ようこそ、おにぎり喫茶へ。

ゆーにゃん

第1話

 昔から存在する降霊術。コックリさん、エンジェルさん、ひとりかくれんぼなど。やってみた人は多いだろう。遊び半分、本気で呪いたい相手がいたという理由で。


 行った結果、自身に降りかかる恐怖体験をしたという例も少なくない。それでも人は、呪い人形や丑の刻参り、降霊術で誰かを呪おうとする。


 そして、新たに生まれたコックリさんやエンジェルさん、ひとりかくれんぼに続く降霊術。


『おいでませ、鬼神様』


 コックリさんやエンジェルさんと同様に紙と赤ペンを用意する。紙には赤ペンで、中央に丸い円を描き中を塗りつぶす。左には行う自身の名前、右には呪いたい相手の名前を書く。

 赤い円の中に、自身の髪または爪と同じく相手の髪または爪を置き唱える。


「おいでませ、鬼神様。どうか、わたくしめの願いを聞き届けてくれませ。○○を鬼神様に捧げまますので、✕✕を喰ってくださいませ。どうか、どうか」


 ○○は自身の名前、✕✕は呪いたい相手の名前を唱える。これで終わりだ。


 こうすることで、呪いたい相手が必ず死ぬとネット上で噂になった。

 SNSでも検証などと騒ぐ者、動画投稿サイトでは実際に行う愚か者が現れた。そして、検証や実際に行った者はみなアカウントが止まってしまい、それが余計に噂を大きくしていくのだった――。


               ※※※

 

 おにぎり喫茶。

 おにぎりのイラストが看板に描かれたありふれた喫茶店。覚えやすさのためこの喫茶店のマスターが決めた店名だ。


「ふっ、ふふ〜ん♪」


 鼻歌を歌うのは青いエプロンを身につけ、艶やかな黒の長髪をポニーテールで結んだ女性。手にはモップ、床掃除の途中のようだ。まくり上げた袖から見える白く細い腕、左腕には赤と黒の紐を編み込んだ輪っかをつけていた。


