通話

 あれから数日後。エドヴァルドは雄和と通話をする機会に恵まれた。時差やお互いの都合により普段はなかなか通話は出来ないが、今回は上手く予定が合った。

 2月も終盤に入ったある日の夕方。エドヴァルドは、暖房をつけた自室の机に向かい、近くに飲み物と菓子を置いてノートパソコンを立ち上げ、ヘッドセットを装着する。続けて通話アプリを開き、雄和とのメッセージ画面を開いた。

 久しぶりのリアルタイムでやり取りが出来ることに胸を高鳴らせ、緊張した面持ちでメッセージを打ち込む。


『やぁ、久しぶり。準備出来てる?』

『久しぶり。こっちは大丈夫だからいつでもどうぞ』


 数秒の間を置いて返ってきたメッセージは、こちらの言語に合わせたものであった。雄和が北欧の地を離れたのはもう十年近く前で、それ以降は一切会えていない。それでも、エドヴァルドや他の友人と手紙や通話によるやり取りが続いているからか、本人の勉強によるものか、熟練度はネイティブと遜色ないレベルであった。思えば凄いものである。


『じゃあ、電話かけるね』

『わかった』


 お互い状況を確認して、通話開始のボタンをクリックすると、簡素な呼出音が数秒響き、通話が繋がった。ドキドキしながら、もしもし、と呼びかけると、ヘッドセットの奥から懐かしい声が聞こえる。


『も、もしもし、エド、久しぶり』

「うん、久しぶりだね、ユーワ。よかった、ちゃんと繋がった。……声が聞けて嬉しいよ」

『っ、あー……オレも、嬉しい、けど……』

「けど? なに?」

『なんか、そうやって、軽率に嬉しいとか口にするのちょっと恥ずかしい気がする』

「そう? そんなに恥ずかしいことでもないと思うけどな。嬉しいのは事実なんだし」


 数ヶ月ぶりに耳にした、雄和の明るい声色につい口の端が緩んだ。更に己の素直な気持ちを口にすれば、雄和は分かりやすく動揺する。きっと彼は顔を赤くしているか、照れくささから顔を隠しているのだろう。些細な言葉でこんなにも反応を見せる雄和を、エドヴァルドはとても可愛らしいと感じ、その気持ちをそのまま口にする。


「ユーワは可愛いねぇ」

『オレに向かって可愛いってあんた……』

「好きな人のこと可愛いって思って何が悪いのさ」

『……っ、悪くは、ねぇ、けど……その、変な感じがするっていうか……いや、あ、あのさ! バレンタインデー! プレゼント、ありがとな! あと、誕生日おめでとう!』


 可愛いと言われることも慣れていないのだろう、あからさまに照れて狼狽える雄和は、無理矢理話題を変えようとプレゼントの話を切り出した。

 エドヴァルドとしては、もう少し反応を見たかったし、文だけでは抑えきれない愛情を伝えてもよかった。だが、その話を遮るのは違うだろうと思い、プレゼントに言及する。


「あぁ、ありがとう。こっちもプレゼントありがとね。嬉しかったよ」

『オレの方も、いっぱい送ってくれてありがとな。嬉しかった』

「そりゃよかった。頑張って選んだ甲斐があるよ」


 口元を綻ばせて、エドヴァルドは自身が贈ったものを思い返す。タオルや文房具や靴下といった日用品と、自分とのお揃いで用意したネックレス。あれは、自分でもかなり頭を悩ませて選んだものだ。エドヴァルドは、自分の首に下げた月をモチーフとしたネックレスに触れて、口を開く。


「ネックレス、嫌じゃなかった?」

『うん、びっくりしたけど、嬉しかったよ。あんたとお揃いってのも、結構悪くないかも』

「良かった、嬉しい。……本当はちゃんとしたペアのものにしたかったんだけどね、あぁいうのってやっぱりどっちかが女性向けだから、気が引けちゃって」

『そりゃ仕方ないな。ペアアクセサリーって本来はそういうもんだし』

「だよねぇ」


 店頭や通販サイトで、アクセサリーを眺めていた時のことを思い出す。当たり前ではあるが、ペアとなると男女で使うことを想定されているために、片方は可愛らしいデザインのものが多い。可愛いものが嫌いな訳では無いが、今回は話が別だ。そのため同じものを2つ通販サイトで購入した。雄和にも気に入ってくれたなら満足である。


