魔導狩人 ~ネコ缶サバ缶第六感~

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魔導狩人 ~ネコ缶サバ缶第六感~

 瑞原鞘とカタナは、北方の港町で魔導器を使って暴れ回った海賊たちの討伐依頼を請け、港町から離れた小島にあるそのアジトを壊滅させることに成功した。

 海賊たちの生き残りを港町の警備隊に引き渡したあと、鞘はアジトの中にまだ物騒な魔導器が残っていないか捜索を続けていた。暫くの探索の後、アジトがある入り江の奥に奇妙な物体を見つけた。


「J、R」


 それはどうみても鞘の世界にあったJR貨物の19D形式コンテナであった。


「なんでこんなモノがラヴィーンに……」

「漂流物ですね」


 傾げる鞘の疑問にカタナが答えた。


「漂流物?」

「はい。〈魔皇〉様がご健在の頃にもよく見かけましたが、突然こういうものが出現する事があるんです、この世界は」

「……人だけでは無くモノ時空転移してくるとは聞いていたが、いやはやこんな豪快な転移とは」

「鞘たちの世界から流れ着く物資は大抵こう言う漂流物から得られるのですが」

「まあ、荷物を大量に運ぶために使うものだからなあ」


 鞘はコンテナの観音開きになる取っ手を拳で、こんこん、と叩いてみせる。


「海賊のアジトにあったって事はもう中身は獲られているんだろうけど……あれ?」


 鞘が取っ手を掴んで片側の扉を開けると、中にはまだいくつか木箱が残されていた。


「海賊たちが奪ったモノを仕舞っていたようですね、倉庫に使っていたのでしょうか」

「いや、少し様子が変だ」


 何かに気づいた鞘はもう片方の扉も開けてみせる。

 コンテナの中に残されていた木箱の中には、金属製の小さな筒が沢山積まれていた。


「……缶詰だコレ」

「かんづめ?」


 カタナが不思議そうに訊くと、鞘は木箱の中から缶詰をひとつ取り出してみせる。


「これは食品を長期保存するために金属の缶に詰めたものでな」

「長期保存? 燻製ですか?」

「いや、大抵は生ものだけどね。えーと……サバ缶!?」


 鞘は缶詰に貼られていたラベルに書かれていた日本語を見て目を輝かせる。


「マジかよ……こっちでサバ缶食えるのか?」

「鞘の世界ではその金属を食べるんですか」

「んなわけない。この缶のフタを開けるのさ」


 鞘は缶詰のつるつるな底を撫でる。


「賞味期限も書かれている……って当てにならないか」

「賞味期限?」

「美味しく食べられる日付を印字しているのさ、何せ開けないと分からないからね。でも


 魔導界〈ラヴィーン〉。鞘のいた世界と時間軸が必ずしも平行しているわけではない。20年も前に幕末の1869年から転移してきた土方歳三が、1980年代から転移してきた鞘と会話しているように、未来や過去から流れ着いた人間が混在している奇妙な異世界であった。

 

「海賊たちならいつこのコンテナが現れたか知ってそうだが、まあ開けてみれば食えるかどうか手っ取り早いだろう。食えるなら、あさぎさんが前にサバの和風パスタが得意だって言ってたから作って貰えるだろうし……あ」


 そこで鞘はあることに気づいた。


「鞘、どうしました?」

「なあ、カタナ」

「はい」

「……


 きょとんとするカタナに訊くまでも無く、鞘には理解出来た。

 そもそもカタナが缶詰を知らないのだから。


「さよかー」

「この金属製の筒をどうやって開けていたのです?」

「小さなかぎ爪の刃を缶の縁に当てて、こう」


 鞘は掌に置いた缶に缶切りで開ける仕草をしてみせるが、カタナは、はぁ、とぼんやりな反応しか返ってこなかった。


「缶詰を缶切りなしで開ける方法なんて、何かあったっけ……錐かドライバーでこじ開けるんだっけ……?」


 当人は割と雑学に明るい方だと自負していたのだが、意外にも鞘は缶切りを使わない缶詰の開け方は知らなかったのである。

 無論、今直感的に呟いた道具で開けることは可能ではある。ただ、缶切りが便利すぎて代用に至る発想が出来なかった。

 ましてや、21世紀の我々では当たり前となっている、プルタブを引き上げる事で缶切りを使わず簡単に開くイージーオープン缶は、鞘のいた80年代の食品缶詰では実は余りメジャーなモノでは無かったのである。


