第12話 大地side 約束の日
「佐藤チーフのことが好きです。付き合って下さい」
「……ごめん。今誰かと付き合う気はないんだ。ごめんな」
「はい……。一つ聞いて良いですか? やっぱり佐藤チーフって男の人が好きなんですか?」
「誰が言ってたんだそんなこと」
「噂になってますよ。ずっと彼女居ないのに誰からの告白も受けないって。だからめっちゃ理想が高いのか、男が好きなのかって」
「そんな訳ないだろう。俺は別にそんなんじゃない。ただ先約があるだけだ」
「先約……?」
「あぁ。だから石山さんの気持ちには応えられない、ごめんな」
俺も別にモテない訳じゃない。こういう仕事柄学生のバイトと関わる機会が多いから、バイトの子達には結構モテるのだ。まぁ彼女達からしたら同年代よりお金も車も持ってるし、何か困った時に助けに来てくれる社員は顔がそんなに良くなくてもポイント高いらしい。
だが俺はここ数年それらの誘いを全て断っている。あいつがあんな手紙を渡したせいで、他と付き合う気になれないんだ。高校生だからと言って断って、20になるまで待っているかもしれない彼女のことを思うと、もう成人済みのバイトからの告白も受けれないでいる。
◇
「来週からはバレンタイン期間が始まるな。今年の売上目標結構ツライよな」
そう愚痴るのは同じ店舗の南雲。俺は去年新規オープンの店の立ち上げに選ばれて、南雲とはその時一緒に立ち上げをやった。
「去年はオープン景気があったからな。今年は昨対超えるのキツいだろ? そこら辺考慮して目標つけて欲しいよな」
「あぁ、でも仕方ないだろ。ここの店だけ昨対以下の目標なんてつけれないし。やるしかない」
「お前ってバレンタイン期間だけは前向きだよな。普段は俺と一緒に愚痴ってる側なのに。なんかバレンタインに思い入れがあんのか?」
「別にそんなんじゃないさ」
「ふーーん。でもバレンタイン当日はいつも通り残業が待ってるからな。俺たちにとってはそんな良い思い出があるはずないよな」
そう立ち話をして自分の仕事に戻っていく南雲。あいつにはああ言ったが、俺にとって今年のバレンタインは特別なんだ。何がなんでも残業せずに定時で上がってやる。
そう意気込んでいたのに定時で帰れる訳もなく、特設コーナーの後片付けに追われていた。そしてやっと上がれたのは21時過ぎ……。彼女の待っている駅まで車で2時間近くかかる。もう彼女が待っていることはないだろう。そう思うが念のためメールを入れる。
このフリーメールを開くのも3年ぶりだ。彼女とのやり取りの為だけに作ったメアド。新規作成を選び本文を入力する。『今仕事終わったからそっちに着くのは23時過ぎになるから待たずに帰ってろ。また後日会おう』 そう彼女に送るがすぐに返事は来ない。
彼女が本当に今日待ってるかなんて分からない。もしかしたら彼女は俺のことなんてもう何とも思ってなくて、このメールを見て気持ち悪いと思われてしまうかも知れない。それでも構わないと思う。俺は俺のケジメの為に彼女とのことに決着をつけたいのだ。
車に乗り込むと、彼女が待っている駅の名をカーナビに打ち込む。新規オープンに参加することになって引っ越したのだ。だからあの駅はもう使ってない。そんなことも知らずに俺が出てくるのを今か今かと待っている彼女が想像出来てしまう。それがとても可愛いと思ってしまう自分は本当に重症だ。
適当な駐車場に止めると、駅に向かって走る。結局彼女からの返信はなく待っているかも分からないのだが、行かないと絶対に後悔する。もう23時を過ぎている、ここ最近滅多にしなかった猛ダッシュでアラサーの身体にはキツいが1分1秒でも早く着きたい。彼女をこれ以上待たせなくないのだ。
駅に着くと、あの場所で待っていた彼女が見えてホッとするが、時計を見て改札を抜けようと動き出す仕草に焦って手を引く。
「っつ、危ねぇ」
「!? お兄さん……!?」
なんも変わってない。少し大人っぽくなったが、あの天真爛漫ですぐ顔に出てしまう素直な彼女が目の前にいた。
3年ぶりの再会で泣き始めてしまった彼女を俺の車まで案内する。久々の再会で終電だからと言ってすぐ帰すつもりは流石にない。ちゃんと彼女と話終えたら無事に送り届けようと思っている。
寒空の下ずっと待っていた彼女に温かいペットボトルを渡す。駐車場の横に自販機があって良かった。渡す時に少し触れた彼女の手はとても冷たくて申し訳なく思う。
「……少しは落ち着いたか?」
「はい、だいぶ」
「3年振りだな……」
「はい、私は少しは大人っぽくなりましたか?」
「あぁ。3年前のちんちくりんとは大違いだ」
「もう!!」
「……俺はおっさんになってただろう? 幻滅したか?」
「そんなことないです! 私はお兄さん一筋ですから!」
その言葉を聞いて俺が今どれだけ歓喜しているのか知らないだろう。一筋だったのはお前だけじゃない、俺だってお前以外見る気はなかったのだから。でもそれを教えてあげるほど俺は素直になれない。
