8,300km超えの愛

不知火白夜

2月の教室

 日本人の少年――市河いちかわ雄和ゆうわが、異国の少年――エドヴァルドと明確に恋人になったのは12歳の頃。彼等は北欧の地で出会い、同じ小学校や陸上クラブに在籍していた。初めはただの友達だったが、いつ頃からかエドヴァルドに好意を向けられるようになり、やがて雄和も彼に惹かれるようになった。異文化故に感覚の違いもあったものの、想いを一致させた二人は、幼いながらにある約束を決めた。『2人の誕生月は、お互いに何かプレゼントを贈りあおう』――と。

 日本と北欧というどうしようも無い物理的な距離は遠く、簡単に会うこともできない。時差やお互いのスケジュールの都合で電話もなかなか難しい。そんな二人が友情かつ淡い恋心を育むための一環として、そんな約束を交わし、律儀に守っていた。もちろん、普段からの手紙等のやり取り等と合わせて、である。

 雄和の家は少々厳しい家である。そのため雄和からのプレゼントはささやかなものが多かったが、それでも毎年お互いの誕生月にはメッセージカードや小さな雑貨などが届いていた。また、雄和の誕生月とエドヴァルドの誕生月にはそれぞれクリスマスやバレンタインデーがあるため、それらイベントのお祝いも兼ねていた。

 そんなやり取りが続き、今年で5回目。高校生になった雄和は、今回もエドヴァルドへの誕生日兼バレンタインデーのプレゼントを贈り、同時に彼から届くであろう贈り物を気長に待っていた。


 2月の頭にエドヴァルド宛のプレゼントを贈ってからおよそ2週間。今日は2月14日、バレンタインデー当日。雄和は、未だ届かぬ恋人からのプレゼントを待ちながらこの日を迎えた。外国からの荷物なんていつ届くか分からないし、はたまた無事届かないことも多々ある。それは分かっているが、やはり当日になると浮き足立ってしまうのものである。

 しかし、そんな感情をおくびにも出さず、雄和はいつものように家族とやり取りを交わし家を出る。電車待ちの最中、他校の女子からチョコレートを受け取るというまさかの出来事に直面し、共に居た同級生にいじられながらも電車に乗り込む。


「あの子可愛かったよな~。付き合うとか考えてる?」

「いや別に。オレ今のところ誰かと付き合うとか考えてないし」

「はぁーじゃあ『お友達から』ってやつか」

「そういうことかな」

「でも羨ましい! いいよな市河は!」

「はは」


 自然な嘘をついて『そもそも女子は好きになれやんし』等という余計な一言はぐっと押し込んだ。

 現在高校1年生の雄和は、いわゆるモテ期というものが来ているようだった。

 短く切り揃え整えた茶髪と、小麦色の肌に丸い目が印象深い整った顔立ち。また、身長が190センチ以上あるということもあり非常に目立つ。

 そういった要因からか、以前から特に異性に声をかけられる回数が増えるようになっており、更にバレンタインデーということもあり告白をするという子も増えたのだろう。とはいえ、自分には既にエドヴァルドがいるため、告白に応える予定もなにもないが。


 友人達と共に学校に到着した彼等は、所属する陸上部の早朝練習に参加した。1時間強部活に励みひとしきり汗を流した雄和は、同じ陸上部に籍を置く友人と雑談を交わしながら教室に向かい、扉を開ける。割と広い教室内では、朝早くから自身の席で勉強をするものもいれば、自分と同じく朝練を終えて教室に戻ってきたものもいる。雄和も席について教科書などを机の収納部分にしまっていると、雄和の姿に気づいたクラスメイトがおもむろに近づいてきた。


