平滝了一の事件簿

淡雪 隆

第1話 解きほぐす謎

    解きほぐす謎

 ★―この物語は、平滝ひらたき刑事がまだ石神井しゃくじい署の所轄警察の係長の時の事件である。―★

*主な登場人物

石神井署捜査一課強行班係

課長 山部 豊 警部 50歳

係長 平滝了一 警部補 29歳

主任 中山健一 巡査部長 38歳

班員 崎田祐介 巡査部長 35歳

班員 堺 賢二 巡査部長 33歳

班員 山田岳士 巡査部長 32歳

班員 神戸智和 巡査部長 31歳

班員 西尾 正 巡査長 28歳

班員 西畑幸子 巡査長 27歳

班員 南田倫子 巡査 26歳

班員 垰田幸夫 巡査 25歳


       * 

           淡雪 隆


     プロローグ


 八月二十二日


 東京都調布市に住む高橋正明たかはしまさあきはまだR大学の三学年だった。何だか蒸し暑い夜で汗をかきながらも半袖パジャマの前を開き裸のまま鼾をかいて、大の字になってベッドに寝ていた時だった。


 夜の十一時頃、机の上に置いてあった正明の携帯電話がブルブルと震えた。正明は何時も携帯をバイブにしていたのだ。正明は、よっこらしょと大儀そうにベッドから起き上がるり携帯を取り上げて見ると、今は、M大学に通っている崎田小夜子からのメールだった。何だ、こんな時間にと、ふと不安を感じて、メールを開いてみると、正明は驚いた!



 『正明くん、さようなら! もう生きていく自信がありません。今まで有り難う!』



という内容のメールだった。小夜子さよこはすぐ近くに住んでいる幼馴染みの女の子だったる。歳も同じでよく二人で遊んだものだった。正明は、慌てて家をパジャマのまま飛び出し小夜子の家に飛び込んだ。

「オバサン! 大変だ! 小夜ちゃんは? どこにいる」


 正明が大声で家に飛び込んで来たので、小夜子の母親は驚き、

「どうしたの? 正明くん、小夜子は部屋にいるはずだけど」

 そう聞くと、正明は

「オバサンごめんよ」と言って、二回に有る小夜子の部屋に走って行った。母親もどうしたのかと、正明の後を追いかけた。正明が小夜子の部屋をいきなり開けた。すると小夜子が部屋の中で首を吊って揺れていた。後を追いかけてきた母親もその光景を見て、


「小夜子~、小夜子~」と身体にすがり付いて大声で泣いた。異変に気付いた親父さんも駆けつけ、


 "なんじゃ! 小夜子~!!・・・"


 と怒りに満ちた形相で仁王立ちし、慟哭どうこくしていた。そして、正明は茫然と立ちすくんでいた。唇から血を滲ませるほど唇を噛み、両腕は力一杯握り拳を震わせていた。


 ーー何故だ、・・・ーー


 正明は、小夜子の母親を揺すって、訳を訊ねた。

「どうして? どうして・・・ 一体何が有ったんですか?」

 母親は、その場に膝から崩れ落ち、泣き崩れた。どうやら母親の話によると、小夜子は三日前のサークル活動の帰りに、空き地に連れ込まれ、同じ大学の同級生数人の暴漢に襲われ、その事件以降生けるしかばね同然のようになっていたらしい。当然警察に届けた。容疑者として、同じ大学の学生が四、五人浮かんだ。しかしその内の一人が、与党の大物代議士・民自党の幹事長の息子であったことと、肝心の物的証拠があやふやで、明らかにならなかった事と、目撃者も居なかったため、西調布にしちょうふ署では逮捕には至らなかった。そしてその暴漢達はまだ捕まっていないとの事だった。政治の圧力がかかったのだ。正明は悔やんだ、何故その事に気付けなかったのか! 悔やんでも悔やみきれなかった。

 

 

    --九年後--

 

    第一の殺人事件

       ①

 

 七月三日、石神井しゃくじい公園で、殺人事件が発生した。当日の朝午前七時頃犬の散歩をしていた近所の男性が公園にある池のそばの繁みで、刺殺されている死体を発見し、石神井警察署に連絡が入った。刑事課強行班の平滝係長以下捜査員及び鑑識班が現場に急行した。平滝係長は被害者をじっくりと見ていた。紺色のスーツを着て、サラリーマン風だった。体格はごつくて、何かスポーツでもしていたのか、顔は黒くてゴツくて、何だかやくざものみたいな感じだった。鋭い目付きの顔だった。

「身元は、解りましたか?」と訊ねると、鑑識から答えが返ってきた。

「財布のなかに、名刺と免許証がありました。名前は、酒元譲二さかもとじょうじ、三十歳、ジャーナリストと有りますね、住所は石神井公園のグリーンハイツ405号室です。ここからわりと近くの住人ですね、現金も入っています」

「ふーん、ジャーナリストね。あとスマートフォン等はなかったの」係長が呟いた。

 「スマートフォンや部屋の鍵までもない。変ですよねありませんでしたね」

 平滝係長は犯行時刻を聞いた。

「そうですね、司法解剖が終わらないとはっきりとは言えませんが、昨夜の午後十一時から一時の間かと思われます」

「昨夜か。泥棒目的とは違うようだな」平滝係長は頭の髪をくるくると人差し指で弄んでは、周辺に目を張り巡らした。

「凶器のナイフは、池のなかにでも捨てたかな? 広い池だから探すのは大変だな。さて、被害者のマンションにでも行ってみるか。主任の山中さんは俺と一緒に行ってみてくれるか。他のみんなは周辺の聞き込みにあたってくれ」そう指示を出すと、主任とグリーンハイツに向かった。二人がグリーンハイツに着くと、

「主任さん、管理人に言って部屋の鍵と立ち会いを頼んでもらえますか?」

「係長、中山で良いですよ。確かに私の方が年上ですが、遠慮しないでください」と言うと、管理人室の方へ走っていった。係長が被害者の部屋の前で待っていると、主任が管理人と一緒にやって来た。

 管理人さんにドアを開けてもらって三人は、ともにビックリした。1DKの部屋なので、たいした広さの部屋じゃないのだが、部屋の中が家捜しをされたようにごちゃごちゃなのである。

「何だ! これは誰かに部屋中を家捜しされている。犯人が何かを探したんだろうな。きっと不味いものを酒元さんは持っていたんだろうな。となると、殺人の動機は強請ゆすりかな? 彼はジャーナリストだったからな。何かゆするネタを持っていたのかもしれない」と主任がつぶやいた。

「主任さん、まあ、そう先入観を持たずに俺達も探してみようじゃないか」平滝係長はそう言うと。二人は、靴の上からビニール袋を履き、両手に白手袋を着けて部屋の中に入ると、部屋の中に入っていった。管理人は玄関口にボーとして立っていた。二人は酒元さんの部屋に入り込んだ。

「何なんだ、この散らかし様は、足の踏み場もないってとこだな」主任が呟くと、係長は、

「角から角まで引っくり返して探したようだな」

 と、鋭い眼光をして、いつもの癖で髪の毛を右手でくるくると巻きつける癖を始めた。部屋の中の引き出し等は全部引っくり返されているし、何かあったとしたら、もう持っていかれたかもしれない。それでも散らかっている物を再度引っくり返しながら、何を探したんだろうか、と思案した。

「う~ん、何も特別なものはないな」主任は、

「パソコンかワープロはありませんね」

「当然だろうね、被害者はジャーナリストだったんだからね」そう言うと今度は係長は周囲の壁などを眺め始めた。そして各部屋を眺め回していたが、

「被害者は、独り暮らしだったんだよな。きっと」

「そうだと思われますが、何か?」

「主任さん、何かこの部屋に違和感を覚えませんか?」

「はぁ、違和感ですか?」主任はぐるりと部屋の中を再度眺め直した。

「別に私には感じませんが」

「そうですか、私だけかな? この違和感は」再度係長は部屋の中をくるりと見返すと、

「そうか! 解りましたよ主任さん」

係長は部屋に掛けてあった、あるアイドルの写真が入った額縁を指した。

「この写真の額縁は、被害者の雰囲気には、到底そぐわないものだとは思いませんか?」係長はその額縁に歩み寄って、壁から外してきた。そして裏側にすると、写真留めを外し始めた。額縁の裏板を外すと、なんと袋が出てきた。それを持ち出して袋の中身を取り出した。写真が数枚出てきた。係長はそれを主任に翳して見せた。そして、その写真を全てピニール袋にし舞い込むと、ポケットにいれた。

「後で検証しましょう。署に戻りましょうか。途中で鑑識係長にこの部屋の指紋を取って貰いましょう」と言って二人は管理人に後で鑑識係が来るからまた、協力をよろしくお願いします。管理人にそう頼んで石神井署に向かった。途中で公園の鑑識を作業していた元田もとだ鑑識係長に、マンションの方も頼むよ、特に指紋をね。と言って来た。

 石神井署に着いた二人は、同じ班の捜査員が一課の平滝班の机のところに集まってきた。平滝係長が、自席で座って被害者のマンションから見つけてきた写真を机の上に並べて、いつも通りの癖を出しながら写真をみている間に、主任は係長の席の後ろにある白板にマジックで、今まで判明していることを書き込んでいた。

      ②

 

『七月三日石神井公園ジャーナリスト殺人事件』

被害者  酒元譲二 三十歳 独身

商業   フリーライター

犯行手段  ナイフによる刺殺

凶器   まだ発見できず

住所 石神井町グリーンハイツ405号

本籍 福岡県北九州市南区

犯行時刻 七月二日の午後十一時から午前二時頃(今のところ推定時間)


 そうしているうちに、石神井池の周辺を聞き込みに回っていた、平滝班の刑事たちや現場の鑑識をしていた、鑑識官等が三々五々さんさんごご引き上げてきた。各々が主任に報告書を提出していた。その報告書に目を通していた主任は、報告事項が書いてある神戸かんべ巡査部長を読んで、内容を詳しく聞いた。

「神戸くん、君の報告書にある目撃者の事だけどね、口頭で報告してくれ」

神戸刑事は、

「あぁ、それは池の近くに住んでいる家族の息子さんの証言なんですが、今大学受験のため二回の自室で勉強をしていたとき、池から逃げていく人影を見たと、言うことです。暗い街灯に写った姿なので、顔などは解らなかったけれど、高齢者のようで、服装はボロボロで汚れた赤色かエンジ色で、横に二本黄色のラインが入ったTシャツを着て下半分は、ジャージ姿だったようです」

「ふーむ、情報はこれだけか? 後の皆は収穫なしか」

 主任はその事をホワイトボードに書き足した。その時鑑識の係長が帰ってきた。

「あっ、元田係長❗」と係長が呼ぶと、係長が平滝係長のところにやって来た。先に元田係長から報告があった。

「ゲソコンの事だけどね。あの池の回りはにわか画家が多く余りにもゲソコンが多くて、現場近くだけを取ってきました」

「そうだろうな、休みの日なんかは池回りで絵を描いている人が多いからな。マンションの方は?」

「何人かの指紋が取れましたが、マル外の指紋以外はいくつもなかったな」

「そうですか、ご苦労様でした。それとこの写真の指紋も取ってくれませんか」と、例の写真を全部手渡した。

「了解」元田係長は席に戻り、部下に指紋とりを命じていた。

「後は、司法解剖の結果と、前科者との指紋の照合が終わったら、皆で会議を行います」

 暫くすると、解剖報告書も届いたので、会議を始めた。

「みんな、よく聞いてくれ。解剖報告書によると、死因は腹部に二ヵ所、背中に一ヶ所の刺し傷があり、刺殺と断定する。死亡時刻はホワイトボードに書いてある通りだ。あと解ったことを箇条書きにしてるので、よく頭に入れておいてくれ。凶器はナイフだが見つかっていない。後、被害者のマンションで見つけた写真があった。隠すようにしてあったので、何か意味があると思える。指紋を調べて貰ったが写真には被害者の指紋だけがついていたそうだ。後、周辺の聞き込みでは、怪しい人物が見られている。特徴はここに書いてある通りだ。ハッキリ言って、手がかりが少なすぎる。主任以下みんなで、この写真八枚に写っている人間のみもとなどの情報を集めてくれ。一寸古い写真だが写っている人物は全て探ってくれもちろん被害者も写っているが、それ以外何人かの同じ年の仲間のように写っているが、よく見ると中年の男子や子どもなども後ろに写っているから、その辺を参考に探してくれ。以上だ❗ それで良いですかね主任」

「解りました。全力で探してみましょう。よし、峠田たおだと俺は被害者の過去からの周辺を調べるぞ!」

「よし、早速作業を始めてくれ」

全員が飛び出していった。


      ③

 

 《附記》

 ここで、この写真の内容を少し附記します。写真は八枚、内四枚は見た様子では、高校生時代の四人組を写したもので、四人が肩を組んで写っている。学生服から高校時代と思える。そしてそのうちの一人が被害者のように見える。2枚目はその四人組に一人が端に立って写っている。この学校の教師だろうか。三枚目にはクルマの社内を写している。外車のようだ。左ハンドルで、運転をしている男が写されている。後部座席に被害者と思える男が写っている。四枚目にはクルマが止まってバックの景色がよく写っている。後の四枚のうち二枚は、大学生になった後の四人組が写っているが、そこには高校の時と違って、一人違う学生が写っていた。被害者も写っている。何処の大学のキャンパスだろう? 後の二枚は、夜の写真で、女性の誰かをつけているような写真と、その女性に襲いかかる瞬間の写真であった。


      ④

 

 これが今のところ事件を解く唯一の手がかりであった。

「平滝君。一寸聴きたいが……」

 と、課長が係長のそばに椅子を引いてきて座って聴いてきた。

「はい、何でしょう?」

「凶器のナイフは見つからなかったのだろ。池の中にも投げ捨てたのかな?」

「そうかもしれませんが、あの広い池をさらいますか? 余り効果がないように思えますが、そばを流れる石神井川に投げ捨てたかもしれませんしね」

「そうか。本庁には応援を頼まなくて良いか?」

「本庁の上層部は。重要な事件や難しい事件にしか本庁からは応援は出しませんからね。少し様子を見てみましょうよ。実は私はこの写真の中の一人に何処かで見かけた覚えがあるのですが、思い出せません。その人物の結果次第では、本庁が来ることになるかもしれませんね」

「どの男だ?」

「この男です」と一人の大学生を指差した。

「この男か。そういえば俺も何処がで見かけたような顔だな」

「後は、みんなからの報告を待ちましょうよ」

「そうだな」と言って、課長は自分の席に戻っていった。

 

  

  上野公園での殺人事件

      ①

 

 七月九日午前六時頃、東京都台東区上野不忍池しのばずのいけで、ボロボロで汚れた赤色で、横に二本黄色のラインが入ったTシャツに、同じくボロボロの青色のジャージ姿のホームレスの遺体が見つかった。 絞殺こうさつ死体であった。同じく上野でホームレスをしていた仲間が発見。上野警察署に通報が入った。所轄の刑事課強行班や鑑識課員達が、捜査を始めるが、被害者がホームレスのため、捜査は難航した、身元がわからない。捜査員の聞き込みでは、同じホームレス仲間から、被害者は〈先生〉と言うニックネームで呼ばれていたらしい。何でもよく知っていたらしくて、解らないことは、ホームレスのみんなは先生に聞いていたらしい。物識りだったのだろう。ひょっとすると、ホームレスになる前は、学識のある人だったのかもしれない。仲間の内の一人は、先生は博多弁らしい言葉を使っていたと証言があった。聴かれたそのホームレスに、尋ねてきた男の人相を聞いたが、全て黒ずくめの服装でテンガロンハットを被りサングラスを掛けマスクをしていたので顔は解らないと言う。中肉中背で身長は、170cmくらいだったと言う。被害者は、髪はボサボサで髭は延び放題、しかも肝臓でも悪いのか顔の色はどす黒く、顔は土気色をしていた。これではいよいよ人相も解らない。上野うえの警察署の鬼熊おにくま係長は鑑識の係長に大きな声で頼んだ。

西野にしの主任! 顔を綺麗にして全国からの捜索届けのある人達と照合をしてみてくれ」

「了解、任せとけ」

 と西野主任は言った。聞き込みの結果、怪しい人物を見かけたと言う証言も得られなかった。そして凶器の紐も発見できなかった。

「ホームレスを殺すような動機なんて有るのだろうか? まさか以前あった、高校生たちの親父狩りじゃあないだろうな」

 鬼熊係長は、渋い顔で言った。難事件になりそうな悪い予感がした。後に上野警察署の捜査本部では、刑事たちから報告がなされたが、殆ど有力な情報は上がってこなかった。鑑識からの報告では、死亡推定時刻は前日九日の午後十時から十二時の間で、二、三㎝のロープで首を絞められていて、その凶器に相当するようなロープは発見出来なかった。年齢は六十歳前後ではないか、被害者の指紋は、前科者リストの指紋とも一致しないし、全国の捜索願いにも一致するものは無かったということであった。鬼熊係長は、


