すぐに助けるからね」

 私は、涙を着物の袖で拭きました。泣いてる場合ではありません。

私がしっかりしないと…… 今度は、私がえんまくんを助けなきゃと

思いました。私は、えんまくんをおぶって、カパちゃんが後ろから支えて、

地獄城まで急ぎました。


 私たちは、えんまくんを地獄城まで連れ帰りました。

そっと、ベッドに寝かせました。えんまくんは、かすかな息をしているだけで

目を開けません。

「キャポ爺さん、えんまくんは、大丈夫なの?」

「髑髏魔人との戦いで、妖能力を使い果たしたからのぉ」

「まさか、死んじゃうなんてこと……」

「そんなことはない。ただ、力を使い果たしてしまっただけじゃ」

「どうすればいいの?」

「一度、地獄に帰って、妖能力を回復させないといかん」

「それじゃ、早く、地獄に……」

「やめろ。俺は、大丈夫だ。少し休めば、すぐによくなる」

 えんまくんが、蚊の鳴くような声で言いました。その声には、いつもの力が

まったくありませんでした。

「ダメよ。早く、地獄に帰ろう」

「雪…… 俺は、大丈夫だから……」

 私は、えんまくんの手を握りました。でも、その手を握り返すことは

しません。私の小さな手も握り返す力がないのです。

「キャポ爺さん、えんまくんを地獄に戻してあげて」

 私は、キャポ爺さんに言いました。

「う~ん、それはいいんじゃが……」

「だったら、早く」

「しかし、えんまくんだけというわけにはいかん。わしらも地獄に戻る必要がある」

「いいじゃない。私も、いっしょに地獄に行くわ」

「いや、雪子さんは、ダメじゃ。戻るのは、わしとカパルじゃ」

 私は、一瞬、その理由がわかりませんでした。

「どうして、私はダメなの?」

「ケケケ、それは、雪子はんが、人間だからでゲス。地獄は、あっしら妖怪か

死んだ人間しか行かれないんでゲス」

 私は、悔しさに唇をかみ締めました。こんな大事なときに、私がついて

あげられない現実に、涙がこみ上げてきました。

私は、涙がこぼれないように顔をあげて言いました。

「だったら、私が留守番してる。私に任せて。一人でも、妖怪パトロールは、

やれるから」

「それは、ダメでゲス。雪子はん一人じゃ、無理でゲス」

 カパちゃんは、大泣きしながら私に言いました。

「大丈夫よ、カパちゃん。一人ぼっちでも、ちゃんと悪い妖怪は、退治してあげるから」

 そう言って、カパちゃんの頭のお皿を優しく撫でました。

「そうじゃ、雪子さんには、無理じゃ。残念じゃが、妖怪パトロールは、

これまでじゃな」

 キャポ爺さんは、そう言って、小さな目から一粒の涙が光って見えました。

「なにを言ってるのよ。解散なんてイヤよ。私は、妖怪パトロール隊の一人よ。

えんまくんがいなくても、カパちゃんもキャポ爺さんがいなくても、私が妖怪

から守って見せるわ」

「もういいんじゃ。雪子さんは、これからは、一人の人間として、人生をやり直すんじゃ」

「イヤ! 絶対、イヤ。私は、やめない。えんまくんが元気に戻ってくるまで、

がんばって見せるわ」

 私は、断固としてやめる気はありませんでした。

「とにかく、えんまくんを地獄に戻すのが先じゃ。カパル、えんまくんを部屋に連れて行くんじゃ」

 ベッドに寝ているえんまくんをカパちゃんが抱き上げて、部屋に連れて行くと妖怪テレビの前に寝かせます。

キャポ爺さんが、テレビのチャンネルを回しました。

「大王様、閻魔大王様、えんまくんをお助け下さい」

 そう言うと、なにも映っていないテレビ画面が突然映りました。

そこには、見たこともない恐ろしいものが映っていました。

「なに、これ?」

「地獄でゲス」

「こ、ここが、地獄……」

 そこに映っていたのは、恐ろしい顔をした鬼や不気味な妖怪たちが、

地獄に送られた人間たちを苦しめていました。

聞こえてくるのは、泣き叫ぶ痩せ衰えた人間たちの声です。

真っ赤な血の海の中で溺れている人間たちを鬼たちが、こん棒で沈めたり、

熱く煮えたぎるお湯の中に人間たちを落としたりしています。

不気味な妖怪に生きたまま腕や足を食いちぎられている人間たち。

阿鼻叫喚とは、このことです。私は、余りにも残酷なシーンの連続に、

見ていられませんでした。

「もう、やめて」

 私は、そう言って、顔を背けました。

「雪子さん、見るんじゃ。これが、地獄というものじゃ」

 キャポ爺さんに言われて、顔を向き直しました。

両手で顔を塞いで、指の間から、そっと見ることしか出来ませんでした。

 そんな地獄絵図の次は、大きな岩で出来た山が出てきました。

雲が晴れて、その形がはっきり見えました。そこに、大きな誰かが座っていました。顔は、鬼みたいに怖く、ヒゲが顔中を覆っていました。

体には、鎧のような物を着て、偉そうに座っています。

頭には、冠のようなものを被って、手には、えんまくんのステッキと同じものを持っていました。

 それを見て、私は、なにかに気がつきました。その人は、えんまくんに

似ているのです。

