第2話 神の父

           淡雪 健

*主な登場人物

警視庁刑事部一課強行班係第三班

 管理官  奥田昭二   30歳

 係長 平滝了一 警部  31歳

 主任 篠立寅雄 警部補 45歳

  愛称 ゲタさん  

 班員 西谷郁夫 巡査和 35歳

  愛称 西やん

 班員 梨田 豊 巡査部長36歳

  愛称 梨さん

 班員 山田和夫 巡査部長35歳

  愛称 和夫

 班員 五月由実 巡査部長30歳

  愛称 ゆみ

 班員 武田利夫 巡査長28歳

  愛称 としお

 班員 松下 誠 巡査長28歳

  愛称 まこと

 班員 田岡義夫 巡査長 26歳

  愛称 よしお

 班員 土田孝雄 巡査  25歳

  愛称 しんまい


      *


      モノロ-グ


 秋が忍び込んできそうな九月二十日日曜日正午過ぎ、良く晴れ渡った日だった。調布ちょうふ警察署に二十代後半くらいの高級のグレ-のワンピ-スを着た一人の女性が、「大変です、私の子供が居なくなったんです! お願いです。すぐに探してください」

 と言いながら、転がるように飛び込んで来た。酷く慌てて、取り乱していたので、対応する警察官までが取り乱し、

「す、少し落ち着いてください、子供さんがいなくなったのですか? 担当の刑事が詳しい話を聞きますから」 と言って、生活安全課まで案内をした。


 対応に出た、まだ若くて刑事になりたての山本刑事は、受付にいた警察官に訳をきき、婦人に事情を聞き始めた。

「お子さんが、居なくなったと言うことですが、場所を教えてください」

 山本刑事は落ち着かせて言った。するとその女は。解れ毛をかきあげながら話し始めた。

「この近くのス-パ-の駐車場です」 山本刑事は、

「ス-パ-の駐車場ですか? それでは貴方のお名前と住所を教えてください」


 女性は、大きく深呼吸したあと、

「私は、柏崎由美子かしわざきゆみこと言います。二十七歳です。住所は調布市調布ヶ丘4丁目の富士マンショです、主人の名前は柏崎健かしわざきけんです。居なくなったのは私達の長男の智之ともゆきで、まだ三ヶ月なのです。長女は三歳で友恵ともえです。今、主人の実家に預けていますが、以上の四人で暮らしています」


 山本刑事は、続けて居なくなった状況を聞いた。

「どうして、いなくなったのかの状況を教えてください」

「私が、ス-パ-でミルクを買おうとしたのです。揺りかごを助手席に置いていて智之を乗せていたのですが、気持ちよく寝ていたので、すぐに帰ってくるつもりで、車に乗せたまま、買い物に行って、帰ってきたら智之が居なかったのです」

「ドアの鍵を掛けなかったのですか?」

「私は、掛けたつもりだったのですが、忘れていたのでしょう、帰ってきたら、ドアが開いてましたから」

「お母さんの不注意でしたね、あとその子供に何か特徴は有りましたか?」

「そうですね、背中の肩甲骨けんこうこつの辺りに十センチ位の蝶々の形をした青い痣が有りました」

「どのくらいの間、車を離れたのでしょうか? 時間はいつ頃ですか?」

「午前十一時頃の十分位でしょうか」

「で、何処のス-パ-ですか?」

「この近くのス-パ-『TARO』です、あそこは駐車場が広いのでよく行きます」

「つまり、柏崎さんがス-パ-『TARO』で十分程買い物をしている間に、智之君を誰かが連れ去ったと、言うことですね」


 山本刑事は、住宅地図を持ってきて、地図を広げ、ス-パ-の場所を確かめて、

「奥さん、このス-パ-のどの辺に車を止めたのですか?」


 すると彼女は、車を止めた場所を指で指した。

「駐車場の隅の方ですね!」

 とそこへ四十歳ほどのベテラン係長がやって来た。よれよれのスーツを着ているが、目付きは鋭い。

「いったい、何事なんだ?」

 係長は、山本刑事から説明を聞き終ると、柏崎さんに訊ねた。

「柏崎さん、ご主人のご職業は何でしょう」

「それが、警視庁の警察官なんです」 

「えっ、警視庁の警察官ですって、本庁にお勤めですか?」

「いえ、今は世田谷せたがや警察署の刑事課の刑事です」

「ご主人には、話はされましたか」

「いえ、まだ連絡していません」

「早くご主人に連絡をしてください」


 由美子は、携帯電話で夫に連絡をした。

「直ぐに、こちらに来るそうです」と消え入りそうな声で答えた奥さんは、泣いてばかりいた。山本刑事は、菅谷すがや係長に、

「営利誘拐でしょうか?」

 と声をかけると菅谷係長は、

「どうかな~・・・そうなると、対応課が変わってくるが・・・柏崎健? ちょっと待てよ。どこかで聞いたような? ・・・アッそうだ、確か警察庁のキャリアで、警察代表学校をトップで出て、短い間世田谷署に配属されて来ている、将来のお偉いさんだ! 世田谷署の知り合い刑事から聞いたばかりだ。」菅谷係長はそれは大変なことだと、

「オイッ! 直ぐに、そのスーパーに行って、聞き込みを始めるんだ!」と大声で命じた。

 山本刑事他数人の刑事が飛び出して行った。 暫くすると、若くて高級スーツに身を包み目元の鋭い男、柏崎健かしわざきけんが調布警察署に駆け付けてきた。

「失礼します。世田谷警察署刑事二課、柏崎健警部補です。今回は御迷惑をお掛けします、由美子どうなっているんだ! 智之が居なくなったって、どう言うことだ!」そこで由美子が全てを健に話した。

「何で目を離すんだ! 馬鹿野郎」菅谷係長は、思わずビシッと直立不動となり


 ー―係長はキャリアという言葉に弱いのだーー 


 それと言うのも、いつ自分の上司になるかもしれないキャリアなのだ。失礼の無いようにしなくては。

「まあまあ、柏崎さん! 落ち着いてください、今、うちの刑事が聞き込みに行ってますから」

 と菅谷係長が言った。

「ところで、柏崎刑事、何か仕事の関係で恨まれるような事件は有りませんか?」

 柏崎刑事は、ちょっと小首を傾げながら、

「私は、まだ刑事になりたてで、仕事も知能犯の係りですので、別に思い当たりませんね」

「そうなると、営利誘拐でしょうか?」

「私は、特にお金持ちでもありませんし、只の刑事です。お金が目的ならおかしいですね? とにかく私の実家で友恵が待っているから、実家に寄って、帰っていよう。誘拐目的の場合もある。犯人から何か連絡が入るかもしれない」

 と言って、柏崎刑事は奥さんをつれて、警察署を飛び出した。菅谷係長が、

「我々も、準備をして直ぐに、伺いますからお願いします」

 柏崎刑事は長女を迎えに行って、アパートで、犯人からの連絡がないかと待ち構えていた。現職警官、しかもキャリアの事件だ身内の事件に本庁及び調布警察署からも特殊班の刑事達が到着し、大捜査網を行うため準備をして待ち構えていた。

 しかし、いつまでたっても、何の連絡もない。捜査にあたった、刑事たちも挙動不審者の目撃情報もなく、有力な情報も聞き込めなかった。

「変ですね?」と山本刑事は言った。

「誘拐目的の犯行ではないみたいですね」

「うぅ、智之!」

 と柏崎刑事夫婦は、泣き伏した。


 それから、いつまで経っても動きは何もなく、有力な目撃情報も得られず、これが、『神隠し』と言うものなのか? 柏崎警部補は思った。そして虚しく三十年の月日が経っていった。



    一  殺人事件


 十月三十日水曜日、午前八時。

 麻布の築五年ほどの小洒落た賃借マンションである粕田マンションの513号室で、死体が発見された。被害者は、春日俊郎かすがとしろう三十一歳、このマンションから比較的近くにあるIT関連会社『OSA』の会社員、ソフトの開発部に所属、独身者だった。第一発見者は、マンションの管理人で、宅急便から預かった荷物を届けようと、春日さんの部屋に訪ねてきた時に、被害者を発見したらしい。死体は前からピストルで心臓を貫かれていた。


 麻布あざぶ警察署から凶悪犯班と、鑑識が通報により、駆けつけた。班長の権田《ごんだ》警部補が、部下の刑事から、身元などを聞き、管理人に尋ねた。

「春日さんをよく訪ねて来ていた人に心当たりは有りませんか」

「いや、別に決まって訪ねてきている人は気が付きませんでしたね、夜遅くなら解りませんし」

「そういうことか、別に友人も居なかったのかな」と権田警部補が答えた。

「後、管理人さん、春日さんに何かトラブルでも無かったでしょうか?」

「さぁ、私は何も気付きませんでしたがね、春日さんは、まだ、ここに住み始めて一年足らずですが、いい人で愛想もいい人でした。人とトラブルを起こすような人には見えませんでしたがね」


 近所の聞き込みをしていた、刑事たちから報告があり、話を纏めると、とても人から恨まれる人ではなかったと言うことと、昨日は何も、物音を聴かなかったという事であった。権田警部補は、たまたま外に出てきた鑑識係長に尋ねた。

「どうだい、被害者の様子は?」

「そうですね、心臓を拳銃で一発、たぶん十三口径くらいかな、小さな拳銃で至近距離から撃たれたみたいですね、机の中に名刺や財布等があり、お金も手付かずみたいですね、殺害時刻は、多分昨日の午後十二時から午前二時の間くらいだろうな、いやいや、はっきりしたことは、司法解剖の後に報告しましょう。部屋のなかを荒らされた様子もないし、強盗目的ではないですね、案外顔見知りだったかもしれないですね、争った形跡も有りませんし」

「近所では何も物音を聞いていないので、消音機を使ったのかな、ドアは開いていたのかな?」すると、管理人が、

「ドアは開いていました」と返事をした。

「鑑識さん、何か遺留品でも出ないかい?」

「今のところ、何も出てきません。あ、もう入ってもいいですよ」そう言われて、捜査員たちは部屋の中に入っていった。


 権田警部補は、死体の周りや、部屋のなかを捜索していたが、和タンスの上に無造作に置いてあった変な形の直径一センチ位のバッチの様なものを見つけた。

「なんだ、これはこのバッチは変なマークがしてあるぞ、アラビア文字みたいな模様だな、こんなバッチは見たことがないな。鑑識さんこのバッチに指紋は就いてるかな?」鑑識がそのバッチを調べると、

「警部補、被害者以外の指紋は何もついていません。」

「結局、手懸かりはこのバッチだけか」


 権田警部補は、部下に命令をした。

「おい、井上刑事に山田刑事は、被害者の会社にいって、友達関係や上司にトラブルでも無かったかを調べてきてくれ、それと入社時の履歴書をコピーさせてもらって来てくれ」二人の刑事は早速出ていった。他の捜査員にも

「もっとよく、部屋の中を捜査するんだ、手紙類なんかないか?」

 みんなで部屋の隅々まで調べた結果、参考になりそうなものは見つからなかった。その時管理人さんが、

「そう言えば、この頃春日さんは、何かを焼却炉で燃やしてましたね」と言った。権田警部補は管理人さんに、その焼却炉の場所を聞いて、鑑識を連れて、調べに行った。しかし燃やしたものは、完全に灰になり、何も残っていなかった。

「一体何を焼却したのだろう? とりあえず燃え残った灰を押さえておいてくれ」

 権田警部補は首を捻った。権田警部補達は、取り合えず麻布警察署に戻った。丁場が立つということで捜査本部を一課の講堂に設置していた。井上刑事に山田刑事が帰ってきていたので、被害者の会社の聴き込み報告を聞いた。


 井上刑事は、

「会社での被害者の評判は、頗る良いものでした。春日さんの悪口を言う人は一人もなく、朗らかな人だったようです。みんな殺されたと聞いて、ビックリしていました」山田刑事も同じような報告で、春日さんを恨んでいる人なんて、全く思い当たらないと言うことだった。

「恋人も、まだ居なかったみたいですね、今の会社に就職したのも、一年ほど前だそうです」と山田刑事が言った。

「一年前だって、それまでの経歴はどうなっているんだ?」


 権田警部補は、履歴書を見たが、大学を卒業してからこの会社に入るまでに八年ほどの空白があり、前歴の欄には何も書いてない。

「会社の人にも聞いたんですが、誰も知らなくて、社長に聞いたら、ある人から頼まれて会社に入れたらしいです」権田警部補は、

「ある人って誰だ!」

「それが、それは絶対に喋れないとのことで絶対に喋りませんでした」

「殺人事件の捜査だぞ、それでも明かせないと言うことか!」

 権田警部補は、頭に血がのぼった。もともと短気な性格だった。容疑者が浮かんでこない。権田警部補は、考え込んでしまった。

「そうなると、春日さんの過去を重点に探るしかないな、」

 履歴書を睨んでいた権田警部補は、

「う~む、出身は福岡県か、本籍も福岡だな春日さんの両親に連絡を取って、本人確認と事情聴取をしよう、ここに手懸かりを求めるしかないかな?

