先輩と私。私とあの子。

その他大勢から唯一へ

 今日もいつも通りの1日の始まり。親友の萌と皐と合流し、たわいもない話で盛り上がる。


 校門が見えて来ると、校門前に生徒たちが集まっていた。抜き打ち検査か何か??


「ねぇ、あれって薫先輩?」

「え、本当だ。誰か待ってるのかな?」


 萌の言葉で、人だかりは薫先輩が居るからか、と納得した。朝から薫先輩に会えるなんてラッキーだな、なんて呑気に考えていたら、隣を歩いていた萌が慌てだした。


「うわ、こっち来た!? 絶対明奈の事見てるけど!?」

「いやいや、そんなわけないじゃん。大体、話したこともないのに」


 大勢の生徒と同じく先輩に憧れているひとりだけど、私のことを知ってくれているはず、だなんて自惚れていない。


「松田 明奈ちゃん、だよね?」

「うぇ!?」

「ほら! やっぱり!!」


 私たちの後ろを歩いている誰かの所でしょ、と思っていたのに、立ち止まった先輩から出てきたのは、私の名前。先輩の目に私が映っている。


「初めまして。急にごめんね。朝野 薫です」

「知ってます……」

「本当? 嬉しいな。突然なんだけど、週末バレーの大会があって。良かったら応援に来てくれない?」

「行きます! 行きます! 明奈、行くよね? ね?」

「あ、はい。私で良ければ」

「ありがとう。お友達も是非。場所と時間連絡するからID交換、いいかな?」


 爽やかに笑って、スマホを見せてくる。嘘、連絡先交換……?


「明奈、早くスマホ!」

「あ、うん。これが私の連絡先です」


 表示されたコードを読み取った薫先輩から、直ぐにメッセージが送られてきた。


「じゃあ、また連絡する。またね、明奈ちゃん」


 一体何が起きているのか……


「明奈、どういうこと!?」

「私が聞きたい……」

「試合見に来て、だって! 楽しみー!」


 これは現実なのか? とスマホに表示されたメッセージを見つめた。


 薫先輩はバレー部のキャプテンで、将来有望な選手が特集されるテレビ番組や雑誌にも取り上げられるほどの有名人。

 先輩が入学した頃は弱かったうちの高校のバレー部を強くした人。強豪校からスカウトが沢山来たらしいけれど、寮生活とか嫌だし、家から近くがいい、とここに決めたというのは有名な話。


 勉強は好きではないらしく、体育の授業中に先輩の教室を見れば、空を眺めている先輩を見ることが出来た。今は席替えをしてしまって見えなくなってしまって残念で仕方がない。


