意図
自分の心を重くしていたこと、雄和が分かりやすく好意を口にしてくれないことへの不満――それをどう言うか整理したエドヴァルドは、ふぅと息を吐いて雄和に問いかけた。
「考え事しちゃってごめんね。雄和に無関係なことじゃないんだけど、君に聞くべきかどうか悩んじゃって」
『え、あ、そうなのか』
「うん。折角だし、今ここで言っても大丈夫? さっきの話とかあるんだったら後でもいいけど」
『こっちの話は終わってるから大丈夫。折角だし、続けて』
雄和に話を促されて、エドヴァルドは、ありがとうと短くいい、飲み物で唇を湿らせてから話を切り出した。
「ユーワはさ、僕のこと、好き?」
『えっ、なんで、そんなこと……聞くんだ』
「個人的に気になっちゃって。ユーワ、あんまり分かりやすく言ってくれる人でもないし」
『えっ? あ、あぁー……』
突然の問いかけに驚いたらしい雄和だったが、エドヴァルドの言葉に納得したように声を上げた。数秒黙った後、言葉を続ける。
『もちろん、その……エドのことは、好き、だよ。そうじゃなかったら、わざわざ、プレゼント送ったりこんな風に電話したりしないし』
「……だよね。それは分かってる、分かってるんだけど……もう少し、もっと分かりやすく、口にするなり文にするなりしてほしいなって、思っ、て……」
――うわ、自分、めんどくさいなぁ、めんどくさいこと言ってるなぁ、これ……。
自分で言いながら、非常に厄介なことを要求しているのではと不安になる。まるで彼氏にもっと自分に構ってほしいと過剰に喚く彼女のよう。いや、まさにそれではないか。責め立てる物言いをしているつもりは無いが、相手に嫌がられてしまってはよくない。今からでも誤魔化すべきかと考えていると、動揺した声がエドヴァルドの思考を破る。
『えっ、あ、ごめん……それ、やっぱり、思ってた、か……』
「――え?」
嫌がられているようではないらしい。だが想定していた反応とは大きく異なる。まるで、その言い方では、言葉足らずなことに自覚があるようではないか。どういうこと、と問いかけると、観念したように雄和は口にする。
『いやぁ、その、文にしろ言葉にしろ、どうしてもいうのは気恥ずかしくて……。手紙やメールでも、毎回なんかそれっぽいこと書こうかなって思うんだけど、どうも手が止まって、恥ずかしくて』
「…………うん」
『その代わりエドを気遣うような文書いてカバーできないかなって思ってたんだけど、やっぱできてなかったか。いや、そりゃそうか……それと、その、好き……だの、なんだのは違うもんなあ……』
そう言われて、エドヴァルドは思い出す。バレンタインデーだけでなく、今までの手紙にはやたらとエドヴァルドの体などを気遣うような文が書かれていたことを。あれは、雄和なりの好意の表現だったのか。
意外な形で雄和からの愛情を受け取っていたことに気づいたエドヴァルドは、つい、ぽかんと口を開け、喉を震わせた。
「……それは、分かんないよ……」
『やっぱそうか……。すまん、今まで何も言われないから伝わってるもんだとばっかり……。いや、伝わらんか、ごめんな』
「こっちこそ、ごめん。なんか、遠距離だし僕のこと気遣ってくれてるんだなーってことしか、わかんなくて……。え、日本人って、そういう感じなの?」
『いや、それは、人によると思う。でも、割と控えめな人は多いかもしれないし、夫婦や恋人間でもあんまり好き好き言わないから、そういうところはあるかもしれない。あと、ご飯食べてるかどうかを聞くってのは、カジュアルな愛情表現で割とあるかも。……とはいえ、オレのは、ちょっと独特なところも多かったかも。……すまん』
「えっ、いや、その……雄和の意図が分かったから平気だよ」
雄和が短い謝罪と共に苦い笑みを零し、暫く二人の間を沈黙が支配する。この件は多分、どちらが悪いとか悪くないとかいう問題ではない。強いて言うならお互い問題があったということか。
それはそれとして、ただ、少し気まずかった。雄和なりの愛情を受け取れていなかったことは申し訳なく思うし、雄和だって、自分の恥じらいを理由に伝わらない書き方をしていたことは悔やんでいるだろう。せめて、もう少し早くこのことを言うべきだったかもしれない。
そんな自省に駆られるエドヴァルドだったが、沈黙を破った雄和の声に、はっと我に返る。