「そうだ、被害者の家で見つけたバッチを公安に問い合わせてみてくれ、何かの団体かもしれない」

 早速山田刑事が、両親に連絡をとった。

「権田警部補、今両親に連絡がつきまして、流石に驚いていましたが、直ぐに上京するそうです」

 権田警部補は、軽く頷いた。その時捜査本部に、警視庁本庁から、刑事一課強行班第三班平滝ひらたき警部が訪れた。平滝警部は、ノンキャリアなのに、まだ三十三才で石神井しゃくじい警察署から引っこ抜かれた、切れ者警部である。何度も難事件を解決し、異例の抜擢ばってきをされた人物であり、みんなに一目置かれていた。権田警部補は、平滝警部を見ると、

「どうも、平滝警部ではありませんか、今回の事件のためにわざわざお出ましですか?」

 平滝警部は、頭を掻きながら、

「今、現場を見てきたのですが。何だか、気になる事件だと奥田おくだ管理官から指令を受けて、その奥田管理官に言われて派遣されて来ました。宜しくお願いします」と挨拶をした。

「権田警部補、今回の事件の概要を話してもらえますか」

 そこで権田警部補は、詳細を平滝警部に報告した。

「おかしな事件ですね!」と報告を聞いた平滝警部は、首をかしげながら腕を組んだ。


      二 被害者は?


 権田警部補は、

「おかしな事件とは、どう言うことなんでしょうか?」と平滝警部に聞いた。

「私も、実は奥田管理官に聞いたんですよ、何が変なのですかと、すると、奥田管理官は、『被害者の名前を聞いたとき、俺の知っている人物かも知れない。だとしたら変だ!』とおっしゃいました。


 今回の事件の様子を聞きますと、確かに何か変ですね、一つは凶器が拳銃で、心臓を一発で撃ち抜いています素人に出来ることでしょうか? プロの仕業でしょうね。銃の扱いに慣れたものの仕業に見えます。次に、捜査員に尋ねたところ、怨恨えんこん関係が出てこないと言うことですね。容疑者が見つからない。ピッキングのあとがないということで、当然被害者が殺人者を部屋に招き入れたものと考えられます。

 争った形跡はなかったのでしょう。それも長い時間部屋にいたとは思えない。部屋の中を物色した形跡もなかったのですよね。パソコンと携帯電話が失くなっていると言うことですが。それなのに変なバッチをわざとおいている。私も今までに殺人現場は何回も見てきていますが、この現場は私に何か違和感を覚えさせるのです。


 それらの点について、十分な動機を探しましょう。更に本人以外の指紋のついてないバッチのことです、指紋が付いていないと言うことは、故意に犯人が、置いていったと言うことになります。公安からは、返事がありましたか? 多分公安も見たことがないバッチと言うでしょうね。何事にも秘密主義なのだから。しかし、何故犯人は、どういう意図で置いていったのでしょう?」

 権田警部補は、頷きながら、

「成る程ですね、おい、井上刑事、バッチのことはどうなったんだ」

「はい、公安によりますと、見たことのないものだと、言うことです」

「やっぱりね。今のところ、容疑者も浮かんでいないとのことですね」と平滝警部が聞いた。

「その通りなんですよ、面目ない」と権田警部補が、平滝警部に頭を下げた。

『容疑者のいない殺人か! いや、見えない殺人か!』平滝警部は独り言を呟いた。


 翌日十月三十一日木曜日、春日俊郎かすがとしろうさんの両親が、麻布警察署を訪ねてきた。権田警部補は、両親を死体安置所まで案内し、死体の確認をしてもらった。警部補が顔にかかった白布をめくると、両親は、死体にすがり付き慟哭どうこくを始めた。

「はい、間違いありません俊郎ですが、どうしてこんなことに・・・」と両親は泣き叫んだ。そこで、権田警部補は、話を聞かせてもらうために、捜査本部に連れていった。 この春日俊郎さんの父親との話し合いが、益々疑惑の事件になろうとは、平滝警部も思っていなかった。権田警部補も当然、当惑を隠せなかった。権田警部補と平滝警部は、春日さんの両親と向かい合い椅子に座ると、権田警部補が聞いた。

「息子さんの俊郎さんは、現在の会社に就職する前には、何をされていたんでしょう」すると、父親は変な顔をして言った。

「俊郎が、会社勤め? そんなわけ有りませんよ、俊郎は福岡県警本部の刑事なのですよ」

 権田警部補も平滝警部も驚いて、顔を見合わせた。

「福岡県警本部の刑事?」二人声を会わせて、驚いた。

「俊郎は、警察庁本庁からの指令で、上京すると言うことで、東京に行ったんですよ! どうなっているんでしょう? いつまで経っても帰ってこないので、不思議に思っていたんですよ。刑事さんから聞いては貰えないでしょうか? まったく連絡も着かなくて・・・・」


 父親は訳が解らない顔で、尋ねた。平滝警部は、権田警部補に耳打ちした、

「どう言うことなんでしょうね、警察庁本庁からの指示? まぁ疑うわけではありませんが、福岡県警に確認してください」権田警部補は、自分で電話をした。

「平滝警部、間違いありません。春日俊郎さんは県警本部の刑事、刑事課二課の巡査部長でした。ただ、現在は退職していると言うことです」

 退職? 平滝警部は、納得がいかなかった、権田警部補も当然分からなくなっていた。『春日俊郎さんは福岡県警本部の刑事だった、そして警察庁の本庁からの指令で、東京に来た。そして退職したあと、会社勤めをしていた。ふ~む! これは、とんでもない事件かも知れない! それで、奥田警視は俺を送り込んだんだな、奥田警視はどこまで知っているのだろう?』平滝警部は、考え込んだ。「権田警部補、これは、とんでもない事件かも知れない。『ゼロ』がかんでいるのかな」

 警視庁本庁にかえって、奥田警視に訳を聞いてみるか。と考えた平滝警部は、

「権田警部補、ちょっと私は、本庁に帰って、奥田警視に聞いてきます。」

「お願いします、こうなると只の殺人事件では有りませんね、殺されたのが元刑事となると一筋縄ではいかないでしょう!」と、権田警部補が平滝警部に頼んだ。平滝警部は、

「権田警部補のことですから、解っていると思いますが、マスコミには漏れないように、充分気を付けてください、極秘です」

「了解しました。全員に硬く申し付けておきます」と、権田警部補が言った。こうして麻布署に捜査本部がおかれることになった。


 平滝警部が出掛けて直ぐに、捜査本部に警察庁警備局員と名乗る男が、訪ねて来た。まだ二十六・七才位の若さであり、警察庁と言うだけあって、エリートの雰囲気を十分に漂わせたスマートさだった。

「私は、警備局員の廣田ひろたと申します。階級は警部です」

 と名乗った。権田警部補は、それを聞くと背筋をピーンと伸ばした。

「ひょっとして、春日俊郎さんの事件の件ですか?」と、聞いた。

「その通りです、察しが早いですね、春日俊郎は、一時的に警備局に配置転換された刑事です、コンピューターのハッカー対策の全国競技会で抜群の成績を納めて、警備局への配置転換となりました」と、その男は説明した。権田警部補は、

「え、福岡県警に問い合わせたところ、退職したとの事でしたが。で、どうしようと言うのですか? 何か春日俊郎さんは、特殊任務を行っていたのですか、今は、指揮官の本庁平滝警部が、本庁にいっていますので、私の勝手には出来ませんが」と言うと、 廣田刑事は、

「警視庁からは平滝警部が来ているのか、警視庁でも何かを感じたんだな、平滝警部ね、厄介だな!」警察庁警備局員の廣田は、事件の詳細を聴きに来たのだけれども、権田警部補は、平滝警部が、戻ってくるまで、お待ちくださいと答えた。仕方なく、廣田刑事は、

「それでは、捜査本部の方へ行ってみます。麻布署ですね」と言って出ていった。

 山田刑事は、権田警部補に、

「何だか、大変なことになりましたね、警察庁ですよ。警察庁!」と言った。

「う~む、それも警備局だってよ!」


 権田警部補は、背筋にうすら寒いのを感じた。


    三 特別な事情


 一方、本庁に戻った平滝警部は、奥田管理官に問いかけていた。

「奥田警視、警視は何を知っているのですか、教えてください」

 奥田管理官は、まだ二十七才のバリバリのキャリアだった。あまり捜査一課はキャリアが望まないところだが、奥田管理官は自ら望んで来たそうだ。剣道四段の腕前で、引き締まった身体をしている。

「いや、俺もよく知らないんだ。ただ、先程報告を受けたが、春日刑事は、俺が福岡県警に居たころの知り合いの刑事だったみたいだな。一歳年上だったが、彼とは良く気があった仲間だったんだよ。残念だ。それと先程、刑事部長に呼ばれて、『春日殺害事件は上層部から慎重に取り扱え』と指令が出ているんだ! 詳しいことは今は、話せないらしいんだ。どうやら警察庁の警備局が絡んでいるらしい」

「本社の警備局ですって! そうなると春日刑事は退職をさせられた経緯といい、潜入捜査を命ぜられたと考えられますね。やっぱり『ゼロ』(警察庁警備局にある企画課を指す。特殊な場合、潜入捜査を実行させる。本当は警察では潜入捜査は許されていなくて、唯一厚生省の麻薬取締官いわゆるマトリだけがそれを許されている)がからんでいるのでしょうか? となりますと相手は何等かの組織が相手となる可能性があります」

「そうなんだ、警備局と関係のある殺人事件とすると、厄介だ! 警備局は情報を提供しないだろうから、どんな組織を内偵していたのかも教えないだろう。お手上げだな!」

「奥田警視、警視庁は警視庁で、捜査を進めないと、現場の刑事たちが納得しませんよ捜査は進めて良いですね! しかも、殺害現場から謎のバッチが出てきています。このバッチはある組織が犯行声明文を出す組織の目印とよく似ています、そう言う組織と言いますと・・・」

 奥田警視は、渋い顔をしながら。

「今のところ、警察庁からも何も要請が来ていないみたいだから、それは構わんと思うけど、近いうちに上層部に何か接触が有るだろう、その時は上層部の命令に従わなくてはならないだろう、平滝警部解ってくれ」