「とりあえず小刀で開けてみるか……あ、さっき海賊一人倒す時に投げてたわ、カタナ、近くに――」


 その時である。鞘は見えない壁に弾かれて尻餅をついてしまう。


「魔法障壁――いつの間に――」


 カタナは缶詰の入った木箱を中心に、いつの間にか発生していた魔力による見えない壁が鞘と自分を分け隔てていることに気づいた。


「コンテナを守る防壁か? 剣の精霊のカタナですら気づかないなんて……」


 鞘は見えない壁を押してみせるがびくともしなかった。


「カタナと隔絶されたら〈魔皇の剣〉も使えないぞ……」

「鞘、この魔力は少し変です」


 カタナも外側から見えない壁を押していたが、精霊特有の知覚が防壁に違和感を理解したようである。


「呪い?」

「多分、魔導器によるものでは無く――鞘、後ろっ!」


 カタナが驚いて鞘の背後を指す。

 同時に鞘も振り向くとそこには、何かが居た。


『にゃー』


 それは猫だった。


「でかい」


 木箱の裏側から、にゅぅ、と現れたソレは巨大な白猫だった。


「可愛いけど、虎、いやシロクマみたいなサイズだな」

「思念――残留思念――強い思いを残した亡霊です」

「猫の亡霊がこの防壁を作っているだって?」


 鞘は困惑しながら巨大な化け猫を見た。しかしそれは特に敵意は見られなかった。


『あけて』

「「はい?」」


 猫がしゃべったと言うより、話しかけたそれの意味が鞘たちには理解出来なかった。


『このなかに、ぼくのごはんがあるの』

「ご、ご飯……?」


 鞘は缶詰の山を二度見た。


「サバ缶のことか……」


 そんな時、外が騒がしくなってきた。そしてアジトの中へ、先ほど海賊たちを引き渡した警備隊のリーダーが血相を変えてやってきた。


「瑞原殿ぉっ! 一大事です、このアジトの奥にある倉庫に猫のバケモノがぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 リーダーは鞘が化け猫と対峙している光景を目撃してパニックを起こす。


「まあまあ落ち着いて」

「でででででも」

「ちょっと閉じ込められたけど敵意なさそうだし」

「でもそいつ、海賊の話では宝箱を守る魔物のようで、閉じ込められて要求を満たさないと食い殺されるそうです!」

「Oh、なんてこったい」


 慌てて鞘は背後の化け猫のほうを見る。

 しかし化け猫は今すぐ鞘を襲うような様子も無く、ただ、あけて、あけて、と言い続けていた。


「鞘、この防壁を解析してみましたが、どうやらその猫の怨念で出来ています」

「怨念?」

「はい、このコンテナに閉じ込められて餓死したようですね。この漂流物は死んだ猫の転生に巻き込まれたようです」

「海賊たちの何人かは宝を得るために、その魔物の要求に応えるべく筒の開封に挑戦したようですが、全員失敗したそうです!」


 警備隊のリーダーが割って入った。


「失敗ぃ?」

「小刀で開封に成功したものも居たようですが、それでも喰われてしまったそうで、結局放置したそうです」


 警備隊のリーダーはヒヤヒヤした顔で鞘たちを見ていた。


「こ、怖くはないのですか……?」

「まぁ俺、猫派だし」


 呑気に答える鞘に、警備隊のリーダーは何だこの肝の据わり方と愕然となった。


「しかしこれサバ缶だから猫の大好物だろうに。失敗したってどう言う……」


 鞘は化け猫に見下ろされながら缶の山を漁ってみた。


「……ん、ラベルの無い奴もある。何だろうなコレ」

『あけて』

「開けたいのはやまやまだが……サバ缶はお気に召さない?」

『もっとおいしいのがあるの』

「なんてグルメな猫……あ、いや、このサバ缶、よく見たらサバ味噌だ。加工調理済みだからか」

「調理済み?」


 カタナか傾げると鞘はサバ缶のラベルを指した。


「サバを味噌漬けにしたものか。確かに味付け濃すぎて猫の舌には余り美味しくないのかも」


 鞘は缶の山をもっと漁ってみるが、大半が調理済みのものであった。


「沢山ありすぎてダメだコリャ……ええい、ままよ!」


 鞘は目を瞑り、漁っていた缶の山からひとつ掴んだ。

 瞬間、鞘は何かを直感した。

 そして缶の山から引き抜いたソレを翳してみせる。


「てってれー♪ ねーこーかーん♪」


 鞘が引き当てたソレは、いわゆるキャットフードのはしりである加工マグロが入った猫缶だった。それを見た化け猫の喉が鳴った。


「ソレが正解ですの?」

「多分。海賊たちは缶詰のことを知らなかったから適当に開けて失敗して喰われたのだろうけど。さて、これからが問題だが……」

「開くのですか?」

「缶切りが無いと開けられません」

「ええ……」


 カタナが絶望的な顔をする。

 だが鞘は手にした猫缶をよく見ると、プルタブのようなモノが付いていた。


「まさか――」


 鞘はプルタブに指を掛けてソレを引き上げた。

 ぱっかーん。猫缶は景気のいい音を立てて見事開封された。


「俺の居た時代にはこんな開封が出来る缶詰は無かったな……どうだいこれだろ?」


 鞘は開いた猫缶を床に置いた。すると化け猫はみるみるうちに小さくなり、置かれた猫缶に飛びついて美味しそうに食べ始めた。

 同時に、鞘を閉じ込めていた防壁が消えていった。やがて白猫はゆっくりと消えていった。願いが叶って成仏したようである。


「やったぁ鞘!」


 カタナは生還した鞘の顔に飛びついて喜んだ。

 鞘はどう言う経緯であの猫がこのコンテナに閉じ込められて餓死したのか想像出来なかったが、とまれ猫派として成仏出来たことに安心するのであった。


「しかし便利な缶だなあ。ええい、ここにある他のサバ缶もこんなプルタブ付いていたら良かったのにぃ」


 鞘が転移せずに日本に居たらこのタイプの缶の普及を知る事となったのだが、今の彼にはそんな事は知る由も無く、懐かしい味が詰まった小さな宝箱をどうやって開けるか思案するだけであった。


                   了

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