 ーーお手上げ状態だな!ーー


 とため息をついた。しかし、落ち込んではいられない。鬼熊係長は部下たちに指示をした。


「おい、安田やすだ中村なかむらの二人は被害者のねぐらや周辺を、再捜査してくれ。あと、向田と吉田はホームレス仲間に再度事情聴取をしてくれ、何でもホームレスの中には移動しながらさ迷っている者もいるらしいからな。何か手掛かりになるような物を探してくれ! 頼んだぞ!」刑事達は捜査本部から飛び出して行った。


 ーーみんな、頼んだぞ!ーー


鬼熊係長は、藁にもすがりたい気持ちだった。

その日の午後九時から上野警察署で捜査会議が始まった。鬼熊係長の席の後ろにホワイトボードに詳細を書いてあって、その回りで鬼熊係長班の刑事や、鑑識員が集まっていた。

 西野主任がやはりホワイトボードに知り得た情報を書き込んだ。

○ 『七月九日ホームレス殺人事件』

○ 被害者は年齢氏名不詳の六十歳から七十歳のホームレス。

○ 死亡時刻は七月八日午後十一時から午前一時の間。

○ 愛称は仲間から「先生」と呼ばれていた。

○ 博多弁らしき言葉使いをしていたらしい。

○ 主任が全国の行方不明の届け出者と照合したが該当者なしとの事。

○ 指紋照合では前科なし。

○ 服装はボロボロで汚れた赤色かエンジ色くたびれた灰色のジャージを履いていた。

○ 殺人の手口は絞殺。凶器の太さ三cm程度のロープは発見できず。

○ 目撃者なし。ただ他のホームレスが「先生」の事を問い質されている。しかし、顔はマスクなどで隠していたため解らず。

○ 中肉中背で身長は百七十cm程度。

「今解っているのは、大体こんなところですかね」西野主任が鬼熊係長に同意を促した。

「みんな、これらに付け加える情報は無かったのか?」すると、鬼熊班唯一の女性刑事笹塚彩加ささづかあやか巡査長が、挙手をして発言した。

「なんだ笹塚」

「先程の聞き込みには居なかった、ホームレスが帰ってきていたので、話を聞いてきましたところ、何でも被害者は知り合いがいるから、石神井公園に行ってくる。と言っていたそうです」

「そうか、それはいつの事だと言っていた」

「七月の一日の事だそうです」

「そうか、七月の一日ね~。石神井公園にホームレスなんて居るのかな? まぁホームレスとは限らないけど」

 鬼熊係長は、五分がりの頭をゴシゴシと書き始めた。係長が何かを考える時の癖だ。

「おい! 他に何か無いのか! みんなしっかりしろ。一体あんな高齢者のホームレスを殺す動機が解らねえんだよな。石神井公園で何か見てはいけないものでも見たのかな?」

「それでは、鑑識から報告します。」「何だ、鑑識係長!」

「実は、遺体の爪の間から皮膚片と土が発見されました。今それらを科捜研に解明をお願いしております」

「おお、そうかでは首を絞められるとき抵抗して、犯人の腕か手をかぎったのだな。それだとすると、犯人のDNAを検出出来るな。確かな物証だ」よくやったと、係長の肩を叩いた。 

すると西野主任が、

「そういえば、石神井公園と言えば、最近石神井公園で殺人事件があったんじゃなかったっけ。新聞で見たような気がするけど。おい安田やすだ、最近の新聞を持ってきてくれ」

 安田刑事が直ぐに新聞の束を持ってくると、西野主任はパラパラと新聞をめくっていたが、

「有ったぞ、社会面に小さく出てるぞ“七月二日の夜にジャーナリストが石神井公園で刺殺された“と、三日の夕刊に出ている。名前は酒元譲二さん(三十歳)と言う人だな。うちの一件と関係有るのかな?」

「何だって! 主任俺にも見せてみろ」と鬼熊係長が新聞を取そり上げた。

う~む、また頭をガリガリし始めた。

「関係有るのかな? たまたまじゃないか?」

「それは解りませんが、石神井署に問い合わせてみる価値はあると思います」

「そうだな。石神井署と言うと平滝係長がいるところじゃないか。それは頼もしい。以前合同捜査で一緒に捜査したことがあるが、若くて非常に優秀な係長だ。彼に聞いてみよう。笹塚さんに頼もうか、な~んてね! 笹塚さんは平滝係長をお気に入りのようだったからな、な~んて言っちゃって、俺が直接聞くよ」

 笹塚刑事は少しかおを赤らめて、

「係長! それはセクハラですよ❗」

皆は大笑いをした。


      ②


 さて、その数日前七月七日石神井署では平滝係長の命を受けた刑事たちが引き上げてきて会議を開いていた。

「係長! 写真と被害者の全員の調べが終わりました。これから報告します」と主任が言った。

「私と垰田が酒元譲二の事について調べたことを報告します。都内の週刊紙を出している、出版社を尋ねて回りました。全く有名なジャーナリストじゃないようで、殆どの出版社は聞いたこともない。とのことでした。案外自称なのかもしれません。しかし一社で反応がありました。三流週刊紙を出版している会社なんですが、何でもその編集者の話では、二流のアイドルやタレントのゴシップ話などの売れない原稿ばかり持ってきて居たのですが、最近、あの男は『大物俳優の薬物に関する手掛かりや、国会議員のゴシップに関する手掛かりを掴んだから、記事にして持ってきたら買ってくれるだろ』何て言っていたそうで、裏が取れていて、本物だったら高く買い取ってやるぜ。と言ったそうです。どうやら他の捜査員の報告から考えますと、やっぱりあの写真が手掛かりになりそうです」そこで、堺たちの調べた古い方の写真の報告があった。

「私たちは。その写真に有る学ランの校章を拡大して貰って、全国の高校の校章をネットで探してやっと見つけました。どうやらその写真は福岡県の北九州市小倉こくら南区に有る青葉あおば高校で撮られたものと解りました。そこでその高校に電話とファックスを使って、問い合わせてみました。公式な文書依頼を望まれたので、課長名義で捜査協力の依頼書を送りましたので、時間がかかったのもそのせいでして、でもわかる人が学校の教員のなかにいたので、何とか名前が解りました。ところが、その名前のなかにトンでもない大物の人物が居ました! まずその四人が集まっている写真ですが、一番左から言えば、まず酒元譲二、二人目が民自党の幹事長、虎澤泰次とらざわやすじ長男虎澤吉城とらざわよしきだと言うことです!」その瞬間山部やまべ課長が椅子から飛び上がった。


      ③


「な、何だって❗ そりゃ本当かね! なんてこった。署長に報告しなくて良いのかね。平滝君!」

「大丈夫ですよ課長。まだ何か関わりがあるとは解らないんですから」

「では、報告を続けます」とさかい刑事が言葉を続けた。

「その虎澤吉城の横にたっているのが鬼木宅浪おにきたくろう。その右に居るのが、角川義信かどかわよしのぶ。そしてついでに、四人の後ろに立っているのは、三年の時の担当の先生で、荒木省三あらきしょうぞうと言うらしいです。また、クルマの写真の件ですが、ハッキリとはしませんが、虎澤代議士のクルマを息子の吉城ではないかと言うことで、外車を乗り回していたようです」以上が写真に関する報告ですと堺刑事たちが言った。

「あぁ、ご苦労さん」と係長が労った。続いて、崎田さきた刑事と神戸刑事が報告をした。

「私たちは、写真の背景に写っている大学のキャンパスをやはり同じくネットで探しました。なにしろ大学も数が多いので、随分時間がかかりましたが、やっと見つけました。調布市ちょうふしに有るM大学でした。ですから二人で大学まで行って、学生課で職員に聞いてきました。写真に写っている四人のうち三人までは、先程の堺刑事の報告に有った通りですが、鬼木宅浪は写っていません。代わりに一人右端に写っている男は上柳利信うえやなぎとしのぶと言う男でした。一応学生名簿を見せて貰いましたが、この上柳利信も何と、小倉の青葉高校の出身でした。やっぱり仲間の一人だったのですかね? 鬼木宅浪はこの大学には入学していませんでした。そしてその四人の卒業後ですが。大学で掴んでいることで良いからと卒業後の事を聞いてきました。被害者である酒元譲二は、福岡の北九州に戻って、地元の地方新聞社に入ったそうですが、何でも直ぐに辞めて東京に出てきたそうです。それでジャーナリストを気取っていたと思います。代議士の虎澤幹事長の息子は、今は父親の第一秘書をやっているそうです。後、角川義信は、地元の福岡県の北九州市にある中堅の建設会社に就職して小倉に居るみたいです。それと、新しく写っている上柳利信は、写真が好きで、将来はプロの写真家になりたいと言うことで、片時もカメラを離さなかったらしいです。現在は東京で写真の修行をやってるみたいです」

「二人とも、ご苦労さん。となると主任さんまとめてくれた?」

「はい、出来ました。こういう関係ですね」と紙を広げた。


      ④


○ 酒元譲二(被害者)➡️小倉の青葉   

  高校➡️M大学➡️福岡の地元の           

  新聞社➡️退職➡️ジャーナリス   

  ➡️石神井公園で刺殺される。

○ 虎澤吉城 父親が与党の幹事長        

  虎澤代議士➡️小倉南区青葉高

  ➡️調布市M大学➡️父親の第一  

  秘書。

○ 鬼木宅浪 同じ高校の仲間➡️現

  在消息不明。

○ 角川義信 同じ高校の仲間➡️M

  大学➡️小倉の地元建設会社社 

  員。

○ 荒木省三 青葉高校の彼らの担

  任の先生。

○ 上柳利信 同じ高校の仲間➡️M

  大学➡️プロの写真家を目指し

  て東京の池袋に居住。

 それを見た平滝係長は、何時もの癖を出し始めた。主任が作った一覧表と写真を何度も見比べてはう~む

と唸りながら、

「少しづつ事件が見えて来たかな?」と呟いた。

「後、凶器のナイフが見つかればな~」

「それは、難しいって、係長が言ったばかりじゃないか」と課長が嘆いた。


      ⑤


 九月十日

 朝早くから石神井署刑事髁に電話が鳴り響いた。中山主任が受話器を取り上げ応答した。

「はい、石神井署刑事髁ですが、あっ、はい、はい、解りました。平滝係長に上野署の鬼熊係長から電話です」と、係長に受話器を手渡した。

「やあ、お久しぶりです。お元気ですか? いつかの共同捜査ではお世話になりました」

「ガハハハ、平滝さんもお元気ですか? いや、実は先日オタクの石神井公園の殺人事件を新聞で読んだのだが、今忙しいだろう。」

「何せ、世帯が小さいからバタバタしていますよ」

「だろうな。そんな時に済まないが一寸聞きたいことがあってな」鬼熊係長の声が段々大きくなってきた。

「聞きたい事って? 何かな、うちの事件に関すること?」

「関係があるかどうかは、解らんがな。実はこちらでも上野公園でホームレスの遺体が発見されて、わしらが現場に駆けつけたのだよ。死因は首を絞められていた。そこでだ、うちの刑事の聞き込みの結果、そのホームレスが、七月一日に知り合いがいるから石神井公園に行ってくると、仲間に言っていたらしいんだ。そちらで直ぐ後に殺人事件があったのだろ。何か関係があったかもと思って、電話をかけてみたって訳だ」

「えっ、何ですって、実は鬼熊係長さん、うちの聞き込みでホームレスらしき人間が逃げていくところを目撃したって証言があるんですよ。係長さん。悪いけどそのホームレスの遺体の写真を、うちにネットで送ってください。お願いします」

「何だって、解った。直ぐに送らせるから待っていてくれ」

「お願いします」

 と言って、受話器をもとに戻した。「おい、みんな❗ 上野公園で殺人があったそうだが、その被害者がホームレスらしいんだ。そしてそのホームレスは生前、七月一日に知り合いがいるから石神井公園に行ってくると、仲間に言っていたらしいんだ。その遺体の写真がネットで送ってきてるはずだから、その写真をもって、みんな駅を含めて、街にある防犯カメラをしらみ潰しに調べて見てくれ」と課長が言うと、みんな部屋を飛び出していった。


      ⑥

 

 数時間後、平滝班の捜査員が続々と帰ってきた。

「係長! 係長の言った通り、一日からの防犯カメラを、駅から石神井公園までを調べましたら、ありました。目撃者が言った通りの服装のホームレスらしき人物が写っていました。それもその中の一枚から、驚く人物も一緒に歩いていました」と言って、ビデオカメラから一枚写真にした物を差し出した。

「なるほど、このとなりに居るのは被害者の酒元譲二だな。俺の想像が当たったわけだ。しかし、このホームレスが犯人ではないな。何となく見えてこないか? このホームレスは仲間から『先生』と呼ばれていたらしい。上野から『知り合いに』会いに行くと言っていたらしいからこのホームレスは、高校の時担任の先生だった、荒木省三さんかもしれない。ただそうだとすると、酒元譲二さんはどうやってその存在を知ったのか? そこが謎だ。また、ひょっとして譲二さんが殺害されるところを目撃したのかも・・・」

すると直ぐに平滝係長は上野署の鬼熊係長に詳しく説明するため電話をかけた。

――それにしても、高校の教師をしてたのに、どうしてホームレスになるのかな? 人違いかな?――

 と平滝係長が呟いた。と平滝係長が呟いた。

「俺、一寸上野署の鬼熊係長にあちらで起きた殺人事件の詳細を見せて貰ってくるわ。あとは主任さんよろしく」と言って、上野署に出掛けていった。



  福岡県北九州市の殺人事件

       ①

 

 

七月十一日

 春も過ぎて、初夏の生暖かい風がある男の頬を撫でていく。北九州市の中心駅である小倉こくら駅から吐き出された人々で、駅前ロータリーは、老若男女の人々が行き交っている。

 会社帰りのサラリーマン、OL等、行き交う人々はみんな幸せそうに感じられた。帰宅しようとする人、またはこれから一杯飲みに行こうとしている人々で溢れている。


 男の鋭い眼光が光った。いたっ! 奴だ。間違いない。もう十二年ぶりに見るが、いかにもサラリーマン風としていてもお前の顔は決して忘れない。しかし、お前は私の事を覚えてもいないだろうーー。


 その男の眼は、細く獣のような輝きが蘇る。今、彼の目の前を歩いて行く獲物がいる。その男は三十歳。辺りは薄暗く、男がつけているのをその獲物は感づいていない。その男の胸中は命令に逆らえない悔しさで一杯だった。


      ②


 ーー勘弁しろよ。別にお前が憎くて来たんじゃないんだ。俺も生きていくためなんだ!ーー


 駅前に広角に広がる陸橋りっきょうを駅前デパートの方向に向かい、その方向の階段を降り、平和通を直ぐに左手に曲がり、そのデパート沿いに歩いていく。尾行をはじめて、五、六分 程歩いたろうか。北区京町きょうまちの辺りを歩いた頃、奴は急に右折し、五階建ての賃貸マンションに入っていった。築三十年くらい経っているようなマンションだった。『マンション建山』と書いてあった。ターゲットの男はマンションの入り口にはいると、郵便受けをチェックしはじめた。


 ーーあった。三◯四号室か!ーー


 その男は、左の口角を吊り上げるとにやりとした


 奴の家さは見つけた。後は準備をして実行に移すだけだな。早いうちにやっちまおう。


 ーーしかし、俺が探していた男が北九州市に居ようとはな。逆に私も予想もしてなかったよ。ーー


 そう呟くと男は、きびすを返して、駅の方へ戻りはじめた。辺りはもう暗くなり始めていた。


      ③


七月十三日

 小倉北区マンション『建山』の三⚪四号室で、殺人事件が発生した。小倉北署から捜査員が駆けつけた。現着すると、まだ鑑識作業が続いていて、現場に入れない。川辺かわべ係長は鑑識係長の糸田いとだ警部補に聞いた。

「まだ時間が掛かりそうか?」

「もうすぐ終わりますから、一寸待ってください」

 暫く、規制テープの外側でイライラしていた川辺班の刑事たちは、鑑識係長の合図で、現状に殺到した。

「糸田係長! 被害者の身元を教えてくれ」

「本人の物らしいスーツのポケットから免許証と名刺が出てきたよ。名前は、『三◯四号室』角川義信。吉沢建設の営業マンだな、死因は腹部を二ヶ所刺されたための出血性ショック死だな。凶器は見当たらない。死亡時刻は司法解剖が終わらないとハッキリしませんけど、大体私の経験則では、午後十時から十二時の間だろうな」

「泥棒か?」

「それはないと思うけど、財布も通帳も手付かずだからな。ただ喜んでよ川辺係長、被害者以外の頭髪が見つかったよ。おそらく犯人と被害者はかなり争ったような跡が確認できたよ」

「そうか! 犯人の物だったら有力な物証だな。それじゃ足跡も取れたんじゃないか? 後での捜査会議で詳しく報告を頼むぜ」

 他の刑事たちは部屋の中を家捜ししていたが、大したものは見つからなかった、ただ携帯電話が見つからなかった。

「よし、主任と岡田おかだは会社に行って被害者の交遊関係をあらってくれ。他の物は近所の聞き込みにあたってくれ」

 川辺係長から檄がとんだ!


      ④


『閑話休題』 

 *ここまで目を通して頂いた方には大変お礼申し上げます。賢明な皆様には、ここまで来ると、もう全体が判明していることと思います。なんだ! これがミステリーか? と、避難なされる光景が目に浮かびます。もうすぐ終演を迎えるので、このまま最後まで目を通して頂くことを切に願います。

 


   とき明かされる真実?