「その時に、判断します」と言って、麻布警察署に戻って行った。

「う~む、平滝警部を派遣したのは、失敗したかな、あれで結構頑固だからな」

 ふと、奥田警視は呟いた。平滝警部が麻布警察署の捜査本部に着くと、権田警部補から警備局から刑事が来たことを話した。

「誰だった?」と平滝警部が聞いた。

「廣田と、名乗っていました」

 平滝警部は、それを聞くと、直ぐに本庁の奥田警視に電話をいれた。

「奥田警視ですか、平滝です、私がそちらにいっている間に、警察庁警備局から捜査本部に刑事が来たらしいです。廣田と、名乗ったらしいですが、奥田警視はご存じですか?」

「何! 廣田だと、警備局、国際テロリズム対策課だ。廣田係長だとすると、彼の課は平滝警部が怖れた組織の担当だよ、危険だ! 麻布警察署の連中には、捜査に充分気を配るように、言っておくんだ! 私も直ぐに捜査本部に合流する。」と言って、電話を切った。それを聞いた、平滝警部は、ほぞを噛みながら悩んだ『何が警察庁だ! 何が警備局だ! 官僚どもの伏魔殿だ!』それを見ていた権田警部補は、

「平滝警部、何か有りましたか?」

「とにかく、権田警部補、春日さんの前歴については全員に箝口令を徹底してください。マスコミに気づかれたら、とんでもないことになりそうですよ!」

 そう権田警部補に釘を指したところに、今噂をしていた廣田警部が捜査本部に入って来た。

「責任者はいらっしゃいますか?」と尋ねてきたので、平滝警部が

「今は私が、警視庁捜査一課から来ております平滝と申します」

「貴方が平滝警部ですか。噂は聞いております。私がここに来た目的は、事件の概要を詳しく教えてもらえませんか?」

「解りました」

平滝警部が答え、広い机の有る場所まで権田警部補と一緒に場所を移した。そこで今回の殺人事件の内容を詳しく説明をした。廣田警部は些細な質問を繰り返していたが、一通りメモをして納得したようで、

「これで全てですね。漏れはないですか? すみません、私も上司に詳しく報告をしなければなりませんので」

「もちろん全てです。それよりも何故警察庁がこの一殺人事件に以上にかこだわるのですか? 事件の報告はいずれ警察庁に上げるのですが」

「今は私の口からはなにも話せませんが近いうちに上層部から詳しい話があるはずです」

そう言うと。廣田警部はそそくさと捜査本部をあとにして行った。

「一体何なんでしょうね?」と権田警部補は頭をガリガリと掻きながら言った。


ーーいよいよこの事件は大事件に発展するようになるな。―ー


 平滝警部は全身に気力が漲るのを感じた。



    四  政府介入



 春日殺人事件が起こる二年程前のこと。

 七月五日金曜日午後十一時。総理大臣官邸の会議室で、緊急会議が行われていた。会議室の長テーブルの片方に渋い顔をして、座っている出席者は、


 澤田善之総理大臣、六十三歳


 南野豊官房長官、六十二歳


 柴崎義郎外務大臣、五十九歳


 柳沢聡子防衛大臣、五十五歳


 高城誠東京都知事、六十一歳


 それに対峙するように


 高崎晃一警察庁長官、五十八歳


 花澤俊之警視総監、五十八歳


 柏崎健警備局長、五十五歳


 鬼貫隆統合幕僚長、五十七歳


 以上の九人が鳩首会談をしていた。

 会議は、官房長官の発言から始まった。

「忙しいなか、急遽皆さんをお呼びしたのは、本日午後十時に、総理大臣宛にアメリカの国防総省(ペンタゴン)からマル秘の電信がもたらされたので、集まっていただきました。その内容が恐ろしいもので、『近いうちに、アフガニスタンのパキスタンとの国境に近い所に活動を活発化させている宗教的なテロリスト集団が、日本でテロを起こすと計画されているという。そのため三人ほどのテロリストが日本に密入国する』という、このような情報が入りました。ゆゆしきことです! 日本でテロ行為など絶対に塞がねばなりません。しかも秘密裏に、“ターゲットは東京”なのです。2020年には東京オリンピック、パラリンピックも行われます。こんなことが都民に知れたら東京は大パニックになります。絶対に秘密裏に防がねばなりません。そこでトップの皆さんに集まって頂いた訳です」


 そこで、総理大臣が発言した。


「今、幹事長が説明したことで、わかったと思うが、我が国は決してテロには屈しない。東京一千二百万人の都民の生活・財産の安全を守るために、いや、更に日本国民の安全のために君たちがいる。各部署協力しあって、万全を期してくれ。国家公安委員会の方は、国務大臣に話を通してあるから、そちらは心配しないでくれ。絶対にテロを起こさせてはいけない。これは総理としての命令であると心してくれ」

「・・・しかし、総理!」と、細面ながらキリットした顔をして、腕をくみ、天井を見上げて話を聞いていた警察庁長官が、ゆっくりと腕をほどき、テーブルの上に拳骨を置いた。そして、細い眼を更に細めながら口を開いた。

「現在でも密入国者は微増しております。しかも難民の受け入れを政府見解として、発表しましたよね。武器等の上陸は防げても、人間の入国までは完全には防ぎきれないでしょう」 

 と、統合幕僚長を横目で見ながら、

「更にですよ、奴等はテロリストたちで訓練も受けている工作員とも、考えられます。何かしらの装備をしていると思えます。つまり、その彼等を取り押さえるには、危険があります。この際には、街中での激しい銃弾戦等が考えられます。とても秘密裏に事を運ぶことなど不可能と考えます。『テロ準備罪』などのような法律等があれば少しはやり易いかも知れませんが。特に私の耳にはすでに、そういった宗教に崇拝し、テロ活動を手助けをすることが考えられる『卑弥呼教』と呼ばれる新興宗教団体がいるらしい事が公安より報告されています」

「そんなことは、勿論承知しているよ」と、総理大臣は、顎を右手の平で撫でながら言った。

「大事なことは、絶対にテロを起こさせてはいけないと言うことだ。テロ集団を一網打尽にすることが大事なことなのだ。その際市街戦が起こるだろう。勿論そのときはSWATを活用するんだろう。そのために彼らは毎日訓練を積んでいるのじゃないのかね。その際一般人に危険が生じる事態になれば、勿論射殺も構わない。テロ行為だけは、絶対に起こさせてはいけない。これが私の指令と受け取ってほしい」

「総理の意向は承知しました。我々も出来る限りの手段を講じたいと思います」

「では、我々はここで失礼するが、君たちは今後の善後策を協議してくれたまえ」


 そう言うと、政府組は腰をあげて退室をした。


「とんでもないことを、投げつけられちゃったな」とても渋いお茶を飲んだような顔をして警視総監が、警察庁長官を見ていった。

「仕方ないだろう。我々の組織をあげて対応するしか手はないだろうからな。警備局長! 君が主役だ。」

「そうですね、公安を最大限に活用しなくてはいけませんな」警備局長が、緊張した態度で答えた。

「ただ、今の人数では手が足らないと思いますので、公安官の増員をしなくてはならないと思います。出来れば全国の道府県警に一人づつでも優秀な刑事を推薦してもらって、関東圏の警察公安部に増員を考えてくれれば、と思います」

「そうだな。公安局特殊係として選任してもらえればいいな。東京都は警視庁と新宿署を重点的に、なにせ新宿は今や外人のるつぼであり、色々な国のマフィアや怪しげな宗教団体がはびこっているらしいからな。充分な警戒が必要だろう」なあ、警視総監。と警察庁長官が、同意を求めた。

「そうだな。まあ、東京都だけではなく、神奈川県、千葉県、埼玉県にも、警備課の充実が必要だろう」

「それについては、警察庁の各局長で話し合いをして最善を尽くすよう指示をしておこう」

 とんでもないことになったな。と全員が顔を見合わせた。

「自衛隊も、最善を尽くすよう、各幕僚長に指示を出しておこう。それから、長官も言っていた『準備罪』のことは、もう既に総理の頭のなかにはあるそうだよ。一寸耳にしたのだがね、法案を指示しているらしいぜ」鼻髭を手でもて余すようにして、統合幕僚長が言った。


「さあ、これからは戦争だ❗」誰からともなく呟きが漏れた。全員は軽く頷いた。


    五  警備体制の強化


 西奥多摩署刑事課捜査一課の第三係長である山本利昭警部補は、いかにも叩き上げの刑事を匂わすようなヨレヨレのスーツ姿をしており、無精髭を伸ばした細面の顔を暇そうに撫でていた。頭髪も起きたばかりのようにボサボサである。あぁ~暇だな! と思っていたその時、デスクの電話が気が狂ったように鳴り響いた。

 苦虫を噛み潰したような顔で受話器を取った。

「ハイ、宮本です」半ばあくびを噛み殺しながら答えた。最近西奥多摩署管内は平和で重大事件も暫く起こっていなかったせいもあるのだろう。

「おう、宮本君か? 草加部だ! ちょっと来てくれ」

 え~、一課長かよ、何だよな。とこぼしながら、一課部屋の隅に陣取った課長の机の方を見た。ややこしいことでも命令されなきゃいいけどなーー

 等とぼやきながら、課長のもとに足を運んだ。

「課長! 何事でしょうか?」とめんどくさそうな口調で尋ねた。

「署長がお呼びだ! さっさと行ってこい」課長は、面倒臭そうに一階の署長室を指差した。

「はぁ、署長が? 何だろうな。俺何かへまをやらかしたか?」首が360度回転しそうに傾げながら、踵を返した。ゆっくりと階段を降りながら山本係長は考えた。


 ーーひょっとして非番の日に俺が一人で彼奴の後を追っかけていたのがばれたかな~ーー


 等と思案しながら、一階に降り奥にある署長室のドアを宮本です。と言いながらノックした。

「おう、宮本くん入りたまえ」署長のだみ声が聞こえた。宮本はドアを開け、かるくおじぎをしながら、部屋に入った。そこには、出世とは縁が無くなってしまった署長が椅子に背をもたらせながらふんぞり返っていた。キャリアも大失敗をやっちまうと、こうなるんだろうな。と思わせるほど、老けて見えた。まだ俺より若いはずだぜ。キャリアもあわれに見えた。

 ところで俺に何の用が有るんだろ。その署長を見ながら、宮本は漠然と考えた。

「宮本君。来週から、新宿署の公安課に異動するように辞令が出ている。分かったね」

「えっ! 私が新宿署に? 何かの間違いでは?」

「間違いないよ。君にだ。まあ、頑張ってくれたまえ」署長は口角をあげながら、意地の悪い笑いを見せた。

「勘弁してくださいよ! 私はもう退職まで後五年ですよ。何で今さら新宿署なんてくそ忙しい署に行かなくちゃならないんですか」

「そんなことは、本庁の警務課に言ってくれよ。辞令が出た以上逆らえないのが組織というものだろ。君もベテランなのだから。来週の月曜日には公安課に、挨拶に行くように。しかと、命じたよ」


 宮本は、唖然としてその場に膝まづいた。何で俺が? 後少しで定年になるのに。静かなところで、楽をさせてくれよ。宮本は全身の力が抜けた。そこで署長が宮本に声をかけた。

「そう言えば、山本君。君は確か公安畑が長かったんじゃないかね」

「はぁ、各所轄で長いことやってました」

「それが、理由の一つかもな」急に署長は意地悪そうな顔をして、

「宮本君。君は非番の日に一人で何か捜査をしているそうじゃないか。どうせ親父さんの件だろ、私が知らないとでも思ったのかね。どうだ、いくらかは彼奴の足取りが掴めたか?」

 はぁ、山本は知っていたんですかと、頭をごしごし掻きながら思った。

「たぶん今度の緊急の異動については、その辺が絡んでいるのじゃないかな? どうやら各署から公安の体験があったものを集めている様子だ。他の署長からも噂話が入ってきたよ。良かったじゃないか。これからはおおっぴらに活動できるぞ」