 落ち着いていて、先輩と仲のいい友達たちがふざけるのを優しく見守る眼差しが自分に向けられたなら、なんて願っていたことが現実になった。



 心ここに在らずで迎えた大会当日。会場には沢山の人がいて、これじゃ先輩は気づかないだろうな、と残念に思いながらも応援席に向かった。


 試合開始の時間になって、薫先輩がコートに出てきた時の歓声は凄かった。カメラも入っているし、別世界の人、って感じ……


 周りにはうちの生徒だけではなく他校の生徒もいて、薫先輩の名前を呼んでいる。

 ここってアイドルのコンサートだっけ? と思うような状態に改めて人気を実感した。

 気づいて欲しいという気持ちと、気づかれたら周りの視線が大変なことになるんじゃ? という不安が入り交じる。


「明奈、薫先輩誰か探してない?」

「キョロキョロしてるね。明奈も名前呼んでみたら?」

「無理無理」


 呼んだとしても、私の声なんてかき消されちゃうだろう。


「萌」

「皐」

「え、2人して何わかりあってるの?「「せーの、薫せんぱーい!!」」っ!?」


 顔を見合わせて頷いたかと思えば、大声で先輩の名前を呼ぶ2人。挟まれてるから、耳がキーンとしたよ……


「わ、見た、見た!!」

「大成功ー!」


 先輩がこっちを向いて、目が合った気がした。嬉しそうに先輩が笑って手を振ると、キャー!! と大音量が響いてビクッとしてしまった。

 先輩の試合を見に来たのは初めてだけれど、これは凄い……先輩の連絡先を知っていることは絶対知られてはいけない、と危機感を抱いた。


 試合は、先輩の活躍もあって見事優勝した。今の1、2年生は薫先輩と一緒にバレーをしたい、と全国から有望な選手が集まっているから最近は負け知らずらしい。



「うわ、どうしよ……」

「どうしよ、って出る以外ある!?」

「切れちゃうよ??」


 先輩は忙しいだろうし、と今日の感想を送り帰り支度をしていれば、先輩からの着信。


「はい……」

『今日は来てくれてありがとう。すぐ帰っちゃう?』

「はい。これから帰ろうかと」

『少し会えない?』

「え……っと」


 ちら、と2人を見れば、話している内容から察したのか、頷いている。


「大丈夫です」

『良かった。私が行くと騒がれちゃうから、来てもらいたいんだけど平気かな?』

「その方が助かります」

『じゃあ、メッセージで場所送るね』


 電話を切れば、ソワソワしている2人に苦笑した。


「ごめん。先に帰ってて」

「後で教えてね!」

「こっそり覗いてていい?」

「ダメに決まってるでしょ。萌は連れて帰るから安心して」

「えぇー! さっちゃんひどい! 連絡してよね! 絶対だからねー!」


 皐に手を引かれて、何度も振り返りながら萌が叫んでいるけれど、目立つからやめて欲しいな、と心底思った。



 指定された場所へ向かえば、壁にもたれ掛かって立っている先輩がいた。ただ立っているだけなのに絵になるって……


「あれ、お友達は?」

「先に帰りました。いた方が良かったですか?」


 気づいた先輩が笑顔を見せてくれたけれど、周りを見回している。あれ、もしかして2人のどっちかと話したかった、とか……?


「あぁ、ごめんね。2人に会いたかった、とかではなくて。いつも一緒みたいだから、つい探しちゃった」


 私の表情から読み取ったのか、苦笑して否定してくれた。


「いつも……?」

「あー、自意識過剰だったら申し訳ないんだけど、明奈ちゃん、体育の時よく私の事見ててくれたよね?」

「えっ」

「最初は気のせいかな、って思ったんだ。でも、ふとした時に視線を感じて。他の子と違って、距離を保って見つめられるのがなんだか新鮮で。目が合ったかな、って思っても慌てたように逸らされて、かわいいなぁって」


 うわぁ、全部バレてた。恥ずかしい……


「それから気になって、後輩に聞いたら同じクラスだって言うから色々教えて貰って……勝手にごめんね」

「いえっ、全然大丈夫です!」

「ふふ、ありがとう」


 バツが悪そうにこっちを見てくる先輩に、大袈裟なくらい反応してしまって笑われたけれど、バカにしたような笑い方ではなくて、どこまでも優しかった。


「それで、来てもらった理由なんだけど……」

「はい」

「あー、その、今日優勝したから、引退が伸びたんだ」

「あ、直接伝えていませんでした。優勝おめでとうございます。かっこよかったです」

「かっこよかった? うわ、嬉しい」


 先輩のイメージって、落ち着いていてクールな人、だったんだけど笑うと可愛い。


「違うんだった。褒められて喜んでる場合じゃなかった……その、朝練もあるし、学校終わりも部活だし、全然会えないと思うんだけど、もう待てなくて」

「……はい?」


 なんの話し??


「良かったら、これからもずっと、1番近くで応援して貰えませんか?」

「今日楽しかったですし、こちらこそお願いしたいくらいです!」

「あ、これ絶対伝わってない……」


 あれ、なんかシュンとしちゃった。


「なんかダメでした?」

「ううん。私の言い方が悪かった。彼女として、1番近くで応援して欲しい。私と付き合ってください」

「……うぇぇぇぇ!?」


 聞き間違い!? 彼女? 付き合う? 誰と誰が??


「そんなに驚くのかぁ……呼び出されて、もしかして、とか思わなかった?」

「えっ、ええ? ちょっと今頭真っ白で……」


 確かに、ちょっとは思ったけれど、そんなことありえない、という思いの方が強かったから。


「絶対大事にする。私じゃダメかな?」

「ダメじゃないです!」

「やった!!」


 ぱあっと笑顔になった薫先輩はよしっ! とガッツポーズをしていて、行動が可愛かった。


 高校2年の夏、憧れの先輩と付き合うことになりました。


 *****

 薫視点


「薫先輩、その顔だとうまくいったんですね?」

「うん。付き合ってくれるって」


 明奈ちゃんと別れて更衣室へ戻れば、明奈ちゃんと同じクラスの後輩が部屋の外に出て待っていた。


「良かったじゃないですか。明奈ちゃんの事を教えて欲しい、って言われた時には驚きましたけど、お似合いだと思います」

「九木にはなにかお礼しないとね。何がいい?」

「マジですか!? じゃあ、学校戻って、サーブ打ってください!」

「……まじか。今日? この後?」

「はい!」

「どんだけ練習好きなの……」


 他にも参加する人居るか声掛けてきますね! と走っていった九木を見送って、今日も遅くなるな、とため息を吐いた。



【明奈ちゃん、今日は送れなくてごめんね。今練習終わって帰ってる】

【全然平気です。今日も練習したんですか!?】

【九木が皆に声かけたらほぼ集まって普通に練習になった……】

【梓ちゃんですか。疲れてるのか、授業中いっつも寝てますよ】

【私も人のこと言えないから怒れないわ】

【いつもお疲れ様です。体調に気をつけてくださいね】


 えー、かわい……


「薫先輩、声に出てますよ?」

「うちの彼女が可愛いんだけど」

「良かったですね」

「え? 松田先輩に遂に告白したんですか!?」

「薫もヘタレ卒業かー」

「ヘタレすぎて愛想尽かされないようにね?」

「ヘタレじゃないし」


 チームメイトが酷い。私ってそんなにヘタレ?