『エド、あのさ』
「っ、何?」
『えーっと、カメラって、今、オンにできる?』
「できる、けど。……ちょっと待って」
突然の提案に少しばかり胸が高鳴った。普段は通話をしていても音声のみのことが多いし、エドヴァルドの方から言わないとカメラを起動することも無かった。そんなことだから少し緊張して、マウスを持つ手が震えそうな気がした。何緊張してるんだか、と胸の内で自嘲気味に呟き、カーソルをカメラアイコンに添えて、クリックをする。
すると、デスクトップ上の一部――それまでチャット欄だったところがパッと切り替わり、映像が映し出された。そこにいるのは、薄暗い部屋を背景にした雄和である。画面越しとはいえ数ヶ月振りに目にした雄和は、相変わらず好ましい。短く切りそろえられた茶髪も、丸っこい黒の瞳も、褐色の肌も、非常に良いものである。もちろん、雄和のことは外見だけで選んだわけではないが、外見も性格も愛おしく思ってしまう。
エドヴァルドのそんな気持ちをよそに、画面に映る寝巻き姿の雄和は、久しぶり、と少し顔を赤くして眉を下げた。
『顔見て話すのも、久々だな』
「そうだね。珍しいね、ユーワからカメラつけようって言うの」
『いや、ちょっとあれこれ気にしてたみたいだし、こういうのはちゃんと、画面越しでも、顔見て言った方がいいかなって』
「えっ」
もしかして、と期待に胸を膨らませたエドヴァルドの前で、雄和は暫し悩む素振りを見せる。そして暫し日本語でひとしきり呻いたあと、雄和は決心したようにエドヴァルドの名を呼ぶ。
『……エド!』
「う、うん、はい」
『……オレは、ちゃんと、エドのこと、あ、あい……、…………っ、好き、なので! そのへんは! あんまり、心配、しないで……ください……』
顔を赤くしてじっとこちらを見つめた雄和が、画面の向こうでそう言った。目線は泳いでいるし言葉も尻すぼみ気味であったし、途中で言う事を変えたのもバレバレだが、それでも胸中の不安をかき消すには充分であった。
好きだと言った雄和は、一気に来たのだろう羞恥心により顔を伏せて呻いている。それがまた面白く、つい笑ってしまった。すぐさま、それに対して不服そうな言葉が返る。
『笑うなよぉ……こっちは頑張って言ってるんだからさぁ』
「ごめんね。……うん、でも、ありがとう……。ちゃんと言ってくれて嬉しいな。そういうこと、ユーワも言えるんだね」
『すごく恥ずかしいけどな……! オレはこういうのバンバン言うタイプじゃないんだよぉ』
「それは分かるけど、時々は言ってくれると嬉しいかも」
『……だよな、そこは悪かった』
体を起こした雄和は、まだほんのり顔を赤くしている。奥手なりの必死の気持ちだったのだろう。実に微笑ましく、愛おしく、嬉しい。
「これからはさ、手紙やメールにも、そういうの書いてくれると嬉しいな。別に甘ったるい言葉は無理して書かなくていいから」
『ありがとう……うん、もっとオレも分かりやすくするわ。ごめんな』
「それはもういいよ。……次のメール、楽しみにしてるからね」
『うん、オレも、エドからのメール、待ってるから』
「楽しみにしててね」
しどろもどろな言い方でも、直接口にしてもらえるのはとても喜ばしく、更にメールにも書いてくれるのは更に幸せだと思う。体の中にあったもやもやした気持ちも晴れ、今は心が温かく、自然と気持ちも高揚する。
「ありがとう、ユーワ。愛してるよ」
『っ、あ、ありがと……』
「いやぁ、可愛い反応するねぇ」
『いやいや、耳元で言われてるみたいな感覚だから、ドキドキするんだって……』
「もう一回言う?」
『恥ずかしいからやめて……』
「えーそんなぁ。ユーワにならいくらでも言えるのに」
『すっごいなほんと……』
くすぐったい気持ちになったのだろう、雄和は耳元や頬を掻いてまたも僅かに呻いた。
最後に可愛らしい様子を目にして満足したエドヴァルドは、ほくほくとした温かい気持ちで通話を終えたのだった。
それから数日後、雄和から届いたメールには確かにしっかりと好意を示す言葉が綴られており、エドヴァルドは口元を綻ばせた。
(完)
8,300km超えの愛 不知火白夜 @bykyks25
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます