勇者とドラゴン
じゃがバター
『はんばーぐ』なるもの
「食うぜ! 憧れのドラゴンステーキィ!」
白銀に輝く伝説の鎧を
「……ハンバーグがいい」
せぇらぁ服という異世界の装備を纏った少女、アオイ。
そのボソリとした言葉に、勇者テルが動きを止めます。
二人とも黒い瞳と漆黒の髪、こちらの人間は持たない色です。
「……食うぜ! ドラゴンハンバーグゥ!!」
もう一度言い直す勇者テル。
……。
「魔王と化した悪竜ディバーンの根城を前に、なんで食う話になってるんですか!? おかしいでしょう!」
魔王を倒せる唯一無二の女神の剣を、もう一段肘を伸ばして掲げ直した勇者テルに突っ込む私。
そんな理由で掲げないでください、伝説の神器。いや、でも食べるってことは、魔王を倒すってことですから賛同するべきですか?
こんにちは、魔法使いです。ちなみに男です。
魔王が現れてから三年、女神の剣を扱える者が現れず、王は巫女に女神の剣を抜ける者を、神殿に強制転移するようお命じになりました。
それが半年前。転移の魔法陣に現れたのは、今剣を掲げている勇者と巻き込まれてしまった少女。なんというか、喚び出す対象範囲は国内だったのですけどね。二重の意味で事故りました。
女神の剣は、魔王がいる間だけ鞘から抜くことができます。勇者でさえ、魔王がいない間は抜くことが叶いません。
魔王を倒した後、ひとたび鞘に剣を納めれば、二人は強制転移の条件から外れます。つまり、魔王さえ倒せば、異世界の同じ時間に戻れるのだそうです。
それを確認したお二人は、快く魔王討伐を引き受けてくださったそうです。私はその場におりませんでしたが、この世界に住む一員としては有難い話です。
転移が行われた日の夜、国王が神殿の治療の間に運び込まれたとか漏れ聞こえて来ましたが、きっと持病が悪化したのでしょう。持病の話は聞いたことがありませんし、前日までは健康でらした気がしますが。
「『はんばーぐぅ』なる料理は美味しいのですか?」
おっとり笑いながら二人に聞く可憐な方は、この国の三の姫です。
そして、やらかした巫女です。
やんごとない身の上ですが、魔王を倒し勇者たちが元の世界に戻るその瞬間、勇者たちの肉体を喚び出した直後の状態に戻すため、魔王討伐に参加しています。
女神の剣は、放っておくと自動で鞘に納まるそうで、元に戻す機会を逃さぬよう責任を持って参加です。
アオイも姫が同じ術をかけるために同行。なんの力もない普通の少女ですが、勇者側に「愛する者の声で力を増す」という能力があるため、パーティーへの貢献度は私より高いです。
「ハンバーグっていうのは、ひき肉をこういい感じにして……。やわらかくて肉汁がじゅわっとして美味しい料理だ!」
勇者が言い切ります。
「やわらかくて肉汁が……」
姫が勇者の言葉を繰り返してにこにこしていますが、絶対何も考えていません。
「繋ぎにパン粉を使っていた気がするわ……」
「玉ねぎいりもあるよな?」
この世界で『はんばーぐ』なるものを知る、たった二人が両方とも信用なりません……っ!
「大人しくステーキにしてください」
塩と胡椒は荷物にありますし、ステーキでしたら調理法がわかります。
「ハンバーグ……」
悲しそうに呟くアオイ。
「絶対ハンバーグゥウウウ!!!」
勇者テル、あなた元々ステーキだったでしょう!?
パーティーメンバーは勇者テル、勇者の思い人アオイ、姫、私です。半年という脅威の短さで魔物を倒し、悪竜ディバーンの根城まで辿り着きました。
――勇者テルは、歴代の勇者の中でも最強でしょう。
「デミグラス! クリームマスタード! 柚子胡椒!」
でも、魔物を倒す時の掛け声がおかしいです。
悪竜ディバーンの住む深く巨大な洞穴は、魔王の影響を受け強化された魔物たちでいっぱいですが、勇者テルは歩みを止めることなく切り捨てて行きます。
「お肉の脂の甘みとやわらかさ……」
「肉汁出しながらほろほろ崩れる粗挽きタイプ!」
勇者の掛け声もおかしいですが、力を増す方もアオイの声ならなんでもいいんでしょうか?