「目で追ってるくせに話しかけることも出来ず学年も上がったし?」

「卒業まで声掛けられないんじゃないかと思ってた」

「分かる」

「練習で忙しい、って言い訳するから、これで負けたら引退だよ、って焚き付けてやっと誘えたんだもんね。これでヘタレじゃないって?」


 あ、ダメだ。これは反論できる要素がない……


「でも、良かったね」

「先輩が幸せそうで嬉しいです」

「……ありがと」

「薫ちゃん、かわいーねー?」

「うっざ!!」


 明奈ちゃん以外に可愛いって言われても嬉しくないっての。

 早く明奈ちゃんに会いたいな。学校で会いに行くのは迷惑だろうし、なかなか会えないかもしれないな、と考えたら憂鬱になった。



「はぁー、練習行きたくない……」

「はいはい、行くよー」

「明奈ちゃんに会いたい……」

「今日は練習行った方がいいと思うけどなー?」


 付き合うことにはなったけれど、思っていた通り、ほとんど会えない。辛い……なんで学年が違うんだろうか?

 半ば引きずられるように体育館に行けば、チームメイトに囲まれた明奈ちゃん。……明奈ちゃん!? 会いたすぎて幻覚??


「えっ!? なんで?? 本物?」

「最近薫のテンションが低いから愛しの彼女をお呼びしましたー」

「今日だけ特別だからね」


 主に私のせいだけれど、応援と称して騒ぐ人がいて練習にならないから、体育館を使う部活のメンバー以外は体育館へ入れないことになっている。そのルールのせいで明奈ちゃんを呼ぶことは出来なくて会えなかったんだよね……


「薫先輩、お疲れ様です。梓ちゃんに連れられて来ちゃいました」

「会えて嬉しい」

「ヒューヒュー」

「うっさい! 明奈ちゃん、ちょっとごめん」


 ニヤニヤしたチームメイトに見られて落ち着かなくて明奈ちゃんの手を引いて外に連れ出した。


「ごめん、手、嫌じゃなかった?」

「嫌じゃないです」

「じゃあ、これは?」

「……嫌じゃないです」


 初めて抱きしめた明奈ちゃんは小さくて、柔らかかった。


「付き合ってもらったのに、全然会えなくてごめん」

「私からしたら、薫先輩と付き合えたのが夢みたいで。目が合えば笑ってくれたり、私のことを認識してくれてるんだな、ってだけで嬉しいです」

「好き」

「初めて言われました……」

「え?」


 あれ? 好き、って伝えたこと無かったっけ? ……無いかも。


「ごめん。もしかして、不安にさせてたり?」

「ちょっとだけ」

「うわぁ、私最低……ごめん。明奈ちゃん、好きだよ。大好き。明奈ちゃんだけが好き」


 付き合えたことに浮かれて、大切なことを伝えてなかったとか情けない……


「……っ、もうわかったので、大丈夫です」

「これからは不安になんてさせない。ちゃんと伝えるから」

「いきなりはちょっと、心臓持たないので程々にお願いします」


 上目遣い、可愛すぎない? こんな近距離に明奈ちゃんが居る、と思うと止まれなかった。


「明奈ちゃん、目つぶって?」

「え? はい」


 なんの疑問もなく目をつぶった明奈ちゃんが純粋すぎて心配になる。大丈夫? 騙されたりしない??


「……っ、今のって……」

「明奈ちゃんとのファーストキス」

 そっと唇を合わせて離れれば、目を開けた明奈ちゃんは唇に触れて、キス……と呟いた。初めて、って期待してもいい?


「初めてです」

「嬉しい」

「薫ー、練習始めるよー! イチャイチャしてないで戻ってこーい!」


 今いい所だったのに……! もう1回くらいしたかったな。まさか見てないよね?


「はぁ……時間切れか。明奈ちゃん、来てくれてありがとう。遅くなっちゃうから、帰りな? 送れなくて申し訳ないけど」

「はい。会えて嬉しかったです。練習頑張ってくださいね!」


 笑顔で手を振って走っていった明奈ちゃんを見送って、私の彼女かわいいいい! と悶えていたら待ちくたびれた友人に強制連行されたけれど、明奈ちゃんに会えたし頑張れそう。

 さて、引退まで精一杯頑張りますか。

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