「署長はそれを知ってて、黙っていてくれたのですか?」

「今さら、非番の日にやってる単独行動を咎めるような真似はしないよ。何しろ私はレールから脱線してしまった身分だからな」署長は大きな口を開けて笑った。大きな腹まで揺れている。

「署長・・・・・有り難うございました」宮本は、深々と一例をすると、部屋を出ていった。そうか! 新宿署か。もう一仕事あるのかな? 階段を一段づつゆっくり上がりながら考えた。


ーーあいつは必ず俺があげてやる。親父のためにもーー


 心の奥底に、沈みかかっていた鬼火が再び燃え上がろうとしていた。


    六  神隠しの子


 調布のスーパー『TARO』から智之を拐って行った夫婦は、隣の狛江市に住むサラリーマン夫婦だった。

 子供がほしいのになかなか出来ない夫婦で、つい、偶然鍵のかかっていない車をスーパーで見掛け、すやすやと眠っていた柏崎智之を連れてきたのである。しかし、二人の子として育てようとするものの、戸籍が登録できないから、住民票もない子供となってしまう。

 そこで二人は考えた、戸籍法等を勉強して、先ずは遠い場所、ご主人の実家がある鹿児島県指宿市に、二人は帰省したという形で、指宿市まで飛行機で飛んで一つ芝居をうった。


 実家の近くにある派出所に、


「あのー、すみません」と、男が赤ん坊をだっこしながら派出所を訪れた。

「私達は東京の者ですが、私の実家が指宿市にありまして、親族の法要があるもので、帰ってきたのですが、妻と二人で、懐かしくて近所を散歩していたら、近くにある神社で、泣いている赤ちゃんを見つけまして。ここに届けに来たのですが・・・」

「あっ、そうですか、それはご苦労様でした」と言って、派出所の警察官は、赤ん坊を受け取った。

「それでは、あなた方のお名前と連絡先を教えてください」

「はあ、私の家は東京にあるので、実家の住所と連絡先を教えておきます。すぐ近くですから。何かあればそちらに連絡をしてくれれば、結構ですが。」と言って、男は連絡先及び自分達の名前を書き込んだ。

「その赤ちゃんは、どうなるのでしょうか?」「そうですね、管轄の警察署の生活安全課に連絡をいれますので、県の児童相談所と相談をいたしまして、県の養護施設で一時預かりになると思います」

「なるほど、しかし、もし産みの親がわからなかった場合は、どうなるのでしょうか?」

「そりゃ、その時はこの子は養護施設で生活することになるだろうね」

「えっ、それでは可哀想ですね。もし、出きることならば、私たち夫婦には子供がいませんので、子供の本当の親が名乗りでなかったときは、家の養子に迎えたいと思うのですが」

「あぁ、そうですか。それは願ったり叶ったりですね。やっぱり子供は、たとえ義理だとしても両親と共に育って行くのが一番でしょうね」

「では、その旨、申し上げまして、その際にはよろしくお願い致します」

「はい、その旨も含めまして、所轄署に報告しておきます」と、警察官は軽く敬礼をした。

「それでは、私達も失礼いたします」夫婦は軽くお辞儀をして、帰っていった。

 と、このようにしてあたかも偶然に神社の境内で拾った様に擬装して届け出た。


 それから暫く、警察署でも赤ちゃん(遺児)の親探しを、市の広報や警察の広報などで探したが、見つけることはできなかった。警察と児童相談所との話し合いも行われた。遺児の場合、親が見つからない時は、民法で法律があり、その捨てられていた市町村の長が名前を付けることになっていた。指宿市の市長に「太郎」という名前をつけてもらって、市長の権限でその子の戸籍を作ることができる。そうして戸籍まで出来た段階で、裁判所の審議を受け、警察や児童相談所とは、拾って届けてくれた夫婦との願いもあったわけで。その夫婦に、実家を通して、話し合いがしたい旨の連絡が来た。夫婦は、喜び勇んで鹿児島まで話し合いのため、飛んでいった。そして児童相談所との話し合いや、審査を受け、自分達の養子として迎えることができるようになったのである。しかも特別養子縁組として戸籍に迎えられた。つまり戸籍上も戸主の養子としてではなく、「子」として、記載されるのである。但し、その子の説明欄には、民法817条の2によることが記載される。このような経過を経て、やっと自分達の子として、戸籍に迎えることが出来た。 ここに柏崎智之から、新しい戸籍を持つ子供が誕生し、東京は狛江市にこの夫婦と 新しい人生を過ごすことになったのである。サラリーマン父境田豊さかいだゆたか、母境田寿子ひさこの子、「境田太郎さかいだたろう」の誕生である。


 一方、柏崎健刑事は、その後、 警部として世田谷署の係長になっていた。また、子供のことをわざと忘れるために数々の事件に活躍をみせ、警察庁勤務になった。正にキャリア官僚の出世頭であった。また、長女の友恵は三十三歳になり、東西銀行に勤めていた。そして現在は、商社に勤めるエリートサラリーマンと結婚をして、相良友恵となっていた。さらに柏崎家では、実は、智之が居なくなってから、二年後に二女の輝子しょうこ二十八歳が産まれていた。現在は独身で、自由奔放な性格で、「自分探しをする}と言って世界一周の奔放な旅を続けていた。そして、柏崎健は、次女の曜子の事を心配していたが、一体現在何処にいるのかもまったく連絡がなく両親とも呆れていた。しかし、柏崎健はどんどんとその才覚を生かし、現在は、警察庁の幹部(警視監)にまで出世していた。


 ス-パ-『TARO』から智之を拐って行った夫婦は、隣の狛江市に住むサラリ-マン夫婦だった。


 子供がほしいのになかなか出来ない夫婦で、つい、偶然鍵のかかっていない車をス-パ-で見掛け、すやすやと眠っていた柏崎智之を連れてきたのである。しかし、二人の子として育てようとするものの、戸籍が登録できないから、住民票もない子供となってしまう。

 そこで二人は考えた、戸籍法等を勉強して、先ずは遠い場所、ご主人の実家がある鹿児島県指宿市に、二人は帰省したという形で、指宿市まで飛行機で飛んで一つ芝居をうった。

 実家の近くにある派出所に、

「あのー、すみません」と、男が赤ん坊をだっこしながら派出所を訪れた。

「私達は東京の者ですが、私の実家が指宿市にありまして、親族の法要があるもので、帰ってきたのですが、妻と二人で、懐かしくて近所を散歩していたら、近くにある神社で、泣いている赤ちゃんを見つけまして。ここに届けに来たのですが・・・」

「あっ、そうですか、それはご苦労様でした」と言って、派出所の警察官は、赤ん坊を受け取った。

「それでは、あなた方のお名前と連絡先を教えてください」

「はあ、私の家は東京にあるので、実家の住所と連絡先を教えておきます。すぐ近くですから。何かあればそちらに連絡をしてくれれば、結構ですが。」と言って、男は連絡先及び自分達の名前を書き込んだ。

「その赤ちゃんは、どうなるのでしょうか?」「そうですね、管轄の警察署の生活安全課に連絡をいれますので、県の児童相談所と相談をいたしまして、県の養護施設で一時預かりになると思います」

「なるほど、しかし、もし産みの親がわからなかった場合は、どうなるのでしょうか?」

「そりゃ、その時はこの子は養護施設で生活することになるだろうね」

「えっ、それでは可哀想ですね。もし、出きることならば、私たち夫婦には子供がいませんので、子供の本当の親が名乗りでなかったときは、家の養子に迎えたいと思うのですが」

「あぁ、そうですか。それは願ったり叶ったりですね。やっぱり子供は、たとえ義理だとしても両親と共に育って行くのが一番でしょうね」

「では、その旨、申し上げまして、その際にはよろしくお願い致します」

「はい、その旨も含めまして、所轄署に報告しておきます」と、警察官は軽く敬礼をした。

「それでは、私達も失礼いたします」夫婦は軽くお辞儀をして、帰っていった。

 と、このようにしてあたかも偶然に神社の境内で拾った様に擬装して届け出た。


 それから暫く、警察署でも赤ちゃん(遺児)の親探しを、市の広報や警察の広報などで探したが、見つけることはできなかった。警察と児童相談所との話し合いも行われた。遺児の場合、親が見つからない時は、民法で法律があり、その捨てられていた市町村の長が名前を付けることになっていた。指宿市の市長に「太郎」という名前をつけてもらって、市長の権限でその子の戸籍を作ることができる。そうして戸籍まで出来た段階で、裁判所の審議を受け、警察や児童相談所とは、拾って届けてくれた夫婦との願いもあったわけで。その夫婦に、実家を通して、話し合いがしたい旨の連絡が来た。夫婦は、喜び勇んで鹿児島まで話し合いのため、飛んでいった。そして児童相談所との話し合いや、審査を受け、自分達の養子として迎えることができるようになったのである。しかも特別養子縁組として戸籍に迎えられた。つまり戸籍上も戸主の養子としてではなく、「子」として、記載されるのである。但し、その子の説明欄には、民法817条の2によることが記載される。このような経過を経て、やっと自分達の子として、戸籍に迎えることが出来た。 ここに柏崎智之から、新しい戸籍を持つ子供が誕生し、東京は狛江市にこの夫婦と 新しい人生を過ごすことになったのである。サラリーマン父境田豊、母境田寿子の子、「境田太郎」の誕生である。

 一方、柏崎健刑事は、その後、 警部として世田谷署の係長になっていた。また、子供のことをわざと忘れるために数々の事件に活躍をみせ、警察庁勤務になった。正にキャリア官僚の出世頭であった。また、長女の友恵は三十三歳になり、東西銀行に勤めていた。そして現在は、商社に勤めるエリートサラリーマンと結婚をして、相良友恵となっていた。さらに柏崎家では、実は、智之が居なくなってから、二年後に二女の耀子二十八歳が産まれていた。現在は独身で、自由奔放な性格で、「自分探しをする}と言って世界一周の奔放な旅を続けていた。そして、柏崎健は、次女の曜子の事を心配していたが、一体現在何処にいるのかもまったく連絡がなく両親とも呆れていた。しかし、柏崎健はどんどんとその才覚を生かし、現在は、警察庁の幹部(警視監)にまで出世していた。


    七  公安の思惑 

 

 十月三十日水曜日午後八時、麻布警察署に設けられた『粕田マンション会社員射殺事件』の捜査本部で、第一回の捜査本部会議が行われようとしていた。大体の捜査員が部屋に集まってきた。

 その時、何とも形容がしがたいざわめきが後方の入り口からわきはじめた。ななんと! 警視庁副総監がのそりのそりと、入場してきたのだ。後ろには警視庁刑事部長もついている。


 ――一体どうしたんだ、捜査本部に来る必要もないのに――


 平滝警部と奥田管理官はぼーぜんと夢でも見ているような顔をした。

 何だ一体どうしたんだ・・・

 二人とも敬礼も忘れるところだった。そして、副総監と刑事部長が前列ひな壇の中央にどかりと座ると、刑事部長がスックと立ち上がり、全員を睥睨した。

「今から指示をすることは、警視庁総監の指示であると思ってもらいたい。私はその指示を君たちに伝えるためにここに来た」ここで皆を眺め回すと続けた。


「二年程前に首相官邸に警察庁、防衛庁の主だった幹部が集められ首相、幹事長から大変な指示を受けた」そしてその場での会議の趣旨を警視総監から伝えられた事実を得々と語った。途中会場からは悲鳴のようなどよめきが起きたが、その都度「静粛に❗」と刑事部長の怒声が飛んだ。