      ①


 七月十日 石神井署にて

 防犯カメラを精査していた部下たちから新しい発見があった。

「係長! 七月二日の深夜、石神井公園駅の防犯カメラに、そこにある高校時代の写真のに写っている『鬼木宅浪』らしき人物が写っていますよ、よく似てると感じますが」平滝係長が覗き込むと、

「成る程、よく似てるな。西尾さんよく見つけましたね科捜研で比較すれば同一人物がどうか直ぐに解るだろう。大事にとってあおいてくれ。さて、それでは」

 平滝係長が、背伸びをしなから、

「中山さん、一寸事情聴取に付き合ってください」

「えっ、事情聴取ですか? 誰のですか?」

「上柳利信だよ。免許センターから詳しい住所を聞いてるだろ。何でも池袋だとか聞いてるが」

「はい、了解しました。車で行きますか? 電車で行きますか?」と主任は答えると、

「はい、電車で行きましょう。それじゃあ課長一寸行ってきます」と言うと二人して腰を上げた。

「おいおい、まさか虎澤吉城のとこにも行く気じゃないだろうな? あそこに行くときは、署長と相談してから行くようにしろよ!」

「今日は、上柳だけですよ」と言って

二人は西武池袋線を使って、池袋まで出た。車中、

「係長! 急に行って奴は家に居ますかね?」

「今日は天気が悪くて、少しだか雨模様だから、カメラマンを目指す彼は居ると思うんだけどな」

 池袋につくと、調べてきた上柳利信のアパートを目指して歩き始めた。池袋の✕番地✕丁目✕✕『吉武アパート』のニ◯三号室を尋ねて2人で歩いて回った。

アパートを探し当てると、主任が上柳の部屋の呼び出しブザーを押した。


      ②


「はーい。どなたでしょうか?」と声がした。

「ビンゴ。係長、奴は居ましたね」

 ドアが空いたので、二人は自己紹介をした。

「私は、石神井署の平滝と申します」

「同じく私は、中山と申します」と二人は警察手帳をかざして見せてた。

「石神井署の刑事さん? 石神井署の? あぁ、成る程あの件かな。しかし、よく私のことが解りましたね」

「酒元譲二さんの部屋の中で写真を見つけましてね。その中に貴方が写っていたので、一寸お話を伺いに来ました」係長がそう言うと、

「成る程、解りました。どうぞ中には行ってください」何故か上柳さんは覚悟を決めたような口調で答えた。そう言うことで、三人はアパートの中に入り、四畳半ほどの和室で向かい合って話を始めた。大人しそうな細身の体であまり顔色もよくなくて、元気がなさそうだった。聞き役は係長がおこなった。

「お話をうかがう前に、承諾して貰いたいことがあります。主任、例の物を出して」主任は小さな食台の上に録音テープ(デジタル録音機)を出した。スイッチを入れると、

「七月十三日、池袋の吉武アパート上柳利信様方にて、これからの証言を、この録音機で全て録音することを、承諾して頂けますか?」と係長がそう問うと、上柳は、

「はい、承諾します」と宣言した。

「あの、多分石神井署の刑事さんならば、ひょっとして公園で酒元譲二が殺された事件のことでしょうか? テレビで見ました。しかし、よく私のことが解りましたね」

「えぇ、実は酒元さんのマンションの部屋を探したところ、隠すようにこの八枚の写真が出てきたのです。世枚は高校時代のようで、あと四枚がどうやら大学時代の写真のようだったので、これは大事な手がかりだと思い、写真に写っている人物を全て解明したわけです。一寸時間が掛かりましたが、全員の名前と住所が判明したわけです。大学時代と思われる写真に上柳さん、貴方が写っていたわけですね。ただ鬼木宅浪さんの行方が解らず、角川義信さんは、九州に居ると言うことなので、まず近くの貴方のお宅に伺ったのです」

「成る程。この写真八枚でみんなの素性を暴くなんて、流石に今の警察は優秀ですね。高校時代の写真に私が写っていないのは、その写真は全部私が撮ったからです。まだまだそれは一部にすぎません。大学時代には私も三脚台を持っていたからそれで撮ったものですね。大学時代の写真もまだまだ沢山有りますよ」と上柳は目を丸くしていった。


      ③


「いいでしょう、私が知っていることを全てお話ししましょう。さて、どこから話せばいいかな?」彼はテーブルに頬杖をついた。

「スミマセン、その前に見て貰いたいものがあるのですが」係長はポケットから、また別の写真を取り出した。

「数日前に、上野公園でホームレスが殺害された事件のことはご存じですか?」

「はい、新聞に小さく載ってましたね」

「実はこの写真は上野署で一枚貰ってきたものですが、被害者の写真です。どうですか? この人物は荒木省三先生では有りませんか?」写真を見ていた上柳さんは、

「はい、その通りです。私たちの高校三年のときの担任の先生に間違い有りません。やっぱりそうだったんですか。私はカメラ部で散々お世話になった先生です。カメラ部の顧問をしていたのです」

「やはりそうですか、ただ、私は疑問に思っていたのです。何故、高校教師をしていた人が、上野でホームレスになっていたのでしょうか?」

「それには、私たちのグループ、いや虎澤吉城のせいなんですよ。あいつは本当にズル賢い嫌な奴でした。あれは---俺たちが高校三年のときだったな、日曜日に吉城のところに集まって、『おいこれから、ドライブにでも行こうぜ』と言うと、みんなはそれに従うしかなかった。そこであいつの親父の車に乗り込んで、飛ばしていたんだ。そのときの写真がこれさ、奴が運転している写真があるだろ。南区の住宅街を飛ばしていたとき、小さな公園の側を飛ばしていた時、あいつは五歳の子供を撥ね飛ばしたんだ。当然みんなビックリして、車から飛び降りたが、子供はもうすでにぐったりしていて、しんでいるみたいだった。当然近所の人が警察に連絡したので、暫くすると小倉南署の交通髁の警察官が飛んできた。しかもその子供は荒木先生の孫だったんだ。俺たちは茫然とした。先生の娘さんの家の近くだったんだ。そこで吉城の奴が鬼木に、『お前が運転していたことにしてくれ』と言い出したんだ。当然鬼木も最初は断っていたのだが、吉城が『心配するな、まだ俺たちは未成年だ! たいした刑罰にはならないよ。お前が務所から出てきたら、俺が一生面倒を見てやるよ』と言われたので鬼木の奴吉城の言う通りにしたんだ。そして警察には鬼木が連れていかれた。飛んでもない奴さ吉城って奴は❗


      ④ 


そして何年かして鬼木は刑務所から出ると、東京に行って、吉城に約束通り、生活の面倒を見て貰っているんだ。しかし、俺が撮ったたこの写真が証拠写真となったのさ。他にも何枚もあるんだぜ、それは俺が保存しているんだ」そこで一息つくと、お茶をのみ、さらに続けた。目には涙が溢れていた。

「その人身事故の責任を背負わされて担任であった、荒木省三先生が学校を辞めさせられたんだ。私立高校だったし、とらだ特にその学校は虎澤代議士の影響力が強くて、校長も逆らえなかったんだな。懲戒免職のような形で学校を放り出されたわけです。娘さんは、子供を先生にあ付けて夫婦で外出していたので、先生は娘さんからも激しくなじられて、先生の奥さんは三年前に病気で亡くなっていたので、先生は一人になってしまった。そして近所に暮らしていた一人娘の旦那さんが東京に転勤になったからです。一人で暮らしていた先生も、懲戒免職同然の扱いをされたので、お金も手に入らず正に困窮を極めていたらしい。自殺も考えたらしいが。もう一目娘に会いたいと想って、東京に出てきたらしいんだ。初めての東京で、あちこちを探して回ったらしい。そしてやっと見つけたとき、娘を尋ねていったら、けんもほろろに、突き放されたらしい。それで先生は自殺の場所を探して東京をうろうろしているうちに、ホームレスになってしまったらしいんだ。こんなことを知っているのも、俺は偶然にも上野で先生に出会ったからなんだ。あれは・・・そう、六月の始めだったな」 と写真を指差し、話を続けた。


      ⑤


 譲二の奴が、月曜日の昼頃、ひょっこり尋ねてきたんだ。そのときの会話が次の通りさ。実は俺は、あいつらと話すときにはヤバイ話が多いから、コッソリとデジタル録音機でこっそり録音してたのさ。これも俺の身を守るためだよ。そしてその録音を聞かせてくれた。

「よう、譲二か、大学卒業以来だな。しかし、よく俺の住所が解ったな?」

「俺はこれでもジャーナリストの端くれなんだぜ、蛇の道は蛇って言うだろ。みんなの住所も知ってるぜ。ところで今日来たのは、上柳に頼みがあってな。俺は、今ある大物俳優の薬物に関する噂を耳にしたんだ。いまそれも追いかけていて、お前に俺と一緒に来て、決定的な写真を撮って貰いたいんだ。あと、虎澤代議士の息子のスキャンダルがあるだろう。お前が写真に撮ってあるはずだぜ。あのときは鬼木が身代わりになったけど、本当の運転者は。吉城じゃないか。お前、あのときの写真持ってるよな。少し分けてくれよ」

「どうするんだよ?」

「決まってらあな、吉城のスキャンダルには申し分ないじゃないか。しかも次の総選挙のときには親父は引退して、吉城が代わりに立候補するらしいぜ。少し金蔓にするだけさ」

「駄目だよ、それじゃあ強請じゃないか❗ 俺はそんなヤバイことに巻き込まれることは御免だぜ」

「大丈夫だよ、俺が一人でやるんだから、そしてもちろん分け前はお前にもやるよ。生活苦しいんだろ」

「俺はこれから出掛けるところだったんだ。帰ってくれよ」とここで録音機を切ると、話を続けた。

「譲二があまりにもしつこいものだから、刑事さんたちが持ってきた写真を渡したのさ。俺は早く写真を取りに行きたかったからな。そしたら譲二も一緒に行くと言うんだ。仕方ないから一緒に上野公園に写真を取りに行ったんだ。あそこは良い景色が多いし、野鳥なんかもいるだろ。だから、二人でしょうがなく、上野公園まで行ったんだ。そして公園で撮影をしていたとき、偶然にも荒木先生に会ったんだ。全く面影もなくなって、ホームレスになってたよ。譲二も先生には世話になってたから、驚いて二人して先程話した話を先生に聞いたんだ。譲二も俺も大変世話になっていたから、それからはたまに先生に会いに行って、お金なんかを少しだけど渡したりしていたんだ。それが一月もたった頃、譲二も荒木先生も殺されたんだから、驚いたよ」上柳は、涙をボロボロと流し始めた。

「きっと、譲二の奴が本当に吉城の奴を強請ったに違いないよ。そしてその時たまたま譲二のマンションに誘われた先生が、殺人の瞬間を目撃したに違いないよ。譲二は先生をたまに家まで連れていって、世話をしていたらしいから、バカな彼奴は、本当に脅迫をして、逆に殺されたに違いないよ。そしてやったのは、勿論吉城の飼い犬の鬼木に違いないよ、彼奴は昔から血も涙もない冷酷な奴だったから、吉城に金で頼まれて、やったに違いないよ。これが俺の知ってる全部だね」

「有り難うございました。主任さん録音機を止めて良いよ」と言われて主任は録音機を止めた。そして、係長は、

「どうしてここまで話してくれたのですか?」

「あぁ、実を言うと俺はもう長くないんだ。胃腸の調子が悪かったので大きな病院で検査を受けたら、何と! スキルス胃がんでⅣの段階らしい。もう数ヵ月の命と解ったのさ。そうなるともう、どうでもでも良いよと考えるようになったのさ、自棄糞さ!」

「えぇ! スキルス胃がんだって❗ それは大変なことじゃないですか」

 係長は、首を左右に振りながら、ため息をついた。

「それでは、長い間失礼しました。この辺で、切り上げさせていただきます。主任さん、石神井署に戻りましょうか」そう言って二人が立ち上がった時、

「ちょっと待ってください」上柳さんは、立ち上がると、押し入れの中からおかしでも入っていたような小さな紙のはこを取り出してきて、

「これを警察に提出しますので、持っていってください。私が撮った写真とネガフィルムが全部入っています」と、差し出した。

「えっ、良いのですか? 協力に感謝します」そう言って、箱を受けとると、二人はアパートを出て、署に向かった。

「良いんだ、これで良いんだ」上柳は呟いた。ふと、見上げると、もう午後四時を過ぎていた。何時ものように、ニュースを見るため、テレビのスイッチを入れた。東京のニュースが終わり、各地のニュースになった時、目を張るようなニュースが流れてきた。


       ⑥


 『今日北九州市小倉北区のマンション建山三◯四号室の建設会社社員角川義信さん(30歳)が、昨日刺殺されたことが、出勤してこない角川さんの様子を見に来た会社の同僚が発見いたしました。小倉北警察署では、怨恨関係を中心に捜査している模様です』

「な、何だって❗」上柳利信は、テレビにすがり付いて、

「角川が! 角川が❗ 俺の親友じゃないか。これも鬼木の仕業か❗」

と、ガックリとして、大泣きをした。

「鬼木のやつめ! 許せない」上柳は畳の上に拳骨を何度も叩きつけて、嘆いた。その時上柳の携帯が鳴った。携帯を見詰めると、吉城からだった。彼は携帯を取り上げると、急いで録音操作をして、電話に出た。

「よう、利信か? 俺だ吉城だよ。お前に話がある」

「話だ? 何だ❗ お前か! 譲二に、荒木先生に、義信を鬼木に殺させたのは? 例の件で譲二に脅迫されたんだろ、お前がやらせたのか!」

「荒木先生? 誰だそれは」

「ふざけるなよ! 高校の時の担任の先生じゃないか! お前が一番関係した先生じゃないか! 上野公園で殺されたにホームレスだよ!」

「へぇ、それは知らなかったな。そりゃ鬼木が何か失敗したんじゃないのか」

「兎に角、吉城❗ お前は友だちをみんな殺すきか?」

「うるせい! お前に吉城呼ばわりされる間柄じゃないよ。そうか、そんなことか。それはともかく譲二に写真を渡したのはお前だな。他にもあるのか? その写真のおかげで、俺は譲二に脅迫されたんだよ。だから鬼木に言って始末させたんだ。ひょっとしたら義信も持っていたらヤバイから、鬼木に回収をさせたんだよ」

「貴様❗ 許さんぞ。写真ならまだ沢山有るよ! ばらまいてやろうか」

「お前も死にたいのか。そんなことだろうから、ぉ絵を最後まで残しておいたんだ」

「吉城❗ ふざけるなよ。俺が死んだらある人に頼んである全ての写真がマスコミに届くようなになっているんだ」

「解った、解った。じゃあ俺がそれを全部買おうじゃないか。どうだ。写真をもって、ネガフィルムもだ。全部鬼木に渡すんだ。今夜十時でどうだ? 鬼木には俺から言っとくから」

「俺は、鬼木の住所なんて知らない」

「あぁ、鬼木の住所は。千代田区紀尾井町石田ガーデンビル六階612号室だよ、お前の命は俺が保証するよ、写真さえ全て渡してくれたらな」

「成る程、解った。今夜の十時だな」

「ものわかりが良いね。譲二もそのくらいものわかりが良かったら、死ななくてすんだものを。じゃあな、頼んだぜ」

 ――チャンスだ❗―― と思った。

「あぁ、全部持っていくよ」

 と、電話をすませ。全て会話は録音された。上柳は、胸のなかに炎を燃やしながら、目をぎらつかせた。東京メトロを使うか。と、夜までに食事を取って、用意をすませた。

 

 

 

  そして、誰もいなくなった?

