静岡・弁天島編

先輩との偶然の出会い

 紺とアルフレッドさんに合図を送り、俺は軽キャンピングカー・インディ272を走らせる。

 ついに岐阜を離れる時がきたのだ。


 短い間だったけど、楽しい思い出を作れた。

 特に飛騨さんと出会えたのは運命さえ感じたほどだ。



「現在地の道の駅・白川郷から名古屋駅まで二時間ってところか」

「もう名古屋まで行っちゃうんだね」

「ああ、東海北陸自動車道で一気に進める。そこから静岡へ向かう」

「名古屋城見えるかな」

「多分通るよ」

「楽しみ!」



 さて、出発だ。

 すぐ近くの白川郷インターチェンジI.Cまで向かい、そこから、ひたすら進むだけ。


 俺たちはついに白川郷を後にした。


 遠のいていく景色。

 少し寂しささえ覚える。


 山道を走り、一時間が経過したころ。


 松ノ木峠まつのきとうげPAへ入り、そこで休憩することにした。



 駐車場に停め、俺は歩花の体調を伺った。



「大丈夫か、歩花。ずっと山道だったけど、乗り物酔いとか」

「平気だよ~。気圧で耳がおかしいけど」

「あるある。俺は耳が痛くなるから、毎回気が重いよ」

「そういえば、お兄ちゃんはいつもそうだよね」

「そうなんだよ。というわけで、休憩だ」


 車から降りると、紺とアルフレッドさんが歩いて来た。


「お疲れ様です、回お兄さん」

「紺は元気そうだな」

「いつも元気ですよ~!」


 紺はここまでアルフレッドさんのX-VANという軽バンにバイクを乗せ、移動してきている。いわゆるトランスポーター、略してトランポにして積載。これなら合法的に高速道路に乗れるわけだ。

 車の運転が出来る執事・アルフレッドさんのおかげで紺は俺たちについて来ることが出来ていた。これは金持ちの成せる技としか言いようがない。


「アルフレッドさんも大丈夫です?」

「ええ、休憩させていただければ問題ありません」


 相変わらず渋い声で彼は言った。

 とはいえ、御老体だからな、無理はさせられない。

 こうして休憩しながら行かないとな。


 とりあえず、松ノ木峠PAで十五分ほどの休憩とした。


 紺と歩花は女子トイレに、俺は男子トイレへ向かった。


 歩いているとグラサンの男が俺の前で止まった。な、なんだこの怪しい人は……。



「……」



 俺は避けてトイレへ向かおうとするものの、男は行く手を阻んだ。こ、怖ッ! 知らない人に絡まれてるってことだよな。うわぁ、嫌すぎる。

 旅にこういうリスクはつきものだが、まさか不良に目をつけられるとは。


 とにかくトラブルは避けたい。


「あ、あの……すみません。俺なにかしました?」

「……春夏冬 回か」

「へ……」

「お前、回だよな」

「!? だ、誰だ!?」


 グラサンを外す男。

 なんか俳優とかアイドルにいそうな美形な顔が現れた。

 誰だよ……コイツ。


「忘れたのか。高校時代、お前の先輩だったんだけどね」

「高校時代!? いや、すみません。俺は万年ぼっちだったから……覚えてない」

「そうか。俺は神白かみしろだ。神白かみしろ 大二郎おおじろうだよ。覚えてないか」



 神白 大二郎……どこかで。


 ……あ!



 そうだ、思い出した。

 高校三年の先輩だった人だ。

 理由あって途中で転校してきたらしい。卒業後の行方はさっぱり分からなかった。


 そして思い出した。

 当時の俺、神白先輩を助けたんだ。


「……ああ」

「思い出したか。ほら、あの時に俺に金を貸してくれただろ」

「交通費がなかったんですよね」

「そそ。偶然居合わせた君から借りたんだ。だから、返す時が来た」


 財布から万札を出す神白先輩。


「え……こんなに!?」

「いいんだ。あれから黙って卒業しちゃったお詫びもあるから」

「いやいや、こんなに貰えないっす! 当時の1000円でいいですよ」

「けどなぁ、回くんのおかげで俺は、ある人の約束を遅刻せずに済んだから本当に助かったんだよ」


「ある人?」


「恋人だよ。今は静岡に住んでいるんだけどね」

「そうだったんですか。って、静岡?」

「俺はもともと静岡出身なんだ。舞阪町弁天島ってところのね」



 弁天島……あれ。

 ちょっとまて。


 そこって……俺の婆ちゃんが住んでいる場所じゃん。


 いや、まさかな。

 そんな偶然があるか……?


 というか、婆ちゃんの住んでいるアパートはもともと、ある女性の紹介で入居した場所だ。その女性は外国人でとても美人で有名だ。その女性が……いや、深読みしすぎか?

 けど、俺は気になってしまった。


「あ、あの……先輩」

「なんだい?」

「その舞阪町弁天島のアパートに住んでいたことがあったり?」


「へ……なんだ、知っていたのか。そうだよ、俺は弁天島駅前のアパートに今も住んでるよ。恋人と一緒にね」


 最後の言葉に俺は、鳥肌が立った。


 ということは……!


「その恋人って、外国人の女性です?」

「ああ、うん。ロシア人だよ。リディアっていうんだけどね」



 なんという偶然か。俺はそのリディアという女性から、婆ちゃんの部屋を紹介してもらったんだよ。まさか、神白先輩の恋人だったとは――!



◆静岡編の補足


今回登場しているリディアは『特別番外編』に登場しています。


特別番外編①

https://kakuyomu.jp/works/16816927861458863501/episodes/16817330654796790235


神白先輩およびリディアは下記作品の登場人物です。


隣の席のロシアっ子がキス魔なんだが

https://kakuyomu.jp/works/16816700428175054954



同じ舞台でリンクしているので、よかったら読んでみて下さいませ。

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