殺人

 ヤスは満面の笑みで、後ろからリオを抱き締めた。


「ちょっと、やめてよ」


 ため息をつくリオ。その表情を見たヤスは、脇腹をくすぐる。


「もう、下手くそ」


玉葱の大きさがまるで違う——そう言われたリオは、ヤスを睨む。


「いいから。包丁、貸してごらん?」

「嫌よ。馬鹿にしないで」

「いいから!」

「ちょっと!」


 すると、ヤスは無理矢理に包丁を取る。その行動に、リオは怪訝な表情を向けた。


「なによ」

「前から思ってたんだよ。リオはドジだなあ、って」


ヤスは鞄からスマホを出す。それは、リオのものだった。


「そういえばこれ、忘れ物。ユウから連絡あったよ」


 リオはバツが悪そうにうつむいた。


「そんなの全然気にしないよ、僕」

「そういうんじゃないから」

「はずかしいの?」

「は?」

「もう吐いちゃえば?」

「うわっ……気持ち悪っ」


 そう言うや否や、ふふっ、とリオは笑った。だが次の瞬間、急に真顔になる。


「あーあ、やば。もう、なんにも知らないんだもん」


 ヤスの目に、涙が浮かぶ。


「妊娠してるの」

「うん」

「なんだ、知ってたの?」

「そうなんじゃないかと、思ってた」


 リオはエコー写真を取り出す。それを見たヤスは、せきを切ったように笑った。


「だからこそ、僕は決意したんだ!」


 ヤスは興奮気味に震えている。


「待って。私……まだあなたに言いたいこともあるの」

 

 リオの言葉に、ヤスは首を横に振った。

 

「ごめん。こんなこと、予想してなかったから。普通にご飯の準備もしたのよ。でもほら、外にでも食べに行く?」


 リオは包丁から視線を逸らして、ヤスを見る。その頬には、一筋の涙が流れていた。


「ずっと思ってた。僕だけのものになって欲しいって!」

「……本気なの?」


 ヤスのあまりの勢いに、リオは一歩下がる。

 

「君を、愛しているんだ!」


 ぎゅっと目を瞑ると、ヤスは意を決して手元に光るそれを前に突き出した。


「嘘……でしょ?」


 リオは、そんな目の前のヤスの挙動に、目を見開いて驚く。


(ダメだ、身体が熱い……お腹も痛い……どうしよう)


 ドクドク……ドクドク


 ヤスはヌルつく手のひらを、ズボンで強めに拭った。


 心臓が、つづみを打つかの如く跳ねる。


「愛している……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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パリンドロームファンタジー 千鶴 @fachizuru

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