蜥蜴(とかげ)
Meg
第1話 洞窟の中の化け物
その日は、一座が村にやってきて、
うしろでは、男と同じ金ぴか衣装の数人が、馬の尻尾を束ねた弓をすべらせ、
村人たちはめったにない娯楽を真剣に見物していた。
綱わたりをする若い男が、胡琴の音にあわせながら、余裕しゃくしゃくで大仰に
若い男は拍子抜けして綱からおちる。胡琴はなりやみ、一座も見物客もみなあぜんとした。
しんと静まり返った場。胡琴弾きの娘は赤面してうつむいた。
どこまでも続く青空の下に、みはらしのいい丘があった。背の高い木が一本だけ立っている。
ミオのうしろから、
「ミオ、あんまり気にすんなよ。だれだって失敗することはあるんだからさ」
ユンは金ピカの衣装から質素な
「ユンの
ミオは
ため息をついたユンは、ミオのとなりに座り、肩に腕をまわす。
「何度もまちがえるのはおめぇだけじゃねぇだろ。おれも客の前で何度もとちって恥をかいたし、いまじゃ
「でもみんな結局うまくやっているじゃないか。あたしなんか美人でもないし、人の言ったことをとりちがえるし、くだらないことでおたおたするし、いつもだれかに迷惑をかけるんだ」
「おいおい」
「もといた村がそうして居心地が悪くなって一座に入ったのに、結局同じ。あたしのいていいところなんて、この世のどこにもないんだよ。あたしはどこに行ったって独りなんだ」
あわれなほど声をふるわせるミオに、ユンはあきれはてた。
「あのなぁ。ミオの話には『だって』だの、『でも』だの、『あたしなんか』だのが多すぎなんだよ。そこまででもないだろ。もっと気楽に考えられないのか?」
「兄貴にはあたしの気持ちなんてわからないよ!」
泣きながらミオはすっくと立ちあがる。胡琴の入った布をひっつかむと、丘の下の森へ駆けだした。
「おい。どこに行くんだよ」
ユンはあわててひきとめようとしたが、ミオの足は止まらない。
気づけばミオは森の中で迷子になっていた。
靴はすりきれ、衣装には泥や葉がついている。
暗くなった空をみあげると、黒雲がゴロゴロと音を立てていた。わき目もふらずここまで走って来たが、頭が冷えると急に不安におそわれた。
このままもどれなかったらどうなるんだろう。ユンや一座のみんなと二度と会えなくなってしまうのではないか。
胸がしめつけられた。だが同時に、自分は彼らの中にいてはいけないのだから、そのほうが都合がいいのだとも思った。
「どうせどこに行ってもあたしはなじめないんだ。あたしはみんなとちがうから」
ポツリと、鼻先に冷たい
手にかかえている胡琴が気になる。
自分はどうなってもいいが、この子はだめにしたくない。雨やどりしなければ。
ミオはあたりを歩き、雨をふせげそうな場所をさがした。中々良い場所が見つからない。
皮膚に当たる雫は、次第に数をました。体が冷えてくる。胡琴をいだき、ふるえた。
すると、どこからか楽器の音が聴こえた。耳をすませる。
あれは
ミオはわらにもすがる思いで、音の方向へ走った。
雨足がしだいに強くなる。
音をたどり、ミオは石の
胡琴の音は、その中から確かに聴こえる。
ホッと胸をなでおろし、足音を立てず静かに洞窟に入った。
何も見えない石の暗闇で、胡琴の音がよりはっきりと、より美しく反響している。ミオは壁づたいに洞窟の中を進みながら、音に聴きいった。
こんなにきれいな音が出せるなんて、一体どんな奏者がひいているのだろう。そう考えていると、不意にあることに気づいた。
いま流れている曲の節は、今日まちがえて弾いた曲につながっている。その部分は昨日徹夜でひきこんだから、目をつむってでもひける。
ミオは手さぐりで、布から自分の胡琴をとりだし、弓を構えた。
自分の胡琴はあれほど見事ではない。うまく弾けるかもわからない。けれど、あわせてみたい。
軽く息をすいこんでから、曲の節が始まるところで弓をすべらせた。
闇の中の流麗な音は、一瞬とまどったようだったが、すぐに元のとおりになる。
二つの音は完全に重なり、洞窟に心地よく反響した。
曲が終わると、ミオはうれしげに、暗闇に向かって声をかけた。
「すごい腕だねぇ。あんただれなんだい? このあたりの芸人?」
しばらくの沈黙のあと、くぐもった声で、『
「そうかい。あたしはミオっていうんだ。よかったらこっちに来て、あんたのことを教えてよ」
「ミオ! 早く逃げろ!」
入り口に、恐怖に顔をゆがめたユンが、火のついた
「ユンの兄貴?」
ミオはユンのほうへ近づこうとした。すると、固く、乾いたものが腕に当たった。
「はやく逃げろ! 横だ!」
横を見れば、ボコボコとした緑の皮膚に、まぶたのないぎょろりとした目の巨大な生物が、ミオの腕をつかんでいた。
あまりの
意識をうしなう寸前、血のような赤色が視界を覆った。
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