第2話 山の仙人
全身が、甘いにおいの花につつまれているようだった。
ミオはゆっくりとまぶたをあけた。
天井に彫られた、花や星の模様が目に入った。首を横にかたむけると、白い薄紗がたれている。
どうやら今まで、この
「どこ、ここ。……あれ?」
芸の
薄紅色のすべすべとした絹の寝巻きを着ていた。
よくよく見たりさわったりすると、寝台の布も、垂れる薄紗も、甘い香りがたきこめられた絹織物だ。
ミオはおそるおそる薄紗をめくり、寝台からおりた。
部屋の正面は壁も扉のなく、ふきさらしで、
ここは、山の斜面にせりだした寺のような建物の一室だ。
夢かと思いあぜんとしていると、どこからか
ミオは音のほうをめざし、ふきさらしの廊下をふらふらと歩いた。
途中、いくつものやわらかい
ようやくたどりついたのは、四方に壁のない、高すぎる天井の、ひときわ広い部屋だった。
部屋の中心には四角い壇がある。その上では、小柄で身なりのいい若い男が、あぐらをかき、胡琴を弾いていた。鳥の卵のような
「あんた、それ……。あのときの弾き手はあんただったのかい?」
ミオが声をかけると、若い男は手をとめ、壇からとびおりた。頭上で束ねた髪がはためき、
若い男は顔に笑みをはりつけ、ミオに近づいた。ミオはあとじさる。
「あんた、誰? ここはどこ?」
「わたしはここ、
男にしては少し高めの声。
ミオはおどろき、たずねかえした。
「仙人と、仙人の家だって? ばかな。あたしはさっきまで
記憶がはっきりとしてくる。
「そうだ、おっかない化け物と、ユンの兄貴がいた。兄貴、きっとあたしを追ってきて……。あんた、兄貴がどうなったか知らない?」
若い男、
「はて、あの洞窟は
「そうだったの?」
「かと思うと、あなたは邪神におどろき気を失ってしまった。邪神はぶじにしずまり、わたしは大事のないよう、石竜殿に連れて介抱してさしあげた」
「兄貴は?」
「お仲間の男は邪神におどろき、一目散に逃げ去ったが。その後は知りませぬ」
「そうか。助けてくれてありがとう。それにしても兄貴、大丈夫だったかな」
心配に思い、着なれない絹衣のえりをにぎる。析易は一瞬表情をけわしくした。
ミオはたじろいだ。なにかまずいことを言ってしまったのか。
彼はすぐにほほえみ、やさしい声でつづけた。
「どうやらずいぶんおつかれのようだ。よければしばらくはここにとどまり、身体を休めてはいかがか」
「そんな。析易どのにこれ以上迷惑はかけられないよ」
「迷惑ではない。ひさしぶりに胡琴の心得のある方が来たのだ。わたしも独りでいるのも寂しい」
析易のすんだ瞳を見つめた。
この人も、独りなのか。
「滞在されるとよい。そして、よければわたしと友になってはくれまいか?」
通じ合えるものがあるように思えた。
ミオは
析易は
ミオはまたしてもおどろいた。
「なんだよ」
「友よ。さっそくみはらしのよい場所にいこう。きっと気分もよくなる」
析易の首の、ゆれる紅玉がぼんやりとかがやき、
「行くってどこに……。うわ」
析易がひとっとびすると、二人の体はふわりと宙にういた。強い風が眼球に当たり、ミオはギュッと目をとじる。
「目をおあけ」
うながされて目をあけると、
高山の頂上にいた。
ぬくい風はほのかに甘い香りをのせ、ミオの髪と
「気持ちいい。あはははは」
春の
析易は心からの笑みをうかべながめた。
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