      ①


 上柳に、事情聴取をすませた平滝係長と中山主任の二人は、五時前に石神井署についた。すると課長から呼ばれた。

「大変だよ、平滝係長❗ 角川義信さんが北九州市の小倉で、誰かに殺害されたんだよ! 先程の夕方のニュースでやってたぞ」と言って、中山主任が作った関係者の一覧表の名前を赤えんぴつで、譲二と先生と角川の名前を消した。

「何ですって! 二人目、いや三人目か。とんでもないことだ。中山主任さん、悪いけど今日のことを文章にまとめて貰えるかな」

「はい、了解しました。直ぐにでも」

「何か、今日の聴取で解ったのか?」

課長が身を乗り出して聞いてきた。

「ほとんどのことが解りました。全ての中心は虎澤吉城だと言うことです」

「虎澤吉城だって、虎澤代議士の長男じゃないか! マジかよ。与党民自党の現役の幹事長だぞ虎澤代議士は。」

「父親は関係有りません。息子のことです」山部一課長は、

「平滝君、上柳との事情聴取で、成果があったのなら、俺に報告しろよ」と言われたので、係長は、

「今、主任さんに報告書としてまとめて貰っていますが、解りました。先ずは口頭で報告いたします」と言って、上柳さんとの会話を要領よく、課長に伝えた。話は長くかかったが、最後に課長は言った。

「それじゃあ、うちの殺人事件と、上野のホームレス殺人事件の犯人は同一人と言うのか。この鬼木宅浪というやつか?」

「はい、たぶん福岡の事件も奴の仕業ではないかと」山部課長は、

「何か物証はあるのかな?」

「それについては、上野の事件では被害者の爪の間から、皮膚片が見つかっています。当然DNAも判明しております。今から小倉南署に連絡を取って何か物証が残ってないか、課長! 問い合わせていただけませんか?」

「俺がか? まぁ、良いけど聞いてみるか」と、電話を引き寄せて交換に福岡県北九州市小倉北署の刑事一課長に電話を繋いで貰った。電話が繋がると、山部課長は簡潔に訳を伝えて、角川義信さんの事件で何か物証は出ていませんかと、尋ねた。


      ②


「向こうの崎田課長が後で、担当の川辺係長から連絡させるそうだ」と答えて受話器を置いた。電話は直ぐに掛かってきた。

「もしもし、私は小倉北署の川辺係長ですが、石神井署の山部課長さんでしょうか?」

「はい、私が山部ですが、係長さんですか?」

「はい、そうですが、実は被害者の角川義信さん以外の毛根付きのやつが見つかって、DNAも判明しています」

「それでは、連続殺人の疑いがある事案で、上野署の捜査一課鬼熊係長のところに、犯人のDNAが有りますので、比較してみて貰えんでしょうか? 同一のDNAであれば、犯人に心当たりがあるのですよ」

「えっ、そうなんですか。それでは早速照会してみます。結果は追って連絡させて貰います。それでは失礼いたします」

「小倉北署でもDNAが出たそうだ、上野署に照会してみるとよ」と、山部課長は、平滝係長に言った。

「一致したら、もう鬼木を逮捕してDNAを調べれば、もう決定ですよ。課長逮捕状の請求を御願いします」

「まぁ、電話待ちだな」課長は五人の名前を書いた紙の鬼木と虎澤の欄を赤えんぴつでコツコツと叩いた。係長は係長で、電話が来るまで主任の机に近づき、上柳さんから提出された、新しい写真を数名枚自分の机に持っていって、髪の毛をくるくると巻いては伸ばす例の癖を出しながら。写真を並べて眺めていた。どうやら大学時代に撮った写真のようだった。そうやって考えているときに、課長の電話が鳴り響いた。小倉北署の山部係長からだった。

「今、上野署の係長とPCでDNAを比較し終わったところですが、全くの同一でした」

「そうですか、有り難うございます。平滝君❗ ヤッパリ同一だったらしいよ」

「そうですか、課長! それでは令状を申請しても良いですね」

「いや、ちょっと待ちなさい。鬼木のDNAとはまだ限られていないんだから、重要参考人としてかな? それに所長とも話し合わなくては。この名簿の住所を見ると、鬼木は千代田区紀尾井町石田ガーデンビル六階612号室となっているじゃないか、麹町署の管轄だ。それに平滝君、君は最終的には虎澤吉城を殺人教唆で逮捕したいんじゃないかね。こちらも麹町署の管轄だ。麹町署と言えば、本庁に次ぐような大きな所轄だ。しかも佐伯署長は『警視正』だ。来年には本庁に戻り『警視長』になるかもしれない人だ! 迂闊には動けないよ。兎に角今日はもう遅い、裁判所は年中無休で二十四時間受け付けてるけど、実は先程の電話のなかで小倉北署の捜査員が二名朝一でこちらに来るそうだ。合同捜査になるかもな。明日主任の報告書が出来てから、うちのキャリア署長谷岡警視と話し合おうじゃないか。それで良いだろ、係長」

「解りました。逃げることはないでしょうから。みんな解散だ! 明日だ明日。みんな課長の言葉を聞いただろ」と平滝係長が言って、主任を除いて、みんな家に帰った。

「主任さん、何か一人残して悪いね、俺も何か手伝おうか?」

「いえ、一人の方がやり易いので、係長は帰ってください」そしてその日は過ぎ


 翌七月十四日

 石神井署の刑事課に中山主任が早朝早々飛び込んできた。

「大変です❗ 平畑係長、山部課長! 早朝のテレビを見ましたか? 鬼木宅浪が殺られました❗」と大声で叫んだ。

「何だって!」係長と課長が同時に叫んだ。

「私は今日に間に合わせるために、家に持って帰って、徹夜で作業をしまして、やっと出来上がった。と思って何気なくテレビを付けたら、このニュースが流れていたんですよ」主任が言った。

「おい誰か、新聞を取ってこい! それとテレビをつけてみろ」課長が怒鳴った。テレビニュースでは、

『昨夜遅く、千代田区紀尾井町石田ガーデンビル六階612号室に住んでいた無職、鬼木宅浪さん(30)が、刺殺されているのが管理人によって発見されました。鬼木さんの友人が何度電話してもでないから、様子を見てきてくれと頼まれて、発見したようです。腹部を刺されての出血多量が死因のようです』

 刑事課全員が溜め息をついた。主任によると、麹町署に捜査本部がたちそうだ。とのことだった。

「とにかく、麹町署に連絡しないと、課長、主任さん、報告書をコピーして、谷岡署長に報告に行きましょう」と三人は資料を抱えて、一階の奥に有る署長室に向かって走り出した。

 署長室での報告は三人で説明して約一時間掛かった。谷岡署長は、

「それは大変だ、直ぐに麹町署の佐伯署長に伝えなくては! 佐伯所長は私の先輩だ。しかし、ややこしい事件だな」係長は、

「署長早く麹町署の捜査本部に三人で急いで伝えてください。私は峠田刑事と一寸寄りたいところか有るので、用件を済ませて直ぐに捜査本部に向かいますから。三人は早く向かってください」主任は何となく解ったような顔をして、

「さあ、課長、署長、急ぎましょう」と言って駆けていった。三人は麹町署に、平滝係長は、峠田刑事を呼びつけて池袋へと警察車両を急がせた。

「峠田❗ パトを鳴らして急ぐんだ❗」と池袋へ向けて急がせた。

 麹町署に着いた三人は急いで署長室に駆け込んだ。一方、平滝係長たちは池袋の吉武アパートに住む上柳利信さんの部屋の近くまで来ていたが、アパートの周辺に黄色の規制線が張り巡らされていた。二人はアパートの近くに車を止め、規制線の立番警官に警察手帳を見せて、上柳さんの部屋を目指した。そこには、池袋西署の捜査員が部屋のなかを捜査していた。平滝係長はその現場の責任者らしき刑事に身分を名乗り、声をかけた。

「一体どうしたんですか?」

「私は池袋西署の神崎警部補ですが、今朝方大家が家賃を取りに部屋に来たところ、住人の上柳さんがなくなっていると言う通報があったのです」

   ②


「さ、殺人ですか?」

「いえ、どうも自殺のようです。遺書もあるようで、青酸カリの服毒自殺みたいです。あ、そういえば貴方は石神井署の平滝係長ですね。貴方宛の荷物があるんですが、まあ、なかに入ってください」平滝係長と峠田刑事は、ビニール袋を履き、手袋をして部屋に入っていった。上柳利信さんは、テーブルにうつ伏せになって死んでいた。となりには青酸カリを入れて飲んだのだろうコップがあった。遺書を見せて貰うと、

《今日七月十三日、私たちの先生を殺し、友人を二人も殺した、憎き男鬼木宅浪を訪ね夜の十時過ぎに、腹部に三人分の恨みを込めて刺殺しました。どうせ私も先のない命です。死んでお詫びします。

           上柳利信》

 この遺書と平滝係長宛にこの箱がおいてありました。箱を開けると、携帯電話が四つ入っていた。それに血が染みている布にくるまれたナイフが二本入っていた。

「神崎警部補。触ってみても宜しいでしょうか?」

「はい、どうぞ貴方宛になってますから。それに鑑識ももう終わりましたので」

「そうですか。有り難うございます。それと申し訳有りませんが、遺言書のコピーも一部頂けませんか」と言って、上柳利信の携帯を手に取った。そうしたら、携帯に録音のマークが点いていたので、押してみたら、十三日の午後四時三十五分、虎澤吉城からの電話内容だった。それを聞いた平滝係長と峠田刑事は、その内容に顔を見合わせた。

「これは、これは大変な内容だ❗ 神崎警部補これを全て持っていって良いですか? 今、麹町署に捜査本部がたっていて、みんな集まっているんです。急いで佐伯署長にも聞いて貰わなくては」

「勿論良いですよ。池袋西署には私から説明いたしておきます。あ、それとこれを遺言書のコピーです」

「有り難うございます。おい、峠田急ぐぞ」そう言って二人は敬礼をして車に戻り、麹町署へと急いだ。峠田刑事が運転する助手席に座って、平滝係長は、携帯電話を取り出し、捜査本部にいる山部課長に電話を掛けた。

「課長ですか、平滝です。全てが解りました。そこで御願いがあります。被害者の鬼木宅浪のDNAを調べてください。北九州の小倉北署の川辺刑事他捜査員、それに上野署の鬼熊係長と捜査員ははそこに着いていますか?」

「あぁ、先程のうちの捜査員に連れられて来ているよ」

「そうですか、それでは鬼木のDNAと両署の持参しているDNAとが一致するはずです。あと鬼木を殺害した犯人は判明した。ですからじ取りに出ている捜査員は、本部に呼び戻してください」

「良いのか、君の言うことだから間違いないと思うけど」

「お願いしますね課長! 詳しくは私が本部についたら詳しく説明いたしますから。それでは」と言って電話を切った。

 

      ④


 暫くして、平滝係長たちは麹町署のマンション殺人事件の捜査本部に駆け込んだ。

「おぉ、平滝君! 早速詳細を報告してくれ」捜査本部の雛壇には、佐伯署長を始め、谷岡署長、山部課長、中山主任、麹町署の捜査一課の玉木課長、長田係長、本部から来た奥田管理官、第八係長の唐木警部が並んで座っていた。捜査員席には、小倉北署の川辺係長ともう一人の部下が、上野署の鬼熊係長とその部下が座っていた。そこで平滝係長は、皆に報告を始めた。池袋で判明したこと。上柳利信が遺書を残して自殺していたこと。そして上柳利信の残してくれた。三人の携帯電話と凶器のナイフのことを、詳細に報告した。本部のみんなはビックリして目を見合わせた。

「これらの事で、全てが判明しました。つまり、酒元譲二さんと上野公園のホームレス荒木先生、小倉北区の」角川義信さんは鬼木宅浪が起こした殺人であり、鬼木宅浪は上柳利信野の犯行による殺人であり。上柳利信自体は自殺で決着をつけた。と言うことになります。証拠はここに有る上柳さんが私に残してくれた手掛かりで、全て解りました」そして皆に携帯に残っていた録音テープの重要な箇所を再生して皆に聞かせた。雛壇にいたみんなは一様に驚いたかおをして、本当かよ~、とか、そんな馬鹿な、様々な表現で溜め息をついた。

「それだけではないんです。実はこの携帯の録音も聞いてください」と言って、今度は鬼木の携帯を操作した。そこには、虎澤吉城から鬼木に掛かってきた電話内容だった。重点を言えば、そこには虎澤から鬼木に殺人教唆をする内容であった。先ずは酒元の殺人依頼で、何でも酒元が俺を脅迫してきた事と、一人当たり五百万円の報酬を振り込むと言う内容で、酒元だけでは安心できないから、高校三年生の時の事故の写真と大学の時の暴行の時の写真が脅迫のもとだから、角川義信、上柳利信も殺ってしまえ、と言った内容だった、鬼木も最後は自分が殺られるのではないかと、用心して自分を守るための録音をしていたみたいです。捜査本部にいたみんなは口をあんぐりと開け、一度勢い良く浮かせた腰を力なく椅子に座った。


      ⑤


「どうでしょうか? 虎澤吉城を殺人教唆の容疑で逮捕状を請求しませんか?」力なく麹町署の佐伯署長から言葉が漏れた。

「君❗ 虎澤吉城って、現職の民自党代議士虎澤幹事長の息子で第一秘書だよな」

「はい、その通りです」

「その通りって、君は何を言っているのか解っているのか?」

「父親は関係ないと思いますが」

「関係ないって、君ね❗ 現役の代議士の息子だよ」

「ヤルベシだと思いますが。それが警察としての正義だと思います‼️」

「叶わんな、おい、谷岡署長、君はどう思う」

「そう言う男なんです。うちの平滝係長は」

「奥田管理官、君の意見は?」

「ヤルベシだと思います」

「そうか、解った。みんなの意見だ早速だが、管理官彼の言う通り、令状を請求したまえ」

「はい、解りました。唐木警部! 早速請求をしてくれ」そう言われて捜査一課の中堅刑事が令状の請求を始めた。

「それでは、裁判所に行ってきます」と言って、部屋を飛び出していった。「あ~あ、後が恐ろしいな」と佐伯所長は頭を抱えて。塞ぎ込んだ。

「ところで、今虎澤吉城が何処に居るのか解っているのか」すると唐木警部が、

「はい、今日は事務所は休んでいると言うことなので、マンションに居るはずです」捜査本部のなかは水を打ったようにシーンとしていた。もう夕方になろうとしていた。そこに裁判所に令状の請求に行っていた中堅刑事が帰ってきた。

「警部! 令状が取れました」と言って駆け込んできた。

「よし、唐木警部、長田係長何人か連れて逮捕に行ってきてくれ!」と奥田管理官画言った。二人と何人かの刑事が、捜査本部を飛び出していった。


       ⑥


 千代田区麹町アクアシティタワー十階1006号室前に着いた係長たちは、入り口のドアの横に有るチャイムをならしたが、何の反響もなかった。

「おかしいな? 今日は自宅に居るはずなんだがな。おい、警備か医者の警備員から合カギを借りてきてくれ」と部下に命じた。暫くするとこのマンションの警備員を連れてきた。上半身のがっしりした男だった。

《元警察官の退職後の紹介された警備員かな?》唐木警部は思った。

「警備員さん、すみませんが鍵を開けて下さい」警備員が鍵を書けると、刑事たちは名前を呼びながら、なかに入っていった。すると全員が息を飲んだ目を真ん丸にしてその光景を眺めた。すると唐木警部が本部に電話をかけた。

「奥田管理官ですか、唐木ですが、虎澤吉城が首をつって自殺しております。今みんなて窓の鍵などを確認していますが、完全な密室になっております。鑑識を寄越してください」

「な、何だって❗ 解った直ぐに鑑識に行って貰う。大変です佐伯署長! 虎澤吉城が首吊り自殺をしているそうです」その瞬間、佐伯署長は椅子からひっくり返って、

「嘘だろう」と力のない声を出した。驚いたのは本部にいた全員で、ザワザワ騒ぎ始めた。平滝係長もパイプ椅子に座っていたが、それを聞いて飛び上がって叫んだ。

「ま、まさか虎澤吉城が自殺だって❗ そんな男かあいつは」

 石神井署の山部課長は、目の前に置いてある一覧表に赤鉛筆で虎澤吉城の名前に赤線を引くと、

』か、と呟いた。一覧表は赤線で全部消えてしまった。

 

 

    平滝係長の疑問?

