第六感の使い道

天鳥そら

第1話第六感の使い道

「手を、親指を見て下さい」


中年女性の優し気な声に促されるまま俺は視線を落とした。親指の腹の下が目の形になっている。


「仏眼相といって、第六感、直感が強い人に多いんですよ。神仏やご先祖様の加護が強いともいわれています」


「そうですか」


俺がいるのは占いの館だ。商店街に手相や人相、風水、様々な占いの館が軒を連ねている場所がある。飲み屋やバーも近いから、買い物帰り、仕事帰り、酔っぱらった親父もよく来る場所だった。


占いっていうといかがわしいっていうだろう?俺の手相を見てくれているおばちゃんは、どことなく品が良さそうなんだけど、室内の雰囲気がね、ちょっと薄暗くて怖い印象がある。会社の方針かな。いかがわしいって思われているのに、なおさらいかがわしい雰囲気を出す。怖いもの見たさ、肝試し、そんな気持ちもあるのかもしれないな。


「それからね、小指の手付け根から下、結婚線よりも下の方に、感情線があります」


「あ、はい」


おばちゃんが身を乗り出して、俺の手のひらに人差し指をそっとのせる。感情線と呼ばれる線の下にある長い線まで指をなぞっていった。


「知能線って言うんだけど、この感情線と知能線の間に十字線があります。一つ、二つ、三つはあるわね。神秘十字と言って、やっぱり霊的なものに守られているのよ。私にもあるの。ほらっ」


おばちゃんは手のひらを出して俺の神秘十字よりくっきり浮かんだ線を見せた。体がぶるぶるっと震える。春の気配がし始めたばかりの三月初旬はまだ寒い。首元にまいたマフラーの中に、カメが甲羅の中に首を引っ込めるようにした。


「人差し指の下にソロモンの輪がうっすらとあるから、カリスマ性もあるわね」


それからと、あちこち線を見ていくつか話してからほほ笑んだ。


「タロットもやるんだけど。どうしますか?面白いカードが出そうだけど」


「俺、手相はいいです」


「そう?」


中年女性の肩越しに目を向けた。ぞわぞわと鳥肌が立つような感覚がして口を開いた。


「向いていますか?」


どうしたのかとおばちゃんは無言で問いかける。俺が何を言わんとしているのかわからないようだった。


「占い師にです。直感が鋭いっていうから」


おばちゃんは黙って宙に視線をさまよわせる。その間、俺はおばちゃんの肩越しから目を離さなかった。


「あなたは、必要ないんじゃないかしら」


「必要ない?」


「だって、わかるんでしょう?」


おばちゃんは俺がみていた方向を指さす。


「私の守護天使」


黙りこくった俺のことは気にせず、やっぱりタロット占いましょうかと聞いてきた。俺は軽く首を振る。


「いえ、いいです」


もう帰りますと立ち上がり、都内では有名な私立高校のカバンを持ち上げる。お礼を言って料金を払いそのまま部屋を出ようとして振り向いた。


「あなたこそ占いはやめて、本格的に仕事をした方がいいんじゃないですか?あんなたの守護天使がそう言っていますよ」


人のよさそうなおばちゃんは、軽く目を見開いて楽しそうに笑った。


「あらあら、私の方が占われているみたいね。そうね、近いうちに導きがあるかもしれないわね」


一見したら怪しげな会話だ。だが、おばちゃんは特に気にした風もなく頭を下げた。俺も軽く頭を下げて部屋をでる。占いの館から出ていくと、ほっと息をついた。


「あのひと、ホンモノだよ」


夕闇迫る暗がりから、ぬうっと男の姿が出てくる。白髭を蓄えて黒いスーツを着た好々爺が笑った。


「いつもすまないね」


「こういうの、もうやめてよね。潜入捜査みたいなの。俺は好きじゃないよ」


「占い師の中には、霊力もないのにできるふりをする人間もいるから。わかるのは助かるんだよ」


「あのおばちゃんは、ちゃんとした人だし性格も良かったよ」


「そういうことにしとこうかね」


言うが早いか好々爺は暗がりの中に身を投じた。それきり声もなく音も聞こえなくなった。




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