「まさか、この人…… 閻魔大王」

 すると、その偉そうな人が、私たちを睨みつけました。

「ハハァ~、大王様、キャポ爺、ここに参りました」

 見ると、キャポ爺さんもカパちゃんも、膝を正して、両手を床につけて、頭を深々と下げています。

「雪子はん、大王様でゲス。頭が高いでゲス」

 カパちゃんが頭を下げたまま言いました。

私も慌てて膝を揃えて座り直すと、手をついて、頭を下げました。

そっと、頭を上げて画面を見ます。アレが、閻魔大王様なのね。初めて

見たけど、確かに恐ろしい。

「キャポ爺、えんまは無事か?」

「それが…… 大変申し訳ありません。髑髏魔人との戦いで、妖能力を使い果たして、このように」

 キャポ爺さんは、言葉を選びながら言いました。

「それで、地獄界に戻って、しばらく静養を……」

「わかった。髑髏魔人のことは、聞いておる」

 私は、それを聞いて、ホッとしました。でも、次の言葉を聞いて、背筋が凍りました。

「そこの人間。名は、なんと申す?」

「ハ、ハイ!」

 声が裏返って、慌てて手で口を覆いました。

「雪子はん、名前でゲス」

 カパちゃんが頭を下げたまま教えてくれました。

「あ、あの、雪子といいます」

「そうか。今まで、えんまを助けてよくやってくれたな」

「ハ、ハイ、ありがとうございます」

 まさか、閻魔大王と話をするとは思わなくて、ものすごく緊張しました。

「髑髏魔人のこと、妖怪博士から聞いておる。大王として、褒めてつかわす」

 やっぱり、妖怪博士のことも閻魔大王は、知ってるんだ。

あの時、妖怪博士から聞いたことは、ホントの事だったんだ。

「よしよし、えんまは、すぐに地獄界に戻してやる」

 よかった。これで、えんまくんも元気になる。私は、心からホッとしました。

そして、閻魔大王は、持っているステッキを私たちに向けて突き出しました。

その先から、白い雪のようなものが吹き上がると、テレビ画面から飛び出して

きました。思わず、着物の袖で顔を覆いました。

なんで、テレビから吹雪が出てくるの?

 やっと、吹雪がやんで、顔を上げると、私の目の前に、一人の女性が

立っていました。

「えっ? なに、今度は、なんなの……」

 この女性は、どこから来たの? まさか、テレビの中から出てきたの?

私は、目の前の出来事が、まるで追いつかず、頭の中で消化し切れません。

「大王様、えんまは、私が連れて帰ります」

「頼んだぞ、雪子姫」

 その女性は、振り向いて、私を見下ろして言いました。

「久しぶりね、カパル。キャポ爺も元気そうね」

「ケケケ、雪子姫、会いたかったでゲス」

 そう言って、飛びついてきたカパちゃんをその女性は、軽くあしらって

言いました。

「やめてよ、カパル。カッパ臭くなるでしょ」

「ケケェ~、久しぶりなのに、それはないでゲス」

「雪子姫、すまんが、えんまくんを頼む」

「ハイハイ、まったく、しょうがないわね。まぁ、髑髏魔人相手じゃ、仕方がないけど」

 私は、訳がわからないでいると、その女性が言いました。

「あなた、名前は?」

「ハ、ハイ、雪子です」

「えっ? 雪子。ふぅ~ん、えんまが言ってたのって、アンタなの」

 よく見ると、この女性は、私が着ている白い着物と同じものを着ていました。

「あたしは、雪子姫。今、あなたが着ているその着物は、あたしが着てたものよ」

「そう、なんですか……」

「名前もそうだけど、結構似合ってるわよ」

 そう言って、優しく笑いました。笑顔は、とても可愛いのに、この人も

妖怪なんだと思うとちょっと怖くなりました。

「それじゃ、えんまを連れて行くからね」

 そう言うと、指をえんまくんに向けました。

「雪子妖術、冷凍術」

 すると、彼女の指先から、白い光線のようなものが発射されました。

それを浴びたえんまくんは、あっという間に氷付けにされてしまったのです。

「さぁ、行くわよ」

 カパちゃんがカチコチに凍ったえんまくんを抱えました。

「雪子さん、今まで世話になったの。これからは、一人の人間として、生きて

いくんじゃ」

「雪子はん、お元気で、あっしは、一生忘れないでゲス」

 キャポ爺さんとカパちゃんが、私に言いました。

でも、私は、それを無視して、テレビ画面の閻魔大王に言いました。

「大王様、お願いがあります。えんまくんを助けて下さい」

「安心せい。えんまは、これしきのことで死にはせん」

「もう一つ、お願いがあります。私に、妖怪パトロールを続けさせて下さい」

「なに!」

「お願いします。えんまくんが戻ってくるまで、私、がんばります。だから、

続けさせて下さい」

 私は、前から決めていたことを言いました。膝を正して、手をついて、

頭を下げて、必死に懇願しました。閻魔大王は、なにも言いません。

「私は、ただの人間です。えんまくんみたいに強くはありません。でも、やってみせます。えんまくんも、カパちゃんも、キャポ爺さんも、私の大切な仲間です。だから、みんなが戻ってくるまでしっかり留守番します。ちゃんと、妖怪