      ①


 佐伯署長! 私も現場を見せて貰って良いでしょうか?」と平滝係長は懇願した。

「あぁ、勿論良いよ」

「ヨシッ、峠田急いでいくぞ」と二人は捜査本部から飛ぶように出ていった。

「あぁ、おい、平滝君・・・ひ、ひ、平滝君・・・・ア~ア、行っちゃった」と山部課長が小声で呟いた。

「え、どうかしましたか?」佐伯署長がキョトンとした顔をして言うと。

「いえ、彼が動くと、私の心臓に悪くて、また何か言い出すんじゃないかと-----」山部課長も頭を抱えて顔を伏せた。さて、現場のマンションアクアシティタワーに到着すると、二人は車から飛び出し、入り口へと入っていった。ロビーの警備員に警察手帳を差し出すと、目的の十階に向かった。十階に着くとエレベーターを飛び出し、立番の巡査に警察て妙を見せて、1006号室の前にに着いた。その部屋の前には捜査員が数人共用廊下に押し出されていた。鑑識作業が終わってないのだろう。その中に、本庁の唐木警部に近寄って、話を聞いた。

「唐木警部、どんな具合ですか?」

「今、鑑識が入っていますが、入り口のドアの鍵は掛かっていたし。更に警備員によると、こマンションの鍵はドイツ製らしく、愛が義は絶対に作れないと言うことだった。そして中に入り和室仕様の部屋で鴨居で頚を吊っていた。しかもみんなで調べると、窓等の鍵は全て内側から掛かっていた。本人用の鍵は二本渡されることになっていたそうだが、一本は本人のスーツの中、もう一本は机の引き出しに入っていた。しかもこの部屋には人が出入りすることも出来ない完全な密室になっていた。だから自殺と判断したのだが、おかしいかな?」

「いえ、完全な密室状態ですね、後は鑑識の判断待ちですね」

「そう言うことだな」と唐木警部は苦虫を噛んだような顔をした。平滝係長は次いで聞いた。

「あの、防犯カメラはどうなっていたのでしょうか?」

「あぁ、十階の廊下を写している防犯カメラですね。それがですがね、十階の防犯カメラだけは、消されていたのですよ」

「どうしてですか?」

「何でも警備員によると、本社の営業部長からそういう指示があったのだそうだ」

「本社の営業部長から?」

「虎澤吉城からの要請が直接あったそうだ、十階だけは防犯カメラを止めてくれと、頼まれたせいらしい。なんでも、女の関係らしいな、親父さんから女には気を付けろときつく言われているらしい。スキャンダルが怖いらしいな。ところが息子の吉城は大の女好きらしい。それがばれるのが怖くて、カメラを止めさせたらしい。これは本社の営業部長にも確認しているから間違いない」

「ふ~ん、そんなもんですか」

「何てったって坊っちゃんだからな」

 と、唐木警部から説明を浮けた。


      ②


「鑑識が終わったら、私たちも中を見せて貰って宜しいですか?」

「勿論良いよ」やっぱりそうなると自殺は間違いないのかな。と平滝係長は思った。峠田君も、

「完璧な密室ですね。自殺で間違いないでしょう。ね、係長」

「そうだな。しかし、俺にはどうしても吉城が自殺するなんて、どうしても信じられないな――」そうして話しているうちに、鑑識作業が終わったらしい、鑑識係長らしき男が、

「唐木警部、もう入っても宜しいですよ」と、声をかけてきた。その場にいた捜査員数人が部屋に入っていった。勿論平滝係長と垰田刑事も入室して部屋の中を見て回り、各自何か調べものをし始めた。平滝係長は、頚を吊った和室を除いてみた。そばにいた鑑識員に声をかけた。

「君、私は石神井署の平滝言いますが、エート、金崎君と言うのかな?      吉城さんの頚に何か違和感がなかった?」

「いえ、別に変なところはなかったように思いましたが」

「もう一つ、頚を吊った縄に何か不振なことは無かったのかな?」

「いえ、それも別に、ただの普通の市販の縄でしたが」

「その縄をもっと詳しく調べてみる気は有るのかな?」

「さあ、それは係長の判断次第ですが………一応、進言はしてみます」

「あぁ、そう、有り難うございます」

係長はその現場を、眺めていた。一通り、窓やバルコニーをぶらぶらと髪の毛をもてあそびながら見て回ると、

「有り難うございます。さあ、行こうか垰田君」と、現場を後にした。

 そして、捜査員みんなは麹町署の捜査本部に帰っていった。

 捜査本部では、佐伯課長が唐木警部に詳細を受け、

「これは、自殺だな!」と結論付け、捜査本部は解散となった。

 

 

   平滝係長のジレンマ

      ①


 それぞれの捜査員が自分の署に帰っていった。当然平滝係長と垰田刑事も石神井署に車を向かわせた。その車中平滝係長は例のごとく、髪の毛を引っ張ってはくるくる回す癖を続けて、何かを考えていた。

「どうも~、しっくり来ないな!」と呟きを繰り返していた。そして暫くして、石神井署に全員着いた。

 みんな自分の席に戻り、課長を始めみんな着かれた顔をしていた。係長は自分の席に着くや、ん~、ん~、と合点が行かないたと頭を抱えている。山部課長が、

「どうした? 平滝君。しっくり来ないかね」

「そうですね! 私にはあの男が自殺をするなんて、全く考えられませんね。あれはきっと殺人事件だと思いますよ」

「そんなこと言っても、もう麹町署では自殺で処理された案件だ。もううちとは関係ないんだよ。いや管轄も違うし、手は出せないよ! さあ、もう事件は終わったんだ。みんな早く帰れるうちは早く帰ろうぜ」と山部課長が大声を出すと。みんな席を立ち石神井署を離れていった。そこに垰田刑事が寄ってきて、

「係長! 係長は何ががおかしいと感じてるのですか? なにしろあの密室は完全ですよ。ネズミの抜ける穴もありゃしませんでしたからね」

「垰田君、密室のトリックなんて、解ってみれば、馬鹿みたいな簡単なトリックなんだよ。そんなトリックを俺たちが考えなくてもいいのさ。犯人を捕まえてトリックを聞けばいいじゃないか。そんなことに頭を使うんじゃない。犯人は誰かを考えるんだ!」

「でも、犯人たって言われても、いるんですか? 犯人が」

「いる!。 虎澤吉城は自殺をする人間じゃない。誰かに殺されたんだ」

「えっ、誰にです?」

「そんなことまだ俺にも解らないよ」

「いるんですかね? 犯人が。私にはどう考えても、あれは自殺に見えますがね……」二人は肩を並べて石神井公園駅に歩んでいった。

 

 

      ②

 

 

 翌日、石神井署に出勤すると、一課のみんなが新聞を見ていた。すると課長が、

「おい、平滝君、新聞を見てみろよどの新聞も、虎澤吉城の自殺の記事でトップ記事だ。


 『虎澤泰三代議士の息子虎澤吉城自宅マンションで自殺か?』


『虎澤泰三衆議院議員の長男虎澤吉城に殺人教唆の逮捕状❗ 被疑者死亡で送検‼️』

 今日は朝からこの話題で、マスコミもパニックだ。

 他にも色々と書いてあるぞ、殺人教唆の疑いについてもデカデカと出ている。おい、平滝君聞いているのか?」

「はい、勿論私も読みましたが、しかし、変ですね。どうしてもこの新聞は、自殺か? と有りますが、何故(か?)が付いているのでしょうか? 麹町署の見解では自殺と決まったはずですが」

「それも、そうだな。どんな記者発表をしたのだろう?」山部課長も腕を組んだ。

 その時、課長の机の上に有る電話がけたたましく鳴った。

「はい、山部ですが。は、はい、それで。解りました直ぐに参ります」課長は係長に向かって、

「平滝君。私と一緒に来てくれと、谷岡署長のお呼びだ! 一緒に署長室に行くぞ」と言って、二人は刑事室を出ていった。峠田は、

「係長は、どうも虎澤吉城は、自殺ではなく殺人と考えていたみたいだけど、どう考えてもあの密室の中では自殺だよな~、完璧な密室だもんな」それを聞いた中山主任が、大きな声で言った。

「たおちん❗ お前の頭と係長の頭を一緒にするな! お前の考えることなんか引かれ者の戯れ言にしか聞こえないぞ」皆がドット笑った。


      ③


 一階の署長室に入った課長と平滝係長は、

「署長! 何のようでしょうか? 係長も連れてきましたが」

「あぁ、呼び出したりしてすまない。実は今日のマスコミの報道の事何だが、実は朝一で麹町署の佐伯署長から電話があったんだ。兎に角、二人ともそこのソファーに掛けたまえ」そう言うと谷岡署長もデスクから立ち上がり、二人に対峙するように、ソファーに腰かけた。

「当然のように、直ぐに虎澤泰三代議士が第二秘書を引き連れて、麹町署に乗り込んできたのだよ。《佐伯署長‼️ 殺人教唆とは何事だ! うちの息子がそんなことをするわけがない。ちゃんとした証拠があっての事だろうな❗ 更に息子の吉城が自殺をしたとはなんたることだ❗ 吉城は自殺をするような精神の弱い人間なではないぞ、自殺に絶対間違いないのか? 事件性はないのか?》って具合で怒鳴りまくったらしいんだ。佐伯署長は猫の泣くような声で《はぁ、殺人教唆についても、自殺についても今のところ問題有りませんが》と詳しく説明をしたらしいのだが、代議士は《本当だな❗ 後で間違ってましたなんて事になったら、君はどうなるか解っているんだろうな❗ 兎に角自殺については、再捜査をしろ。俺にはとても考えられないのだ。万が一にも殺人だったら佐伯署長‼️ 君はどう責任を取るつもりだ》何て恫喝されたそうだ。そして何とか課長や係長を読んで、代議士に詳しく説明したらしいが。気に入らなかったのだろう。憤慨して部屋を出ていったらしい。そしてその足で、何と警視総監にまで抗議に言ったそうだ。警視総監からも、間違いないのか? と電話があったらしい。そんなことで、記者会見では、自殺の事を暈した言い方に変えて発表したのだよ。つまり、虎澤吉城の場合は自殺と事件の両方で、鋭意捜査を続けていると、ところが更に驚くことがあったのだよ」と谷岡署長は両足を組み替えた。


      ④


「二人が出ていった後に、佐伯署長に電話があったんだ。何と相手は東東京地検特捜部部長だよ! その部長によると、どうやら虎澤泰三代議士をマークしていたらしい。贈収賄らしい、大手建設会社のゼネコンとの件らしい。その鍵となっていたのが、息子の吉城なのだよ、事情聴取をやろうかと検討していた矢先の自殺だから、非常に残念がっていたそうだ。ま、ゼネコンの方から攻めてみようとも言っていたらしい」それを聞いた二人は大きなため息をついた。結果的にはとかげの尻尾切りになった格好だな。まさか親が息子をな……しかも自分の跡継ぎだし……そんな馬鹿な事は無いよな❗ 戦国時代じゃ有るまいし、と課長は心のなかで呟いた。

 

      ⑤


 二人が不思議な話を聞いたと言う顔で刑事室に帰ってきた。

 係長は自分の席に座り込むと、課長を見ながら言った。

「課長! 署長の話では、吉城の件は再捜査を遣ると言うことでしょうか?」すると課長は笑いながら手を振って、

「いや、いや、まさか。自殺でけりを付けるための形だけの再捜査だよ。あの、虎澤代議士に圧力を掛けられたからな。佐伯署長も仕方なく形だけ繕っておこうと言うことだよ」

「そうですか、そうですよね。あの状況で判断したんだからね」

「おい、平滝係長! まさか変な考えを持ってないだろうな?」

「変な考えと言いますと?」

「あれは事件だなんて、考えているんじゃないだろうな」

「ア、やっぱり課長には解りますか。顔に出ているのかな? 私にはどうもしっくりと来ないのですよね」

「お前さんの考えていることは、ハッキリ顔に出てるよ。しかし、変なことをするなよ。管轄も違うんだし、第一うちの谷岡署長の先輩なんだぞ! 佐伯署長の顔に泥を塗る用な真似は止めてくれよな」

「しかし、私は真実を知りたいんですよ! 真実を求めるのが私の性格なんです」

「そんなことをして、万が一にも殺人事件だった。何て答えが出たらどうする佐伯署長の面目丸潰れじゃないか、勘弁しろよな平滝君」と、課長は両手を会わせて拝んだ。

「でも、真実は一つだし……、アーー真実が知りたい。」

「デモもストもない‼️ 絶対ダメだぞ。動くな! 頼むよ。な、皆からも頼んでくれよ」と課長は一同を見回しながら、頭を下げた。その時主任は、

「しかし、係長は疑いを感じているんだから、好きなようにさせてはいかがでしょうか?」

「おい、おい、主任。君までそんなことをして良いと思うのかね……、頼むよ」


      ⑥


「私は、個人的な意見を言わせて貰いますと、係長の言い分の方が正しいと思えます。我々がしている仕事は、真実を見つけることに有ると信じています」

「おい、おい、中山主任。君までもがそんなことを言うのかね……」課長は両手で机の上に頬杖をついた。

「ま、何にしてもこの事件は麹町署の管轄事項であることを忘れないように❗ 皆、いいね!」

「しかし、気になるな。主任さん上柳さんから預かった写真を全部見せてくれないかな」

 係長が言うと、主任は係長の机の上にそれを全部置いた。

「おい、おい、平滝君何をしようというのかね。私の言った言葉が聞こえなかったのか❗」課長はもう知らん顔をして、反対側の方向に首を遣った。

「ワシはもう知らんからね❗」ふてくされた声で言った。平滝班のみんなは、〈く、く、く、〉と含み笑いをして見合い有った。

 峠田巡査は斜め左に座っている西畑巡査長に囁き掛けた。

「西畑の姉御、係長はあの事件を本当に殺人事件だと、考えているんでしょうかね?」

「姉御呼ばわりは止めてちょうだい。あんたとそんなに年は変わらないんだから、係長のあの顔を見たでしょ。あの顔は殺人だと考えているわね」

「しかし、西畑さん、私も一緒に現場を見させて貰ったのですが、あの状況では、どう見ても自殺ですよ。蟻のはいいる隙間もない状況だったんですよ!」

「あんたは、まだ来たばかりで、係長の凄さを知らないからね……本気で殺人を考えているわね」廻りの巡査長立ちも、みんな頷いていた。峠田巡査は不思議そうに首をかしげた。


      ⑦


 平滝係長は例の癖で髪の毛を弄んでは引っ張ったりして、机に置かれた写真を見ていた。一枚一枚眺め直しては、机の上に並べていった。それを見た課長は、口をあんぐりと明け、もう知らん❗ って感じで頬を膨らませて“プイッ”と横を向いた。

「もう一度虎澤吉城のマンションの現場を見てみたいな~」と係長が呟くと、無理な話だね、といった顔を課長はした。


       ⑧


 平滝係長は、並べた写真を見ながらA4の紙を引き出しからだし、その一枚に何やら書き始めた。

「先ずは、この人からかな~」とぼやくと、電話を取り上げ、交換手に

「小倉北警察署の捜査一課、川辺係長に繋いで送れ」と頼んだ。電話が繋がると、

「はい、小倉北署捜査一課の川辺ですが……」

「お忙しいなか申し上げません。石神井署の平滝です。実は川辺係長に聞くのは筋違いかもしれませんが、ちょっとお聞きしたいことがありまして電話をいたしました」

「あぁ、平滝係長ですか、来ん回はお世話になりました。お陰でこちらの殺人事件がスピード解決でしたよ。ところで、私に聞きたいこととは何でしょう?」

「あの、小倉南署の管内で起こったで起こった例のひき逃げ事件の事ですが、南署には話をされましたか?」

「はい、致しましたが、もう裁判も済み刑期も終えてしまった事件のため、もうどうしようも無かったですね」

「そうでしょうね、いえ、私が聞きたいのは、その坊やの両親の事なんですよ、今は何処にいるかご存じないかと思いましてね」

「あぁ、荒木先生の孫の事ですね。あの孫は先生の一人娘の子供でしてね。上野署からも問い合わせが来たそうです。なにしろ唯一の家族ですからねしかし、残念ながら、直ぐに旦那さんが東京勤務になりましてね、さらに二年後には東南アジアのタイとかシンガポールの支社の方に転勤になりまして今は、日本にはいないと言うことでしたね」

「はい、そうですか。情報を有り難うございました」そう言って受話器を置いた。課長は目を丸くして、

「おい、おい、平滝君何をしてるのだ! 事件は終わったんだぞ」

「はい、解ってますが、真相を知りたい…………」

「署長を困らせることは止めなさいよ平滝君。正義感が強いことは知ってるけど今回はもう止めろ」

「いえ、これは正義感ではなく、真相究明をしたいという私の感情です」


      ⑨


 そう答えると、再度受話器をあげ、

「今度は麹町署の捜査一課、鑑識係の金崎さんに繋いでくれないかな」

「麹町署❗ 平滝君。いい加減にしてくれ! 電話なんかするんじゃない!」と課長の大声が響いた。

「へぇ、係長はよく覚えているな。始めてあった、麹町署の鑑識係だったのにな~確かに胸のところに名前らしきものが書いてあったが」と峠田巡査はビックリした。

「そこが、あんたと係長の違うところの一つよ」西畑巡査長が嘲笑った。

「はい、鑑識係の金崎ですが……どちら様でしょうか?」

「はい、申し訳ありません。虎澤吉城の死亡現場でお目にかかりました石神井署の捜査員の平滝と申しますが」

「あぁ、あの時の刑事さんですか、申し訳ありませんが、あの時のアドバイスを受けた、紐の鑑定は行っていません。うちの係長にも進言したのですが……『馬鹿やろう、よその捜査員の頼みごとを聞いてる場合か! 馬鹿者』てなもので全く聞き入れてくれませんでした。申し訳ありません」

「いえ、いえ、申し訳ないのは私の方で、係長さんの言う通りですよ」そう言って受話器を静かに置いた。

 ――やっぱりダメだよな~――

 なおも係長は写真を繰っていたが、突然ある一枚の写真屋を凝視し始めた。う~む、写真に穴が空くんじゃないかと思えるほど、凝視して、

「この写真、…………何処かで見た風景だな」と、裏山のような林の写真を右手で目に近付けて、

「アッ、そうか何て思い出さなかったのだろう。此処は俺が小さいときよく親父によく連れられて虫取に出掛けてた林じゃないか! そうかそうなのかこれは調布市だ! 課長、ちょっと出てきます」課長は平滝係長に顔を向けると、

「駄目だ❗ お前の事だどーせ例の事件の関係で動くのだろう。駄目だ」

「課長! 私は真実を見つけたいだけです。もし私の行動が課長や谷岡署長の迷惑になると言うのなら、結果を聞いて、お二人で判断すればよいではないですか。第一、虎澤泰三代議士は跡継ぎの息子を亡くしたことに苛立っているんですよ。別に自殺にしろ殺人にしろ、跡目を亡くしたことには変わりはしないのですから。第一恐らく近いうちに、虎澤代議士は東京地検特捜部に逮捕されますよ」

「どうしてそんなことが言える❗」

「私には、東京地検特捜部にアンテナを持っているのですよ。親友と言う名のアンテナがね」

「ほう、案外顔が広いんだな。ところで何処にいくつもりだ」

「親父の家と調布西署です」

「そうか、君は調布の出身だったな! 何処へでも行ってこい」

「有り難うございます。それでは崎田さん一緒に行ってくれますか?」

「はい、了解しました」と言って、刑事部屋を二人して出ていった。

 

     終  幕?

