贈物

 自宅へ帰宅後した雄和は、いつも通り手を洗いジャージを洗濯機に放り込んだ。空腹を実感しながらリビングに続くドアを開けると、そこには畳み終えた洗濯物を拙い手つきでまとめる妹と、台所で夕飯の準備をする長兄がいた。バカでかい鍋2つには何が入っているのか分からないが、黙々とお玉でかき混ぜている。壁掛けのホワイトボードに目を向けると、そこには夕飯当番の欄に長兄の名前があった。ついでに弟の名前もあったがここに姿は見受けられない。


「ただいま」

「おかえり雄和」


 言葉を返してくれた長兄に、弟の所在を確かめると、曰くもうすぐ降りてくるだろうとのことだった。弟はどうやらサボりではなかったらしい。それを確認し、妹が畳んでいた洗濯物から自分のものを回収し、一旦部屋に戻ろうとしていた時だった。長兄が思い出したように雄和を呼び止める。


「あ、雄和。そういえばエドヴァルドくんから荷物来てたから、部屋の前においといたよ」

「えっ、あ、ほんと?」

「うん。先にそれ見て来なよ。夕飯の準備は後でいいから」


 突如飛び出したエドヴァルドの名前に緊張から身が縮こまる思いがした。今日届いていたらいいなとは考えていたが、まさか本当に届いているとは。兄の前だというのについつい顔が赤くなりそうな気がして落ち着かない。そしてそれは、当然不思議そうな顔をした長兄に言及される。


「…………なんでそんなに動揺してんの。顔も赤いし。変なの」

「あ、あぁ、なん、なんでもない、ありがとう。……じゃあ、先ちょっと見てくるわ」


 みっともなく崩れそうになった表情を正した雄和は、自分の荷物を抱えて逸る気持ちで階段を駆け上がる。

 自分の部屋の前に到着すると、確かにひとつのダンボールが置いてあった。少し形がひしゃげた大きめのダンボール箱。海外からのものが多少ひしゃげていることは今に始まったことではない。寧ろこれくらいは綺麗な方だ。それよりも、本当に届いていることが雄和を高揚させる。

 一旦今持ってきた荷物を部屋に片付け、重い箱を持ち上げて自室の床に置いた。着ていたコートをクローゼットにしまって、箱の前に正座し、上面に貼られた伝票を見る。確かにエドヴァルドの字でお互いの住所や名前が記されている。


「“Edvardエドヴァルド Johansenヨハンセン”って書いてある……ほんまにエドからや……」


 毎年プレゼント交換をしているのに、表情が崩れる。鼓動がバクバクと高なっているのがわかる。自分でもはしたない顔をしているのだろうなと自覚しつつ落ち着かせるように両頬を手で押さえてから、雄和は恐る恐る箱を開けた。

 箱の中にはギチギチに緩衝材が詰まっており、それを外へ取り出すとプレゼントの数々が見える。丁寧に梱包された複数の文房具やシンプルな動物柄のタオルが数枚、更には温かそうな靴下まで。流石に食品は入っていないが、ありがたい日用品ばかりのプレゼントに内心感謝した。タオルや靴下なんて何枚あっても困らない

 もちろんこれだけでなく、可愛らしいメッセージカードも入っており、中を開くと大きく印字された“God valentinsdag! ”Happy Valentine's Dayの文字に続いてエドヴァルドからのメッセージがあった。内容は、こちらの調子を訊ねる文言だけでなく、甘ったるい愛の言葉と呼べるものも多く綴られている。それを読んでいると、ただでさえ少し赤くなっていた顔が耳まで赤くなってしまい、全身がむず痒くなるような感覚まで起こる。


「恥ずかし……よくこんなん書けるな……」


 それだけ愛されているのだという証拠ではあるが、自分には一生かかっても口になんてできないであろう甘い言葉の数々に顔を覆った。嬉しいが、こちらの気持ちも落ち着かなくなり、誰に見られている訳でもないのに何だかやたら周りが気になった。当然部屋には自分しかいないし、扉も閉まっている。それを確かたが、依然ニヤける口元を隠すように手を添えて文に目を通す。すると、文の最後の方にこんなことが書かれていた。

 それは、『細長い箱のプレゼントは、僕とお揃いだよ。良ければ大事にしてほしいな』というメッセージ。


「細長い箱……ってこれか」


 箱の中を見ると、確かにタオルや靴下に隠れて青いリボンが添えられた細長く小さい箱があった。これにあるものがどうやらお揃いのものらしい。わざわざメモに書くほどのそれには何が入っているのだろう。妙にドキドキしながら手に取り、ゆっくりとリボンを解く。包装紙を取り白い箱を開くと、そこから姿を見せたのは、なんと、月をモチーフにした銀色のネックレスだった。


「…………わぁお」


 それを目にした雄和は暫し硬直し、呆然と手の中にあるものを見つめた。目先にあるのは紛れもなくネックレス。シルバーを基調とした月形のネックレスに、青い石が埋め込まれている。しかも、お揃いだとメッセージカードに書かれていた。まさかの、ペアアクセサリーである。


「……うっそやろ、こんなんくれるなんて……ハハ、うれし……」


 ただでさえプレゼントを贈るのに金がかかるのにこんなことしなくても、だの、これはいくら位のものなんだろうか、だの、そういった考えが浮かばないわけではない。けれど、今はそういった問題は無視して、ただ、素晴らしいものをくれた恋人にどうしようもなくときめいた。

 自分はエドヴァルドのことがずっと好きである。しかし、およそ8,300〜8,400kmというどうしようも無い遠距離恋愛であること、簡単に会ったり電話をしたりもできないこと……そういったことから、『恋人と思っているのはこちらだけではないのか』と不安になったこともある。可能な限り自分からの好意は伝えているつもりではあるが、それがきちんと伝わっているか保証なんてない。けれど、こうして愛の証と呼んで差し支えないものを受け取ると、やはりそれは杞憂だと言われているようで、心が落ち着く気がした。

 エドヴァルドもわざわざ、好きでもない相手にこんな手間暇かかることなんてしないだろう。


「多分、大丈夫。エドは、ちゃんとオレのこと好きやからこうやって贈ってくれるんやもんなぁ……。いやぁ、恥ずかし……」


 自分に言い聞かせるような物言いをしながら、外に出したタオルなどのプレゼントを一旦箱の中に戻す。そして、エドヴァルドからのネックレスを手に全身鏡の前に立ち、恐る恐るネックレスを首につけた。手が震えるような感覚を覚えながら、拙い手つきで後ろ手につけると、銀色の部分が肌にあたり、ひやりとした。

 無事金具に引っ掛けられたことを確認して、雄和は目の前に映る己に目を向けた。

 鏡に映るのは、濃い灰色を主とした前を開けた学ランを身にまとった己である。詰襟やワイシャツの襟の隙間からは僅かに銀色の月が見える。


「……ははっ、ええやん。エドと、お揃い、か……」


 1人堪能した雄和は、満足気にネックレスを外す。またつけよう、またメールでお礼を送ろう。そんな気持ちで頭をふわふわさせながら、雄和はいい加減限界を訴える腹の音に気づき、夕飯の準備と向かう。その後は暫く表情を整えるのに必死になってしまった。

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