勇者テルの体は、アオイが勇者に向けて何か言うたび輝きます。青みを帯びた黒だった女神の剣も薄く輝き、青灰を経て今では白銀です。
この二人に会うまで勇者への鼓舞は、愛の言葉や祈りの言葉だと思っていたのですが……。ずっと『はんばーぐ』なるものの断片的な情報を話しています。味や食感、作り方――『はんばーぐ』とやらに洗脳されそうなんですが。
「聞けば聞くほどおいしそうですね〜。悪竜ディバーンにお会いするのが楽しみです。ふふ」
ちょっと姫、そのセリフはだいぶアウトじゃありませんか?
姫の癒しや生命回復の魔法、毒の中和。魔法を使うたび、ふわふわと浮かびなびく、薄い金色の柔らかな髪。
おっとりとしている割に、手際がよく的確です。姫はむしろ余裕がある時に失敗します。可憐な見た目の割に野生の勘で生きる脳筋です。余裕がある時の失敗は、何か余計なことを考えるせいでしょう。諦めて条件反射で生きてください。
アオイの声がかかる度、さらに力を増してゆく勇者テル。魔物たちを倒し、あっという間に悪竜ディバーンと対峙しました。
「よく来たな、勇者よ! だが……」
「至福のお肉ゥウウウウッ!!!」
悪竜ディバーンの話をみなまで聞かず、眉間に女神の剣を突き立てる勇者テル。
「……チーズハンバーグも正義」
ぼそりとつぶやいたアオイの言葉で、勇者テルの体が、女神の剣が、真っ白に輝きます。
……ちょっと可哀想なんですが。まさか悪竜ディバーンに同情する日が来るとは思いませんでした。
「目玉焼き乗せも正義!」
そう言って、チンっと女神の剣を鞘に戻す勇者テル。
「あ」
「あらあら、たいへん!」
姫がのんびりした声ながらも慌てて、二人に肉体を戻す魔法をかけます。
いくつもの魔法陣を介した強力な魔法は、姫の周囲で光っているいくつもの魔法陣のほか、神殿にある魔法陣も今この時同じように光っているはずです。
「あああああっ!! 俺のドラゴンハンバーグゥ!!!」
「……テル。戻ったらテルの奢り、神戸牛で」
こうして異世界の勇者とその思い人は、元の世界に帰って行きました。私は最後の戦いのことを人に聞かれると、「勇者たちは、正義を高らかに叫び、悪竜ディバーンを倒すことに全力でした」と答えることにしています。
あ、私は宮廷魔法使いで、大魔道士の称号も持っているのですが、旅の初めから勇者テルとアオイ、姫の要望で亜空間に荷物を入れておりました。要望が多すぎて、魔力が足らず、荷物持ち以外のことはしておりません。
「強制転移の魔法陣ですが、あれからどこに失敗があったか検証しましたの」
おっとりと笑って『ドラゴンはんばーぐ』を食べる姫。
あれから一年、勇者テルとアオイの言葉の断片から、こうだろう、というものを作り出しました。
ナイフを入れると肉汁が溢れだし、表面は香ばしく、口に入れるとホロリと崩れる『ドラゴンはんばーぐ』です。
悪竜ディバーンの体は女神の剣の効果か、少し時をおいて塩のような白い砂となって風に攫われてしまいました。この『ドラゴンはんばーぐ』は別の野生のドラゴンです。
しゃべらないし、明確な意思もないドラゴンです。大事なことなので2回言います、しゃべりません。
街中では豚や牛で作る『はんばーぐ』が流行っていますが、私は自分でドラゴンが狩れるため、勇者テルとアオイが食べたがっていた『ドラゴンはんばーぐ』を好んでいます。――一応私、本当に強いのですよ?
「『ドラゴンはんばーぐ』は美味しいですわ〜。至福です、うふふ」
頬を押さえて、花でも飛んでいそうな笑顔の姫。
最近、国王が私に要らぬ圧をかけて来ます。魔王討伐に旅立つ前は、お嫁にするならおっとりとした方がいいなどと言っておりましたが、今は宗旨替えをしておりますので、姫との婚姻は勘弁してください。
いざとなったら宮廷を辞して、『はんばーぐ』屋でも始めますかね?
勇者とドラゴン じゃがバター @takikotarou
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