      ①


「係長。どちらに先に行きましょうか?」崎田巡査部長が尋ねた。

「先に親父に合っていこう。崎田さんは、僕のうちは知らないよね」

「はい、知りません」

「調布市の富士見町の方向に協会があるからそこだよ。道案内するよ」

「はい、解りました。協会ですか?」

「そう、俺の親父は牧師なんだ。母はその協会の横に児童養護施設があって、そのマザーを遣っているよ」

「へー、係長のお父さんは牧師さんなんですか!」崎田刑事は少し意外な顔をして運転していた。練馬区から調布市は車で行くと、近いものだった。

「D大学の近くなんだ。アッ、そのT字路になっているところを右折して、後は真っ直ぐ行くと、協会があるから」

「はい、解りました」と言って暫く行くと、茶色の三角錐の屋根の頂上に十字架が乗っているその協会が見えてきた。

「アッ、あの協会ですかね?」

「そうだよ協会の入口付近に空き地があるからそこに適当に止めてよ」

 そうして二人は協会の入口に立った。

「山崎さんは教会に入ったことはありますか?」

「いいえ、有りませんが」

「じゃあ協会の中を通って家に行こう。家はこの協会の裏に立っているんだ」と二人は協会の入口を開けてを中に入っていった。

「懐かしいな何年振りだろう」と厳かに立っている教会の真ん中の道を進んでいった。両側にはベンチのような長椅子がたくさん並んでいた。正面にはマリア像が描かれていて、三角天井になっていた。マリア像の両隣には美しいステンドグラスが光輝いていて、なんとも心癒される景色である。平滝係長が奥まで進んで家との境にあるドアを開けようとしたところ、そのドアから白髪交じりの中年の男性が出てきた。スラリとした長身で首には十字架を掛けて暗いマントを羽織、なかなかの男前の紳士だった。


      ②

 

 「おう、了一じゃないか。なんだ突然に、もう母さんには会ったのか?」

「いや、いや、今着いたとこなんだよ。山崎さんが協会の中を見たことがないって言うものだから、見せていたんだ」

「そうか、貴方は山崎さんと言うのですか、息子の同僚ですか?」

「はい、申し遅れましたが、私は平滝係長の部下の山崎と申します」と軽く敬礼をした。

「実は、父さんに見て貰いたいものがあって、立ち寄ったんだ」と、その時偶然に教会の横のドアが空き、清楚な女性が現れた。

「なんだ、了一じゃないか」

「やあ、母さんお久し振り、元気かい?」

「何だよいきなり年より扱いして、元気一杯ですよ。施設のほうも向かしと比べて子供達が少なくなって、私も暇をもて余してるよ! でもね最近のにユースなどを見ると、両親が我が子を虐待したり、罰当たりにも殺してしまう両親なんかの事件を耳にすると、この施設に来ていればそんなことが起こらなかったと考えると、心が痛むよ」

「そうだね、俺も悲惨な事件なんかに出会うと、子供がこの先どうなるのか心を痛めることもよくあるよ」

「そうそう、私は用事あってこちらに来たんだったわ。貴方は父さんに用事があるのでしょ。ゆっくりしていきなさいよ」

「あぁ、解ったよ」そのまま母親は家のほうに入っていった。

「了一、なんだい俺に見て貰いたいものとは?」そして三人は最前列のベンチに腰かけ、係長は例の写真を取り出した。


      ③


「この写真の事なんだけど、この近くじゃなかったっけ?」とほ、写真を取り出し、父親に見せた。

「この写真だけど」と右手に持ち、

「確か俺が小さい頃、父さんと一緒に虫なんかを取りに行った雑木林だよな覚えてる?」

「あぁ、もちろん覚えているよ、直ぐ裏の細い道を入っていったところにある、深大寺の裏山だよ」

「やっぱりそうか」

「それがどうかしたのか? 何か事件にでも関係あるのかい?」

「実は、父さんも覚えていると思うけど、今から九年程前に、此処の林辺りで、女子大生が襲われた事件が無かったっけ?」

「あぁ、覚えているよ。その林道をもう少し上ったところに住んでいた、山崎さんのお嬢さんの事だろ。全くかわいそうな事件だったな。直ぐに警察に連絡して犯人を探して貰ったんだが、結局は犯人は解らずじまいだったと覚えてるがな。結局その娘さん山崎小夜子さんと言ったかな、三日後に首を吊って自殺してしまった

 

「何だって❗」二人が同時に叫んだ。「あんな可愛そうなことはなかったな! 一人娘だったし、両親も大変可愛がっていたのにな。まだM大学の三年生の時だったかな。しかも、第一発見者が小さな頃からの幼馴染みで、とても仲の良かった高橋明正君だったからな。何でも夜中に正明くんに自殺を仄めかすようなメールが届いたから、彼女の家に飛び込んだら、もう自殺をした後だったと、言うことを聞いたけどな」

「成る程、警察も容疑者は掴んでいたんだろうに」

「うむ、ワシが聞いた話では同じ大学の三年生の男子が容疑者だったらしいが、何でもその中に政界の大物の息子がいたらしくて、物的証拠が見つからず、そこに代議士から所轄に圧力がかかって、犯人とは断言できなかったらしいな。全くだらしない! 両家ともとても信心深い家族だったんだ。ミサの日には必ず出席して、仲のよい家族同士だったのだ」


      ④


「そうなのか、よし山崎さん西調布署に行ってみよう」

「はい、了解しました」

「じゃあ、父さん貴重な話をありがとう。今から西調布署に行ってくるよ。母さんに宜しく。また来るよ」そう言って、二人は所轄署に車を向かわせた。

「ちょっと待て了一! お前は正義感から刑事になったと、言っていたがワシが言った、刑事とは正義感で遣るもんじゃない、唯一ただ一つの真相・真実を求めることに心血を注ぐのだ! その後の事は、検察官や裁判所で決めることになっている。そこのところを勘違いしないように。お前が人を裁くのではないのだよ! それを忘れるな」

「解ってるよ父さん! じゃあまた」と言って、出ていった。


       ⑤


 旧甲州街道を真っ直ぐに進むと西調布署がある。山崎巡査部長は車を急がせて、所轄署に着いた。覆面パトカーを降りる時、

「やあ、久し振りだな~」と係長が呟いた。

「以前、いらしたことが有るのですか?」崎田巡査部長が尋ねると、

「あぁ、警察学校を卒業した後最初に配属をされたのが、此処さ。国領駅前の巡査ボックスに勤めていたよ。俺の警察官としての出発点さ」

「あぁ、成る程その後、石神井公園署に移動したわけですか」

「そう言うこと、さあ刑事課に行ってみよう。誰か知ってる人がいると良いんだけどね」二人はそう話ながら署内に入っていった。

 捜査一課の部屋にはいると、二人は課長席に向かった。名前が机の上に書いてあるので、平滝係長は挨拶をした。

「初めまして、私は石神井署の捜査一課で係長を勤めています平滝了一と、申します」

「同じく、石神井署の山崎巡査長と申します」と二人が敬礼をした。

「捜査一課の滝沢課長でしょうか」

「そうだが」叩き上げの風格を漂わせ、体格のよい、浅黒い顔をして身長も高く椅子の背凭れに凭れ掛けた白髪交じりの角刈りをした男が頷いた。ジロリと二人を睨み付けると、何故か薄笑いをした。

「滝沢課長、今日はお願いがあって尋ねて参りました。突然の事で失礼致しますが、宜しくお願い申します」平滝係長が挨拶をすると、

「解っているよ、先程君たちの上司の山部課長から電話があったよ。『うちの捜査員が二人お宅の署に協力を願い出るに行くから、宜しく頼むよ』って電話を貰ったよ。山部課長はおれの先輩でな、あの人から頼まれては断れねえよ。それで用事はなんだ?」

 平滝係長は、

 ――なんだ! 山部課長あんなことを言いながらも根は優しいんやだから―― と、感謝しながら用件を滝沢課長に告げた。

「実は、此方の管轄内で起こった事件の事件簿を拝見させて貰いたいのですが」

「何の事件だ?」

「九年程前に起こった、『女子大生強姦傷害事件』とその女子大生の『自殺事件』の二冊の事件簿ですが」

「あぁ、有ったな! そんな忌まわしい事件が、それが君の署と何か関係があるのかね?」

「はい、うちの管轄で起こった殺人事件の延長で知りたいことが、繋がっているのではないかと、疑いを持ちまして、確認のため参りました」

「へぇ、そうかい。熱心なもんだな。実は君の噂は先輩から聞いているよ、優秀な係長らしいな」

「いえ、そんなことはありませんが、真相は一つだと、言うことを突き詰めたくて」

「ふ~ん、そうかい。解った。おい、建山お前が教えて遣ってくれ」と、一課の末席にいた若者に声をかけた。


      ⑥


「はい、私ですか~私はまだ刑事になりたての新人ですが、私に出来ますでしょうか?」弱々しい言葉で返事が帰ってきた。

「バカやろう! そんなことぐらい出来ねえでど-すんだよ」

「はい、解りました」と近付いてきた。そこで三人は、広いテーブルのある方に移動をして、建山巡査長が二人に確認をした。

「えっと、必要な事件簿は九年程前の『女子大生強姦傷害事件』とその被害者の『女子大生自殺事件』でしたよね?」

「はい、その通りです。宜しくお願いします」と、平滝係長が言った。

「それでは、暫くお待ちください。事件簿の保管庫に行って、探して持ってきますので」そう言って、建山巡査長が部屋から出ていった。


 直ぐに建山巡査長は、部屋に戻ってきた。

「お待たせしました。この二冊の事件簿でよろしいでしょうか?」

「はい、有り難うございます」と係長が言うと、『女子大生強姦傷害事件簿』を取り上げ書類の点検を始めた。

「悪いけど、崎田さん、この中から私の必要な場所を開いて見せますので、書き取りをしてください」

「はい、解りました」と答えると、係長は事件簿をゆっくりと繰り進めた。

「そうだな~、先ずは被害者の崎田小夜子(21)の名前と住所を、それと彼女の両親の名前、崎田利夫さん(53)と知子さん(50)の名前…………ん? 崎田? 崎田巡査部長貴方も崎田と言う苗字だね。何か姻戚関係でもあるの?」すると崎田巡査部長は、

「いえ、何も関係有りません、第一私は北海道の旭川市出身ですよ」

「あぁ、そうだったっけ、だったら良いんだ。姻戚関係は操作に加わると、ヤバイからね。確認だけね」

「やだな~、今度里帰りしたらメロンでもお土産に買ってきますよ」崎田巡査部長は少し照れながら言った。

「あぁ、すまない俺、メロン大好き」二人は見合わせて苦笑いをした。


      ⑦


「本題にもどって、後容疑者の名前が描いてあるね、例のグループのうちの三人の名前が上がってるね、被害者と同じM大学の虎澤吉城(21)、鬼木宅浪(21)、酒元譲二(21)の三人か。大体この三人が悪グループだったんだろうな。後この三人の調書があるが、三人とも知らぬ、存ぜぬで通しているな~、何しろ物的証拠がないんだものな。取り調べる方も苦労したろうな。後の二人は容疑者に入っていないな。あまり目立たなかったか、悪玉の三人にあまり近寄らなかったのだろうな。しかし上柳利信は、悪玉三人がまた何か悪いことをしようとしているという感じを持ったのだろうな、ぞっと三人の後を付けて写真を撮っている。角川義信は大人しくて、見張りやくで上柳に付いていったのだろうな。この二人が仲のよい間柄だったのだろう。そして悪玉三人組が崎田さんを襲ったとき、そっと写真を撮ったに違いない。今は暗闇でもよく撮れる暗視カメラがあったからな、プロを目指していた上柳は持っていたんだろうな」係長はぶつぶつと呟きながら、髪の毛を右手でくるくるとかきあげると軽く引っ張っぱる例の癖を出していた。

「ふ~ん、ここらで虎澤泰三代議士からの圧力が署長にかかったのだろうな、思った進展が出来ていない理由で。捜査も途中で途切れ、結局証拠不十分で、署長の命令で三人とも釈放されている。後は容疑者不明で迷宮入りになっているな」

「ひどい話ですね!」と崎田巡査部長は憤慨したようだが、此処は西調布署の管轄だ。余計なことは口に出せない「もし、この時上柳君と角川君に写真を警察に届ける勇気があれば、展開も変わったかもしれないが、虎澤吉城の怖さを身に沁みていたのだろうな。あいつは本当に鬼の威を借る狐だ❗ 許せない男だ。あんなやつが自殺なんてするわけがない」係長は少し興奮していた。


      ⑧

 

 「いけない、いけない。父さんの教えを忘れるところだった」

「父さんの教えって?」と山崎さんが首を傾げた。

「教会に寄ったとき、父さんが俺に最後に言ってただろ、『刑事とは正義感で遣るもんじゃない、唯一ただ一つの真相・真実を求めることに心血を注ぐのだ! その後の事は、検察官や裁判所で決めることになっている。そこのところを勘違いしないように。』つまりさ、父さんの考えでは『罪を憎んで人を憎まず』の心なんだよ」

「成る程。つまり生まれつきの悪人はいないってことですか。人は生まれてから後の生活環境に寄り性格が整形されることになりますからね」

「そうなんだ! 社会環境が人を変えるのだったら、その人を憎む前にその人の人生まで考えてやる必要があるってところかな。ま、これは個人の考え方であって、人それぞれってところかな。おっといけない、余計な話になってしまったな。次の事件簿に移ろう」

「はい、『女子大生自殺事件簿』ですね」係長はその事件簿を受け取ると丁寧に目を通し始めた。

「ウ~ム、自殺したのは崎田小夜子さん(21)だね、父親が崎田利夫さん(53)で、お母さんが崎田知子さん(50)だね。後少しで家に帰り付くといった場所で強姦に有ったんだな。自宅の二階の自分の部屋で自殺したのか。第一発見者が近くに住む高橋明正君(21)か。小夜子さんと幼馴染みで当然同じ年だよな。大学は違う大学みたいだな。小夜子さんはM大学で明正君はR大学なんだな。夜中に高橋くんの携帯に小夜子さんから、遺書めいたメールが届いたので、あわてて崎田さんの家に行って、彼女の部屋で自殺をしている小夜子さんを発見したんだな。ま、この事件で得られる情報はこんなもんかな。住所氏名は、控えてくれたね」

「はい、係長。描き写しました」

「じゃあ、彼らの家を尋ねてみて、現在の状況を聞いてみようか」と、係長は建山巡査長に向かって、

「有り難うございました。もう調べるところは調べましたので。事件簿をお返しします」

「はい、そうですが。早かったですね、ではこの事件簿はもとの場所に返してきますので」と言って部屋を出ていった。崎田巡査部長は呟いた。

「こんなとこにも、虎澤吉城に対する殺意の動機を持つ人がいたんですね」と、

 二人は椅子から立ち上がると、所轄の課長の席の前まで移動して

「滝沢課長、大変ありがとうございました。色々なことが判明し、確認を取ることが出来、大変参考になりました。有り難うございました」と係長が敬礼して挨拶をすると、

「やあ、そうですか。それは良かった。これからはどうされるんですか?」

「彼らの実家の方に、尋ねてみようと思います。現在を知りたいもので」と、答えて二人して再度軽く頭を下げ一課の部屋を出た。その時、建山巡査長に出会い、

「建山巡査長、頑張ってね何処かで一緒に働くことがあるかも知れませんね」係長がいった。


      ⑨


「はい、その時は宜しくお願いします」と言うと、一課の部屋には入っていった。建山巡査長はつかつかと部屋の滝沢課長の机に近付いていって、

「滝沢課長、あんな若い人が警部補で係長なんですか? 年上の人が巡査部長でしたよ。私とあまり年は変わらないと思えるのですが」

「あぁ、そうだよ平滝係長はもう他の所轄でも、切れ者として有名だからな。しかし、君も頑張れば近付けるよ、頑張りたまえ」

「へぇ、そうなんですか。頑張ります」と敬礼をして、自分の席に戻っていった。

 二人が西調布署の玄関を出たところで、崎田巡査部長は、

「あの建山巡査長は、しっかりしてましたね頭も利発そうだし、うちの"たおちん"と、トレードして貰えませんかね」

「そう言いなさんなよ、うちの"たおちん"も良いところがあるさ。崎田さんは彼の教育係じゃないか。良い刑事にしてやってよ」

「あいつと、コンビ組んでると、疲れるんですよね」と、小言をこぼすと覆面パトカーに二人して乗り込んだ。



全ての謎が解けるか……しかし?