「と言うことで、今回の殺人事件は本部を警視庁本庁におく。そして中心は公安のマターとなるだろう。全庁上げての重大問題となった。しかし事件は通常通り何処でも起こっているわけぬで、ここの麻布署の刑事課の刑事はこの事件から外れ通常の仕事を続けてほしい。後は本庁で取り扱う。以上!」刑事部長は永らく話したのがこたえたのか「ふうっ」と一息付いてから座った。そこで警視庁副総監が座ったままで「これは国家の一大事である。当然外部にもたらすことは絶対に許せない。ここに箝口令を言い渡す!」とつけ加えた。再び刑事部長が立ち上がり。

「以上の事で解ったように、こんなことがマスコミにでも漏れたら、東京はパニックになってしまう。それを避けるためにも今日聞いたことは絶対に外部に漏らしてはいけない。解ったな!」

 捜査本部にいた捜査員は全員各地を揃えて『ハイ!』と声を揃えて返事をした。

「それでは麻布署の職員は、平常勤務に励んでくれ。警視庁本部の平滝班及び奥田管理官は全員本庁に本部を置くのでよろしく」

 平滝警部と奥田管理官は顔を見合わせて、首を捻った。そう言葉を残すと、副総監、刑事部長は部屋から出ていった。後麻布署の刑事たちも部屋を出ていって、本部を示す捜査本部の戒名もはずしてしまい。不満げにゾロゾロと出ていった。結局、残されたのは平滝班と奥田管理官だけが残った。平滝警部は髪の毛を引っ張ったり捻ったりして、ため息をついた。その時後ろからそっと肩に手がそっと置かれるのを感じた。奥田管理官だった。

「さぁ、本庁に引き上げようか。いつまでここにいても麻布署の迷惑になるよ」

警部は頭を上げ

「了解しました。それでは奥田管理官は皆をつれて先に本庁に帰っていてください。私はもう一回現場を見て帰ります。ゲタさん(平滝班の主任で、本名は篠立隆しのたてたかし警部補で顔が四角でスポーツ刈りの四十歳位のがっしりとした体格の警部補で平滝警部が信頼を置いている刑事である)俺と一緒に来てくれ」

「了解しました」ゲタさんは当然といった顔をして言った。全員が捜査本部を出ていった。あとはガランとした部屋が残った。


 平滝警部はゲタさんをつれて、みんなと別れ殺害現場へと向かった。

「奥田管理官、あとはみんなをよろしくお願いします」奥田管理官は大きく頷いて、残りの皆を連れて本庁に向かった。現場に着いた二人は現場の部屋に入り、念入りに再度何か手がかりがないかと細部にわたり見直した。タンス等をゴソゴソと探っていたゲタさんが警部に聞いた。

「どうですか警部? 何かありそうですか?」

「被害者は警察庁の命令で侵入捜査をやってたのだろ・・・しかも福岡県警からパソコンの腕を買われて、そんな彼が何か情報を掴んだから消されたんだ。何かしらそれらを隠し持っていてもおかしくないはずだ」

「でも、彼は何かを焼却していましたよ」

「そうか、確かその燃え残りを鑑識官が持って帰った筈だな。何かでなかったか科捜研に聞いてみてくれ」

「解りました。」ゲタさんは電話をかけていたが突然大きな声を出した。

「何だって‼️ 警察庁の警部が来て、これは警科研で調べると言って持って帰っただと‼️ 警部、あきません」

「そうか、仕方あるまい」と言いながら部屋の中を眺め回した。パソコンも持っていかれている。こんなに手がかりのない事件は初めてだ。


――いや! きっと何か重要な情報を掴んだに間違いない、しかし何故彼はその情報を焼いてしまったのだろう?――


「ゲタさん! この事件何かおかしくないか?」

「そう言われれば・・・」ゲタさんは頭をガリガリ掻き立てた。

「明日は、被害者の勤めていた会社に行ってみようか」

「そうしましょうか」

「とにかく、本庁に帰ろう」平滝警部は怒ったように言った。


    八  疑 惑


 事件現場から本庁に引き上げるゲタさんが運転する車の助手席で、平滝警部はみ右手で髪の毛を持ち上げては、くるくると指に巻いてを繰り返し、何かをじっと考えていた。小声で

 ーーそんなことがあるだろうか?ーー

 等と呟いていた。


本庁につくと、まだ首を捻っていた。二人が刑事課の部屋に戻ると、部下の土田刑事巡査が一人で座っていたが、まだ若くて刑事になったばかりの元気ものである。二人を見ると、

「あっ! 警部お帰りなさい。新しい本部ができてますので、案内します」

と言って、椅子から飛び上がった。何のことはない同じ刑事課のフロアーの端にある小会議室であった。三人でその会議室に入ると、班のみんなと奥田管理官がムスッとした顔で座っていた。私を見ると奥田管理官が平滝警部に駆け寄ってきた。

「ひ・平滝警部! 大変だ。私の携帯に電話があって、明日朝一番で警察庁の次長が君を呼んでる次長だよ、警察庁No.2の鮎川あゆかわ次長。現場に行ってみて何か解ったことはあったかい?」

「えっ! 鮎川次長ですか?」

「そうだよ、その鮎川次長だよ」

 平滝警部はまた右手で頭の毛を伸ばしたりくるくる巻き付けたりを繰り返し始めた。

「そんな・・・私なんかに何のようでしょうか? 鮎川次長さんなんて見たこともありませんし、話したこともありませんよ。 まさに雲の上のひとですよ!」

 奥田管理官は、

「そうだな~ 俺だってまともに話したこともないよ。確実なのは今回の殺人事件についてだろうな」

「そう言えば、殺人に使われた拳銃に前はありませんでしたか?」

「なかったそうだ。ロシア製の中国経由でさらに改良されたトカレフだろうということだ。それにしても狭い部屋だな。二十人も座ればいっぱいだな」

「中国マフイアも関係してるのでしょうか」

「それは多分(龍頭竜頭りゅうず)が関係しているかも知れないが、密入国に関するくらいだろう」

「それでは、明日私は鮎川次長に会って何を話せばいいのでしょう」警部は頭を項垂れた。

「さて、今日はもう遅い明日からみんなで力を会わせて頑張ろう。みんな解散だ」

 警部を始め三班のみんなはゾロゾロと部屋を出て帰っていった。



     # # # # # #



 信仰宗教『卑弥呼教ひみこきょう』は、思ったほど信仰信者が集まらず、少なからず焦っていた。何とか関東エリアで三千人ほど集めたが、寄付金が集まらない。『邪馬台国のように卑弥呼が万能の神として国民を平定し、国民の平等を見守るといった国が理想郷だと考える』そんな理想を持って、卑弥呼の力により“現在の政府を革命で変える”と言った信仰心に無理があったようである。しかし、ここに面白い相談を受けた。テロリストの受け入れである。喜んでその話にのった。と言うのもこの教団の幹部はほとんどがかつて日本を騒がせた中核派のメンバーの子供や孫が彼らの思想に感化させられてなっているのである。また、みんな数度中東に密入国を繰り返し、一緒に思想を学び戦闘の訓練などに参観し七人にとってはとても過激な思想だった。そんなことで現地語にも困らない理由があった。日本では当時の中核派議長はもう八十歳を越えているのだが、この新しい信仰宗教の立ち上げは遡ること十年前、教祖がまだ二十歳で東大の法学部に在籍しているときだった。七人の中核派のメンバーたちに取り込まれ、思想を叩き込まれ教祖に祭り上げられたのが始まりだった。「日本を変えよう」という言葉に同調してしまったのだ。それから幹部の一人である坂巻さかまき統括部長がアフガンに渡っている時見かけた女性を一緒に日本に密航で帰ってきたとき、その女性がイスラム教に関心を持っていて、統括部長は教祖の上に万能の神として、その女性を万能の神アラーの神に模して卑弥呼として位置付けたのだ。まだ若く美しくてなかなか見映えがいいのも加味して決定したのだ。しかし、それが悲劇の始まりだった。


    九  鮎川次長


 その日は朝から雨が降っていた。ちょっと鬱陶しいなと思いながら、朝一番で警察庁を訪ねた平滝警部は次長の部屋に通され、応接のクッションにじっと座っていた。

 “一体俺なんかに何の用事があるのだろう”

 平滝警部が考えていると、じきに次長が部下を携えてたずさえてえて部屋に入ってきた。実にスマートないでたちで、細面の顔をしていて、身長の高いがっしりとした体格をしていた。平滝警部は直ぐに直立不動に立ち上がると、深々と敬礼をした。鮎川次長は平滝警部をジロッと眺めると、

「まぁ、そんなに固くならないで、坐りたまえ!」そして一緒には行ってきた部下に、

「あぁ悪い君は出ていってくれるか。二人で話し合いたいことがあるんだ」

 そう言われた部下は部屋から出ていった。そして次長は平滝警部の正面に座った。

「はじめまして、私が鮎川です。今回はわざわざ呼び出したりして悪かったね。どうしても君の意見を聞いてみたくてね。実は君のことは警視庁の刑事部長からもよい評判を聞いているよ」と言いながら脚を組み替えると、

「ところでさっそく用件にはいることにしよう」窓を打つ雨の音がだんだん大きくなっていた。鮎川次長の声が大きいので気にならなかったが、

「君も想像していたと思うが、今回の麻布の殺害事件の件だよ。当然もう警視総監から政府の意向を聞いたことだと思うが、平滝班が麻布署に行ったらしいね。この殺人事件を見て君はどんな感じを受けたかね?」

「どんな感じと言われましても、一見単純な殺人事件と思われましたが、実際に現場に行ってみると何か違和感を感じまして、被害者の両親の話を聞いて“そう言うことか”と感じました。まさか警察庁が咬んでいるとは不思議に思ったのも少し理解ができました」またもや平滝警部は頭の毛を持ち上げ指でくるくると巻き上げては伸ばす癖を繰り返し始めた。

「わざわざ福岡県警の春日俊郎巡査部長を呼びつけて、何かを探らせようとするなんて、退職までさせて。私には理解できませんでしたよ! こんなことをしたのはあとから聞いた話では警備局長の指示しか考えられませんね。第一テロリストが密入国をしているなんて、本当のことなのですかね? そこにも疑問を感じますね、鮎川次長! 真実はどうなのですか?」

「うむ、耳のいたいところだな。実は私も同意見なのだ。そこに政府の思惑がなければいいが確信が持てない。今、政府(民自党)の最大の懸念は憲法の改正にあるからな。国民の一人でも多くの賛成を得たいのが実情だ」

「とんでもないことですよ。祭り事に巻き込まれるのは御免ですね」今度は警部の癖がまた始まった。

「しかしね、今回の殺人時間には政府の思惑などないと言える。俺も首相の側近の代議士に密かに聞いたから間違いない。それよりも君は現場で何か違和感を感じたといったね。どんな違和感なんだ?」鮎川次長は身を乗り出してきた。平滝警部は外の雨をぼーっと眺めながら、

「第一点は春日さんは、警備局長の指示により内定調査を行っていたのはたしかです。彼は優秀な刑事だったと聞いています。奥田警視に聞いたのですが、ですからきっと何か重要な情報を掴んだのに違いないと思います。しかし、報告も上げずに殺人事件のあった二日前にマンションの裏手にある焼却炉で何か資料を焼いて廃棄しています。つまり重要な情報を掴んだけれどもこれは誰にも公にできいと、自分の判断で焼却していることです。局長に報告もせずにですよ。ここに何かあると疑うのは当然でしょう。第二に政府の情報が確かであるならばこの二年間どうして何も起こらなかったのでしょう。何処かでテロがあったなんて聞いておりません二年ですよそんなことはないでしょう。第一、二年間も隠れおおせますか? 日本語も解らない彼らに」と、鮎川次長に詰め寄ると。

