第4話 最後の離婚

 ……元々兄はね、寄宿学校に居た頃からそちらの趣味があってね。

 だから結婚しなかった――というより、できなかったの。

 女に触るのが気持ち悪い、って類いでね。

 でもそれを知っていたのは姉だけで、私は知らなかった。

 兄がイライジャに手を出したのは、私への嫉妬だった、って言うの。

 後で聞いた話。

 私はそんなこと気付かなかった。

 ただ兄と姉からすると違ったのね。

 エキセントリックな自分達をどう取り扱っていいのか判らないで、一枚ガラスの壁を置いた様にしか接することができなかった両親が、私にだけは普通の親の顔をするんですって。

 それが本当に嫌で嫌で仕方がなかったんですって。

 兄はそんな私達の姿を見ると――特に母ね、女というものが本当に嫌になったんですって。

 そういう悩みを持っていた学校時代に、先輩に誘われて、そのまま…… よ。

 それで兄はずっとそういう関係の同好の士と付き合っていたということなの。

 姉はそれを知っていたし、同情していたってことよ。

 姉がチャールズを寝取ったのも、その辺りがあったのかもしれないわ。

 私への復讐。

 そしてイライジャは、困ったことに兄のタイプでもあったというのよ。

 だからすんなりとそういうことをやってしまって。

 手慣れているって怖いわね。

 そういうことをするためのものを常備しているんですもの。

 イライジャは言わなかったわ。

 さすがに、噂で聞いていても、無縁だったことを唐突にされた彼としては、妻に言えはしないわよね。

 で、兄はその一回を口実に、また何度か誘ってきたの。

 そうしたら……

 何ってことでしょう。

 今度はイライジャが、抱くより抱かれる方が好きな自分を発見してしまったというの。

 そして、私とはその罪の償いの様な気持ちで抱いていたというのね。

 で、子供ができた時、彼も喜んだの。

 ああこれで、元に戻れる、って。

 そう、それを機に彼は兄との関係を切って、私との生活をちゃんとさせようと思ったらしいの。

 だけど困ったことに、今度はそれを求める自分が居ることに、イライジャは気付いてしまったの。

 それでも兄とはもう止めて欲しい、という話をしにいったのね。

 でも考えてみて。

 それを何処にしにいったか、よ。

 兄は長男で、父の仕事も一緒にしている。次の男爵よ。

 つまり私の実家に行った訳。

 で、イライジャが連絡をとって話をつけに行くと決めた時、あえて兄はそれを自宅にしたのよ。

 そしてやってきた彼を、使用人の目に触れる様に、別れ話を封じる様に思いっきり抱いたって訳。

 しかも「今日は仕事は休みだ」と宣言して。

 私は実家に出向いたという夫がどうなったのか不安だったわ。

 その頃既に臨月近かったのにも関わらず、嫌な予感がして実家に向かったの。

 そうしたら、そこで見たのは、兄に後ろから突かれてよがってしまっている彼の姿だったわ。

 彼は私に気付くと、泣きながらごめん、ごめん、と言っていたのだけど。

 私はそこで破水してしまったのね。

 少しだけど、予定日より早く子供を産むことになったの。

 ただこれもまた気を失っている時に、何かしらないうちに終わっていたという感じで。

 たまたま実家に居たのが良かったのかどうなのか。

 ともかく私が次に目を覚ましたのはやはり実家の私の部屋だったの。

 そして横にはこの子が居たわ。

 しばらくして、憔悴したイライジャから離婚した方がいいね、という話になったの。

 向こうのご両親が大激怒だったそう。

 当然よね。

 息子をそちらの道に引き込んで、知らなくても済んだ性癖を引き出させてしまって。

 しかもその時、使用人が沢山見ていたせいで、噂が裏でじわじわ広がっていて。

 彼は私にごめんなさいごめんなさい、と言い続けて泣いていたわ。

 私自身は良いパートナーだったし好きなのだけど、これ以上一緒に居ることはお互いのために良く無い、そして子供を引き取ることに対して、両親も反対している、と。

 さすがに父も兄を海外に飛ばしたわ。しばらく帰って来るな、ってインドの方に。

 それで私の三回目の結婚は終わったという訳。

 困ったことに、イライジャはその後、どうも兄を追いかけていったとかどうとか…… 噂だけどね。


 私はもう何というか、疲れちゃって。

 さすがにもう、両親も何も言うことができないというか。

 姉は前の私の離婚の際に、「一年でも二年でも回ってこい」って両親が旅行に出したの。

 閉じ込めもできない。かと言って私の周囲に置いたらもうどちらも害しか与えないってのが本当に判ったのね。

 だからね、私はもうこの子のことだけ考えてのんびり生きていこうと思うの。

 ああいう強い欲望とか、あるとか無いとか考えるのもうんざり。

 両親もどっち老けこんでしまったわ。

 兄の性癖があれだとすると、もううちの跡取りはこの子しか居ないし。

 だからね、妹で愛されてるからって、必ずしもいいことばかりじゃあないのよ。

 でも、気分を悪くしたらごめんなさいね。

 たまたま私の運が悪かったのよ。

 きょうだい運というものがね。

 ええ、この子は愛しいわ。

 ゆっくりじっくり育てるの。

 まあ、たった一つ怖いことと言えば、この子が結婚する時に私が正常でいられるか、ということだけどね。

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愛され妹だからと言って、兄や姉に夫を寝取られる筋合いはないのよね 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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