パリンドロームファンタジー
千鶴
プロポーズ
「愛している……」
心臓が
ヤスはヌルつく手のひらを、ズボンで強めに拭った。
ドクドク……ドクドク
(ダメだ、身体が熱い……お腹も痛い……どうしよう)
リオは、そんな目の前のヤスの挙動に、目を見開いて驚く。
「嘘……でしょ?」
ぎゅっと目を瞑ると、ヤスは意を決して手元に光るそれを前に突き出した。
「君を、愛しているんだ!」
ヤスのあまりの勢いに、リオは一歩下がる。
「……本気なの?」
「ずっと思ってた。僕だけのものになって欲しいって!」
リオは包丁から視線を逸らして、ヤスを見る。その頬には、一筋の涙が流れていた。
「ごめん。こんなこと、予想してなかったから。普通にご飯の準備もしたのよ。でもほら、外にでも食べに行く?」
リオの言葉に、ヤスは首を横に振った。
「待って。私……まだあなたに言いたいこともあるの」
ヤスは興奮気味に震えている。
「だからこそ、僕は決意したんだ!」
リオはエコー写真を取り出す。それを見たヤスは、
「そうなんじゃないかと、思ってた」
「なんだ、知ってたの?」
「うん」
「妊娠してるの」
ヤスの目に、涙が浮かぶ。
「あーあ、やば。もう、なんにも知らないんだもん」
そう言うや否や、ふふっ、とリオは笑った。だが次の瞬間、急に真顔になる。
「うわっ……気持ち悪っ」
「もう吐いちゃえば?」
「は?」
「はずかしいの?」
「そういうんじゃないから」
「そんなの全然気にしないよ、僕」
リオはバツが悪そうにうつむいた。
「あ。そういえば、これ忘れ物。ユウから連絡あったよ」
ヤスは鞄からスマホを出す。それは、リオのものだった。
「前から思ってたんだよ。リオはドジだなあ、って」
「なによ」
すると、ヤスは無理矢理に包丁を取る。その行動に、リオは怪訝な表情を向けた。
「ちょっと!」
「いいから!」
「嫌よ。馬鹿にしないで」
「いいから。包丁、貸してごらん?」
玉葱の大きさがまるで違う——そう言われたリオは、ヤスを睨む。
「もう、下手くそ」
ため息をつくリオ。その表情を見たヤスは、脇腹をくすぐる。
「ちょっと、やめてよ」
ヤスは満面の笑みで、後ろからリオを抱き締めた。
◇◇◇
「な? リオは俺なんかよりヤスと一緒になれて、幸せだったんだよ」
「リオちゃんって、ユウの彼女じゃなかったか?」
「ああ。二股かけてたんだ、リオのやつ。でもこないだこれが届いてさ。俺は正式にフラれたってわけ」
ユウから渡されたカセットテープを聞き、
「これ、いつ録音されたテープ?」
「え? 一週間くらい前じゃないかな。まさか、リオが妊娠してるだなんて思わなかったけど」
ユウの乾いた笑いに、俺は息を呑む。
「ユウ。今すぐ警察に連絡して、このカセットテープの
「は? なんだよ急に」
俺が慌てるのとは対照的に、ユウはへらへら笑っている。
「ユウ、落ち着いて聞けよ。これはプロポーズなんかじゃない。殺人事件だ」
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