「いやぁ、私のところまで詳しい報告は入ってないのだが。どうやら新興宗教の『卑弥呼教』に匿って貰っているらしい。その教団を公安等で調べているらしい。どうやらこの教団は会員数が少なくて、金に苦労しているらしいが、中国マフィアと銃器の密輸に手を出し、それを反社会的集団に売り捌いているらしい。何しろ旧中核派の残党共が化教会の幹部になっていて、実質運営をしているらしいがはっきりとした証拠がなかなか掴めないそうだ。平滝警部すまないが私には解っている情報はこれだけなんだ」

 すると平滝警部は立ち上がり深々と敬礼をした。

「とんでもありません! 私たちでは捉えようもない情報を沢山頂き恐縮です。早速警視庁に置いた春日さん殺人本部に帰りまして、奥田警視以下微分の班全員に伝えたいと思います。申し訳ありませんが、ここで失礼させていただきます」と言うと、敬礼をして次長室を出ていった。

「噂通りの男だな。彼と優秀な奥田警視なら何とか事件を纏めてくれるかもしれないが--」

呟きながら、自分の机の椅子に座り激しく打ち付ける雨を眺めていた。それでも鮎川次長の胸の内には何かよくない予感を感じていた。


   十  警視庁の本部室にて


 警視庁内に臨時に作られた捜査本部。全く異例なことである。十八畳ほどの広さの会議室である。主任のゲタさん以下平滝班の十二名で白板や机を組んだり椅子を運んだり、電話を引きパソコンも設置し一応捜査本部らしさを作り上げた。しかし命令を出す班長が警視庁に呼び出されているので何をすればよいのかも解らず、みんな思い思いに椅子に座ってぼんやりしていた。

「主任、私たち何をすればいいんでしょうか?」若い土田刑事が言った。

「俺もわかんねえよ。こんなこと刑事になって初めてだ。とにかく警部の帰りを待つしかないな・・・」

 奥田警視は、次長が警部を呼んで何の話をするのだろうと、伊達メガネのような薄いレンズのはいった眼鏡を軽く片手で持ち上げながら窓の外を見ていた。外は激しく降っていた雨も今は小雨になり、西の空には雲の隙間から薄いカーテンを引いたようなこぼれ陽が見えていた。とてもその光景が綺麗だった。



 警察庁のビルと警視庁のビルは近くなので、直ぐに警察庁を出た平滝警部は警視庁に着いた。それでも十三時を過ぎていた。直ぐに警部は刑事課のフロアーに設置された捜査本部に急いだ。その部屋に飛び込むなり、

「みんな、待たせてすまん。今やっと次長との話し合いを終えたんだ」と、部屋の中を見回すと、みんなすまんすまん。何とか本部らしくなってるじゃないか。早速報告しよう。と考え「みんな集まってくれ。次長との話し合いでずいぶん新しい情報を貰ったから。みんなに詳細に話しておきたいんだ」と言うことで平滝班の十二名に、奥田警視を加えたみんなに、次長との会話、知り得た情報をゆっくりと白板を使いながら説明をした。

「今説明した状況なんだ。今回の殺人事件は、政府絡みとなりちょっと面倒なことになりそうだ。しかしある道筋はわずかに見えてきたようだ。まさか新興教団、旧中核派まで絡んでくると、公安だけでなく、組織対策も絡んでくる筈だ」そこで隣に座っている奥田警視に向かって

「奥田警視、警視の考えを聞かせてください」

問われた奥田警視は腕を組みしばし沈思黙考をした後、

「最近、公安課の人員が増えてきたと思ったらそんなことか。相手が公安なら掴んだ情報はなかなか教えては貰えないだろうな。ただ、平滝警部が考えたように二年間もどこにもテロなんて事件は耳にしたことがないことは、政府の情報に疑いを持たざるを得ないな。それと例の燃えかすの件だ。それも警部の言うとおりおかしな事だ。そうだ俺が警科研にその件を問い合わせたら、文字等はなにも解らなかったそうだ。ただ解ったのは紙質だけだそうだ。どうも十二、三枚の普通のコピー用紙と五枚程の写真を焼却したらしいと言うことしか解らなかったらしい。」

「そうですか。やっぱり情報がほしいな。管理官、何とかなりませんか? 燃やしたものの正体が解れば殆ど事件が見えてくるのにな」

「勿論そうだ、そうだ警部、君が春日さんの立場だったらどうする?」

「そうですね、せっかく掴んだ重要な情報ならきっとどこかに資料のコピーを隠しておきますね」もう時間が遅くなったから、どうするかな~と例の癖をしながら、主任にいった

「明日こそ春日さんの勤めていた会社を訪ねてみようよ。後のみんなは例の新興宗教の『卑弥呼教』について、出来る限りの正体を暴いてくれ」

 "なんだか雲を掴むような話だな~"

誰からともなく、ため息が漏れた。そして警視はスックと椅子から立ち上がると

「それでは私は人海戦術で情報を集めてみよう。結構あちこちの所轄を回っているからね、公安や組対に知り合いが来ているかも。ヨシッじゃあそう言うことで今夜は解散だ!みんな明日からは忙しくなるからゆっくり身体を休めてくれ」それで、みんなはゾロゾロと家路へに着いた。



 その日は朝から快晴で、春のような陽気がやってくるとテレビで天気予報をやっていた。平滝警部は出勤の出で立ちで朝食を軽くすませ出掛けようとしていた。朝の渋谷駅前のスクランブル交差点は会社に行く人、学校に行く人等沢山の人が往き来していた。この中を四トントラックがすごいスピードで突っ込んできた。老若男女の人びとが撥ね飛ばされ、大騒ぎとなっている。朝の様子を放送していたニュース番組がその様子を写していて、トラックがあちこちと走り抜ける様子がとらえられていた。まさに阿鼻叫喚の画面だった。トラックが横断歩道の中央で止まると運転していた男が降りてきて、機関銃で矢鱈めったらやみくもに銃を乱射し始めた、ようやく集まってきたパトカーや救急車が沢山集まってきた。機関銃を乱射していた男は車に戻ると、ドラックごと大爆発を起こした。アスファルトが大きくえぐれいる”しまった❗ 自爆テロだ“警部が大声を出して飛び起きた時、警部の目が覚めた。

「ふぅ夢か、なんて夢だ」警部は全身汗でびっしょりだった。”そうだよな~、俺の考えではそんなことは起こり得ない。しかしそれは俺の考えだけで万が一にも現実に起こったとしたら・・・”とにかくベッドから起き出すと、全身の汗をふき用意をして警視庁へと出かけた。


    十一  卑弥呼教団


 都内の某所、日曜日の十時、古びた小さな地域の公民館ほどの建物に、卑弥呼教団の月に一回の集まりがあった。参加は三角錐の形をして目の部分だけ空いた顔をすっぽりと隠したこの教団の教祖、旧中核派の幹部四名の五人。幹部が全部集まらないのは、全員が一ヶ所に集まることを故意に避けているからだ。全て集まると警察の手入れがある恐れがあるからだ。部屋の中央にある円卓を囲んで座り、坂巻統括部長が会議を進めた。

 統括部長を含め七名の旧中核派の面々は、何度もアフガニスタンに密入国を繰り返し、現地でアルカイダの戦闘訓練等に参加し戦い方の術を身に付けていた。そのためみんな屈強な身体をし色も浅黒かった。銃器の扱いなどもお手のものである。密入国を繰り返すため親交が深くなった中国マフィアと、法を逸脱した行為を繰り返していた。そんなグループの主導者格の男である。


「全く今回はあの中国マフィアには騙されたな! 武器を手に入れられたのはよかったが、どうも最初あいつらの顔を見たときから何かおかしいなと思っていたんだ。ありゃあ一目見れば解るぜ戦う男の目をしていねえ!」

 そこで野津広報部長がささやいた。

「だから、始末したんだな」教祖も発言した。

「そこまでする必要があったのか?」

 すると統括部長のあらげた声が響いた。

「何言ってんだ❗ 教祖様よ。ふざけるな! あんたもあいつらを消すのを手伝ったのを忘れたか! この近くの廃ビルの三階に奴ら三人を連れていって、射殺したじゃねえか。教祖様も俺と一緒に、奴等を射殺したじゃあねえか。後始末は戦闘部長と今日はいないが化学部長がしてくれたじゃねえか。おい玉田戦闘部長! お前らあの三人の死体をどう処理したんだ?」すると戦闘部長は「奥多摩の山奥に運んでいって、深く掘った穴に埋めてきたよ」

「そうか、教祖様解ったかな?」すると教祖は「それで中国マフィアには了解を貰っているのか?」

「あいつらは届けるだけの契約だからあとはどうなっても気にしないんだよ」そこで腕を組んで顎をポリポリ掻きながら、

「話は変わるけどよ、広報部長、野津! 会員の増加はどうなってんだよ。なかなか信者が集まらないようだな」

「なかなか難しいんだよな~、色々な学校を回っているんだがな。今の若い奴は気概がないよ。生ぬるい事ばっかり考えてやがる。それにしてもよ、最近どこに行っても人相の悪い刑事が沢山うろうろしてるぜ。公安だろうがな。みんなも気を付けてくれ」安永は天井を向いて深いため息を吐いた。

「こんなことじゃ、金が集まらないな。詐欺紛いの事をやるか。去れとも薬をやるか。やーさん相手に銃の売買だけじゃあ、たかが知れてるな。何か金儲けがないか? 金がなけりゃ革命も出来ないぞ」そこで教祖が言った。

「薬だけは絶対ダメだよ! さらに監視が厳しくなるだろ」

「解ったよ。今度みんなが集まったときに話し合おうじゃねえか」と統括部長が言って、一旦今日は解散することになった。部屋を出るのも慎重に一人一人用心して夜の暗闇に消えていった。



 # # # # # # # #



 教祖は一人卑弥呼を住まわせているマンションに向かった。教祖は部屋に入ると、卑弥呼と六ヶ月になる子供に「帰ったよ」と言った。

「お帰りなさい」卑弥呼が答えた。この子供は二人の間に出来た子供だ。生まれつきの精神遅滞児だ。卑弥呼は坂巻がアフガンから連れて帰った子だ。名前は高梨恵理子と名乗った。多分偽名だろう。教祖の上に『卑弥呼』というシンボルを作るのだと言って連れて帰ったらしい。教祖と一緒にすんでいる内に、出来てしまった。アフガンにいただけに、色が浅黒くとても生活に疲れていた様子だった。しかしよく見ると、なかなかの美形でスタイルもいい。確かにシンボルには最適だなとそのときは思った。

 教祖は自分の部屋に入り一人になると自分の机の椅子に座って考え始めた。

 ーー俺はいったい誰なんだろう。もちろん親の名前は知っている父親は”堺田 豊“母親は、“寿子”だ。卑弥呼と婚姻届を内緒でしようと戸籍の謄本を狛江市役所で手に入れて確認してみると、なんと俺の説明欄には民法の条項が書いてあって、俺は法学部だったから直ぐに解ったこの条項は特別養子縁組の事だ。だから俺は両親に説明を迫った。そして俺は調布市のスーバーの駐車場で拐われてきた子と解った。まだ俺が生まれて三ヶ月くらいの事だそうだ。二人は子供が出来ず、どうしても子供が欲しかったらしい。それで連れてきた車の持ち主も解らないし、俺の本当の両親の名前も解らないと言うことであった。俺はいったい誰なんだ❗ 頭を抱えた俺は調布市の図書館で、三十年前の新聞の地方版を探した。するとこの状況に近い事件記事を見つけた。その記事によると拐われたのは『柏崎 健と由美子』と言う夫婦で父親は警察官らしかった。連れ去られた子供は『智之』と言う名前らしかった。と、なると俺の名前は『柏崎智之』と言うことになる。皮肉なものだな。俺の親父が警察官だと言うのに、俺のやっていることは一体なんだ❗ 法律も犯してしまった。信者を騙し金を巻き上げた。銃刀法も犯し武装器具の密輸輸入もやった。さらに殺人まで犯してしまった。本当の父親に大きな迷惑をかける行為だらけだ! それにここまで大きくなるまで育ててくれた堺田の両親にも大変な迷惑をかける事となってしまった。俺が奴らに変な理想に騙されたせいだ。もういやだ、俺はサラリーマンの息子じゃない。本当は警察官の息子なのだ。どうしても新しい自分に変わらなければ、彼奴らのいいようには操られないぞ! 覚えてろよ彼奴ら。ここまで来なければ目が覚めないとは。我ながら情けない。自分を変えるんだ。変わらなければーー