「お前は変わらないな」
「はい! 3年間ずっとあなたが好きでした。何度忘れようと思っても、ずっと忘れられないんです。私は今日20歳になりました。私と付き合ってくれませんか?」
この日を俺はどれだけ待ち望んでいたか。
「……あぁ。こんなおっさんで良ければ」
「嘘だ! うそっ!!」
「嘘なんかつく訳ないだろう」
「だって!! 絶対付き合わないって言ってたのに!!」
「それはお前が高校生だったからだろう。高校生じゃなかったから、こんなに俺を好いてくれてる可愛い子を離す訳ない」
「可愛い子って……私のこと? うそっお兄さんが私のこと可愛いって言った!!」
「もうお前うるさいよ。黙って」
俺の返事に驚く彼女に少しムッとする。なんとも思ってなければここに今いるはずがない。俺がどれだけお前のことを思っていたか。
その気持ちをぶつけるかのように彼女にキスをする。
目を開ければ顔を真っ赤にさせ、口をパクパクしてる彼女がいて。俺の言葉や行動でこんなにも表情を変える彼女が愛しくてたまらなくなる。
「大地だ」
お兄さん呼びが気に入らず、自分の名を告げるが分かっていない彼女にもう一度名を告げる。何でこういう所は鈍いんだか。
「俺の名前、佐藤大地だ。お兄さんじゃなくて大地って呼べよ」
「だいち……?」
「そう。お前こそ責任取れよな。俺はこの3年間お前のせいで彼女出来損ねて、婚期も伸びてるんだから。アラサーと付き合うんだから、簡単に逃してやらないからな」
「それってどういう意味……?」
「自分で考えろバカ」
俺の前に再び現れた以上手放す気はない。おまけに俺は仕事も落ち着いてきて、いつでも結婚出来る状態だ。周りのやつらも結婚して子供がいるのも増えてきて、お前も早く結婚しろと勧められる年齢だ。まだ若い彼女には申し訳ないが、長い間独身でいるつもりはない。
「それと誕生日おめでとう。これをどうぞ、可愛い俺の彼女様」
そう言って彼女に紙袋を渡す。
「開けて良いですか?」
「敬語……使わなくて良い」
「うん! ありがとう! 開けるね」
彼女が嬉しそうにラッピングを解くのをドキドキして見つめる。若い女の子が欲しがるものなんて分かんないから、恥を承知で妹にリサーチしたのだ。
散々妹には揶揄われたが、おかげで若い子に人気なブランドを教えてもらい、そこでネックレスを買ったのだ。
「良い? 一度振った上に3年も待たせたんだから、ケチらずそれ相応の物を贈るのよ。しかも20歳の誕生日なんでしょう? 一生の宝物になるようなものじゃなきゃ。ただし、ペアリングとか重たいからそういうのはダメ。そういうのは付き合ってから2人で選ぶのが楽しいんだから」
そう妹に念を押され、結構奮発した。果たして彼女が喜んでくれるだろうか。
「うわぁ!! ネックレス! しかも最近人気なブランドだ。ありがとうございます!!」
そう思いっきり喜ぶ彼女を見て、俺も幸せな気持ちになる。
暫く車の中でお互いの3年間の話をする。
「じゃあもうここの駅に住んでないの!?」
「あぁ、今は隣の県に住んでる」
「じゃあ遠距離になっちゃうのかな……」
「……そうだな」
彼女は4年制大学の2年生らしい。俺は仕事柄平日休みの方が多いし、距離的にもそんな頻繁に会えないだろう。
「でも平気です! この3年間に比べたら遠距離恋愛なんてどんとこいです! 連絡はいつでも取って良いですよね?」
「あぁ。ほら、これが俺のLINE」
そうスマホを見せると目を輝かせる彼女。
「やっとLINE GETだぁ! やったぁ!!」
「登録出来たらそろそろ送る。どこに住んでるんだ?」
「今は一人暮らしで隣の駅に住んでるんです。……まだ大地さんと一緒に居たいです。うちに来ませんか……?」
「…………」
俺は早速試されているのか。付き合ったばかりの彼女と今日はキス以上のことはするつもりなかったのだが。
「あっ明日も仕事ですよね。すみませんこんな時間まで引き止めちゃって」
「……はぁ。明日は休みにしてある」
「じゃあ!!」
彼女が次の発言をする前に唇を塞ぐ。
「家に行ったらこれ以上のことをするかも知れないぞ。その覚悟出来てるのか?」
そう言って彼女を見つめると、みるみるうちに顔を真っ赤にさせていく。やはり彼女に深い意味はなかったようだ。
「なっ、なっ、なっ」
「冗談だよ。そんなすぐ取って食ったりしないから」
「もう!! 意地悪なんだから!!」
あぁ本当に俺の彼女が可愛すぎる。今後も彼女にどんどん振り回されて行くのだろう。だがそれも悪くない。絶対彼女のことを幸せにすると誓い再び彼女にキスをする。
「お前は今幸せか?」
「うん!!」
どうかこの幸せな時間がずっと続きますように。
通学電車の恋~女子高生の私とアラサーのお兄さん~ 高崎 恵 @guuchan
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