「これくらいかな。あとは窓を拭いて……」


 次の用事を確認している彼女に男性の声がかかる。


「おや? 今日は随分と早いね。白」

「まあね。そういうくろも早いわね」

「ああ。なんだか今日は、を頼む客が来るそんな予感がしたんだよ」

「へぇ〜。玄の予感は結構、当たるもんね」


 などと話す二人。白、という名の女性と玄と呼ばれる男性二人で経営している喫茶店。

 玄は、白髪で細身の穏やかな性格でマイペース。白は、活発で思い立ったら即行動な性格の持ち主。

 お互い共に二十代前半。二人の関係性は、幼なじみだ。


 掃除が終わり開店。しばらくして最初の客が来店。母と娘の親子が来るなり、青い顔の焦った様子で注文。


「お、おにぎりをお願いします……!」

「分かりました。お席にご案内しますのでこちらへ」


 白が店の一番奥の席へと案内。玄は、蒸しタオルを持って親子の席へ運んでいく。

 席に座り震える娘。そんな娘の手を握り何度も、大丈夫よ、と繰り返す母親。


「それじゃあ、詳しい事情を聞かせてくれるかしら?」


 おにぎりの注文相手に、この店では対応が変わる。白に訊かれ、言葉を詰まらせる娘。震える唇、目線は定まらず服の裾を握りしめる。


「君、『おいでませ、鬼神様』をやったのだろう? で、鬼に狙われてうちのホームページの検索欄におにぎりって打ってここまで来た。違うかい?」

「そ、それは……。は、はい……」

「それをやって何日になるんだい?」

「きょ、今日で三日目です……」


 玄の問いかけに答える娘。

 娘が答える三日目の言葉に、玄と白は顔を見合せ険しくなる。


「三日目、ね。となると、日付が変わった午前零時に貴方は死ぬわ」

「っ!? い、いやぁっ!! わ、わたし、死にたくない!」


 白の言葉に泣き出し声を荒らげる娘。そんな娘を横から抱きしめる母親は、目の前の白に頭を下げる。


「お願いです! 娘を助けてください! 一週間前から鬼が来る、殺される、死にたくないって言ってるんです!」

「助けて、というのは分かるけれど私たちタダで助けることはしないから。分かってると思うけど、依頼料を支払ってくれるなら助けるわ」

「いくらですか!?」

「そうね、――円ね」

「そ、そんなにするんですか!?」


 額を聞いて驚愕する母親。学生のアルバイトおよそ半年分ほど。

 ぼったくりと思われるかもしれないが、命の危険があり死ぬ可能性が高い仕事なので二人共これくらい当然と考えていた。


「嫌なら、他を当たってくれるかしら」

「そ、そんな……」

「どうするかは貴方たちが決めて」

「……わ、分かりました」

「決まりね。今日一日、家から一歩も外に出ないこと。一人でいるのも危険だから、家族の誰かと一緒にいること。いい?」

「え、ええ……。それで娘は……」

「助けるわ」


 依頼料を指定の銀行口座に三日以内に振り込みという形で話が決まった。

 玄は、店から出て行くまでの親子を見つめ続けていた。

 玄の目は、鬼にかけられた呪いを見抜く目を持っている。そこで分かったのは、気に入らない同級生をあの降霊術で呪ったのだ。

 その結果、鬼にその身と命を狙われここに辿り着いた。このおにぎり喫茶は、おいでませ、鬼神様という降霊術で鬼門を開き喚んだ鬼を退治する専門店。


 鬼斬という意味も込めて玄がつけた名前。

 鬼を喚ぶと、その日を含んだ一週間後、行った者と呪いたい相手を鬼が喰らいに来る。毎夜零時に、夢なり実際に鬼を見てしまう。そして何もしなければ一週間後に必ず二人共、生きたまま血を吸われ肉を噛み千切られ臓物を引きずり出され死んでいく。


 それが『おいでませ、鬼神様』を行った者と呪いをかけられた者の末路。


「玄、殺れる?」

「もちろん」

「じゃあ、今夜は鬼斬だね」

「ああ」


               ※※※


 その日の深夜、二人は依頼者の自宅付近にて待機中。

 二人共、幼少の頃から幽霊を見る目を持っていた。霊感、第六感などと言われるが見えない者にはあまり理解されない力。

 何より、数年前に二人揃って鬼に襲われ鬼門の内側に行ってしまい一年ほど行方不明になっていた時期がある。


 誰にも言えない秘密を抱えて、自分たちを呪った相手を捜し続け鬼斬を繰り返していた。


「玄、来た」

「おやおや。初級の鬼だね」

「人間からしてみれば恐怖対象だし殺されるだけなんだけど」

「僕たち二人なら何の問題もないね」

「当然でしょ。私たち、半分は鬼になっちゃったし」

「その話、今は置いておこうか。それより――」

「ええ。殺るわよ」


 体長およそ二メートル、赤黒い全身に目は四つ、口から白い牙が突き出ており、獲物を探す。

 手には、七十センチの刃渡りの包丁を握りしめる。


「玄、先に行くわ!」

「援護は任せてもらおう!」

「ええ!」


 白は袖をまくり上げ、腕に爪を立て血を流す。その流れた血は、瞬時に塊へと変わり大鎌の形へと。

 玄は、眼鏡を外し指を噛みこちらも血を流し弓の形に変形させる。


 前へ出た白に気づいた鬼は、白に目掛け包丁を振り下ろす。が、白の背後から飛んできた赤い矢によって弾かれ肉体がよろめく。

 そこへ、白が握る大鎌が鬼の足を横へ一閃。


 大鎌から伝わる硬い感触。赤黒い全身の皮膚は銃弾を弾く。しかし、白と玄の血は別格だった。大鎌は、糸を切るかのように容易く鬼の片足を切断した。


 黒い液体、鬼の血飛沫が舞う。白の頭上から降り注ぎそれを気に留めることなく、もう一振見舞う。

 肩から腕を切断した白へ、鬼の首が伸び尖った牙が生え揃う口が近づく。が、玄が二と三発目を放つ。二発目の矢は目、三発目の矢は口に中へと。


 鬼の悲鳴が住宅街に響く。しかし、その声は当事者のみにしか聞こえない。


「玄、仕留めるわ!」

「了解」


 白の大鎌が鬼の心臓を貫き動きが止まった。

 こうして、鬼退治が終わり翌日。


 店に親子が訪れ、鬼退治の完了を報告し二度としないことと言い聞かせる。次は、いくら依頼されても助けることはないと警告して。


「ほんと誰かを呪おうとするわよね〜」

「それが人間なんだろうさ」

「鬼退治って、私たち死ぬかもしれないのに〜」

「まあ、こんな身体になった以上は続けていくしかないだろうね僕たち」


 呪いをかけられ鬼に襲われ鬼門へ入ってしまい肉体の半分、鬼の力を手に入れてしまいそれからずっと、鬼が見えてしまう二人。

 そんな二人はお互いを支えながら、昼間はおにぎり喫茶の経営、夜は鬼斬を繰り返す生活。


 呪いをかけた張本人を捜し出し、襲いかかってきた鬼を倒す目的を持って――。

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ようこそ、おにぎり喫茶へ。 ゆーにゃん @ykak-1012

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