放課後
それから昼休みや放課後に雄和はいくつかのチョコレートを受け取った。他クラスの友人からの友チョコもあれば、姉妹から、他校の友人から、と渡されることもあった。また、中には恐らく本命であろうかなり気合いの入ったプレゼントを、学年問わず男子生徒から受け取りもした。同性からのプレゼントに特に引くことはないが、流石にその好意を受け入れることはできない。ひとまずお友達から、というよくある展開に落ち着かせた。
部活が終わった19時過ぎ。身体に疲弊と空腹を抱えながら友人2人と共に帰路につく。今日の部活動の話や最近のアニメの話をしながら電車で揺られてつつ、時々チョコを口にしていると、雄和が持っていた携帯電話が短く振動した。時間帯からして兄弟の誰かかと思い目を通すと、画面に表示されていたのは幼馴染みの名前であった。
「あ、
「モモカ? 何、彼女?」
「違う違う。近所の友達。この前貸した本返すっていうそんだけ」
「へーなーんだ」
「でも実は彼女だったりして」
「違うって」
「ほんとか〜? いや、でも、お前が言うんだしほんとっぽいな」
女子の名前に一瞬目を光らせた友人だったが、雄和の否定につまらなさげに返す。もう1人には深く踏み込まれそうになったが、勝手に納得し、話題は違う話へと切り替わっていった。
確かに百華は彼女ではない。だが、このメールの文面は見られない方がいいなと感じていた。何故ならメールには、『あとでチョコレートを渡したいから家に来てほしい』といった文が書かれていたからだ。
最寄り駅に到着し、駐輪場に停めてあった自転車に跨り百華の家に向かう、彼女の家は雄和の家のすぐ近くなので、特段急ぐ必要も無い。真っ暗な寒空の下でのんびりペダルを漕ぎ、10数分ほどで百華の家に到着した。『
一瞬、いいのか? という不安を抱くも、用がある相手に招かれたならば仕方ない。簡素な門扉を押し開けて通り、玄関先に向かい、静かに扉を開けた。
「こんばんは……」
「あ、雄和くんいらっしゃい。百華に用事?」
「こんばんは、
「毎年恒例のやつね。百華、雄和くんのこと大好きだからねぇ」
「あー……まぁ、有難い話ではありますよ」
恐る恐る中に入ると、玄関近くにいた百華の姉であるスーツ姿の女性、清華が出迎えてくれた。仕事終わりらしい彼女に事情を話すと、彼女は僅かに微笑む。その直後、慌てた様子で階段を降りる百華の様子が目に入った。
「ちょっとお姉ちゃん、雄和に変なこと言ってないよね!?」
「大丈夫、言ってないから! さて、おじゃま虫は退散するね」
「おじゃま虫って……別になにも言ってないじゃん! 余計なこと言わないでよ!」
「はいはい、あははー」
普段は仲のいい姉妹だが、こういう時ばかりは例外なのだろう。顔を赤くした百華が、あっちいってとばかりに清華の方へジェスチャーをした後、雄和の前で足を止めた。勿論清華は別室に移動した後である。
「あーえっと、毎年のことだけど、今年も、あげるね。はい」
「ん、ありがとう」
雄和を見上げる百華が、頬を僅かに赤くしながら花の模様が描かれた紙袋を差し出した。雄和はそれを受け取り、中の箱を取り出す。可愛らしいラッピングに包まれた大きめの箱の中にはバリエーション豊かなチョコレートが詰まっているらしい。
外装を眺めて袋に戻し、来月にはお返しを持ってくるという意志を伝えると、百華は別にいいよと口の端を緩めた。
「私が勝手にあんたに本命としてぶつけてるだけだから、さ。貰ってくれるだけで嬉しいし、お返しとかお礼とか、そんなに深く考えなくていいよ」
「いやいや、貰いっぱなしはよくないって」
百華が軽い調子で口にした『本命』のワードについドキリを胸を鳴らす。同時に、どう足掻いてもその気持ちに応えてやれないことに内心申し訳なさを抱いた。その動揺が反映されたように間を置いて、雄和は、彼女に何か欲しいものはないかと訊ねる。百華は悩む素振りを見せると、考えておくよと短く返された。
話もひと区切り付きとりあえず用事は済んだ。また週末に録画した特撮の視聴会をやろうと約束し雄和は玄関扉に手をかけたが、それを百華が多少戸惑った様子で制止する。
ゆっくりと振り返った雄和に、百華は少し呻いたあと、躊躇いと共にやたら深刻な面持ちで口を開いた。
「あ、あのさ……」
「うん、何?」
「あのー……エドくんからのバレンタインの贈り物って、もう来た?」
「いや? オレはまだ確認してないからわからんな」
「……よしっ」
雄和からの返答を聞いた瞬間、百華の表情がほっと和らぎ、同時に小さくガッツポーズをした。その様が妙に映ったため、反射的に目を丸くし、つい呆れたように口にした。
「いやよしって。何を気にしてるん」
「別にいいじゃん。雄和の本命より先に渡さないと私のが霞んじゃう気がするし、なんか、嫌なんだよね」
「いやいや、どんな順で貰っても霞まへんよ。百華のは百華ので大事やし、エドのはエドので大事やからな」
「ほんと? それなら、嬉しいかな。……まぁいいや、引き止めてごめん。ちゃんと全部食べてね」
「ん、ありがとな」
雄和は自らの裏のない気持ちを伝えると、百華は照れくさそうに眉を下げて笑った。そして帰る
チョコレートが入った紙袋を自転車の籠に入れて、ふと思う。自分が異性愛者であったなら、百華の気持ちに応えていたのだろうか、と。そうすれば自分の交際相手を隠す必要もなく過ごせたのかもしれない。――とはいえ、そんなことはもうどう考えても無理なのだが。
星が煌めく空の下、寒いなと口にし雄和はペダルを漕いだ。
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