 教祖は頭をかかえうずくまった。一旦染まった思想を変えることは、なかなか難しいものだ。本当の自分を知ったのが一年前。それから悶々とした夜を重ねて、ここに決心できた。変わるんだ『 』から『』へ彼は生まれ変わった。新しい自分を感じた。


    十二  柏崎智之


 被害者である春日さんの勤めていた会社につくと、平滝警部とゲタさんは会社に入っていった。会社の社長に会うと、

「警視庁です。春日さんの使っていたデスクを見せてください」

「どうぞこちらへ」と社長は事務室に手招きした。

「このデスクですが。しかしもう警察の方が色々と持っていきましたがね」

「いや、もう一度確認させてください」と、警部とゲタさんはさっそくデスクを調べ始めた。

「別に大したものは有りませんね」ゲタさんは引き出しをひっくり返したり、ごみ箱の底まで調べていた。

「そうだな~、もし自分が春日さんの立場ならどうするかな?」頭を掻きながら警部が言った。

「そうですね。どうするかな~、これだけ探しても何もないのだから、やっぱりパソコンの中かな」

「パソコンも全部持っていかれたのですね」

「しかし、鑑識からの報告は何もなかったな」

暫く二人で机の回りを探し回ったが、結局なにもでなかった。

「駄目だな~、何もないや。この住所録と名刺ホルダーだけか」警部はため息つきながら、社長に挨拶をして本庁に戻ることにした。ゲタさんの運転する助手席で警部はノートと、名刺ホルダーを例の癖を出しながら何かぶつぶつと呟いていた。丁寧にノートや名刺ホルダーを一つづつ見ていたが、

「春日さんは几帳面な人だったんだね。これらを見るとよく解るよ。綺麗にあいうえお順に書き込んでいて、名刺ホルダーもそうだよ。相手の職業順やその名前もあいうえお順に並べているね。・・・・・ん! ちょっと待てよ、この名刺ホルダーはちょっと変なとこがあるぞ。職業柄色々な職業の人に会うのだろうが・・春日さんはSEだったよな。この箇所はちょっとおかしいぞ! 一人だけ異色の職業の人に会っている。輸入業の営業職だ。しかも部長さんだ。どうしてなのかな? 彼の仕事なら普通コンピュータ関係の会社だよな」

「なんて人ですか? 」ゲタさんは前を見ながら聞いた。

「堺田 豊と言う人だ。会社は品川に有るのかゲタさん、この人に有ってみようか。どうも気になるな、インターナショナル上田商事株式会社だ。行ってみてくれるか」

「解りました」と言って、ナビで位置を確認した。近いですね。そして何分もしない内に目的の会社についた。



二人は車を降り会社のビルに入っていった。受け付けにたどり着くと、警部が手帳を見せ受付嬢に名乗った。

「私警視庁の平滝ともうしますが。そして主任の篠立ともうします。実はこの会社の営業部長の境田さんに面会したいのですが」

 すると受付嬢は、承知したのか内線電話をかけ始めた。

「あっもしもし今受け付けに境田部長に面会したいと警視庁の刑事さんが見えておりますが。はい、解りましたご案内しておきます」と言って受付から出てくると、

「どうぞこちらの応接室でお待ちください。部長は直ぐ降りてくるそうです」と言って部屋に二人を通すと、帰っていった。部長は直ぐに降りてきた。ドアをノックすると。浅黒く丸い顔をしてメガネをかけた、中年の紳士が入ってきて、二人の正面に座った。

「あの、刑事さんと言うのはあなた方でしょうか? それで私に何のご用でしょうか?」

刑事が訪ねてくるというのはあまりサラリーマンにとって気持ちのいいものでない、

「心配なさらないでくださいちょっとお伺いしたいことがあって参りました」と警部が挨拶をした。

「どんなことでしょうか」と言って少し心配ぎみで言った。

「では、早速境田部長さんはIT企業『OSA』の春日俊郎さんをご存じでしょうか? 境田部長の名刺を持っていたのですが」



部長は天井を見上げながら暫く考えていたが、「あ~あ、あの人ね覚えていますよ。そうですか、警視庁の刑事さんでしたね。やっぱりばれたんだね。そうです。子供を誘拐したのは私です。申し訳ありません。どうしても子供が欲しかったものですから! ついいけないこととは知りながら。誘拐してしまいました」それを聞いた主任は”はぁ?“と言う顔をしたが、警部のひじ打ちに口をつぐんだ。そして境田部長さんは全てがばれて、刑事が来たのだと勘違いして。春日さんに話した通りに全てを事細かく二人に話した。まぁまぁと言う仕草で警部は、

「確かに人の子を誘拐すると言うのは大罪です。しかしもう三十年前の事です。正直に話してくれて悔悛は感じました。それにもう時効を過ぎてますし、その子を大事にそたててきたのですから。ところでその子の本当の名前はご存じですか?」涙目になつていた部長は、

「確かに誘拐した時点ではなにも解りませんでしたが、特別養子縁組を済ませた後狛江市の自宅に戻った頃、公開捜査になっていたのでしょう。新聞に載っていましたし、国領駅の前では目撃者を探すパンフレットを配っていましたから、それを見て両親の名前を知りました。確か父親が柏崎健と書いてあって、子供の名前は智之と書いていましたね」警部は、

「つまり、あなた方が誘拐した子は、柏崎智之さんなのですね。本人もこの事を知っているのでしょうか?」部長は、ガックリと肩を落とし二人を見つめ頷いた。

「はい、その通りです。一年前に戸籍の謄本を見て私に理由を問い詰められました。あの~私は何かの罪で捕まるのでしょうか?」

「いえ、そんなことはありませんよ。よく話してくれました。それでは私たちはこれで失礼いたします」と言って二人は腰を上げた。二人は軽く頭を下げて、部屋を出ていった。会社を出て駐車場につく前に、ゲタさんが言った。

「いや~、驚くような名前が出ましたね」

「そうだな、しかし境田太郎って何者なんだろう。春日さんがわざわざ訪ねに行ったくらいだから、与えられた任務に添う人物なんだろう」

二人は車に乗り込むと、

「ついでだから、狛江市の市役所で境田さんの戸籍の謄本を一通取って本部に帰ろう。奥田管理官も俺たちの戻るのを待っているだろう」

ゲタさんはいくらかスピードを上げて狛江市に向かった。


    十三  テロ予告


 狛江市から二人は警視庁ないの本部に入っていった、すると奥田管理官から、

「おお、警部! 帰ってきたかい。結構時間がかかったな。と言うことは何か収穫もあったんだね」

「いえ、収穫と言うか・・・何と言うか、とんでもないことが判明しました。これはどう関連しているのか・・・」

「どうしたんだ警部、君らしくないな歯切れが悪いぞ」奥田管理官は微笑しながら言った。

「まぁいいだろう。先にこちらで解ったことを報告しておこう。


 私と残りの平滝班のみんなで知り得たことをまとめたものをこの白板に書き出してみた。亡くなられた春日刑事が指令を受けたのが、多分ここに書いてある『卑弥呼教団』の組織の事と思うんだ。そこでみんなで警察学校の同期や、知り合い、組織関係ではそれぞれが抱えている“S”の情報を全て集めて出来たのがこの組織図なんだ。

 ここに書いてある頂点に『卑弥呼』つまり教団のシンボル的なものだな。別に彼女はなにもしていないので日本人だろう高梨恵理子、統括部長がアフガンから一緒に連れて帰ってきたらしい。多分偽名だろう。その下にいるのが、教団の教祖だ。三十歳くらいで、名前は境田太郎って名乗っている。」

「えっ、何ですって」警部と主任は大きな声を出した。

「どうした、何かおかしいか?」

「いえ、その子とは後で説明を聞き終わってから・・・」

「そうか、それでは話を進めるがこの教祖の下に有るのが、七人の幹部だ。

 例の中核派の思想を次いでいるもの達だ。総括部長が阪巻英二、戦闘部長が玉田剛、広報部長が野津英二、科学部長が吉田陽斗、デジタル部長が篠永洋、渉外部長が豊田洋一郎、経理部長が鈴木啓司の七名だ。いずれも一流と呼ばれる大学の卒業生だ。そしてあとは信者達だが、実質の運営には全く関わってない。


 どうだい人数を揃えただけあって、探り出す仕事も早いよ。ほとんどの事はもう調べがついている。しかし、問題なのは奴等の家探し何だ。どうもチョコチョコやさを変えているらしくて。特定が出来ない。ただ『卑弥呼』と『教祖』は一緒に暮らしているらしくそのマンションは調べがついている。問題は例の七人だよな」警部はゲタさんと顔を見合わせて、封筒を差し出した

「いえ、それだけではなく、更に大変な問題があります私も主任も信じられないことがありまして、先ずはその封筒をご覧ください」

 奥田管理官は、恐いものでも扱うようにそっと封筒をつまんだ。封筒のなかを出して見ていたが、

「なんだいこれは? 境田 豊さんの戸籍の謄本じゃないか。うん、まてよ長男が太郎となっているな、つまりこれは教祖の謄本じゃないか、いや、待てよ説明欄に民法が記入されている。これは特別養子の条項じゃないか。つまりあの教祖は境田さんの本当の子供と違うと言うことか。じゃ誰の子供なんだ」

 警部は白板に近付くと、マジックを取り上げ卑弥呼教団の教祖の表に近づき、境田太郎の名前を二重線で消して、その横に柏崎智之と書いた。みんなはまさかと言う顔で、お互いを見た。奥田管理官は警部と主任に詰めよって、

「おい、おい、おい、まさかの事を言うつもりじゃないだろうな。警部! 相手が誰か解って言っているのか?」

「そのまさかですよ。警察庁警備局長柏崎健さんの事ですよ、この智之と言うのは、局長の長男です」警部はこの午前の主任との経緯を丁寧に話した。奥田管理官は、信じられないと言った顔をした。

「警部ねぇ、柏崎局長と言えば次期警察庁長官と噂されてる人だぜ❗」

「しかし、真実は真実です。」警部も凛として答えた。

 その時、急に平田刑事が大きな声を出した。中堅の刑事で巡査部長である。

「あっ‼️ あ~あ❗ 何だこら」

「どうしたんだ平田刑事!」警部が大声を出すと。

「いえ、今警察庁の事が話題になっていたから、警視庁のホームページを見ていたら、この投稿欄に、テロ予告が書き込まれています」

「テロ予告だって❗ ちょっと見せてみろ」

 奥田管理官が飛んできて、パソコンを覗いた。奥田管理官だけではなく全員がパソコンを覗いた。

『あ~ぁ 何じゃこれは。警察をなめとるな』

その画面には次のように書き込みがあった。



       テロ予告❕


 我々は国家権力を認めない❗ 国民に自由を❗ 先日の春日と言う男を殺したのもその警告のだい一段だ❗ 俺たちの活動を抑制しようとして、つまらないことをするな❗ 公安の刑事がうろうろして俺たちの宗教活動が自由に出来ない。邪魔するな❗ 宗教は個人の自由のはずだ。よって、ここに次の制裁を予告する‼️

 公安のボスである警察庁警備局長『柏崎健』を二週間以内に処罰する。覚悟しろ‼️

                以上


警部は数日前に見た夢を思い出して、身震いをした。

「何だ、これは警察を舐めやがって❗ こうなったら奴等全員しょっぴきましょう」

 ゲタさんは、鼻をならしながら憤慨した。勿論、警察庁も警視庁も蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。それだけではない、マスコミにもこの件が流れたので東京も大変な騒ぎとなった。期間は二週間しかない。奥田管理官と平滝警部は、全員に言った。

「一斉に全員を逮捕することが必要上件だ。一人でも逃してはいけない」しかし、そこで頭の毛をくるくる巻き上げては伸ばす例の癖を出しながら何かを考えていた。

「問題は近い内に奴等が全員集まる機会があるかだ。でも、奥田管理官! 不思議だと思いませんか。教祖はもう一年前に実の親を知り得たのですよ。その父親にこんな宣言をするでしょうか? 私は多分幹部の垂れかが勝手に書き込んだものだと思えるんですよ。ですからこんな予告を出したことは教祖は知らなくて、恐らく知ったら直ぐに全体会議を起こすと思うんですよ。ですから恐らく近い内に全員をどこかに集めると思うので、その時が勝負の時とは思いませんか。ですから彼ら幹部を一人一人刑事がついていると思うので、直ぐにでも動き出せる体勢を整えるべきかと」

「その通りだな、各上層部に注意をしてもらうよう進言してみるよ。多分警備隊一編隊等も用意しているはと思う」

「SIT」や「SAT」の出番だな。各人連絡を密にしていよう。直ぐ行動できるように!


