ご褒美

「明奈ちゃん、試合に勝ったらご褒美くれる?」

「ご褒美……?」

「うん。明奈ちゃんからキスして欲しいな」

「え!?」


 練習試合開始直前に先輩から呼び出されて、何かと思えば、目をキラキラさせてご褒美を強請ってくるとは……


「ダメ?」


 ちょっと待って欲しい……イケメンなのに、先輩が可愛すぎる。

 付き合って初めて知ったけど、先輩は結構子供っぽいところがある。少年のように無邪気で、ストレートに感情をぶつけてくる先輩に翻弄されっぱなし。


「……っ、勝ったら、ですからね」

「やった! 頑張るから、見ててね」


 絶対勝つ!! と体育館に走っていった先輩を見送って、場所取りをしてくれていた萌と皐の所へ向かう。


「明奈、こっち!」

「来ないから、彼女特権で近くで見るのかと思っちゃった」

「そんなのバレるじゃん」

「先輩、なんだって?」

「……っ、応援してね、って」

「え、それだけ??」

「それだけ!」


 勝ったらキスしてって言われたなんて、恥ずかしくて絶対言えない。

 コートを見れば、さっきまでの可愛さとは違って、見慣れたカッコイイ先輩がいた。


 今日は練習試合ということで応援が許されているから、体育館には沢山の女の子がいる。多分、他校の子も混ざってる。同級生の横に知らない子が居たりするし。

 相手チームの応援席からも、練習で先輩がボールを持つ度に歓声が上がっている。試合中はちゃんと自分の学校の応援してくださいね??


「改めて、薫先輩の人気って凄いね」

「うん。凄い」


 萌と皐が周りを見渡して、しみじみ呟いた。



「ねぇ、写真撮影始まってるんだけど」

「試合後だって言うのに、平和な光景だね」


 試合は、一勝一敗だった。この場合、どうなるんだろう? 一勝はしているからご褒美はあげないとだめ……?


 コートでは、練習試合相手の選手たちに囲まれた先輩が笑顔で写真撮影に応じている。完全に有名人じゃん……いや、実際有名人なんだけど。改めて、そんな人が私の恋人だなんてすごい。


 何か言われたのか、照れたように笑ったかと思えば、優しい表情になった先輩にモヤモヤする。

 ねぇ先輩、なんでそんな表情カオしてるの? なんでその表情を向けられているのは私じゃないんだろう? 先輩は私の事本当に好きですか……?



「明奈ちゃーん! 見ててくれた? 1試合は勝ったよ」

「ちゃんと見てました。お疲れ様でした」


 指定された中庭のベンチに座って待っていれば、ユニホーム姿のままの先輩が駆け寄ってきた。ベンチには座らずしゃがみこんで、じいっと見上げてくる。

 仕草がいちいち可愛いのはなんなんだろう? これは、私にだけ? それとも……?


「……明奈ちゃん、何かあった?」

「いえ、特には無いですけど」


 ちゃんと笑えていたはずなのに、先輩は心配そうな表情になった。


「もしかして、誰かに何か言われた?」

「言われてないです」

「本当に? 知らないと明奈ちゃんの事守れないし、隠さないで教えて……?」


 もう先輩の中では、誰かに何かを言われた、ということになっているようで、私の手を握りしめて懇願するように伝えられた。

 そんな姿を見ると、ちゃんと先輩に大切にされてる、って思えた。


「本当に、何も言われていなくて。ただ、私が勝手に嫉妬しただけで……」

「……嫉妬??」


 こてん、と首を傾げて、私が続きを話すのを待ってくれている。


「隣、座りませんか」

「ううん。ちゃんと明奈ちゃんのこと見えるから、ここでいい」

「その、ちょっと落ち着かないかなぁ、って」

「うん? あぁ、手? 嫌だった?」

「嫌ではないんですけど」

「じゃあ、このままで、ね?」

「……っ!?」


 ニヤリと笑って、手の甲に唇を寄せる先輩をただ呆然と見ることしか出来なかった。


「明奈ちゃん、嫉妬って私が何かしちゃった?」

「……先輩、嬉しそうでした」

「え?」

「照れたように笑って……」

「んー? ごめん、いつだろ?」

「試合後に写真を撮っていた時です」

「写真? あー、うん、そっか。そっか」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか……」


 少し考えて、思い当たることがあったのか、嬉しそうにニコニコしている。


「付き合ってる人居るんですかって聞かれたから、”居るよ”って。どんな人ですか、って聞かれたからちょっと惚気けちゃったけど、ごめんね? そっかー、それで嫉妬かー、嬉しいな」

「え、私のこと……」

「明奈ちゃんしか見てないよ。だから、安心してね。でも、嫉妬してもらえるのは嬉しい。ねぇ明奈ちゃん、ご褒美くれる?」

「……っ、目つぶってくれますか?」


 先輩は他の人でもいいのかも、なんて思ったけど私のことだったなんて……素直に目をつぶってくれた先輩が愛しくて、そっと唇を重ねた。



「明奈ちゃん、こっち見て?」

「今ちょっと無理です」

「なんでぇ」

「なんで、って……!」


 自分からキスしたのなんて、初めてだし。しかも、離れようとしたら頬に手が添えられて、あっという間に主導権を握られた。先輩はそれはもう嬉しそうだし、恥ずかしすぎる。


「行動がいちいちカッコよすぎなんです!! そしてなんでの言い方可愛すぎなんですけど!!」

「あの、褒められてる? 怒られてる?」


 私の勢いに驚いている先輩が恐る恐る聞いてくるけれど、低い位置に座っているから自然と上目遣いになって可愛い。つい頭を撫でてしまえば、嫌がることなく受け入れてくれた。むしろもっと、とグイグイ来る。


「先輩って、犬みたいって言われませんか?」

「犬? 言われたことないなぁ。犬っぽい?」

「はい」

「明奈ちゃんになら、喜んで飼われるよ。飼ってみる?」

「飼いません……」

「残念」


 ちょっといいかも、なんて思ってない。



「この後練習あるんですか?」

「あるんだよー。デートしたかったのに」

「そうなんですね。頑張ってください」

「いつもごめんね」

「いえいえ。分かってて付き合ってるので」

「えー、すき」

「え、ありがとうございます」

「いやいや、そこは私も好きって言うところだよ? はい、もう1回。明奈ちゃん、好きだよ」

「……っ、私も、好きです」

「かーわーいー!!」


 バレー部のエースでクールだと人気の先輩は、私の前では無邪気な少年のような人。これからもそばにいさせてくださいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

先輩と私。私とあの子。 @kanade1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