       ①

 

 

  西調布署を出ると、係長が言った。

「住所の番地から見ると、うちの実家の教会に戻ってくれる被害者の家はどうやら、結構近くみたいだ」崎田巡査部長は、来た道を逆走するかたちで教会を目指した。道中、係長は、

「俺のお父さんが、強姦傷害の容疑者の中に地区の噂で、大物政治家の息子がいて、西調布署の署長に圧力をかけて事件を握りつぶしたことを知ってたくらいだから、パソコンなどで調べれば、誰の事か解るよな!」

 等と呟いていた。係長が感じた謎の一つ(なぜ崎田さんや高橋くんが犯人の名前を知っていたのか)なのだろう。崎田巡査部長はそう感じていた。暫く走っていると、D大学を過ぎて直ぐに右折すると、遠くに係長の実家の教会が見えてきた。

「あぁ、うちの教会への道に入らないで、その曲がり道を通りすぎて、二つ先の曲がり角を左折して、ちょっと直進してみて、確かその辺りに開けた広場があるはずなんだが……、そこら辺りのはずなんだこの住所は、あっ、そこいらの空き地のはしに車を止めてくれる」と言われたので、崎田巡査部長は広場のはしに。車を止めた。二人で歩いて集落の仲から家を探すことにした。そこはある不動産屋が区画整理をして、土地の分譲をしているところだった。深大寺の裏の細い林道を通り抜けたところに有り、その道を通りすぎた場所に、広く整地をされた広場があり、黒瓦や赤い瓦や洋風の建物等が、現在ところ二十件ほどの家屋が立っていた。崎田巡査部長と平滝係長は二たてに別れ、崎田家と高橋家を探して回った。

「係長。高橋さんのお宅が有りました」と、崎田巡査部長が呼ぶので、係長は飛んでいって、二人で表札を確認した。確かに高橋家だ。

「昼間に誰かいるかな? とにかく呼び鈴を押してみよう」と、係長が呼び鈴を押した。ピンポン、ピンポンと、家の中で鳴っている。そして、

「は~い、どなたでしょうか?」と玄関ドアを空けた。そこには五十代の女性と思われる、小綺麗にした品のよい女性が髪を撫で付けながら立っていた。

「突然の訪問で申し訳ありません。私は石神井署の平滝と申します」

「同じく崎田と申します」二人は警察手帳を提示しながら言った。

「は、石神井署? 西調布署じゃなくて?」

「はい、石神井署です」

「石神井署が何の用事でしょうか?」

「実は、私たちの管轄内で起こった殺人事件に関連して、ちょっとお伺いしたいことが出来ましたので」

「はぁ、何の事でしょう?」その婦人は理解出来ない風に頭を捻って、答えた。

「実は、お宅の息子さんの高橋正明くんの事で、ちょっとお尋ねしたいのですが」係長がそう言うと、

「正明が❗ 正明が何かしたんでしょうか?」今度は体を震わせながら聞いてきた。

「いえ、ちょっと参考までに聞きたいのですが」

「ど、どんなことでしょう?」

「いえ、九年前にそこの林の中で崎田小夜子さんが暴漢に襲われた事件の事ですが、」

「あぁ、あの事件の事ですか。あの時は、本当に可愛そうな結果になってしまって、あの事件の後、三日ぐらい経ってからですかね、その小夜子さんが自殺をしてしまいましてね。両親は気が狂ったように嘆き続けましたね。その自殺を見つけたのがうちの正明なんですがね。小夜子さんと正明は幼馴染みの同じ年でね、それは二人とも大変仲が良かったのですよ。大きくなったら結婚するのではないかと思えるくらい、うちとしては小夜子ちゃんなら何の問題もなく受け入れられたと思うんですよね。自殺を見つけてから以来正明も何だか生気が抜けたようになりましてね」婦人はそこまでしゃべると、その場にしゃがみこんでしまった。

「そこで、お聞きしたいのですが、崎田さんのお宅はどちらでしょうか?教えてください」

「崎田さんの家ならば、この二軒隣でしたよ」

「でした?」

「あぁ、今は引っ越してしまいました。やっぱり此処に住んでいると一人娘を思い出して辛いからと言って、家を処分して引っ越していきましたよ。特に、お母さんの落ち込みようが半端なく目も虚ろになり、精神的にも良くなかったみたいで」

「どちらに引っ越したか解りますか?」

「さあ、何でも練馬町の方に引っ越したんじゃないかと聴きましたが……」

「誠に恐れ入りますが。崎田さんの職業は解りますか?」

「ええ、うちは調布市役所の職員なんですが、崎田さんのご主人は、練馬駐屯所の自衛官だったと思いますが」

「あぁ、それで練馬区の練馬町に引っ越したのではと、それと話は変わりますが、正明くんは現在どちらに?」

「うちの正明は。長谷川不動産の会社の子会社長谷川マンションアクトに就職できまして、その独身寮に入っています。あんな一流会社にはいれたなんて本当にラッキーでした。仕事は都内各所に支社があり、高級マンション専門の入居案内業務などをしております」

「そうなんですか、それは良かったですね。話は全く違ったことなんですが、実は九年前に起こった小夜子さんの強姦傷害事件の事なんですが、あの事件は未だに未決となっていますが町の人たちには、何か噂が広がっているようで……」

「ええ、そうなんですよ。容疑者の仲に大物政治家の息子が入っていたと言うことで、その父親が警察に圧力をかけてもみ消したという噂で持ちきりでした。何て警察はあんなに政治家の圧力に弱いんでしょうねと、みんな憤慨していました」

「その大物政治家というのは誰の事か噂されているのでしょうか?」

「ええ、みんな知ってますよ。確か虎澤代議士と言うことでしたね」

「じゃあ、その息子さんの名前も」

「はぁ、うちの正明がパソコンで調べまして、息子の名前は『虎澤吉城』という名前だということでした。写真もどうして手に入れたのか、パソコンで打ち出していましたね。でもその息も自殺をしたとテレビのニュースで見ましたけど。天罰ですよ」

「はぁ、自殺をしたらしいですね、まだはっきりとは結論は出ていませんけど……、長々とお邪魔しました。これで失礼致します」

「まあ、お茶も出さないで、失礼致しました。これで良かったですか?」

「はい、参考になりました。崎田さんの事は、陸上自衛隊練馬駐屯所のほうで、聴いてみたいと思います。お邪魔しそした」

 と言って、お辞儀をして高橋家を後にした。

 

       ②

 

「陸上自衛隊練馬駐屯所と言うと、練馬区北町に有ったかな?」

「はい、ナビを見ますと練馬区北町4―1―1になってますね」崎田さんが答えた。

「近いよな、寄ってみるか。しかしそれにしても、腹が減ってきたな」

「ええ、そうですね。何処かのレストランにでも腹ごしらえをしますか?」

「そうだね、何処か行く途中に有るだろう。寄って腹ごしらえをして、行こうか」

「はい、解りました」ナビゲーションを見ながら車を走らせていると、全国に支店を展開している大手のファミリーレストランがあった。

「あぁ、此処で良いや」そう聴いた崎田巡査部長はそのレストランの駐車場に車を駐車した。二人してレストランに入ると、窓辺の席に向い合わせで座った。そこにウェイトレスが来て、メニューをと水を置いていった。

「ご注文が決まりましたらお呼びください」と言うと、下がっていった。

「崎田さんは何が好きなの」

「はい、私は麺類が好きで、スパゲティにします。係長は何が好きですか?」

「俺は、カツカレーにするよ」すると崎田さんは手を上げてウェイトレスを呼んで、

「え~とね、カツカレーとたらこスパゲティを頼みます」すると、

「かしこまりました。少しお待ちください」と言うと、下がっていった。

「へー、崎田さんは麺類が好きだったの、だったら深大寺のそばを食べに行けば良かったね。結合有名で美味しいんだよ」

「そうなんですか、今度非番の時にでも来てみましょう」そこで崎田巡査部長は真顔になって、

「係長! 何だか変な具合になってきましたね」と問いかけた。

「そうだね、崎田利夫さんが自衛隊員だったとはね」係長は例の癖を始めた。髪の毛を右手でくるくるともてあそんでは引っ張っている。

「ひょっとして、係長は高橋明正と崎田利夫さんが、虎澤吉城を殺したと考えているのでしょうか?」

「そう、それもあるね、自殺に見せかけて殺すとなると、どうしても首を絞めた後、虎澤吉城を吊し上げなければならない。そうすると、とても一人では難しいと思うんだ。二人なら何とかなるとしたら……。首の絞め方は、柔道の一本背負いのように、首に縄をかけて、背中で持ち上げ締め上げれば、締まった後は一本しか残らないから、自殺に見せかけられると思うんだ。しかしそうだとしたら、あの密室はどう説明するかい?」

「そうですね……。私には解りません」

「実はね、俺は密室に関しては、ある仮説を立てていたんだけど、その仮説に会わないんだ」その話の最中に、お店のウェイトレスが注文した食べ物を持ってきたから、話は一旦中断した。ウェイトレスが品物を置いて、

「ゆっくりして行ってください」と言って、立ち去ったので、話は食べながら小さな声で続けた。

「やっぱり係長は仮説を持っていたんですね、で、何処が会わないんですか?」

「今は勘弁してよ。そのうち話すからさ。そのたらこスパゲティ大盛りで美味しそうだね」

「いえ、そのカツカレーも大盛りですよ。しかも美味しそうだな」

 二人はその食事をパクつきながら、係長が話し始めた。

「実はね。崎田さん、俺はこの単なる憶測が間違ってくれていると言いなと思ってるんだ。動機があるということだけで、操作は出来ない。私の考えは単なる憶測来すぎない。物的証拠なんて何もないんだ」

「しかし、殺人事件の場合、動機は大変重要な要素ですよ。高橋くんにも崎田さんにも、十分な動機がある。それも容疑者としてみる一歩ではないでしょうか?」

「そこでだ、俺も考えたんだよ、何か大切なことを忘れてはいないか……。そこで考えられるのは、刑事のいろはだが、なぜこの事を考えなかったのか恥ずかしい限りだが、『虎澤吉城が死んで得をするのは誰か!』ということだよその点がおろそかになっていたと思う。まぁ、管轄が違うのだから、そこまで捜査することも出来なかったのもあるけどね」と係長は小さくため息を付いた。係長は悲しそうな顔をして下を向いた。

「しかし、あの男が死んで、得をするやつがいるのかな? そうだ、私が新聞をくまなく読んだところ、確か長男吉城のほかに、娘が二人いると、出てましたよ。二人とも少し年の離れた姉で、二人とももう結婚をしているそうですが、当然代議士の娘ですから、婿も大会社のエリートで、息子があんなことになったから、跡継ぎは娘の二人の婿のうち、どちらかを自分の跡継ぎに出来ないか、と出ていましたね。何でも次女の婿の方は四ツ井物産の課長らしいですけどね、政治に野心があるらしいと、出ていましたよ」

「勿論、そこは管轄の違う我々にはわからない。とにかく、真実を求めることに今は行動しよう」

「係長、『容疑者に感情移入するのは刑事にとっては、ご法度だ』って言ってたじゃあないですか。真実は一つですよ」

「そうだな。俺としたことが、面目ない。真実だけを求めれば良いんだ!」

 二人は料理を平らげて、食後のコーヒーを頼んだ。そしてコーヒーを啜りながら、崎田刑事部長は、タバコを咥えて一服した。そして係長は小さく呟いた。

「練馬駐屯所に行く前に、総務課が有るだろうから、アポを取っておくか」

「そうですね、私が電話をしましょう。」と言って、スマートフォンで、電話番号を調べて電話をかけた。何やら会話を続けていたが。

「係長、相手は良いそうですよ。『事務長の和田にと言って、会いに来てください。入場門の事務所には伝えときますから』と言うことです」

「そうかい、じゃあコーヒーを飲んだら出掛けるか」と、係長が言うので、コーヒーを飲み干すと、勘定をして、レストランを出ようとした時、係長のスマートフォンに電話が掛かってきた。

「はい、平滝ですが」

「あぁ、俺だ山辺だ!」

「あっ、課長。どうかしましたか? それに西調布署の課長に電話していただいていたんですね、有り難うございました」

「あぁ、そんなことはどうでも良いけど、大変なことになったぞ、お前も言ってた通り、虎澤泰三代議士が地検特捜部に今、逮捕された。マスコミは大騒ぎだ、やっぱり贈収賄容疑らしい」

「えっ、何ですって、おい、崎田さん❗ 虎澤代議士が東京地検特捜部に逮捕されたらしい❗」

「えっ、本当ですか。やっぱりな。係長も近いうちに、逮捕を予見していたじゃあないですか」二人はスマートフォンを取り出して、ニュースを見た。沢山のマスコミでごった返している。リポーターも各社一斉に声を出しているので、騒がしい。その中を虎澤代議士が背中を丸めて、検察庁に連れられていく姿が写っていた。

「すごいですね、明日の朝刊が楽しみだ」と崎田巡査部長が言った。二人は興奮気味に車に乗車した。

「さて、練馬駐屯所に向かうか」

 

       ③


 なあ、俺たちは何を求めようとしているんだろう?」と係長は車の窓を開けて過ぎ行く幹線道路の風景を眺めながら言った。

「係長、何を言っているんですかですか、たった一つの真実を求めようと、それを求めて見ようって」

「そうだったね。すまない。良くテレビのドラマや小説に出てくるけど、俺たち刑事は『正義』のために汗をかいている訳じゃないんだ。正義なんて警察官が口にすることじゃあないよ。たった一つの真相、真実を求めることが俺たちの指名なんだ。そうすることで冤罪を受ける人はいなくなるんだ。あまり正義、正義なんて振りかざすとかえって感情が入り込んで真実を見誤ることになるんだ」

「解りました。私もそのように努めます」等と話をしている間に、練馬駐屯所のレンガ造りの塀が見えてきた。入り口の門柱に自衛隊員が一人立っている。その入り口に近付くと、衛兵が車に近付いてきた。その人に窓を開け、

「電話で和田さんとアポを取っているのですが……」と言うと、

「あっ、事務長から聴いております。警察の方ですね。どうぞ私の後に付いてきてください。ご案内します」と言うので、車を端に止め。二人して付いていった。先の方に白い二階建ての建物があった。その中にはいると、広報係などの幾つかの課があった。そしてその中の総務に案内させられた。

「和田事務長、ご連絡の有りました警察の方を二名案内してきました」そう言って敬礼をすると、建物を出ていった。大きなデスクに体格の良い、7:3に黒い頭髪を分けた。貫禄の有る男性が座っていた。

「やあ、初めまして。私が事務長の和田と申します」

「私は、石神井署の平滝了一警部補であります。この度はお忙しい中申し訳ありません」

「同じく私は崎田祐介巡査部長であります」と二人は警察手帳を提示し、名刺を渡した。同じく事務長の和田さんも名刺を出して、会釈した。

「石神井署の一課の方ですか。あまりこんなところでは、馴染みのないことですが。何が用件で来られたのでしょうか?」と言いながら、二人をデスクの横に有る大きな応接セットに座るよう進めた。事務長と対峙した場所に座った係長が、用件を切り出した。

「こちらの駐屯地に崎田利夫さんが、努めていたと聴いたのですが、今はもう定年退職をしていますでしょうが」

 すると和田事務長は胸のポケットからタバコを取り出して、タバコに火をつけた。それを見た崎田巡査部長は係長の方をチラッと見て、頷いたのを見て、自分もタバコを取り出して一服し始めた。事務長が口を開いた。

「崎田利夫さんね、あっ、そうか、ひょっとして一人娘の小夜ちゃんがひどい目に遭ったあの崎田利夫さんですか?」

「はい、その通りです。退職した後の事を聴きたいのです」

「成る程。ご存じの通り、自衛隊員は五十五歳で定年を向かえますからな。あの娘さんを亡くした直後に、地元では、近所の好奇に満ちた眼差しが耐えられなくて、とても此処では暮らしていけないと言うことで、こちらの方に引っ越して来ていたのですが、奥さんの方が鬱がひどくて、そりゃそうですよな。大事な一人娘があんな格好で亡くなったのですからな。こちらに来てから三年後に病気で亡くなりましてね。崎田利夫さんは一人ぼっちになったわけですよ。ですから定年を迎えて直ぐにまた引っ越してしまいましたな。実は彼はもう両親も事故で亡くし、兄妹もいなかったので、正に天下で一人ぼっちとなった訳なんですよ。神様は時には残酷なことをするもんですな~」

「それで、まだ若いので再就職をしたと思うのですが、就職先はさきは解らないでしょうか?」

「あの、一般の方は知らないでしょうが、自衛隊では、再就職先を紹介なんてしないんですよ。働きたいのなら自分で探すしか有りませんので、彼が今何処で働いているか、解りませんな。しかも、自衛隊は再就職が難しいのですな。結構民間会社からは避けられますね。所謂潰しが聴かないのですな。でも、彼はなかなか良い男で後輩からも慕われていましたからな。身体も毎日の訓練で屈強となり、見た目は正義の味方と言うくらい顔も温厚で、本当に良い男でした。たしか、第1後方支援連隊に所属していましたな。自衛隊は退職年齢が早いのに、その後のケアはないんですよ」

「成る程、それでは何処に再就職したかは、解りませんよね。当然今、崎田利夫さんが何処に住んでいるのかも解りませんよね?」

「もう、独り暮らしですからな~でも、隊員の噂では、江戸川区の一之江辺りに住んでると聴きましたがな」

「そうですか、一之江ですか。崎田利夫さんは」

「あの、先ほどから崎田利夫さんと呼ばれていますが、彼を探すのならばその名前では見つかりませんよ」

「は、どう言うことでしょう」と係長は首をかしげて、崎田巡査部長を見た。崎田巡査部長も同じように首をかしげた。

「あ、いや、知らなくて当然ですな。彼は、此処を対照する時に、市役所に、復氏届けを出してますからな」

「復氏届け?って何でしょう?」

「彼は、結婚したときに、妻の姓をとって戸籍を作りましたからな。復氏届けと言うのは、前の姓名に戻すと言う届けの事ですよ。もう独り身になったから、戻したんでしょうな」