『そっちもどうだった? マグカップ使ってくれてるか?』

「もちろん、今も使ってるよ。この子のグッズ、こっちじゃ売ってないからさ、贈ってくれて嬉しかった! だから最近よく使ってるんだよね。ユーワからのものだと思うと、余計に嬉しくて」

『……そんなふうに言われると、なんかくすぐったい気持ちになるな』

「ユーワらしいね」


 ちらりと近くに置いたマグカップに目を向ける。白いマグカップの側面にはデフォルメ化されたモンスターの絵が描かれている。このカップは最近のお気に入りのものになっていた。


『ほんとはもっと色々そのキャラのグッズ買いたかったけど、あからさまなものはちょっと……バレそうで買えなくて……』

「あぁ、いいよ、いいもの沢山貰ったし、気にしないで」


 ヘッドセット越しに、罪悪感をおびた雄和の声が響く。彼の母は漫画やアニメ文化に対して嫌悪感を持っており、子供たちにもかなり娯楽の制限をしている。漫画やゲームそのものはもちろん、それらのキャラが描かれたものも好きではないようだ。そんな中でいくら他人へのプレゼントとはいえ、ゲームのキャラクターが描かれた物を買ってくるというのは、なかなか試練であったろう。寧ろ、そんな中よく買ってきてくれた。それについては感謝しかない。


「僕のためにありがとう、ユーワ」

『いやいや、いいんだよ。喜んでもらえて良かった。エドも、オレのために、ありがと」

「へへ、どういたしまして」


 ほっと息をつく音がした。こういった礼はもちろんメールでも行っているが、やはり口頭でいうと安心感もある。声だって聞けるし、距離が近くなったような気がしてが好きだった。もっと物理的距離が近ければ、もっとたくさん話せるのに、それが出来ないのは寂しいものである。

 そこからは、暫し雑談を交わす。クラブでの話を含めた個人的な近況に家族の話。それぞれの国でざっくりとした出来事など枚挙にいとまがないほどだ。その中で、エドヴァルドはあることを訊ねるかどうかを考える。

 それは、雄和は本当にこちらを好きでいてくれているのかということだ。別に、彼になにか疑わしい点がある訳では無い。超遠距離恋愛にも関わらず交際が続いていることは幸せなことであるし、言葉の端々で自分対する好意も感じる。だが、できたら、もう少し分かりやすくハッキリ口にするなりしてほしい気持ちがあるのである。今回の通話でも、自分は好意を口にしているが、向こうはあまり返してくれない。

 これを言うべきか言わぬべきか――そんなことを考えていた最中、こちらを呼びかける雄和の声が耳に届く。


『――ド、なぁ、エド?』

「っ、あ、ごめんね、なんだった?」

『いや、急に無音になったから、ちょっと気になって。あと、回線調子悪いんかなと』

「あぁごめんごめん、ちょっと考え事してた」

『考え事? ……そっか』


 雄和の暗い声色に、僅かな罪悪感を抱く。かなり久々の電話なのに、相手が突然考え事なんてしていたら少し不満にも思うだろう。雄和に無関係なことではないのだが、考え事の中身をここで晒し、更に空気が悪化しないだろうかと頭を悩ませる。しかし、結局言うにしろ言わないにしろ、エドヴァルドの心に引っ掛かりは残り続ける。ならばここで言う方がいいだろう。

 本当に言っていいのかどうかは悩むところではある。しかし、いつまでももやもやを抱えたまま交際を続けるのも嫌なものであるし、それは、お互いにとって良くない。

――できるだけきつい言い方にならぬように気をつけながら、ユーワに聞いてみよう。

 そう決めたエドヴァルドは、静かに話を切り出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る