第六感の女神

辺理可付加

第六感の女神

 僕はしがない独身サラリーマン。今日は天下の日曜日。

しかし僕は趣味も無ければ家族サービスするべくも無い、新しいゲームを買ってもやる体力が無い残念な男だ。つまり休日はすることが無い。

それで今日は取り敢えず漫画の立ち読みでもしようと古本屋に行くことにした。

別段行きたかった訳でもないが、家に籠ってゴロゴロするのはバツが悪かったのだ。



 さて、そんなわけで漫画コーナーを一周回った端っこのワイド版フロアで漫画を探していると、棚の中段の、列を三等分した右サイドの左端辺りに一冊だけある漫画が気に掛かった。僕はそれを手に取ってみる。


「『第六感の女神』……」


聞いたことが無いタイトルで表紙にも背表紙にもナンバリングが振ってないおそらく一巻完結物。表紙は真っ白で背景も何も無い中に羽を散らしながら片膝を抱え、静かな表情で目を閉じる薄く淡いタッチの女神のみ。そして上部に横書きで、特別なロゴでもフォントでもない申し訳程度に金色で塗った細い文字のタイトル。コンセプトとして纏まっている様な、でもやっぱり素っ気無くて飾り気も無い感じ。


「こういうのが案外面白かったりするんだよな」


そこで、僕はあることに気が付いた。


「あれ? 作者名も出版社名も、なんにも何処にも書いてないぞ?」


表紙をまじまじ検分したのに、だ。すると、


『シンイチ……、シンイチ……』


急に脳内に高音ハンドベルのように清らかな女性の声が響いてきた。


「なんだ!?」

『私はここです』


右斜め上四十五度を見ると、翼の生えた女性が片膝を抱えながら宙に浮いている。彼女は薄く金色に輝きながら慈愛に満ちた微笑みで僕を見下ろしている。誰!?


「えぇっ!?」

『こんにちはシンイチ。私は第六感の女神』

「第六感の女神……? えっ!? それって!?」


慌てて手に持ったままの表紙を見る。この漫画のタイトルと一緒だ! なんなら目の前で浮いている女性は表紙の女神と全く一緒!


「そそそ、そんな馬鹿な!?」

『落ち着きなさいシンイチ。私は貴方以外には見えません。今の貴方の一人で騒いでいる姿は不審者のそれです』

「は、はい」


マジで言ってる? マジで女神? 神々しいけど『不審者のそれ』とか言い方が俗っぽい感じだぞ!? ただのコスプレお姉さんじゃないだろうな!? 浮いてるけど。


『さてシンイチ、貴方は私がテレパシーで話しているのが分かりますか?』


確かに聞こえるというより頭に響く感覚があるが、何よりよく見るとあれだけ喋っている女神の唇は微笑んで閉じられたまま、全く動いていなかった。もしかすると腹話術士でもなければガチ女神なのかも知れない。


『私からすれば逆もまた可なり。貴方は言葉を口に出さずとも私と会話することが出来るのです』

(便利な物ですね)

『でしょう?』


状況は理解不能だが言われていることだけは汲み取れた僕は、一番聞きたいことを女神に伝えた。


(それで、第六感の女神様が僕に何の用でしょう?)

『それは道々話しましょう。まずはそのコミックでも買って店を出なさい。面白いから。損はさせないから』

(あ、はい……)


僕は女神激推しコミックを買って店を後にした。値札シールすら貼ってなかったので、困った店員が百円で売ってくれた。百円の女神。やっぱり女神じゃないんじゃないの?



 帰り道、女神は浮きながらついて来る。羽ばたいている様子は無い。


『私はそのコミックに乗って世界中を旅しているのです』

(思いっきり日本語ですが)

『外国に行くときは翻訳版になるからよいのです。気にしないで』

(それで、何の為に旅を?)

『シンイチ、貴方は第六感で物事を判断したことは?』

(そんなのいくらでもありますよ)

『それで後悔したことも』

(このコミックのページ数くらいには)

『でしょう? 私は名の通り第六感を司る女神。その身としては、人が第六感で悔やんだり人生の大事な判断を誤ってしまうのが悲しくて堪らないのです』

(そういうものですか)

『そうならないように私は世界を周り、コミックを手に取った者の前に現れ、買った者には正しい第六感を授けているのです』

(正しい第六感?)

『えぇ。私の名前に因んで貴方に今から六回まで、決して外れない第六感を授けます』

(それはつまり、僕が直感で「こうだ!」と思ったことは絶対にその通りだと?)

『はい。その通りです』


何だそれは? 最高じゃないか! 人生において自分の手持ちの材料で判断付けられるものはそう多くない。そのギャンブル染みた分岐点を間違わないで済むってことだろう?

今から六回、というのがどうにも使い勝手悪いかも知れないが、これは絶対にいい話だ!


けど待てよ? そんな美味い話あるもんか?


(ありがとうございます女神様。ただ……)

『ただ?』


不確定要素は少しでも減らしておきたい。


(例えば「明日雨降るかも」みたいなしょうもない第六感なんかで使い果たしてしまうとか……)

『そんな無体は致しません。女神基準ではありますがビッグイベントに絞って発動するようにしてあります。その間に貴方が浮かべる種々の些事に関しては、私は干渉致しません』

(それはよかった。ではもう一つ、これは単純な疑問なんですが)

『何でしょう』

(失敗する人を助けたいのに、コミック買わせてとか六回とか周りくどいことするのは何故ですか?)

『女神の力でホイホイ誰も彼も人生イージーモードにし過ぎると免許剥奪されてしまうのです』


女神、免許制だった。やっぱりなんか胡散臭いぞ。

だがまぁ信じてみようじゃないか。宙に浮く女性とかオカルトが起きているんだもの、きっとそれ以上の奇跡もあるさ。



 道を歩いていると競馬場の近くに差し掛かった。

すると僕の第六感が囁く!


『今なら競馬、当たるかも?』


焦って女神の方を振り返ると、彼女は悪戯娘みたいにニヤリとした。



「当たったーーっ!!」


競馬はよく知らないけど三連単とかいうのが当たって、第六感を信じて財布の中身全部ぶち込んだ僕は一気に二千万ほど獲得した。


(すごい! すごいです女神様! 本当に本当だぁ!)

『でしょう?』


第六感が当たるというのはなんて素晴らしいんだろう! 判断ミスをしないで済むだけでなく、大きなチャンスを見逃さないということも可能なのだ!

 ウキウキで家に帰った僕は、女神様に感謝のブランデー(とジンに目が無いらしい)をお供えして次なる第六感を期待し眠りについた。

漫画は正直、僕と同じ状況の男が出て来るだけで面白くなかったので、ちょっと読んだが放棄して本棚に押し込んだ。進研○ミの販促漫画じゃないんだから。



 それから僕の快進撃は始まった。


『転職した方がいいかも?』


実際転職は上手く行き、福利厚生がよくなり同僚は温かく給料も万跳んで十の位が一つ上がった。



『この飛行機に乗らない方がいいかも?』


大事な大事な商談で海外に向かう為に会社が予約してくれた便だったが、僕はキャンセルして自分で一日早い便に予約し直した。

果たして元の便は悪天候で飛べず、商談をパーにしてしまうところだった。



『健康診断受けた方がいいかも?』


結果、最近上手く行き過ぎて忙しかったから高血圧気味になっているそうだった。早期発見よかったよかった。


他にも、他にも……。あぁ、 なんて素晴らしい第六感。



 あれから僕は一年経たない内にいくつもの成功を収め、人生を謳歌していた。いつでも何処でもチャンスなんて山程あるようだ。気付かないだけで。

ただその代わり、競馬を含めて五回が過ぎ女神様の第六感も残すところ一回となった。


『使い切ったんだから、漫画はまた売って下さいね?』

(そしたら女神様ともお別れですか? 名残惜しいですね)


駅前を散歩しながらそんな会話をしていると、道の先から悲鳴が聞こえた。人がどんどんこっちに逃げて来る。


「何だろう」


見るとそこにはナイフを持った通り魔が!


「やべっ!」


思わず逃げようとした僕だったが、視界の端に何かが映った。

それは僕が密かに狙っている職場の可愛い子ちゃんだった。しかも腰を抜かして逃げ遅れている! ヤバいぞ! 奴もその子の方を向いた! 笑った!

その時僕の第六感が囁いた!


『あいつを取り押さえて、あの子にいいトコ見せられるかも?』


瞬間、僕は通り魔に向かって駆け出した。取り押さえられると分かっているなら怖くはない。


「やめろぉぉぉ!」


通り魔とあの子の間に割って入り、そして



刺された。



「えっ」


身体中から力が抜ける。膝が地面に着く。何だか悲鳴が遠く聞こえる。


そして猛烈な痛みが僕を襲う。


「うぁぁぁぁぁっ……!」


傷口を抑えてのたうち回っていると、悲しそうに僕を見下ろす女神様が見えた。


「あっ、あっ、女神様……!」

『はぁ。このコミック、次は何処に放り込もうかな』


何故か彼女は僕が本棚に放置していたはずの漫画を手に持っている。


『第六感を過信しましたね』

「なんで……! 六回までは当たるんじゃ……!」

『実際、六回までは当たってたじゃない』

「ふざけるなっ! 僕は刺され、あぁぁ!」

『七回目からは知らないもん』

「えっ」


女神は呆れたように笑った。


『だって最初に第六感で「この女神の言うことを信じてみるか」が当たってからこれは七回目だよ?』

「そ、そこから……?」

『漫画にもほら、オチでちゃんと書いてあるのにしっかり読まないから』


女神様が漫画のページを突き付けてくると、そこには今の僕と全く同じ状況全く同じ会話が描かれていた。


「う、う、嘘だ……! 詐欺だ……!」

『失礼な。そうか、じゃあ君は今まで詐欺で儲けてたのか。悪い子だぁ、バチが当たったんだ』


それだけ言うと女神は何処かへ飛んで行こうとする。


「ま、待って……」

『何さ』

「ぼ、僕は、死ぬの、か……?」

『あぁ、もう第六感が効かないから分からないんだね? じゃあ特別に第六感の女神として教えてあげる。君は……』


一巻で終わり のコミックを持った

第六感の女神 はニンマリ笑った。


『一巻の終わり』

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第六感の女神 辺理可付加 @chitose1129

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