「で、で、それで何と言う名前に復氏届けをしたのか、解りますか?」係長は慌てて聞き直した。

 

       ④


「彼が復氏届けをした後は、『大和田利夫』となりましたが」それを聴いた係長は、

「な、な、何ですって‼️」と勢い良くソファーから立ち上がった。

「本当ですか。ん~と言うことは……」

 崎田巡査部長も驚いて係長を見上げた。

「ど、どうしたのですか? いきなり大きな声を出して?」和田事務長も同じくビックリしていた。

「どうしたのですか? いきなり大きな声を出して」

「あっ、大変申し上げませんでした。あまりにも重要なことを聴いたので」

「あの、『大和田利夫』が何かの事件に関わっているのですか?」

「いえ、とんでもありません。あくまでも参考として聴いたのですから。すみません、後彼の写真がありましたらいただけないでしょうか?」

「うーん、写真ね。代田さん彼の写真なんてあるかな?」すると呼ばれた事務職いんらしい白田さんは、

「自衛隊祭りの時に撮った写真があるんじゃないですか」

「あぁ、そうか、いえね此処自衛隊の駐屯地では、年に一回お祭りを市民と一緒に行うんですよ。戦車等を披露して、皆さんに見て貰うんですよ」その時、白田さんが、

「有りましたよ」と言って和田事務長のところに写真を一枚持ってきた。

「あぁ、楽しそうに三人で写っていますよ。この三人の右端が彼です。ちょっと若いときの写真だが」と係長に手渡した。

「あぁ、楽しそうに三人で写っていますよねえ、これで充分です。ありがとうございます」と係長はじっとその写真を眺めていた。

「間違いないな」と小さく囁いた。

 

 崎田巡査部長はポカンとした顔をしていた。係長は腰を上げると、

 「今日は、忙しい中本当に有り難うございました。大変な参考になりました。それではこれで失礼します」と言って和田事務長に頭を下げて、別れを告げた。

「いえ、とんでもありません。参考になりましたなら良かったです」と言って和田事務長が、出口まで二人を見送ってくれた。崎田巡査部長は、

 ――『大和田利夫』が何に関係しているのだろう?――

 そう思いながら、覆面車に向かって歩き始めた。

「あの、係長! 一体どう言うことでしょう? 私にはなにも解りませんが」

「あっ、ゴメン、ゴメンこれで謎が全て解けたんだよ!」

「えっ、何ですって、謎が全て解けたんですか? 私にはちっとも解らないのですが……」

「すまない、すまない帰りの車中で話してあげるよ」そして、二人は覆面車に乗り込み、石神井署に向かって車を走らせた。

 

       ⑤

 

  暫く石神井署までの道を走っていると、黙って例の癖で、髪の毛を弄っていた係長は、話し始めた。

「あくまでもこれは、俺の勝手な推測にすぎないんだけど、『大和田利夫』と言う名前を聴いて、すべての謎が解けたみたいなんだよ」と何時もの係長らしくなく、自信のない言葉で呟いた。

「崎田さんは、俺の勝手な独り言だと思って、運転していてよ」崎田さんは、黙って頷くと、

「もしも、あの虎澤吉城の事件が殺人事件だったと仮定しよう。その場合問題点は、彼を殺すほどの動機と、手段だ。みんなあの密室を見せつけられたものだから、簡単に自殺事件として処理しようとしている。でも、皆からすれば、殺人事件と仮定するならば、あの密室をどう説明するのか? と反論をするだろう。俺も峠田と一緒に現場に許可を得て駆けつけた。そして部屋の中まで見せて貰った。確かに密室状態だった。でも、殺人事件と仮定すると、逆に密室状態が完璧なほど、逆に犯人は絞りやすくなるんだよ。俺はあのマンションの警備員を覚えていたんだ顔も名前も、しかし、その時の警備員の名札は『大和田』となっていたので、今まで出てきていない名前だったから、俺が考えていた推測に合わなくて、本当は密室の事を考え直さなくてはならなくなった。だって、あんな完璧な密室は、殺人事件と考えると、警備員が犯人でないと実現できない。と思っていた。だって合鍵を持っているのは警備員しかいないから。ところが今日その名前を確認できた。しかもあの写真を見たときに、あの警備員だと確信できたんだ。きっと、たおちんに見せても、思い出すと思う、しかし、あいつは、ぼ~っとしてるから思い出せるかな?」と係長は例の癖を出して笑ながら髪の毛を弄っていた。

「しかし、係長。大和田さんが虎澤吉城のマンションの警備員をしていたと言うのは、余りにも都合が良くないですか?」と崎田巡査部長は呟いた。

「そこなんだがね、そこで考えられるのが、高橋明正君なんだ。恐らく二人は、犯人への復讐のために話し合っていたのじゃないか、と思うんだ。幸い高橋君は、長谷川建設の子会社である、長谷川マンションアクトに就職できた。幸い此処は大手で都内各所に支店が有るし、マンションだけの賃貸会社だ。色々なマンションの賃貸を任されていたはずだよ。虎澤吉城のような名前が売れた人間が入居をすれば、何処のマンションに入居しているか解ると思うんだ。蛇の道は蛇って言うじゃないか。そして、和田さんは、退職した後、何とか警備会社に就職するために、一生懸命努力したのだと思いますね。誰か知り合いでもいたのかも知れない」ちょっと無理があるかな? 「でもそれでもマンションの警備員になれる職場を懸命に探していたに違いない」

「そうですね。きっと神様の導きがあったんですよ」

「そのくらいの幸運はあったかもしれないね。しかし、残念ながら、これは全て推測にすぎない。物的証拠が全くないんだよな。管轄が違う事件の事だから、証拠探しが出来ないのが残念だよ。徹底的に現場を操作できれば必ず証拠が出てくるはずなのに。一般的には、人が部屋に入ったら、必ず何かの痕跡をそこに残しているものだよ」そんな風に話していると、石神井署に帰り着いた。もう外は日が落ちて、暗くなっていた。二人が車を降りると、係長が、崎田巡査部長に話し掛けてきた。

「ねえ、崎田さん、今日の事はまだ、課長には話さないでくれないか。その今日書き留めたノートを、俺に渡してよ、俺が今夜まとめ上げて、明日課長に報告するよ」

「はい、解りました」と言って今日書き留めたノートを係長に手渡した。

 

       ⑥

 

 二人が刑事課に戻ると、まだみんな残っていた。

「あれ、みんなどうしたの? 何か事件でも起こったの?」と尋ねたら、

「いいえ、石神井公園は、平和なものですよ」と中山主任が答えた。

「係長たちの帰りをみんな待っていたんですよ。虎澤泰三代議士が東京地検特捜部に逮捕された時のニュースを見て、みんなでワイワイ騒いでました。ところで何か収穫は有りましたか?」

「あぁ、十分な手応えがあったよ。俺が今夜まとめ上げて、課長以下みんなに報告するから。さぁ、みんなもう帰ろうよ! そうだ、その前に峠田君、ちょっと俺のところに来てみてよ」

 呼ばれた峠田巡査は、何だろうなと首をかしげながら、係長のところにやって来た。

「なんでしょうか?」

「峠田君。ちょっとこの写真を見てくれないか。三人の親子が写っているだろ。そのなかで、右端の男性を見て、何処かで見たことがある男性じゃないか?」

「さぁ、始めてみる顔ですけど」

 係長は、ため息を付いて、

「もう良いよ、お前に聴いた俺が馬鹿だった」と言うと、崎田巡査部長が、「く、く、く、くっ」と大きな声で笑った。みんなは何の事か解らずポカンとした顔をした。

「さぁ、みんな帰ろうよ!」そして、みんな引き上げていった。


翌日刑事課のみんなが、

「おはよう」

「おはようございます!」と、ゾロゾロと部屋に集まってきた。

「やぁおはよう、平滝君。昨日は何か収穫は有ったかね?」と、山部課長が言った。

「おはようございます。はい、収穫は有ったと思いますね」

「そうか、ご苦労だったね。しかし、無駄に終りそうだな。実はね、昨日の夜、谷岡署長から電話があってね。どうやら、麹町署としては、例の虎澤吉城の件は、自殺として処理するそうだ。しかし、君が一生懸命調査をしてきたことだ、真剣に報告を聴こうじゃないか」と、山部課長の目がキラリと光った。平滝係長は、そこでA4の用紙にワードで打ち出した、数十枚の報告書を、課長に差し出した。

「まず、課長。これは俺が昨夜作った報告書です。写真も張り付けてあります。課長が目を通してみてください。その後質問を受けます。その後、俺の班員に全員に、読んで貰います」

「よし、解った」と山部課長が目を通し始めた。

 平滝班のみんなは、テレビや新聞で昨日の東京地検特捜部に逮捕された、虎澤泰三代議士のことに、夢中になって見ていた。

「ふむ、ふむ、」

 

 …………

 

「成る程、そうか」

 

 …………

 

「えっ、何だ。あぁ、そうか」

 

 …………

 

「そうかな~、ふ~む」

 

 …………

 

「成る程、そう言うことか」

 

 …………

 山部課長は、読み終えると平滝係長に尋ねた。

 

「しかし、平滝君、成る程この二人が虎澤吉城を憎む動機はよく解ったけど、手段にたいしては、一寸都合がよくはないか? こんなに都合よくいくものだろうか? それに物的証拠がない。彼らが。犯人だとは、なにも証拠がなくて断言できないよ」

「ヤッパリ、山部課長もそう感じましたか。私も報告書を作っている時に感じましたので、電話をしてみました。後、読み終わりましたのなら、その報告書を返してください。私の班員全員にも読んで貰いたいのです」と、言うと課長の机に置いてあった報告書を取り上げると、中山主任の方に持っていって、

「中山主任。これをみんなで回し読みをしてくれないか。これを読んで疑問に思ったことは、後で皆から聞くよ」と言うと、山部課長の方を向いて、

「すみません。説明の途中で、続きを説明します。例の事件、虎澤吉城の自殺となった件ですが(まぁ、これは麹町署の判断ですが)、千代田区麹町アクアシティタワーの警備員室に電話をかけました。そうすると、受話器を取ったのは、

『はい、こちらはアクアシティの警備員室の《佐々木》と申しますが、どちら様でしょうか?』

 と、答えが返ってきた。私は、

『平滝と申しますが、《大和田利夫》さんは、いらっしゃいませんか?』 と、尋ねると、

『あぁ、大和田さんのお知り合いの方でしょうか?』と、聞かれたので

『はい、一寸した知り合いなのですが』と答えると、

『申し上げ有りません。大和田は、契約が切れて、もう会社にはいません』

『はい、契約切れ? どう言うことでしょう?』

『大和田さんは、派遣会社からの派遣職員でして、私は正社員なのですが、私が病気で一ヶ月ほど入院をしなければならなくなったから、その間の派遣職員でしたので、もう今はいません』

『あぁ、そうだったのですか。大和田さんは、派遣会社からの派遣でしたか。何処の派遣会社か解りますか?』

『いえ、私には解りません。本社に問い合わせてください』

『はい、解りました。夜分失礼しました』

『いえ、いえ、どういたしまして』と言うことだったのですよ。つまり大和田さんは、自衛隊を退職後、人材派遣会社に登録を申請していたと言うことです。しかも、こう言っては失礼かも知れませんが、前職が自衛隊と言うことで、当然事務仕事は出来ない。それと言って、営業職にも馴染めない。今まで、人に頭を下げてお愛想笑をすることも経験がない。あえて自信があるのは、体力と健康ですかね、ですから、多分大和田さんは希望の職種に、ビルやマンションなどの警備員を挙げ、短期間も可能と、書いたのではないですかね。そして、じっと待つこと、五・六年、やっと目的のマンションに派遣されるチャンスを得たのではないかと、思うんです」

「成る程な!」と山部課長が頷いた。

「しかしな、この事件はもう、けりの付いた事件だ。麹町署にケチはつけられない。折角掴んだ真相かもしれないけど、今さらどうしようもないな」

「そうですね。もし将来、麹町署の処理に疑惑が出るような事がなければ良いんですがね」平滝係長はそう言うと、自分の席に戻っていった。

「どうだい、みんな目を通してくれたかな? 何か、質問のある人はいませんか」皆は、別段質問も無さそうだった。この中で境賢二巡査部長が、感想を話し始めた。

「私は、この係長の報告書は、真実を突いていると、思えるのですが、いや、多分係長の推測通りだと思えます。しかし、残念ながら、管轄の違いで、麹町署に自殺としてこの事件を決定付けられたのなら、もう再捜査なんて出来ません。警察は組織で動くもんだ。と、よく言いますが、悪い言葉で言えば、縄張りを張っていて、垣根を作っているだけです。縄張り争いをするなんてやくざのすることと一緒じゃないですか」と、意見を述べて座った。すると、山部課長から、

「こら! 境君。警察とヤクザを一緒にするとは何ごとだ❗」と、大きな声で怒鳴った。

「あ、いやすまん境君。大きな声を出して、しかし、警察には警察の規律と言うものが売るのだから、しょうがないだろ。君たち若い人には、組織で動くという、意味がまだ解っていないんだ。そのうち経験を積んでいけば、意味が解るときが来るだろう」

「解りました、山部課長」小さな声で境君が、答えた。そこで、平滝係長は結論付けた。

「もうどうしようもないことは、俺たちだけでは、どうしょうもないんだ。しかし、あの後、二人が何を考え、どうしているかは、気になるな。変な考えを持っていなければ、良いのだが」と、暗い顔をして、俯いた。

「真実が必ずしも実を結ばないことも有るということだな。」

それから数日が経ったある日、虎澤泰三代議士の離党と、代議士の辞職が、マスコミでも騒がれた。普通のおじさんになった瞬間だった。



それから更に数日が経ったある日、朝、平滝係長がある新聞を読んでいると、

「アッ、なんて事だ!」と、叫びながら椅子から立ち上がった。班員の皆は、何事が有ったのだろうと、平滝係長の方を見た。

「あ~あ! なんてこった。一番心配していたことが…………、起こってしまった。畜生‼️ 畜生‼️」それを聞いた、山部課長が、尋ねた。

「平滝君。一体どうしたんだね?」

 それを聞いた、平滝係長は、山部課長の席まで新聞を持っていった。

「山部課長、この新聞は地方の記事がよく出ている新聞なんですが、この新聞の最終ページを見てください」と、課長の机に新聞を開いて置いた。ページを開くと、有る記事を指差した。そこには、以下のような記事が載っていた。

 [また、自殺の名所で自殺か?

 昨日八月三十日、福井県坂井市三国町安島に有る、東尋坊で、一足の男性の靴が発見された。此処は越前加賀海岸国定公園の特別保護地区に指定されている。場所で、昨日公園の管理人が、早朝靴を発見し、福井県 坂井西警察署に、届け今朝から福井県警と、水上自衛隊の舟が捜索を行っているが。まだ死体は見つからない。なお、靴には遺書も入っており、警察は身元の割り出しに、懸命になっている。なお、その遺書には、

 “私は私怨のために、人を殺めてしまいました。いくら私怨のためとは言え、人を殺めてしまったのは、間違いだと気付き、此処に私の命と引き換えに償うものであります。どうも申し上げ有りませんでした。 

          崎田利夫”

 と、書かれた遺書も入っており、警察は慎重を期して、自殺者の身元を割り出そうとしている]

 その記事を読んだ、山部課長は、

「まさか、虎澤事件までたどり着くことはないだろうな」と、力を落とした。

「何を言ってるんですか! 課長。それで良いのですか?」と、係長が、詰めよったが、

「仕方ないだろう、あの虎澤事件は麹町署の事件なんだ! 解ってくれ」

 平滝係長の班員は全員課長の席までやって来て、その記事をみんなで読んだ。其々が感想を述べ有っていた。係長は、自分の席に戻り、ため息を突いて、両手で頭を抱えた。

「俺たちには、何も出来ないんだ❗」

 悲しそうな顔をして、顔を上げたが、

「でも、待てよ死体はまだ上がってないんだ。ひょっとしたらまだ生きているかもしれない。彼の最終目標が、虎澤泰三だったとしたら?」そう言うと、山部課長が、

「平滝君。もうこの事件の事は忘れよう! 麹町署が考えることだ。な、そうしてくれ」と、係長の方を向いて頭を下げた。

「解りました。今度の非番の時に、実家の協会で、髙橋明正君と連絡を取り、彼は大和田さんの事をよく知っていると思いますので、万が一の事を考えまして、これ以上の悲劇を止めたいと考えています」

 課長は、

「すまない、よろしく頼むよ。平滝君。」と、小さく頷いた。

 これで、この事件は、一定のケリが付いた。

 

 平滝係長は、暫く天井を見上げていた。そして、例の癖が出た。髪の毛を、右手の人差し指でくるくると巻くと引っ張り上げる。何か考えている時だ。そして、突然呟いた。

「そうだ、酒元譲二が三流週刊紙に、言ってたな、『大物俳優に薬物疑惑がある』ってな、大物俳優って誰の事だろう?」班員のみんなと、山部課長は、ギョッとして全員、平滝係長を見つめた。

             (了)




 





 


 

 

 




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