これってどうしたらいいのか誰か教えてください
蕃茉莉
これってどうしたらいいのか誰か教えてください
「なんでも願いをかなえてあげるよ」
三月のある日。布団の上で胡坐をかいて、Tシャツとパンツ姿でゲームをしていたら、唐突にそんな声が聞こえてきた。きょろきょろ周囲を見回したが、汚い部屋の中には誰もいない。いるはずがない。むしろいたら怖い。
「気のせいか」
つぶやくと、
「気のせいじゃないよ」
また声が聞こえた。
「誰だ」
「誰、と言われると困るなぁ」
声は、耳からというより頭の中に聞こえてくるような感じだ。
「君たちの世界で言う、天使とか悪魔とか精霊とか、まあそんな種類かな」
俺はゲーム機を枕の上に置いて、床に脱ぎ散らかしていたジャージを手に取った。天使とか悪魔とかが実在するとは思えないが、実際に声が聞こえてくるし、こっちからは見えなくても相手からは見えているとしたら、パンツ一丁はよろしくない。
「意外と礼儀正しいんだね」
声が笑いを含んだように感じた。
「どんな願いがいい?」
「どんなって」
ジャージを履きながら、俺は首をかしげた。欲しいものは山のようにあるが、そう言われると咄嗟には出てこないものだ。
「そうだなぁ、って、なんで俺にそんなこと言ってくるの?」
「なんで、って言われるとこれも困るなぁ」
声がくすくす笑う。
「まあ、気まぐれというか。たまたまというか」
「ふぅん」
新しいゲーム機、彼女、推しのライブチケット、グッズ。次から次へと欲しいものが浮かんでは消える。こんなチャンスを、その程度のことで使ってしまうのはもったいない。
「いくつ言ってもいいのか?」
「ひとつだけにしてほしいな」
やっぱりな。そうなると、簡単に答えるわけにはいかないな。とびきりのイケメンにしてもらおうか。でも顔だけよくてもスタイルが悪くちゃな。そうなるとやっぱりあれだ。この世の願いはほとんどかなう、お金だな。金さえあれば整形だってできるし、推しのグッズも買い放題。こんなボロアパートを出て、お手伝いさんつきの豪邸に住んで。ひょっとしたら彼女もできるかもしれないぞ。でもいくらならいいんだろう。一億?いやいや。百億?いやいやいや。一生一度だぞ。そうだ!
「一等の宝くじがわかる能力が欲しい」
我ながらいい考えだ。これなら永遠に宝くじに当たり続けることができる。
「それでいいの?」
声は少し驚いたようだった。俺の秀でたアイディアにびっくりしたのかもしれない。
「もちろん!」
「わかった。じゃあもう願いはかなえたよ」
「もう?」
「そうさ。確かめてごらん。じゃあね、グッドラック」
それきり、脳内から声の気配が消えて、急にクーラーの音が耳につく。俺は、しばらく呆然とジャージの紐を握りしめて布団の上に立っていた。
本当かなぁ。
時計を見ると10:24。もう宝くじ売り場は開いている。
「行ってみよう」
俺はボロボロの財布をポケットに入れると、上着を着て外に出た。都内でも一番人気の宝くじ売り場に行くと、ちょうどジャンボ宝くじの販売最終日らしい。ポケットの中で財布を握りしめた手が、汗ばんでくるのがわかった。
「おはようございます」
ここはいつだって長蛇の列だが、今朝はタイミングがよかったのか、並んでいるのは三人だけだった。順番待ちをしながら看板を見上げた俺の脳裏に、三桁と七桁の番号が浮かんだ。
「?」
前のおっさんがスクラッチを買って横にずれた。
「おはようございます」
売り場に立った俺に、かわいい声のお姉さんがマイク越しに声をかけてきた。
「ジャンボ、連番で10枚」
それから、積み上げられた10枚つづりの束を眺めると、上から三番目あたりが光って見えた。
「上から3番目をください」
なるほど、こういうことか。この直観が、当たりを引き当てるというわけだ。
「はい。バレンタインジャンボ、連番の上から3番目を10枚ですね。3000円です」
おばさんが束を確認して、トレーに乗せ、よれよれの千円札を確認してから窓口に出してくれた。
バレンタインか。チョコなんてもらったことがないが、これからは金の力でモテ放題に違いない。
俺はうきうきと宝くじを受け取り、残った小銭から電車賃を引くと、改札横の立ち食い蕎麦屋でかけそばを食べた。これからはこんな貧乏くさいことはしなくていい。金勘定なんて必要ないんだ。なくなれば宝くじを買えばいいんだからな。なんて楽しい、楽なお仕事。
バイトに行く気も失せた俺は、シフトをばっくれてゲームをしながら抽選日を待った。店長から鬼電が入ったがシカトした。時給1041円のバイトなんてやってられるか。
翌週金曜日。俺は朝から何度もスマホで当選番号の発表を確認した。午後、ようやく発表された数字を確認すると。
「なんだよ」
全然違う。
「300円しか当たってないじゃないかよ」
どういうことだ、と当選番号を何度も見返すうち、一等の番号を知っていたような気がし始めた。
「えっ」
嫌な予感。
「これって」
宝くじ売り場で思いついた数字じゃね?
「まさか」
俺は、震える手でスマホを操作すると、発売スケジュールの画面を開いた。
「春一番くじ」
その文字を目にしたとたん、三桁と七桁の番号が浮かんだ。
「やられた」
確かに願いはかなった。俺は一等の宝くじの番号がわかるようになったらしい。だが、それがどこに売っているのかは・・・。
「ああああああああああ」
俺は絶叫すると、スマホを思い切り煎餅布団に叩きつけた。スマホはゆるく跳ね飛んで壁に当たり、乾いた音を立てて床に落ちた。
これってどうしたらいいのか誰か教えてください 蕃茉莉 @sottovoce-nikko
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