「いーちかわ〜おはよー」

「あ、おはよう鶴野つるの。なんか随分楽しそうやん」

「そうか? いや、そうかも。なんでもいいからこれ受け取れって。他の奴にも配ってんだよ」

「あ、友チョコか、ありがと」


 鶴野と呼ばれた同級生が笑みを湛えて雄和のに来て、ずい、と市販のチョコ菓子を差し出した。紙製の小箱に入れられた、よく派閥はばつができるタイプのあのチョコ菓子である。


「市河はどっち派とか特になかったろ? だからこれやるよ。大事に食えよ!」

「ありがとな。んじゃ俺も。この中から好きなの何個か持ってって」

「やったー! さんきゅー!」


 鶴野に礼を述べて、雄和は鞄から取り出した袋に入れていた大容量のチョコレートを机に広げた。鶴野はそこからひとつチョコを手に取り、美味そうに頬張る。美味い! ありがと! と元気よく言ったあと、彼はにこにこと他のクラスメイトの元へ向かっていった。

 雄和が在籍する高校は名門と言われる男子校ではあり、いつからか友チョコ文化が根付いていた。校則も過剰に厳しい訳でもなく、イベント事が重なれば許容範囲も広がるのだろう。そのためバレンタインデー文化は浸透し、女子から貰いたい等とぼやきながら友人同士でチョコを交換し合う事も多い。中には、鶴野のようにこうしてクラスみんなに配るタイプの者もいて、女子はいないにしろなんだかんだ賑やかなバレンタインデーであった。

 雄和もそれにのっとり、何人かに配ることができたらと大袋のタイプのチョコを持ってきていたわけである。娯楽に厳しい母も、食費に関してはある程度許容範囲が広いのが幸いした。

 気づけば、始業前の教室では他にもチョコレートを食べているものがおり、雄和が持ってきたチョコレートも次々クラスメイトに行き渡った。そして等価交換のように雄和の元にもチョコを初めとしたお菓子が増えていく。おやつには暫く困らないであろうことをありがたく思いながらそれらを食べたり鞄にしまったりしていると、教室の後ろ側の扉が勢いよく開いた。扉近くにいた者数人がそちらを向き、なんだ? と声を上げると、視線の先にいた彼はどこか驚きと嬉しさを含んだ声を上げた。


「おい! すげぇぞ! 栗山が唐揚げ山ほど持ってきた!」

「唐揚げ!?」

「えっマジで!?」


 突如響いた『唐揚げ』のワードにクラス中の殆どが一斉に発言者の方を向く。食に大して興味が無い雄和でも、これには流石に反応せざるを得なかった。教室中にザワつきが広がる。


「チョコじゃなくて!? えっ、なんで!?」

「なんか知らんけど、昨夜突然作りたくなったからって……」

「栗山、いつもなんか突然大量に作ってくるよな」

「料理出来るやつってそういうもんなのかな?」

「さぁ……? わかんねぇけど唐揚げだろ、食おうぜ!」

「栗山ー!」


 ざわつきと困惑にあふれた教室に、話題に登っていた栗山がくると、謎の大きな歓声と共に迎えられた。その歓声に目を丸くしたあと照れくさそうに微笑んだ彼は、冷めてるからそんなに美味しくないかも……と謙遜しつつ机に唐揚げが入ったタッパーを机に並べる。大タッパー数個分に敷き詰められた唐揚げはなかなかの光景で、またおぉ、と声が上がり、皆が我先にと素手や箸、楊枝で唐揚げを取っていく。途端に美味い、美味いと喜ぶ声が広がっていく。

 雄和も折角なので唐揚げのひとつに齧り付く。意外とサクサクした食感の衣や、中の肉の歯ごたえはいいが、味はやたら薄い。ほぼなにも感じずあまり美味いとは思えなかったが、クラスメイト達は嬉しそうにバクバクと食べしてうまいうまいと騒いでいるのだから、雄和は余計な事を言わずに栗山に礼を述べた。

 この唐揚げ騒ぎは担任が教室にやってくるまで暫し続き、担任からは『いくらなんでも騒ぎすぎだ』と説教を食らったのだった。

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