パトロールもやります。だから、お願いします」

 私は、もう一度、言いました。

キャポ爺さんもカパちゃんも、私の決意を知ったのか、黙ったまま見守っていました。

「大王様、あたしからもお願いします。雪子を信じて、妖怪パトロールを続けさせてやってくれませんか?」

 雪子姫と呼ばれる彼女からの、突然の言葉でした。

「ホントなら、あたしが来るべきでした。でも、あたしは、えんまの誘いを断りました。だから、私にも責任があります。雪子は、私の代わりを立派にやってます」

 私は、彼女を見上げました。なんで、この人がこんなことを言うのか

わかりませんでした。

それに、私は、彼女の代わりだったの? 初めての事実に、頭が真っ白に

なりました。

それでも閻魔大王は、黙ったままなにも言いません。

「大王様、わしからもお頼みします。雪子さんを信じていただけないでしょうか?」

「そうでゲス。雪子はんは、これからも妖怪パトロールできるでゲス。大王様、お願いするでゲス」

「カパちゃん、キャポ爺さん……」

 まさか、この二人までが、こんなことを言うとは思いませんでした。

「大王様、お願いいたします」

 彼女がもう一度言いました。

「お前たちの言うことはわかった。わしも、そこの人間のことは、知っておる。人間でありながら、えんまを助けてよくやってくれたこと、それは、ちゃんと認めておる。だがな、お前には、力もなければ妖怪に対抗する武器もない。そんな人間に、妖怪退治など、出来るわけがない」

 それをいわれると、私は、返す言葉もありません。私には、えんまくんの

ような特殊能力も武器もありません。

「いいえ、それは違います」

 雪子姫は、はっきり言いました。うな垂れたままの私は、彼女を見上げました。この人は、なにを言ってるんだろう…… 私は、武器も力もないのに。

「雪子には、人間としての心があります。妖怪博士から地獄玉を託されたこと。私たちには出来ません。えんまの命が助かったのは、雪子がいたからです。それは、大王様もわかっているはずです」

 そう言うと、彼女は、軽い足取りで歩を進めると、ハンガーにかけてある

えんまくんのマントと立てかけてあるステッキを手にしました。

「大王様、雪子に武器はないとおっしゃいました。でも、武器はあります」

 そう言うと、彼女は私にマントをかけてくれました。そして、手にステッキを握らせました。

「いかがですか。えんまが残した、マントとステッキがあれば、人間でも妖怪

退治は出来ます」

 しかし、閻魔大王は、なにも言いません。

「どうなの? 雪子、出来るの出来ないの?」

「ハ、ハイ、できます。やらせてください」

 私は、勢いで立ち上がると、深々と頭を下げました。

「わかった。人間、妖怪パトロールを続けることを認めよう」

「ありがとうございます」

「よいか、人間。今の気持ちを忘れるでないぞ」

「ハイ、大王様、ありがとうございます」

 私は、何度も閻魔大王に頭を下げました。

「あの、雪子姫さん、ありがとうございました」

「いいわよ、雪子姫で」

 彼女は、私に笑って言いました。

「それと、そのマントとステッキは、そう簡単には使えないからね。えんまが

帰ってくるまで、使えるようになるのよ」

「ハイ、がんばって、練習します」

「人間がそれを使うのは、難しいからね。しっかり、がんばるのよ」

 雪子姫は、私の両肩に手を置くと、片目をつぶってウィンクしました。

「大丈夫よ。雪子なら出来るから」

 私は、両手でステッキを握り締めました。

「カパちゃん、キャポ爺さん、ありがとうね」

 私は、二人にもお礼を言いました。

「ケケケ、よかったでゲス」

「でも、無理はするんじゃないぞ。雪子さんは、人間なんじゃからな」

「ハイ」

「それじゃ、行こうか。それじゃね、雪子。なるべく早くえんまを返すからね」

「ハイ、待ってます」

「ほな、さいならでゲス。雪子はんもお元気で……」

「ちょっとカパちゃん、一生のお別れじゃないのよ」

「ケケケ、そうでゲス」

 カパちゃんは、氷で固められたえんまくんを抱えると、テレビの中に消えて

いきました。

「雪子さん、早く戻ってくるからの」

「うん、キャポ爺さんも待ってるから」

 キャポ爺さんもテレビの中に消えました。

「それじゃね。がんばってね、もう一人の私」

 雪子姫は、そう言って、吹雪とともに帰っていきました。

一人残された私だけが、ポツンとその場に立っていました。

「がんばらなくちゃ」

 私は、羽織ったマントと右手に持ったステッキを握り締めながら、

気持ちを引き締めました。

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