    十四  終 焉


 警察庁警備局長室内


 廣田警部は、柏崎警備局長に進言した。

「局長! テロ予告を見ましたか。局長が狙われています」局長は椅子をクルット廻すと窓のそとを眺めながら、

「勿論、読ませてもらったよ。出来るものならやってもらおうじゃないか。俺は逃げも隠れもしないよ」

「何を言ってるんですか。かつて教団に警察庁長官が銃撃されたことはお忘れですか? 大事には至りませんでしたが。あの時には警察官の中にも教団の信者がいた、という噂も流れました。油断は禁物です。こうなった以上一刻も早く『卑弥呼教団』を一網打尽にしなければ」

「もう警察官達はすでに警戒体勢をとっているよ。いつでも行動できるよう、彼等を二十四時間見張っているよ。踏み込む時は出来るだけ生きたまま束縛するようにと命令を出している。特に教祖には有ってみたいもんだ。しかし、彼等も銃器を持った集団だ。ある程度の犠牲は覚悟しなくちゃぁな」局長は眼鏡を直しながらクルリと椅子を回転させて机に向かうと言った。

すると廣田警部が、

「局長・・・・・会えれば三十年ぶりの再開ですか・・・やっぱり父親ですね」

「廣田! 貴様、春日くんの報告書を読んだのだな! 廣田~」局長は顔を真っ赤にした。

「安心してください局長。勿論誰にも話しませんよ」廣田警部は口角を上げながら笑った。

「やかましい❗ 貴様ここから出て行け❗」

「はい、はい」と言いながら警部は出ていった。

「あの野郎! 何をたくらんでやがる」



 警視庁では、平滝警部が語り始めた。

「多分ここ二、三日の事だろうな」

ゲタさんは”は“と言った顔で警部を見た。

「奴等が一堂に会するのは近いということだ。決して気を揺るめるなよ」警部は再び警告した。“はい”とみんなから大声が出た。

 警部の言った通り、テロ予告が出てから二日目の事だった。警視庁の警備課は、部屋に各刑事からの無線機を設置し、各教祖や幹部に張り付いている刑事達の報告を受け指示を出せるように部屋を設置していた。ここに無線報告が頻繁に入り出した。

「幹部が動きを見せ始めました! どこかへ向かうようです」等の無線がどんどん入り出した。警備課長は、

「良いか! 絶対に目を離す早よ!」

「了解」との返事が続いた。

「動きが出てきましたね」警備課参事官も緊張してきたようだ。

「平滝警部! 奴等が動き出したようですよ。」

 部下の一人が部屋に走り込んできた。

「警備課がバタバタしていますよ。」

「そうか、いよいよ動き始めたかな」

 管理官はそう言うと、

「よし、俺が警備課の部屋へ行って動きを確かめさせてもらおう」奥田管理官は部屋を早足で出ていった。そして警備し令室にはいるはと、「私にも動きを確認させてください」と警備参事官に言った。

「奥田管理官か、ここはお前達には関係ない。ここは警備部に任せろ。お前達刑事部は、今卑弥呼が一人でマンションにいるから、連行してこい。居場所はここだ」と調布市の有るマンションを告げた。奥田管理官は顔を赤らめながらも怒りを圧し殺し、殺人事件の本部に戻った。帰ってきた奥田管理官を見た平滝警部は、ずいぶん怒ってるな。と考えながらも、

「どうしました?」と聞くと、

「参事官に、刑事部の仕事をしろと命令された。つまり今のうちに一人でいる卑弥呼を連行してこい。と言われた。場所はここだ」と紙を差し出した。

「なるほどね、じゃあ今のうちに卑弥呼を連行するのも大事ですよ。色々と事情も聞きたいですね。よしゲタさんと他二。三人ついてこい」と部屋を出て目標のマンションに向かった。


 その頃警備室では、連絡が次々と入っていた。

「どうも彼ら八人は、車にのって世田谷方面に向かっているようです」

「あっ、みんな世田谷に有る廃墟となった食品会社に入っていきました。どうも三階で集まる模様です」警備課の係長から連絡が入った。

「よし、みんな集まったんだな。しかし、まだ手出しをするなよ! 二個連隊がそちらに向かっているから着くまで絶対に手を出してはいかんぞ❗ 解ったな、そして連隊長の指示に従うんだ」


 卑弥呼教団の八人は廃屋の三階の古い大きな机を囲んで座った。教祖が集まった目的を話し始めた。

「今日緊急に集まってもらったのは、例の警察庁のホームページにだれがあんなテロ予告を出したんだ❗ こんな重大なことはみんなで話し合ってからと決めていただろう」すると統括部長が、

「俺が勝手に決めたんだ、そしてデジタル部長に予告させたんだ」

「何で、そんな勝手なことをしたんだ❗」

「もう教祖様には呆れたんだ。なにも教団の事を考えていない」


 ーーもう駄目だこいつら、精神が腐っている何が革命だここで卑弥呼教団は消滅させるぜ。こいつらろくな奴等じゃないーー


 そう考えた教祖は、昨日仕掛けたのを使うことにした。

   ーーあばよ❗ 親父ーー

右手に握ったスイッチをいれると、目も眩むような閃光が、一瞬走り、ビルに仕掛けたダイナマイトが大爆発を起こし、ビルはあっという間に崩れてしまった。

 それを近くで見張っていた警察官達はお互いの無事を確認し、本部に無線連絡をした。

「なんだって❗ 奴等は自爆してしまったのか、それで周囲に被害はないか?」

「はい、それはもう少し時間が経たないと調査が出来ませんので後程被害については連絡をいれます。幸いなことに住宅街の中ではないので大きな異常は無いことと思います。。奇跡ですね。建物はもうガレキの山になっていますが。飛び散ったガレキで周囲に被害はないが今みんなで確認しています。奴等はガレキの下敷きになって、とても助からないと見えます」


 一方、卑弥呼のマンションに向かった警部達は住居である506号室を訪ねていた。インターホンを押すと、普通のOL風の格好をした女性が赤ん坊を抱えて扉を開けた。平滝警部は、

「赤地梁を抱えていることにはびっくりしたが、卑弥呼さんこと高梨恵理子さんですね。警視庁まで同行してもらいます。色々と聞きたいこともあるので」そして彼女は、平田刑事に連れられて警視庁に向かった。警部と主任は残って部屋のなかを捜査し始めた。あらゆる引き出しなどかき回していたが、主任が大きな声を出した。

「警部! ちょっとこれを見てください」と引き出しをかき回していてその手には小さな手帳が握られていた。

「これはパスポートだな。ずいぶん古いな」と良いながら、パスポートを開くと、

「あっ❗ これは本当かい」と大声出した。そこには『柏崎耀子』と書いてあった。


      エピソード


 教団の事については、当然の事ながら直ぐに警備局長に報告されている。

「そうか! 奴等は自爆して全員死んだ模様か。」助かったのは、教団のシンボル卑弥呼と呼ばれている女性とその赤ん坊だけが警視庁で取り調べを受けているのだった。しかもその女性は局長の次女柏崎耀子であるのだ。直ぐに彼女の母親に連絡が入り、親子の再開をしたばかりだった。母親がその子は誰の子?と聞いたのに、答えは教祖だということを答えた。そこで平滝警部が、本名「柏崎智之」であると説明を加えた。母親は、じゃあ兄妹の間の子なの、と吃驚して、そういえば三十年前に拐われた智之にそっくりだわ。と感動していた。しかし、兄と妹・・・知らなかったこととはいえ、何たる因果なのでしょう。おぞましい。けれでもとてもかわいいわ。そこで言わずもがなに、若い刑事が生まれつき精神遅滞児ですがねと言った。警部がバカヤローと言った顔をした。お母さん姉さんの友恵さん、耀子の三人は代わる代わるお互いにしっかりと抱き合い。涙を流していた。その時が連絡が入り、平田刑事によると奥田管理官、平滝警部警察庁の鮎川次長から呼び出しがあった。ゲタさんあとは頼んだ。と言い残すと二人は早速、警察庁へと向かった。警察庁に着くと、次長室に向かった。部屋に通されるとお互いに挨拶を行い。ソファーに座るように勧められた。次長は二人の正面に座ると、わざわざすまないね。と切り出し、実は二人とは携帯電話で話し合ってきたが、今回の春日くん殺害事件についてだが、二人の筋読みをまとめてみて、私も同意見を確信し、廣田警部を部屋に呼んで真実を追求したところ、全て白状したよ。春日くんと警備局長のパイプ役を担ったのは彼と判明した。みんな解ったことだが、局長は、春日くんの報告書を見て、教団の教祖が三十年前に拐われた我が子の智之くんだと判明した。これはマスコミなどに知られては大変なことになる。と彼は自己保身に走ったのだな。その報告書を廃棄させ、予備など無いようにして廣田警部に春日くんを消すように命令したわけで、これは、私も黙っていられないと言うことで、三人で警備局長の部屋を訪ねた。局長も最初は吃驚していたが、次長が廣田部長が全てを明らかにし、証言した。もう解るだろうね、君にも殺人教唆の罪が付いたわけだ❗ 解るだろこれは、主席監察官にも伝えてある。


 ところで離しは変わり局長君の娘さんは警視庁で無事保護されている。赤ちゃんも生んでいる。残念ながら父親は智之くんだったがね、つまり兄、妹の間に出きた子供だ。君も今警視庁の刑事課の面会室にみんないる。会ってきてはどうだね。それくらいの時間はあるよ。廣田警部はもうすでに逮捕され警視庁で聴取を受けている。話しはそれだけだ。と言うと次長、管理官、警部は局長室を出ていった。柏崎健局長は次長の話し中膝の上で拳を作り手を震わせていた。恐る恐る自分の机に座ると頭を抱えて、嗚咽を漏らした。


次長以下三人が警察庁の廊下を歩いている時、

柏崎警備局長のへやからズキューン❗と銃声が聞こえ。空気が揺れた。


          (完)                        





 




 



 




  










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平滝了一の事件簿 淡雪 隆 @AWAYUKI-TAKASHI

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