キミ専用の第六感(みたいなもの)

凪野海里

キミ専用の第六感(みたいなもの)

「あー、おっなか空いたぁっ!」


 3時間目と4時間目のあいだの休み時間は、なかなか複雑な時間だ。あと1コマの授業を我慢すれば、まもなく迎えるのはお昼の時間。

 だが、特に舞花まいかは細身のくせに大食いだから、いくら食べても食べたりないレベルだ。挙げ句、どんなにたくさん食べてもその栄養は外見に表れることはないから地味にたちが悪い(なんと胸も平坦)。


「2時間目の休み時間にチョコ食べてたでしょ」

「1時間目の休み時間にはおにぎり食べてたし」

「登校中はサンドイッチ食べてたよな?」

「いったいその栄養はどこに消えてんのよ。あんたの腹はブラックホールかなんかか」


 舞花の周囲を取り囲むクラスメイトたちはあきれつつ、舞花の腹を見る。

 自分のお腹が衆目を集めていることに気づいて、舞花は顔を真っ赤にしながら慌てて自分のお腹を隠した。


「失礼しちゃうなぁ。ちゃんと栄養は行ってるよ。たぶん、消化が早いだけ」


 よく噛んで食べてるのか、と問いたいところだが。舞花は大食いであり、食事に対しては誰よりも一途で。ゆえに何かを食べるときは人より倍の時間をかけてより味わって食べるのだ。


「うぅ……、このままだと4時間目もたないかも」

「えぇ、どんだけよ」

「欲を言うなら、いちごジャムパン食べたい」


 そのとき、舞花の鼻先に向けて、パンの袋がつきつけられた。驚いて隣を見た舞花に、パンを差し出した人物は、幼馴染の恭平きょうへいである。


「そう言うだろうと思って、さっきいちごジャムパン買ってきた」

「ほんとっ!?」

「食えよ」


 恭平はぶっきらぼうな物言いをしながら、舞花の手にいちごジャムパンの入った袋を落とす。

 舞花の表情はいちごジャムパンを前にして、みるみるうちに輝きだした。


「ありがと、恭平!」


 舞花はお礼を言いながら、その手ですでにいちごジャムパンの包装を開けていた。中身を取り出し、さっそく食らいつく。

 柔らかなパンの歯ごたえ。中からあふれてくるいちごジャムと生クリームの甘さに酔いしれながら、舞花はまるで。天にも昇りそうなご満悦の表情を浮かべている。

 周囲のクラスメイトたちはまたもあきれるばかりである。あんなに食べても食べたりない舞花はもとより、彼女の幼馴染の恭平にも。


「なあ、恭平。なんで、舞花の食べたいものわかったんだよ」


 その質問に対して恭平は、「さあな」と適当にごまかして、窓の外を向いた。


***


 昔から恭平には、舞花の食べたいものが何なのかがわかる、変な予知能力があった。

 これぞまさに第六感、といえば聞こえはいいかもしれないが、あいにくとこの力は舞花にしか通じないものらしく。というか他に使い道もないので。とりあえず恭平は舞花に餌付けしまくっている。

 恭平はどちらかというと小食気味で、「男ならもっと食べろよ」と周りに冷やかされ、一方の舞花は「女なのに大食いなんて引く」とあきれられている。


 それゆえか、大食いの舞花を見ていると恭平は妙に安心してしまうところがある。


 別に大食いにも小食にも、男女なんて関係ない。たまたま恭平が小食で、舞花が大食いなだけなのだ。だから自分があまり食べられない分、食事をおいしそうに味わって食べている舞花を観察するのは、結構好きだったりするのだ。


 渡されたいちごジャムパンを、休み時間終了ギリギリになって食べ終えた舞花は、お腹を押さえながら「ふぅ」と満足げなため息をついた。


「いつもありがと、恭平」

「ん。――舞花、口にジャムついてる」

「え、ウソ」


 慌てて口の端についたいちごジャムをポケットティッシュで拭う舞花に、恭平は思わず笑ってしまう。

 将来的には自分の料理で彼女の胃袋もつかめたら最高だろうなと、恭平は思う。だがそれは、果たして何年後の話になるのか。せめてそのあいだだけでも、舞花にとっての理想の男性が現れないことを願うばかりである。

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キミ専用の第六感(みたいなもの) 凪野海里 @nagiumi

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