うちごはん
甘楽
汁だく肉じゃが
カン カン カン カン
アパートの階段を上る音が聞こえる。
しばらくしてガチャリ、と玄関の扉が開いた。
「ただいまー」
「おかえり。あれ、雨降ってた?」
「駅から出た辺りでポツポツとねー」
肩から下げた荷物を下ろし、少し髪の毛を湿らせた彼女が風呂場へと向かう。
「ごめん、まだ畳んでないから乾燥機の中」
「はーい。洗濯ありがとう」
「どういたしまして。お風呂出たらすぐご飯にするよ」
彼女の背中を見送りつつ、コンロの火を点ける。
今日の夕飯は肉じゃがだ。
彼女と出会ってから、今日でちょうど一年。
つまり、この異世界での生活が始まって一年経ったということになる。
「早かったなぁ」
休みの日に愛車に乗って趣味のキャンプに出掛けた道中、見覚えのないトンネルをくぐった先がこの異世界だった。
元の世界と遜色ない舗装された道路に、突如飛び出してきたハイイロブタに車をひっくり返され、訳の分からないまま死を覚悟したところで彼女に助けられた。
御礼にと、キャンプで使う予定だった食材で彼女に料理を振舞って……
「君の料理凄いな!バフがこんなについたのは初めてだ!」
やたら感動してもらえて、それから彼女専門のコックとして住むところも提供してもらった。
同居、という形になるわけだけど。
彼女が風呂から出てくる。
「すっきりー!カズヤ、今日のご飯はなーに?」
「肉じゃがだよ」
「汁だく?」
「もちろん」
「やったー!ご飯っご飯!」
「多めに炊いてあるから、好きなだけおかわりしていいよ」
「わーい!」
大きめの深皿に、肉じゃがをよそう。炊き立ての白米と一緒にテーブルへ運ぶ。
「「いただきます」」
「お肉がゴロッと入ってる!」
「うん、今回のクエストは護衛だって言ってたから。お腹いっぱい中々食べられなかったんじゃないかなって」
「……っーー!流石カズヤ!」
目を輝かせて抱き着いてくる彼女。
「ほら、折角のご飯が冷めちゃうよ」
「あっ、そうだね」
彼女が肉じゃがを口いっぱいに頬張りながらクエストの話を聞かせてくれる。曰く、今回は王都から貴族の令嬢の護衛クエストだったらしいが、箱入りお嬢様が行く先々で問題を起こし息をつく暇もなかったらしい。
「そういえばこれってなんの肉?」
「あー、それはハイイロブタ……大家のハーピ―さんがお裾分けって。家族で狩りに行って大漁だったからって」
「へぇー、ハイイロブタ……か」
「ん?好きじゃなかった?」
「ううんっ、カズヤと出会った日を思い出してさ……あれ?もしかして今日って」
「そう、ちょうど一年記念日。記念日って、別に恋人ってわけでもないのにね。ごめん」
「「……」」
会話が途切れる。
今、目の前にいる同居人は自分よりはるかに大きいモンスターをバッサバッサと切り捨てる勇猛果敢な女戦士ではない。自分の作った料理を嬉しそうに口いっぱい頬張るただの女の子。
たまらなくそうしたくなって、机の上に置かれた彼女の左手に右手を添える。
「カズヤ?」
「いっぱい食べる君が好き」
「えっ!?」
「……そんな歌があったんだ。元の世界でね」
「あ、歌詞……なんだね」
「うん、君を見てたら思い出しちゃった」
「カズヤは……元の世界に戻りたい?」
「ん?……そうだね、戻りたいかな」
「そっか、そうだよね」
「父さんや母さんに……君のこと紹介したいなって」
「それって!」
「はは、何言ってんだろうなあ僕。君の気持ちも聞かずに」
誤魔化すように笑う僕を、彼女は真剣な顔で見つめて言った。
「私決めた。カズヤが元の世界に戻れる方法探す!そして私もカズヤの世界に行ってご両親にカズヤをくださいって言う!」
「……君は、本当にバカだなぁ」
思わず笑ってしまう。
こんな僕のことを本気で想ってくれている。
この世界に来て一年経つけど、未だに僕はこの世界のことがよく分かっていない。それでも、この一年間彼女と過ごした時間はかけがえのないものだ。
「バカとは何よ!」
「おかわりいる?」
「むー……いる!大盛りで!」
「はいはい」
そんな彼女と一緒ならきっとどの世界でも生きていける。
うちごはん 甘楽 @kanra_kanra
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